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イマジン鬼ごっこ~最強で最弱の能力~  作者: 白井直生
第四章 競争と狂騒
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第四章7 聖剣の強さ

 隠れていた二人は、どちらも男だった。

 一人は筋骨隆々の男で、坊主頭に学ランが異常に似合う。

 もう一人もやはり学ランだが、こちらは眼鏡を掛けた見るからに頭の良さそうな男だ。吹けば飛びそうな細い身体で、二人が並ぶと、遠近感が狂ったと思うほど体格が違う。


「一応言っておくけど、降伏をお勧めするよ。そうしてくれれば、悪いようにはしない。君たちを救ってあげられる」


 そんな二人に、ユウキは大きな声で堂々とそう口にした。

 彼の能力と強さを知るミコトたちにとってはそれが心からの言葉であることが分かるが――いきなりそんなことを言われても、信用できないし、挑発の言葉とも取れるだろう。


 案の定、二人の男の答は敵対行動だった。

 二人とも、自らの身体に左手を宛がう。大男の方は何が起きたかは分からないが、細身の男の方には明らかな変化があった。


 ぼん、という大きな音が連鎖的に何度も聞こえ――彼の周りには、彼が大量に居た。それこそ、掃いて捨ててしまいたいほどに。


「あれは……!」


 ミコトは思わず声を上げ――ごく最近見た能力を思い出す。


 『大同小異』。触れた物体と、全く同一の物体を作り出す能力。自分に掛ければ自分がもう一人生み出され、そのどちらもが本物。

 故に、どちらか一方が生きてさえいれば負けることはない――ミコトをここまで勝ち上がらせてくれたマナカヨリミチが持っていたのは、そういう能力だった。


 しかし、彼の能力には縛りがあった。『一度に出せるコピーは一つのみ』、という縛りが。

 彼の話の通りなら、それは女神が『バランス調整』の一環として付した制限であり、誰かが同じ能力を持っていればそれが適用されるはずだった。


 だが今目の前には、大量の分身たちが居る。つまり――


「ミコト、何か心当たりが?」

「似たような能力を見たことがあります。触れた物体と全く同じ物体を作り出すっていう……でも、あれは少し違うみたいです」


 呟きに反応したユウキに、ミコトは答を返す。

 つまり、ヨリミチの能力と、何か違いがあると。


「そうか――詳しく聞きたいところだけど、そんな暇は無さそうだ」


 ユウキの言葉に意識を二人の男に――今は二人どころではないが――戻すと、彼らは大挙してこちらに駆け寄ってくるところだった。

 確かに、悠長に説明をしている場合ではない。


「あの人数は……ダメだな」


 ユウキが人数を数えるような仕草を取りながら弱気な発言をする。

 ミコトが彼の急な弱音に驚いている間に、先頭が残り三メートルほどのところまで近付いて来ていた。


 ――流石のユウキも、この数の暴力には勝てないのだろうか。


 そんなことをミコトが考えた瞬間――


「流石に、乱暴にせざるを得ない。痛いだろうけど、恨まないでくれよ」


 ユウキがそう言って、構えた聖剣を横薙ぎに振り抜いた。


 ミコトがそれ・・を目撃できたのは、たまたま瞬きをしなかったからに過ぎない。


「――は?」


 聖剣が通った軌跡――その延長線上にあった全てが、真っ二つに切り裂かれたのを。

 眼鏡の男が、訳が分からず声を発するのが聞こえた。


 正に、一刀両断。当たり前のように飛んだ斬撃に、押し寄せる人の波は上下に二つに分かれた。

 そして一瞬遅れて、ぼんという音が再び一斉に鳴り響く。その後には、上半身と下半身が離れ離れになってしまった眼鏡の男が一人、転がっているだけだった。


「はああああ!? いてぇえええ!」


 眼鏡の男はのた打ち回ることすら許されず、ただ苦痛の声を叫ぶ。

 作り出された分身たちは全て消え、本体も行動不能。これで眼鏡の男は片付いた。


 だが、大男の方は――切り裂かれたはずのその場所を、無傷で駆け抜けていた。

 どう考えてもそこに居れば斬られていたはずで、ミコトは驚きと疑問を浮かべる。


 ユウキはと言えば、躊躇わずもう一度剣を振るったところだった。

 再び走った斬撃に、大男の身体は斜めにスライスされ――


「あれ!?」


 見ていたアカリが、素っ頓狂な声を上げる。

 だが、それも無理はない。斬られたはず――というか、事実一度は両断された男の身体が――瞬時にくっついた・・・・・のだ。


 このゲームにおいて、傷が治ること自体はルールに定められた当然の事象だ。

 だがそれには相応の時間が掛かり、身体が真っ二つになったなら優に十分は動けないはずだ。実際、同じ目に遭った眼鏡の男はそのまま倒れている。


 つまり、それが大男の能力ということだ。


「なら、これでどうかな」


 ユウキは再び構えた聖剣を、手の内で九十度返す。

 彼はそのまま扇ぐように剣を振り――突風を巻き起こす。


「なっ!?」


 ごう、と凄まじい音を立てたそれは、大男の身体を木の葉か何かのように軽々と吹っ飛ばした。

 彼は驚愕の声を上げながら、為す術無く宙を舞う。五、六メートルの距離を後退させられた彼は、そのまま無様に地面に転がった。


 と、襲い掛かってきた二人は倒れているというのに、唐突にユウキは剣を動かした。

 直後、ぎぃんと大きな金属音と、何かが砕けるような音が聞こえる。


「前衛二人に遠距離攻撃の後衛が一人か。いいチームだね」


 涼しげな顔で放たれたユウキの台詞から、どうやら屋上に居るというもう一人が攻撃を仕掛けてきたと分かる。

 見れば、ユウキの足元には砕け散った小石の欠片と思しき物が散乱していた。


「つ、強過ぎ……」


 思わずの体で、ミコトはそうこぼす。

 ミコトならおそらく、今の攻防の間に三回くらい死んでいる。


「それほどでも。それに、まだ終わってないよ」


 慣れた様子で謙遜し、油断なく倒れた二人を見据えるユウキ。

 その視線の先では、大男が起き上がり、ぴくりとも動かなくなった眼鏡の男にいそいそと近付いていくところだった。

 そして左手を押し当てると、眼鏡の男の身体があっという間に再生した。


「一瞬でどんな傷でも回復する能力、かな? 面白い発想だね」


 このゲームの負けパターンは、不意打ちで消されるか、捕まえられてから消されるか、ダメージ受けて動けなくなったところを消されるかの三択だ――というのは、いつだったかタイジュが言っていたことだ。

 タイジュはその三つ目のパターンを、『ダメージを受けないこと』で回避していた訳だが――彼は、『ダメージを受けてもすぐ治す』という方法で回避している、という訳だ。



「ん?」


 と、アカリが彼らの様子を見て疑問の声を上げた。

 彼らは何やら耳に手を当て――何かを喋っているようである。


「あれ、Bluetoothのイヤホンマイクだね」


 目を凝らしたマレイが、その正体を言い当てた。


「なるほど、あれで屋上のもう一人と連絡を取ってるのか。本当にいいチームだね」


 高所に配置されたスナイパーが指示を出す。ユウキの言う通り、理想的なチームプレイである。


「って、そんな悠長な……ユウキさんならサクッと退場させられるんじゃないですか?」


 落ち着いて相手の分析をしているユウキたちに、ミコトは焦りを覚える。


「いや、実際動けないんだよ。僕が動くと、屋上から君たちが狙撃される。別にそれでも勝てるけど……嫌だろう?」

「あ、はい。すみません」


 狙撃を防ぐなんて芸当はユウキにしかできない。彼の言葉に、ミコトは謝ってぶんぶん頷いた。

 そうこうしている間に作戦会議は終わったらしく――戦闘は、まだまだ続く。


************


 ――出鱈目だ。

 彼女の感想はその一言に尽きた。


 屋上から戦場を俯瞰している彼女には、その戦いの一部始終を見ることができた。

 ここまで三人のチームワークで勝ち上がってきた彼女たちは、ある程度強敵とも戦ってきている。

 しかしそれでも、これまでと比較にならない、正に規格外の強さをその男は持っていた。


 このゲームの戦闘において、出し惜しみは厳禁だと彼女は思っている。

 だから、初っ端から打てる手はすべて打った。


 しかし彼は――剣の一振りでその全てを切り裂き、薙ぎ払い、不意を衝いたはずの狙撃ですら事も無げに防いで見せた。

 敵は四人組。しかし、まだその男しか戦いに参加していないから、現状三対一でこの有様だ。


『どうする、ナツキ?』


 耳に着けたイヤホンマイクから、そう訊ねる声が聞こえた。『瞬間再生』の能力の持ち主、ハルトだ。


「私は他の三人を狙ってみる。かばって隙が出来るようなら、そこを狙って」


 おそらく、あの男を狙っても永遠に勝てない。なら、仲間を狙って行動を縛る。

 卑怯だと言われようが、それで勝てるなら問題ない。


『了解。俺も分身はある程度そっちに割くわ』


 そう返したもう一人の仲間、ゴロウの能力は『無限の影製アンリミテッド・シャドウ・ワークス』――要は影分身だ。

 出せる人数はかなり多いが、ただのハリボテで攻撃はできない。だが、攪乱としては非常に有用だ。


「うん、よろしく。じゃあ、行くよ――!」


 足元にじゃらじゃらと転がる小石を拾い上げながら、彼女は号令を掛けた。


 彼女、ナツキ自身の能力は『物体射出』。文字通り、触れた物体を任意の方向に高速で撃ち出すだけのシンプルな能力だ。

 その能力を小石に掛け、遠距離から無音で狙撃を行う。それが彼女の役割だ。


 狙いは、一番後ろに控えている少女。

 ナツキの能力に従って、小石は弾丸と化し少女に襲い掛かる。彼女は気付く素振りもなく、そのまま小石に撃ち抜かれるかに見えた。


 しかし、男がまたも超反応を見せた。

 迫るハルトとゴロウを完全に無視し、バックステップ一歩で少女の隣へと現れると剣を振るう。

 ナツキの放った小石は、粉々に打ち砕かれた。


 そして――ギロリと音がしそうな視線を、こちらに突き刺してくる。

 どうやら位置は完全にばれているらしい――と、思ったのも束の間。


「え――」


 男が剣を逆手に持ち替えたと思った次の瞬間には――その剣が、先ほどナツキが放ったのと大差ないスピードで、こちらに飛んできていた。


 咄嗟に身を引くナツキだが、剣の方が速かった。

 躱し損ねたそれはナツキの左腕の半ばに突き刺さり、左腕ごと彼方へ飛び去って行く。


「あうっ――!」

『ナツキ!』


 ナツキの悲鳴に、ハルトがイヤホンごしに叫ぶ。

 しかしナツキは歯を食いしばり――


「今がチャンスだよ!」


 訪れた好機を逃すまいと、必死に指示を飛ばす。

 男が剣を手放した、今を逃せば次は無い。


 そんなナツキの思惑は――見事に外れた。


************


 剣を投げるという行為は、剣士としてあるまじきことかもしれない。

 しかし、ユウキは決して冷静さを欠いてその挙に及んだわけではない。もちろん、マレイが狙われたことに怒りを感じてはいたが。

 武器を手放すというその行為を躊躇いなくできた、その理由は――


「マレイ!」

「うん!」


 聖剣は、一本ではないからだ。

 彼女が触れる物、全てが聖剣たり得る。例えば、足元に転がる小石一つでさえも。


 後ろには、好機とばかりに攻め入ってくる大量の眼鏡男たち。

 マレイが投げた聖剣を後ろ手に受け取り――


「ふっ」


 短く吐いた一呼吸の間に、三人を斬って捨てる。

 休む間もなく訪れる彼らを次々に斬りつけると、彼らは音を立てて消え去っていく。

 その数が十五を超えたあたりで、不意に大男が紛れて現れる。


「もらった!」


 斬られながらそれに一切頓着せず、彼は右手を真っ直ぐにこちらに伸ばしてくる。

 その腕を斬り落としても、次の瞬間には元通りにくっついて変わらずこちらに迫ってくるのだ。


 と、その横から――


「『強制退場』!」


 ミコトが駆け寄って左手を伸ばし、大男を退場させた。

 直後に大男の右手がユウキに触れるが、当然何も起こらない。


「ナイスだ、ミコト!」


 爽やかな笑顔で感謝の意を伝えながら、ユウキは剣を振るってまだまだ大量に居る眼鏡男を倒し続ける。

 大男はと言えば、何故か消えないユウキに驚愕を浮かべながら、「危ないからこっちへ」と言うミコトに引き摺られていった。


「ハルト! くそっ……! こうなりゃヤケだ!」


 分身もあらかた倒され、離れた位置に残された眼鏡男は、もう一度左手で自分に触れる。

 そして――道路を埋め尽くすほどの大量の分身が現れる。


「うわ……すごい数」

「これ、どうするの?」


 ミコトとアカリが、その膨大な人数に引き攣った声を上げる。

 虫だろうが鳥だろうが人間だろうが、数が多すぎると恐怖と気持ち悪さを覚えるものだ。


「マレイ、あれ、頼めるかな」

「もう、しょうがないなあ――」


 しかしユウキは動じず、マレイに何やら話しかけている。

 マレイはと言えば、口ではそんなことを言いながら満更でもない様子でそれに答える。

 そして二人は大きく息を吸うと、凛とした声を発した。



「僕の持つこのつるぎに、不可能はない」


 ユウキは言葉と共に、聖剣を大上段に構える。


「その剣を持つあなたに、不可能はない」


 その声に答えるように、マレイが言葉を紡ぐ。

 大気が震えるような感覚が、周囲を包む。


「この剣は正義の刃、悪を切り裂く絶対の力」

「闇を払う、真の光。その名は――」


 二人の言葉が告げられるに従い――聖剣を、光が包み込んでいく。

 やがて眩い輝きを放ったそれは――


「「エクスカリバー!!」」


 最後の一声と共に、振り下ろされる。


 その一撃は最早斬撃ではなく、迸る光の奔流だった。

 神々しい輝きが辺りを駆け抜け、激しい大気の振動がミコトたちを襲う。

 その光は徐々に薄れていき――


 光が散った幻想的なその空気の中――その場に残されたのは、へたり込む眼鏡の男の本体だけだった。その眼鏡が、ぱきりと音を立てて真っ二つになり、地面に落ちる。


「うん、上手く加減できたみたいでよかった。分身があと十人くらい少なかったから、消し飛んでただろうね」


 そしてさらりと、やはり爽やかな声と笑顔で――ユウキは、物騒な台詞を吐いたのだった。


**********


 その後、戦意喪失した眼鏡男――ゴロウと、ちゃんと左腕がくっついた後の少女――ナツキを退場させ、戦闘は無事に終了した。


「ミコト、さっきは助かったよ。ありがとう」


 大男、ハルトの退場に関して、ユウキは改めてミコトに感謝を告げる。


「いやあ、役に立ててよかったです」


 ミコトはほっと安堵の息とともに、そう言葉を吐き出した。

 あれが無ければ完全に役立たずだったので、なんとか共闘の体を保てた、というところか。もっとも、ユウキならあの場面でもなんとかできた気がしないでもないが。


「それにしても、すんごかったね! 光がばーって!」

「ホントにね! ぐおおおって! っていうか、詠唱! カッコよかった!」


 最後の攻撃にアカリが感動の言葉を語り、ミコトも一緒になって喋るのだが、二人とも語彙が足りずに擬音でしか表せなかった。


「ありがとう。マレイのこの剣のお蔭だよ」

「うんうん。この剣をユウキが持ってれば、無敵なんだから」


 称賛を素直に受け止めるユウキとマレイの二人は、お互いにお互いを褒め合っていた。

 その言葉と、先ほどの詠唱を聞いていれば分かる。


 この聖剣の強さは、二人がお互いに信頼している証だ。


 聖剣はマレイの能力だから、マレイの想像力が強さの源である。

 そしてそのマレイは、ユウキの強さを信じきっているのだ。マレイの想像の中では、聖剣を持つユウキに不可能はない。


 そしてユウキの方も、マレイを完全に信じている。彼女の創った聖剣に、不可能はないと。

 故に彼は、迷うことなく聖剣を振るえる。彼が想像したことは、全てマレイのお蔭で実現できると、そう信じているのだ。


「二人分の想像力と信頼――だから、あんなにも強いんだ」


 ミコトは納得して、ひとりごちる。

 その呟きに、ユウキとマレイは笑って頷いた。


 そんな二人の強さは、美しく眩しい。


「さあ――君にも、信じてる仲間が居るんだろう? 早く、合流しないとね」

「――はい!」


 ユウキの言葉に、ミコトは力強く頷く。


 ――この人たちと、仲間になれて良かった。

 ミコトは、改めてそう思った。

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