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イマジン鬼ごっこ~最強で最弱の能力~  作者: 白井直生
第四章 競争と狂騒
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第四章6 合流に向けて

 漂う薬品の匂いに、清潔な白い壁。静かすぎるその空間を、急ぎ足で駆け回る音がひとつ、重たい足取りで何かを引きずるような音がひとつ。


「ユウ、ありました! 手術室です!」

「わかった、今行く」


 張り詰めた声で呼ばわるリョウカに、ユウは息を絞り出すように答えた。いくら女子一人とは言え、気を失った人間を運ぶのはかなりの重労働だった。



 突然現れた男との戦いに勝利したユウとリョウカ、そしてウタネは、傷を負ったウタネの手当てをするために病院に来ていた。


 このゲームでは基本、傷の手当てをする必要はない。放っておいても勝手に治るからだ。それに、病院に医者は居ない。日本中の大人たちが、どこかに消え失せている。


 にも関わらず病院に来たのは、ウタネの傷が普通ではないからだ。

 彼女はあの男の能力によって、小石を身体の中に直接埋め込まれている。


 小石がそこにある限り、肉体の修復は完了しない。だから、小石を取り出す必要がある。それはさながら、盲管銃創のように。

 しかし、盲管銃創とこの傷が違うのは、入口すらないという点だ。どこに石が残されているのかすら、外見では判断が付かない。


 そういう状況の中で、歩いて五分の距離――ウタネを背負いながらだったので倍かかったが――に、病院があったのは僥倖だった。



 手術室にウタネを運び込み、手術台に寝かせたところで――置いてあったメスを取り、ユウはウタネに向き合っている。


「ユウ、まさかやったことあるんですか……?」

「あるわけないだろ。でも、やるしかない」


 リョウカの淡い期待の籠った声を、ユウは即座に否定した。そもそも医療免許が無ければ、本来手術を行ってはいけないはずだ。

 もちろん、そんなことを言っている場合ではないのだが。


「薬品は流石に使えないから……麻酔無しだ。暴れないように、台に縛り付けないと」


 とんでもないことを平然と言いながら、ユウは一度メスを置いて辺りを見回す。そして灯台下暗し、手術台に固定用のベルトが付属していることに気が付くと、それを使ってウタネの身体を四苦八苦しながら固定した。


「ん……って、えぇ!? 何これ!? あっ痛っ、いたたた!」


 そのタイミングでウタネが目を覚まし、驚きの声を、次いで痛みに悲鳴を上げる。


「タイミングの悪い……眠ったままだったら楽だったものを」

「台詞だけ聞くと、完全に悪役のそれですね……」


 目が覚めたら手術台に固定されていて、刃物メスを持った男が目の前に居る。

 ウタネからすれば状況的に完全にホラー映画で、そこにユウの台詞である。リョウカが弱々しい声でそうツッコむのも無理はない。


「えっと、リョウカ、とそのお友達さん……? これはどういう状況……?」


 突然そんな状況に置かれて、ビクビクと怯えた様子でウタネは二人に話しかける。


「ウタネ、私をかばってあの男の人の攻撃を受けたのは覚えてる?」

「あ、うん。それは覚えてるんだけど……」


 リョウカが説明すると、ウタネは答えながら身体をちょっと動かそうとしてみせた。ガッチリと固定されているので、手術台が少し軋む音を立てるだけだ。

 そんなことをして痛みに顔をしかめるウタネだが、その甲斐あって『なんだって縛り付けられてるのか説明して』という意図は十分に伝わった。


「アンタの身体にはそのときの小石が残ったままなんだ。これだと傷が治らないから、今から切開して、それを取り出す」

「え゛っ……ち、ちなみに、もしかしてやったことあったり……?」


 望み通り告げられたユウのあっさりとした説明に、しかしウタネはぎくりと身を強張らせる。

 キラリと光るメスを見ながら、おそるおそる、やはり淡い期待を持ってリョウカと全く同じことを訊ねる彼女を、


「だから、あるわけないだろ。でも、このまま放っておくわけにもいかないし」


 ばっさりとユウは切って捨てた。


「ま、麻酔は……?」


 自由に動かせる部位である首を左右に振りながら、涙目で本来手術室にあるべきそれの存在を探すウタネ。だが、残念ながらどこにも見当たらない。


「どれが麻酔か分からないし……仮に分かったとしても、適切な分量も分からないし、そもそも注射できないし」

「注射できない人が切開して手術ってどうなの!?」


 麻酔が無いことに対する言い訳らしき言葉を語るユウに、ウタネは真っ当過ぎる抗議を叫ぶ。


「死なないんだから我慢してくれ。うっかり麻酔で眠って、全然目が覚めないのが一番面倒くさい」


 だが、ユウはと言えば取りつく島も無い。きっぱりと首を横に振りながら、無情な宣言をウタネに告げた。


「しゅ、手術をしないという選択肢は……ほら、ズキズキするだけだし……?」

「無い。足手まといを連れて行くつもりはないから」


 ウタネがダメ元で最後の抵抗をするが、やはりユウはにべもなくそれを却下した。

 いざという時、痛みで動けないでは困る。それはそれで正論なのだが、待ち受ける痛みを想像してウタネは盛大なため息を吐いた。


「リョウカの役に立ちたいんだろ。悪いけど耐えてくれ」


 そしてユウは、的確にウタネの痛いところを突き――彼女を奮起させる。


「――わかった」


 それだけで、彼女は痛みを受け入れた。リョウカの方を見て目が合うと、強い眼差しでぐいと頷く。


「――よし。じゃあ始めよう」


 ユウのその合図と共に、ウタネと痛みとの壮絶な戦いが始まった。


************


「……お礼は絶対、言わないからね」


 ウタネは手術台の上で恨めしげな視線をユウに突き刺しながら、弱々しい声でそう宣言した。


「結構だよ。俺は俺の都合でやっただけだし」


 ユウもまた疲れた様子でそれに力なく答え、だらしなく床に足を投げ出して座り込んでいる。

 手術台を挟んだ反対側では、リョウカがユウと同じような体勢を取っていた。


 ウタネの手術は無事――痛みで叫び過ぎて喉が涸れた以外は――終了し、3人は銘々にぐったりと休んでいるのであった。


「本当に、本当に痛かったんだから。うう、初対面の男に身体の中までまさぐられて……私、もうお嫁に行けない」

「また、台詞だけ聞くと勘違いしか生まない内容ですね……」

「本当だよ、人聞きの悪い。でもまあ、そんな減らず口が叩けるなら大丈夫だな」


 三人でそんな気の抜けたやり取りをした後、「よいしょ」という掛け声と共にユウが立ち上がる。


「どこに行くんですか?」


 そのまま歩き出したユウにリョウカが訊ねると、彼はケータイを軽く振って答える。


「ミコトに連絡を入れてくる。いろいろ状況も報告しておきたいし、しばらく電話してくるよ」


 それだけ言い残し、ユウは手術室を出て行った。

 おそらく気を遣って二人にしてくれたのだと、リョウカは思った。



「……ウタネ」


 訪れた沈黙にしばらく耳を傾けた後、不意にリョウカが座ったまま姿勢を正し、声を上げる。


「……なに?」


 ウタネも答えながら、手術台からゆっくり身を起こし――リョウカと目を合わせる。


「……ありがとう。助けてくれて」

「……うん」


 リョウカが口にした感謝の言葉に、ウタネは静かに答える。


「正直、まだウタネのこと……少し怖い。あの日のことは忘れられないし……私はあの日からずっと、歌えないまま」

「え……」


 伏し目がちに、自分の思いを吐露するリョウカに、ウタネの瞳が揺れ、声が漏れる。

 リョウカの声が出なくなった事実を、彼女は知らなかったのだ。


「笑って許して、何も無かったみたいに振舞うことはできない。それでも、ウタネはあんな目に遭ってまで私を助けて、一緒に戦うことを選んでくれた」


 リョウカはすっと立ち上がり、ウタネのもとへ歩み寄る。


「だから、信じてみたい。……信じさせて? 私と、私の仲間を、助けてほしい」


 そう言って、彼女は右手を差し出した。


「……ありがとう。もちろんだよ……この命に代えても」


 ウタネはリョウカの右手を取り――にへら、と笑い、そして涙を一筋こぼしながら、そう答えた。


「あとね」

「……なに?」


 そのままリョウカがそう続け、ウタネは首を傾げる。


「ウタネがここまで生き残ってて、よかった」


 リョウカはそう言って――ようやく、曇りのない笑顔を見せた。

 ウタネはそれを見て、顔を歪め、涙をこぼし、それをぐいと拭い――


「……うん。私も、リョウカが生きててよかった」


 昔と変わらない笑顔と声で、そう答えた。


*************


 コンコン、とドアをノックする音が聞こえ、リョウカが「どうぞ」と答える。

 すると手術室のドアが開き、ユウが様子を窺いながら入ってきた。


「……ミコトと連絡を取って来たよ」


 彼は二人の様子を見て、どういった結論が出たのかを察したのだろう。穏やかな声でそう告げた。


「はい。……ありがとうございます」


 リョウカは、答と共に感謝を告げる。彼が気を遣ってくれたことに対しても。


「ん。で、向こうどうやら仲間が増えたらしい。しかも二人」


 適当な返事をしながら、ユウは一点目の連絡事項を伝える。

 その中に、暗にウタネを仲間と認める言葉を混ぜながら。


「なんというか、流石ですね」


 それが嬉しくて、リョウカは自然と笑いながら素直な感想を漏らす。


「本当にな。で、これからなんだけど……とりあえず、ここで合流することが決まった」


 ユウもちょっと笑ってそれに答え、二点目の連絡事項を伝えながらスマホを差し出した。

 そこに映っていたのは地図アプリで、『調布飛行場』にピンが立っている。


「だいたいここから、二十キロくらい東だな。ミコトたちからも同じくらいで、合流までにに敵と出くわす可能性が高いから、場所はただの目安だ。連絡を取り合いながら微調整していく」

「そうですね、分かりました」


 ユウが立てたであろうプランに、リョウカは納得して頷く。


「えっと……さっきから出てる、『ミコト』ってどちら様?」


 と、そこにウタネが口を挟んだ。


「あ、言ってませんでしたっけ。私たちの仲間だよ。あともう一人、アカリって女の子が居て、私たちはここまで……四人で戦ってきました」


 口調を決めかねたように敬語が入り混じりながら、リョウカは説明する。

 四人で、というところで口ごもったのは、タイジュのことを思い出したからだ。


「そういうことだから、多少時間をロスしてでも合流する。新しい仲間はどうやら鬼強らしいから、そこからでも巻き返せると思う」

「そっか、わかった」


 痛ましい表情を一瞬浮かべ、それを押し殺しているリョウカを見かねて、ユウは説明を引き取った。

 ウタネは納得し、頷きを返す。


「よし、じゃあ出発……の前に。セオさんの能力を教えといてもらえるかな」


 話を畳もうとして、ユウは思い出したようにウタネに訊ねた。

 さっきの戦いで、最後に彼女は能力を使ったのだと思う。だから、あの鉄の杭は男に当たった。


「あ、そう言えば言ってなかった。私の能力は『能力無効』って言って、私が触れた物に別の能力が掛けられないようにする能力です。ちなみに、既に掛かってる物に対しても上書きできるよ」


 あの男は、物理的な攻撃に対して左手で触れて能力を発動し、透過することで防御としていた。ウタネの能力は、それを無効化していたということだ。

 しかもウタネの説明からすると、例えばユウの『接続』やリョウカの『完全停止』も、ウタネが後から触れれば解除され、ウタネが能力を解除するまでそれはウタネのものということになる。


「……強いな」

「まあ、伊達にここまで生き残っていないからね」


 ユウが思わずそう漏らすと、ウタネはちょっと得意気な顔をした。

 言われてみれば、ウタネはここまで一人で生き残っていた訳で、弱いはずがなかった。


「うん、そうだな。で、俺たちの能力なんだけど――」


 ユウは納得して、今度は自分たちの能力を説明する。



「――ってとこだな。時間ももったいないし、後は道すがらでいいだろ。出発しよう」


 最低限、お互いの能力さえ分かっていれば戦闘になっても大丈夫だ。ウタネの傷も問題なく癒えている。

 ユウのその判断で、三人は合流に向けて動き出した。


************


「ミコトくん、ユウくんはなんて?」


 四人で歩きながら、通話を終えたミコトにアカリが訊ねる。


「うん、『調布飛行場』ってとこで合流しようって」

「『調布飛行場』……ここから西の方だね。方向はこっちで問題ない」


 ミコトの答に、ユウキが地図を確認して口添えする。

 ユウたちが居る方を目指して歩いていたのだから当然と言えば当然だが、大きくズレていないのが確認できた。


「それから……セオウタネさんと、一緒に戦うことになったって」


 ミコトはもうひとつ、ユウから聞いた事実を伝える。

 ユウキとマレイは首を傾げているが、アカリはその名前が記憶に引っ掛かって思い出そうと顔をしかめる。


「セオウタネ……? って、それって確か……!」

「うん、リョウカちゃんの話に出てきた子ですね」


 そうして思い出した彼女の正体を、ミコトが肯定した。


「他の人と戦ってたときに、リョウカちゃんをかばってくれたんだって。『まだ完全に信用はできないけど、様子見ってところかな』――だって」

「あ、ちょっと似てる」

「伊達に十年友達やってませんよ」


 わざわざ声を真似てユウの台詞を引用し、ミコトは彼から聞いた経緯を説明する。

 そんな気の抜けたやりとりの後、しかしアカリの表情は曇る。


「リョウカちゃん、大丈夫かな……」


 事が事だけに、彼女の心情は穏やかではないはずだ。アカリはリョウカのような体験をしたことがないから、想像でしかない。それでもその辛さは、想像するだけでも少し分かる。


「大丈夫だよ。ユウくんだって居るし」


 不安に駆られるアカリを励ますように、ミコトは明るい声と言葉を掛ける。


「うん……そうだね」


 ミコトの言葉に、アカリはそう言って頷いた。不安が消えたわけではないが、今ここで心配してもしょうがないと気持ちを切り替える。


「詳しい事情は知らないけど……ミコトの仲間なら大丈夫だろう。それに、今は自分の心配をした方がいい」

「自分の……?」


 と、ユウキが突然立ち止まり、口を挟んできた。しかし言葉の後半はその意図が分からず、ミコトも立ち止まって訊き返す。

 全員が足を止めたのを確認すると、ユウキは声を落として告げた。


「敵が居る」

「え……!?」


 唐突な報告に、ミコトとアカリは目を丸くする。二人には、人影を確認することはできなかった。


「三人、だね。あの建物の陰に一人、その屋上にもう一人。道路を挟んで反対側の陰にも一人だ」


 目を瞑って耳を澄まし、ユウキは敵の位置と人数を言い当てる。


「け、気配とか、分かるんですか……?」

「まあ、ある程度はね」


 マンガでしか見たことのないような仕草と言葉に、ミコトはおそるおそる訊ねる。

 すると、事も無げにユウキは肯定の言葉を返した。


「すごい、武術の達人みたい」

「みたいじゃなくて剣道の達人よ」


 アカリが素直な感想を漏らすと、マレイからツッコミが入った。


「いやいや。言っただろう、この聖剣のお蔭で感覚器官が研ぎ澄まされているんだよ。普段の僕なら、流石にこの距離では気が付けない」

「近かったら気付くんですね……」


 そんな三人の反応を見て謙遜するユウキだが、謙遜してもやはりその強さが滲み出ている。

 ミコトは最早感動しながら呟いた。


「さて――隠れている人たち! そんなことしても無駄だから、出てきてくれないかな」


 ユウキが堂々とした大声で呼ばわると、建物の陰に居た二人がゆっくりと出てきた。

 そして彼らを値踏みするように眺めた後、ユウキはミコトたちに話しかける。


「ああ、そう言えば。『自分の心配をした方がいい』とは言ったけど……よく考えたら、その必要はなかったよ」


 唐突に自分の言を翻した彼に、ミコトは首を傾げる。


「なんでですか?」


 そう訊ねると、ユウキは剣を抜き放ち――


「僕が居るからね」



 そう言って、不敵に笑ったのだった。

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