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帰る場所――忘れたはずの彼が、気になってしまう。 ―琥珀の瞳が、嘘をつくー ミア×キース編  作者: HANABI


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番外③:雨の音と、少しの熱(3年・夏)

ミア×キース

夏の山小屋で…

空はさっきまで、あんなに晴れていたのに。


「ちょっと待って、これやばくない?」


ぽつり、と落ちた雫が、次の瞬間には一気に強くなる。


「……降るな」


「いや“降るな”じゃなくてもう降ってるって!」


ミアが思わず声を上げた瞬間、ざあああっと音を立てて雨が降り出した。


「ちょ、ちょっと! 走るよ!」


「分かってる」


二人で駆け出す。夏の雨は遠慮がない。

数秒で服がじわっと濡れてくる。


「うわ、最悪……!」


「こっちだ」


キースが少し前を走りながら、手で方向を示す。

視界の先に、小さな山小屋が見えた。


「助かった……!」


二人はそのまま中へ駆け込む。



屋根を打つ雨音が、強く響いている。


小屋の中は薄暗く、湿った木の匂いがした。

古い床板には雨で濡れた足跡が残り、外から吹き込んだ冷たい空気が肌にまとわりつく。


「はあ……びっくりした」


ミアが息を整えながら、濡れた髪を払う。


指先に触れた髪は冷たく、雫がぽたぽたと床に落ちた。肩も、腕も、制服の裾までびっしょり濡れている。


「……結構濡れたな」


キースも同じだった。


髪の先から水が滴り、濡れた制服が肌に張りついている。

雨の匂いと、土の匂いが小屋の中まで入り込んでいた。


「夏でよかった……って言いたいけど、普通に寒いんだけど」


「そりゃ濡れてるからな」


ミアが小さく身をすくめる。


濡れた服が風を吸って、体温を奪っていく。

肌に触れる布の冷たさに、思わず肩が震えた。


「くしゅんっ」


「……風邪ひくぞ」


「ひきたくてひくわけじゃないよ」


少しだけ拗ねた声。

キースは小屋の中を見回した。


壁際には古い棚。

隅には乾いた薪が何本か積まれている。

埃っぽい空気の中に、かすかに木の匂いが混じっていた。


「薪、あるな」


「ほんと?」


「火、つけられるか」


ミアが少しだけ表情を明るくする。


「任せて」


しゃがみ込んで、手をかざす。


濡れた指先に小さな火が灯る。

最初は頼りなく揺れていた炎が、やがて薪の端に移った。


ぱち、と小さな音が鳴る。


湿った空気の中に、焦げた木の匂いがふわりと広がった。やがて火は少しずつ安定し、小屋の中にやわらかな熱を満たしていく。


「……あったかい」


ほっとしたように、ミアが火に手をかざす。


冷えていた指先に、じんわりと熱が戻ってくる。

濡れた服からは、少しずつ水気が抜けていくようだった。


「さすがだな」


「でしょ?」


少しだけ得意げに笑う。


火の光を受けたミアの頬が、ほんのり赤く見えた。

濡れた髪が頬に貼りついて、いつもより少しだけ大人びて見える。


キースは一瞬だけじっと見て――すぐに視線を外した。


外では、まだ雨が強く降り続いている。


屋根を叩く音。地面に跳ねる水音。

時折、風が吹いて小屋の壁をきしませる音。


しばらく、静かな時間が流れた。

火の音と、雨の音だけ。


「……ねえ」


ミアがぽつりと声を落とす。


「なんだ」


「こうやって二人でいるの、なんか久しぶりだね」


「そうか?」


「そうだよ。最近みんな一緒が多かったし」


「……まあな」


短い返事。でも、否定はしない。


火がぱちりと爆ぜる。

その音に、ミアの肩が少しだけ揺れた。


「……くしゅんっ」


「まだ寒いのか」


「ちょっとね」


腕をさすりながら笑う。


けれど、その笑い方は少しだけ弱い。

指先はまだ冷たそうで、濡れた袖から雫がひとつ落ちた。


その様子を見て、キースは少しだけ眉を寄せた。


そして――


「……こっち来い」


「え?」


キースは、火のそばを少しだけ指した。


そこは小屋の中で一番あたたかい場所だった。

ぱちぱちと薪が爆ぜるたび、橙色の光が床に揺れる。


「あ、うん」


ミアが少し近づく。

距離が、ぐっと縮まった。


肩が触れそうなくらい。

火の熱と、相手の体温が混ざる。


雨で冷えた服からは、まだ湿った布の匂いがしていた。

けれど隣に座ると、キースの体温が思ったより近くに感じられる。


(……近い)


意識した瞬間、少しだけ鼓動が速くなる。


外では雨が屋根を叩き続けている。

その音が大きいせいで、逆に小屋の中は二人だけの場所みたいだった。


そのとき。

足元が少し滑った。


「――っ」


バランスを崩しかけた瞬間、ぐっと腕を掴まれる。


「危ねえだろ」


「ご、ごめん……」


そのまま、支えられる形になる。

距離が、さらに近い。


手首を掴まれたまま、なぜか離されない。

指先が少し冷たい。

でも、掴んでいる手のひらはあたたかかった。


(……あれ)


ミアは少しだけ視線を上げる。


キースも、こちらを見ていた。


火の光が、濡れた髪の先を淡く照らしている。

近すぎて、息の音まで聞こえそうだった。


一瞬だけ、目が合う。


でも、どちらも何も言わない。

ただ――そのまま、手が離れなかった。


少しだけ力が緩んで、形が変わる。


掴む、から。


触れる、に。


(……これ)


ミアの指先が、ほんの少しだけ動く。


迷って。でも――そっと、握り返した。


一瞬だけ、キースの手が止まる。


でも、離れない。

むしろ――ほんの少しだけ、強く握られた。


(……ああ)


胸の奥が、じんわりとあたたかくなる。

火のせいじゃない。


「……寒くないか」


ぽつりとした声。


「うん、もう大丈夫」


ミアは小さく笑う。本当は、少しだけ違う。


(あったかい)


この手が。この距離が。

外ではまだ雨が降っている。


湿った木の匂い。

薪の焦げる匂い。

屋根を叩く雨音。

手のひらから伝わる熱。


全部が混ざって、胸の奥に静かに残っていく。


二人の間には、雨の音に隠れるような小さな熱が残っていた。


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