20 はじめての逆リョナ
邪神に捧げるために自らの心臓を抜き取った狂信者のように、剥がした「90% OFF」のシールを天に掲げるマリー。
それがかつて貼られてあった部位に視線が集中する。
そこに燦然とあったのは……文字が黄金に輝く「95% OFF」のシールであった。
「刻むんかいっ!」
ウロから身を乗り出すほど注目していたミームは身を投げ出す勢いでズッコケた。
「ああっ、もういいっ、5%はオマケだ!!」
しびれを切らしたレッドライディングはヒロシを指さす。
「いけっ、メス犬っ! まずはあのガキを半殺しにするんだっ!!」
さらに剥がすのを要求されなかったのでちょっと安心した風のマリーは仁王像のような表情を取り戻す。地面に刺さった愛刀チョコエッグを引き抜き、大地を大きく蹴った。
かつてマリーであった存在は体当たりも辞さない勢いで、斬馬刀のような大刀を振り下ろす。
まっぷたつにせんばかりの軌道を、半身ずらしでかわすヒロシ。刀身が空を裂き放つ風を肌で感じていた。
外れた切っ先はドカンという音とともに地を穿つ。
太刀筋のスピードと破壊力が倍にあがっているのを実感し、ヒロシはひやりとした。
一瞬の後に返す刀で斬り上げが襲ってきて、バランスを崩しながらもなんとかかわす。
反撃をしようとしたが相手の追撃のほうが速く、止めどない連続斬りとなって襲いかかってくる。かすっただけで終わるようなブン回し攻撃たちをヒロシは必死に捌き続けた。
相手に攻撃のスキを与えず一気に攻めつぶすのはマリーの得意戦法。
ヒロシはこの世界に来て最初にマリーと戦ったが、そのときはまだ付け入るスキがあったし何より体調も万全だった。
しかし今回は大幅なリミッターカットにより太刀筋が明らかに鋭くなっているのと、先ほど木に叩きつけられたときのダメージが残っているせいで紙一重でかわすのが精一杯だった。ミルクの攻撃を楽々とかわした余裕は今は残っていない。
攻撃は熾烈であったがヒロシは決して受け太刀をしなかった。自分が得意なのは回避であって防御ではないと知っていたからだ。
そのうえ腕力の違いも歴然。ヒロシはリミッターが掛かっている普段のマリー相手でも片手で引きずられてしまうほど非力なのだ。
ほぼ全力であろう今の剣撃を付け焼き刃の防御で受けたが最後、あっさりと力負けしてしまうのは目に見えていた。
しかし小さい子とはいえ人ひとり背負って戦っているにも関わらず、マリーは疲れ知らずだ。先に少年のほうがへばってしまいそうだった。
「チッ、テメーは振り回すだけしか脳がねえのかっ! 必殺技だっ! 一発デカいのをブチかましてやんなっ!!」
特等席で戦いを見守っていたレッドライディングに炊きつけられて、マリーは姿勢を低くしてヤクザのように肩に刀を担ぐ構えをとった。
直後、大きく踏み込みながら気を吐く。
「でやぁぁぁーっ!!」
大上段からの袈裟斬りが空を切る。少し離れていたヒロシは見切ったつもりで避けなかった。
確かに届いていなかったはずなのに、少年の肩から脇腹にかけてズバッと裂けた。
「ううっ!?」
焼け火箸を押し当てられたような痛みが走り、水芸のように血が吹き出す。
まるで死の手品にかかってしまったかのような光景だった。
「け、剣圧や! 剣圧で斬ったんや!!」
遠くで響く妖精の声を聞くヒロシ。
連撃に続くマリーのもうひとつの剣技、剣を振ったときの衝撃波を飛ばし、離れた敵を斬撃する……!
校長のスジリエや署長のポリティは魔法や銃などの飛び道具を使っていたが、その様子を事前に見ていたので実戦でもかわすことができた。
だがマリーに対しては先の戦いで遠距離攻撃を持っていないという先入観ができあがっていた。完全に油断していた少年は本来はかわせるはずの攻撃をまともにくらってしまったのだ。
「ヒャーッホウ! やるじゃねえか! 一気につぶせーっ!!」
レッドライディングは上機嫌で指を鳴らしてさらにけしかける。
マリーは愛刀を再び地面に突き刺した。少年の血にまみれたそれを棒高跳びのポールのように使い、跳躍する。
「せいやぁーっ!!」
続けざまに放たれる高飛び蹴り。
斬られたショックで呆然としていたヒロシの腹に、厚底ブーツが深くめり込んだ。
「ごはっ!?」
少年の身体はくの字に折り曲がり、紙切れのように吹き飛ぶ。
地面に叩きつけられ、血の跡を残しながら転がった。
内蔵が破裂したかのような激痛が走る。ヒロシは死にかけのセミのように身体を丸めた。
苦しくてむせると、胃から血が逆流して口の中が血まみれになった。
喉に引っかかるので指を突っ込んで吐き出そうとしたが、腕が動かないことに気付く。先の斬撃で鎖骨が折られたのだ。
えづきながら喉に詰まったものを吐き出そうする。
息がでず、酸素が足りない金魚のように口をパクパクさせる。
ツキカの治癒魔法により多少の回復はしたものの、それを上回るダメ押しでヒロシは一気に瀕死状態に追い込まれてしまった。
勝利を確信したマリーは苦悶の表情で喘ぐ少年にゆっくりと近づいていく。
虫けらを見下ろす眼差しでヒロシを跨ぐように足を振り上げると、そのまま厚底で喉仏を踏み抜いた。
「んぐ……っ!?」
マリーの足元でもがくヒロシ。両手でブーツを掴んで外そうとするがグリグリ踏み込まれてさらに食い込んでくる。
「や……やめ……マ……リ……」
苦痛に顔を歪めながらも目を見開くヒロシ。すぐ上にはマリーの綺麗な生足と丈の短いスカートが踏みつけにあわせて揺れていた。
薄暗い下腹部を包む、面積の少ない水色の布地を見ながら……少年の意識は少しづつ薄れていった。




