助けた命
宿舎に帰ったカミュは捕虜に対しての聞き取りを行うことにした。
前回の戦闘で投降した黒鋼騎士団の騎士や、戦闘不能に陥っていた者を捕虜として砦に収容したのだ。
戦闘が長期化したので帝国軍について分かっている事は多いが、最新の情報はやはり貴重だ。
真実かどうか見極める必要はあるが、それでも無視出来ない情報源だった。
カミュが収容所を訪れるとマーカスが収容所の前に立っていた。
「マーカス、また来てたの?」
「カミュか……あの女が壊れちまったのは俺の所為だからな。俺の影を見るだけで錯乱するから、直接様子を見る事は出来んが気になってな」
マーカスはあの時、ナタリアを殺さなかった。
剣を振り下ろしたと同時にナタリアは気を失い、体勢が崩れ剣が彼女を殺める事は無かった。
失神した敵を殺す事をマーカスは厭い、戦いが終わった後、捕虜として連れ帰ったのだ。
「彼女は装備から察するに遊撃部隊の隊長だったんじゃないかしら?」
「多分な。正気に戻りゃ、話を聞く事も出来るんだろうが、あの様子じゃな……」
「まだ話は出来ないの?」
「世話をしている侍女とは多少会話はしているらしい……カミュ、女のお前なら少しは話せるかも知れん」
マーカスの話を聞いてカミュはナタリアと話してみる事にした。
これまでは医師から酷く怯えているから話すのは難しいと言われ、別の捕虜を優先していたのだ。
「……彼女と話してみるわ」
「そうか。後で様子を教えてくれ」
カミュはマーカスと別れ収容所の独房へ足を運んだ。
看守の兵に話して鍵を開けてもらい、牢の中へ足を進める。
小さな窓から入る光の影に白い服を着た人影がうずくまっていた。
人影に近づくと人影はカミュから逃げるように牢の隅にうずくまり、体を丸めて小刻みに震えている。
「何もしないわ。少しお話したいだけ」
そう声を掛けると金色の頭がカミュを見上げた。
青い瞳に怯えが浮かんでいる。
「大丈夫」
そう言ってカミュは膝をつき、ナタリアと同じ高さに目線を合わせた。
「貴女、お名前は?」
幼い子供に語りかける様に、カミュは問い掛けた。
それは彼女の目が、虐げられた孤児の目と同じ様に見えたからだ。
「……ナタリア……ねぇ、あなたはわたしをいじめない?」
「ナタリア。いい名前ね。大丈夫、誰も貴女を虐めたりしないわ」
「……ほんとう?」
「ええ、本当よ」
カミュの答えでナタリアは、少し安心したように微かに笑みを浮かべた。
「ナタリア、床は冷たいわ。ベッドに座ってお話しましょう?」
「……うん」
カミュは彼女の手を取り、ベッドに座らせた。
ナタリアはベッドに座った後も、カミュの手を握りしめていた。
不安そうな顔が不憫に思え、カミュは彼女の頭を優しく撫でた。
恐らく彼女の方がカミュより何歳か上だろうが、カミュの目にはナタリアが助けを求める幼子の様に写った。
「ナタリアは何がそんなに恐ろしいの?」
「……オーガがわたしをころしに来るの」
「オーガ?」
「あのね。大きなけんをもった、とっても大きいかいぶつなの」
怪物と聞いて、カミュは彼女が恐れているものが何か分かった。
彼女にはマーカスの姿が、巨大なオーガに見えたのだろう。
「大丈夫よ。そのオーガはお姉ちゃんが退治して部下にしたから。貴女が殺される事はもうないわ」
ナタリアは大きく目を見開きカミュを見た。
「オーガ、たいじしたの!?」
「ええ、今は私の言う事をよく聞くいい子になったのよ」
「ほんとう!? おねえちゃん、すごいね!」
ナタリアはキラキラした目でカミュを見た。
「フフッ、私はナタリアの話が聞きたいわ。ナタリアはどんな所で生まれたの?」
「……えっとね。たかい山のちかくだよ。牛さんがたくさんいて、お父さんとお母さんは牛さんのお世話をしてたの」
「そう、牛さんの事好き?」
「うん。ナタリア、牛にゅう大すき」
ナタリアはそう言うとあどけない笑顔を見せた。
「それから、どうしたの?」
「えっと、家に兵たいさんが来て、お父さんを連れてっちゃったの。ナタリア、いっぱい泣いて、止めてって頼んだのに、聞いてくれなかった」
涙ぐむナタリアを抱きしめ、彼女の頭を優しく撫でる。
「……ごめんね。辛いことを聞いて」
「……うん」
「それじゃ、お母さんと牛さんだけになっちゃったの?」
「うん。でもね、近所のおじさんやおばさんが手伝ってくれたから、牛さんの世話は出来たんだ。ナタリアも手伝ったんだよ」
「そう、偉いわね」
えへへと笑って、ナタリアははにかんだ。
「それじゃ、ナタリアはお手伝いをしながら、お家で暮らしていたのね」
「うん。でもね。何年かして、お母さんは……母は亡くなりました。他に身寄りのなかった私は、軍の士官学校へ入ったのです」
彼女の喋り方が急激に変化した事にカミュは驚きを覚えた。
記憶をたどる事で、退行していた意識が戻っているのだろうか。
「そこで、武器の扱いと兵法について学びました。そのまま軍に入った私は、父がオーバルとの戦いで戦死した事を知りました」
「それを知って貴女はどう感じたの?」
「……国を憎む気持ちは正直ありました。ですがそれを言えば処刑される事も分かっていました。私は父を殺した王国を憎む事で気持ちを挿げ替えていたように思います」
ナタリアの表情や仕草はもう幼い子供ではなくなっていた。
この女性は全て理解した上で、自分の心をコントロールしてきたのだとカミュは感じた。
「ナタリアはずっと軍にいたの?」
「はい、王国との小競り合いで、武功を上げる内、団長から声を掛けられ皇帝直属の黒鋼騎士団に入団しました。それまで戦争は死に対する恐怖との戦いでしたが、騎士団に入ってからは恐れを感じる事は少なくなりました」
「それは何故?」
ナタリアは笑みを浮かべた。それは先ほどまでの物と違い、ひどく酷薄なものだった。
「防具が全て防いでくれるからです。逆にこちらの攻撃は相手の鎧を簡単に貫きました。戦闘が恐怖から作業に変わった様に思えました」
「黒鋼騎士団は強いのね」
「はい、我々は無敵です。特に団長の率いる零番隊は、最新の装備を常に支給されています。将軍の邪魔さえなければ、早い段階でロードリア領は我々の物になっていたでしょう」
話が核心に迫ってきた事で、カミュは思わず唾をのみ込んだ。
「……そんなに零番隊は強いの?」
「当然です。一番隊から九番隊までは云わば一軍です。その中でも選りすぐりが零番隊に取り立てられます。彼らに勝てる者などこの世にいないのでは無いでしょうか」
「……貴女は何番隊なの?」
「私は十二番隊です。そこで隊長をしています。武功を上げればいずれ、三番隊に入れるでしょう」
黒鋼騎士団は二千人程だと聞いている。前回の戦いで隊長クラスはナタリアを含め三人。
一人の隊長が百人を束ねている事になる。カミュ達が潰したのは四つだから、残りは十六。
今攻めてきている弓隊を潰す事が出来ても、残りは十五。
残り千五百、騎士隊にも負傷者や死傷者が出た為、現在は七十名程しか満足に戦えない。
しかも一軍と呼ばれる者たちは丸々残っている。
何か策を考えないと厳しいだろう。
カミュがそんな事を考えていると、ナタリアがじっとカミュを見ている事に気付いた。
「どうしたの、ナタリア?」
「貴女の銀の瞳、帝都で一度見た事があります。皇帝陛下の近衛騎士の一人がそんな瞳をしていたような……」
「本当!? どんな人だった!?」
「すみません。その時はすれ違っただけですので、為人までは分かりません」
「……そう。ねぇ、ナタリア。弓隊について教えてくれない?」
ナタリアは何故そんな事を聞くのか不思議そうな顔をしたが、気を取り直した様に答えてくれた。
「騎士団に弓隊は二つあります。四番隊と十四番隊です。四番隊の弓は特殊で滑車の付いた複雑な物です。彼らは装備を他の隊の人間に見せたりしないので、詳しくは分かりませんが、一度戦闘で石壁の裏に隠れていた敵を射抜いていたのを見た事があります。十四番隊は基本的に四番隊のお下がりを使っているので、そこまで強力ではありません。鎧は抜けるでしょうが、壁を抜くことは出来ないでしょう」
彼女の話が本当なら、今敵陣に居るのは十四番隊だろう。
「……よく分かったわ。ありがとうナタリア。また会いに来るわ」
ナタリアはカミュが立ち上がると、不安そうに手を伸ばした。
「もう、行ってしまわれるのですか……わたし、さびしいよ」
突然、仕草の変化した彼女を見ながらカミュは思う。
彼女も戦争の被害者の一人だ。
おそらく彼女自身何人も殺し、そして危険な目にもあって来たのだろう。
戦いは心を摩耗させ、限界を迎えれば人の心は壊れてしまう。
マーカスとの戦闘で彼女の心は限界を超えたのだろう。
ナタリアの伸ばした手を両手で包み、優しくカミュは答えた。
「大丈夫。またすぐ来るわ」
「やくそくだよ。まってるからね」
「ええ、約束よ」
独房を出て看守に挨拶すると、感心したように彼は話し掛けてきた。
「あんた、凄いな。あの女、俺達が牢の前を通っただけで怯えていたのに……」
「彼女は子供に戻ってる。小さな子に話しかける様に優しく接してあげて」
「……分かった。やってみるよ」
収容所を出てると、マーカスが壁に寄りかかり待っていた。
「よぉ、話は出来たのか?」
「ええ、彼女の名前はナタリア。黒鋼騎士団の十二番隊の隊長だったわ」
「そんな事まで聞き出せたのか!?」
マーカスは驚き目を丸くした。
「……彼女の心は少女に戻っているの」
「それで、あんなに怯えていたのか……」
「前線にいたんじゃ、回復は難しいでしょうね」
「そうか……」
マーカスは少し迷ったあと口を開いた。
「なぁカミュ、あいつを引き取る事は出来ないか?」
「何故? 捕虜は他にもいる。彼女だけを特別扱いは出来ないわ」
「……あいつがああなったのは、俺の所為だろう?」
「……そうね。彼女は貴方の事を、オーガだと思って怯えていたわ」
「……オーガか……俺は今まで人があんな風に壊れる所を見た事が無かった。たぶん壊れた奴もいたんだろうが、分かる前に殺してきたからな。殺さなかったのは俺の我儘だ。気絶した奴を殺したくねぇていう俺のな。自分の都合で生かしちまった命だ。やった事の責任は取りてぇ」
マーカスの言葉にナタリアの様子を思い出す。
カミュも彼女は前線では無く、安全な後方で休息を取るべきだろうと思えた。
「分かった。ジェイクと相談してみる。でも彼女は黒鋼騎士団の一員よ。あまり期待しないで」
「ああ。感謝する」
マーカスはそう言ってカミュに頭を下げた。
彼と別れ宿舎に戻ると、雪丸と月夜が何やら揉めていた。
「どうしたの、雪丸さん?」
「カミュ殿! 敵陣に潜入して、投石器を破壊すると聞いたのでござるが、誠でござるか!?」
「ええ、そのつもりよ」
「その任、拙者も同行したい!」
カミュは雪丸の右腕を見て首を振った。
「まだ本調子じゃないでしょう?」
「しかし、月夜も潜入するのでござろう!?」
「義兄上、私は何度も同じ様な仕事をこなしておりまする」
「それは、上役の忍びが一緒にいたから出来た事であろう!?」
雪丸にとっては、月夜はいつまでたっても子供に見えるようだ。
「雪丸さん、月夜さんは貴方を追って大陸を旅して来たのよ。もう小さな子供じゃないわ」
「しかし……」
「大丈夫。彼女の事は私が守るわ」
カミュは雪丸の目を真っすぐ見てそう答えた。
「カミュ殿、目を覚ましてから少し変わられたでござるな」
「そう?」
「……迷いが無くなった様に感じるでござる……月夜の事、よろしくお頼み申す」
「ええ、二人そろって国に返さないと、貴方の奥さんに叱られちゃうもんね」
カミュの言葉で、雪丸は笑みを見せた。
「たしかに、小夜は怒ると手が付けられなくなるでござるよ」
「それは、怖いわね」
「一度、小夜の楽しみにしていた饅頭を盗み食いした時など、顔が鬼に見えたものでござる。いやあの時は拙者、小夜と夫婦になった事を少し後悔したでござるよ」
「……義兄上。義兄上は姉上の事を、そんな風に思っていたので御座いまするか?」
「あ……」
カミュは、そっとその場を離れた。
雪丸の口はきっと一生直らないだろう。
雪丸の弁明を聞きながら、カミュは食堂に向かった。
明日の夜には、敵陣に侵入する。カミュは食事もそこそこに、その日は早めに眠る事にした。




