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剣の娘  作者: 田中
第十一章 北の戦場
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作戦の夜

 翌日、ロッドの下を訪れたカミュは、彼に侵入ルートを聞いていた。


「あの後、部下を偵察に出した。投石器は昼間攻撃している時はバラバラに配置されているが、夜になると陣に引き上げて三か所に集められる。この三つだ」


 ロッドは敵陣の見取り図を広げ、カミュに場所を説明した。


「正面は見張りが多いが背後は比較的警備が薄い。迂回して投石器に近づこう」

「三隊に分かれて行動するのね」

「ああ、だが左右はまだいいが中央の投石器は難しいぜ」


 カミュは見取り図を見て納得した。


「……ほぼ中央ね。ここだと流石に、こっそり忍び込むのは難しそうね」

「だが、一回で成功させないと敵も警戒するだろうな」


 そう言ってロッドはニヤリと笑った。


「何か、いい案があるの?」

「夜襲を掛けて欲しい。夜は弓隊の命中精度も下がる筈だ。それにあんた等、騎士隊の装備なら、黒鋼騎士団の弓にも耐えられるだろう?」


「……陽動って訳ね」

「そうだ。向こうが騎士隊に注目している隙に、仕事を終わらせる」

「分かったわ。一緒に騎士隊の宿舎に来て。参加する人全員に作戦を説明して欲しい」

「了解だ。では参加者を連れて来る」


 カミュはロッド達と共に偵察隊の宿舎を後にし、工兵隊の宿舎に向かった。


「よう、カミュ。爆弾は準備出来てるぜ」

「丁度良かった。グスタフ、参加者を連れて騎士隊の宿舎に来てくれない? 偵察隊のロッドから作戦を説明してもらうから」

「分かった。おい!! 投石器の破壊に参加する奴は集まれ!!」


 グスタフが声を張り上げると、宿舎の工房で作業していた工兵が集まって来た。

 昨日言っていたように、若い人が多い様だ。

 カミュは、偵察兵と工兵を引き連れ、騎士隊の宿舎へ向かった。


 宿舎についたカミュは月夜と偵察隊と工兵隊を交えて、打ち合わせをした。

 夜襲のタイミングや移動ルートを話し合い、行動が決定した時点でジェイクに隊員を集めるよう伝えた。


 集まった人たちにロッドが作戦について説明する。

 隊の中には潜入は危険だと反対する者もいたが、投石器を破壊しないと砦は時を置かず落とされる。

 そう説明すると、皆、納得したようだった。


 説明が終わった後、ジェイクがカミュに話しかけた。


「陽動だが隊員には弓を持たせないか? 月夜殿の火薬を括り付けて矢を放てば、少しは損害を与えられるだろう」

「……火を目印に射かけられるかも知れないわよ?」

「十分注意するさ。それに敵が本腰を上げる前に退却するよ」


「気をつけてね」

「君の方こそ気をつけろよ。中央の隊に参加するんだろう?」

「ええ分かってるわ、死ぬ気も捕虜になる気もないわ」


 カミュはそう言えばと、ジェイクにマーカスと捕虜の事を話した。


「捕虜を引き取る? 具体的にはどうするつもりなんだ?」

「……言われてみれば、詳しい話は聞いてなかったわ」

「取り敢えず、話を聞いてみるか。千人長の許可も得なければならんだろうしな」


 カミュはバルガスの顔を思い浮かべた。


「そうね……千人長の方は、投石器を壊してから報告しましょう」

「フッ、大分、あの男の事が分かって来たようだな」

「勝つと機嫌がいいからね。分かりやすくていいわ」


 ジェイクと話した後、カミュは後ろの方で作戦を聞いていたマーカスを呼んだ。


「カミュ、何だ?」

「昨日の捕虜の話だけど、引き取るって具体的にはどうするつもり?」

「……ミダスに家を借りて、そこに住まわせようと思っている。騎士隊の給料なら、世話をする侍女ぐらいなら雇えるからな」


 それを聞いてジェイクがマーカスに尋ねた。


「もし、彼女が回復して、逃げ出したらどうするつもりだ?」

「その時は俺が始末をつける。まあ何にしても、戦争が終わってからになりそうだが」

「……マーカス。彼女を孤児院に預けてみるつもりはない?」

「孤児院?」


 そう提案したカミュを、マーカスが訝し気に見る。


「私はミダスで孤児院の責任者をしてるの。あそこならナタリアも落ち着いて暮らせると思う」

「あいつが暴れたらどうする?」

「多分大丈夫よ。衛視もいるし、大人は仕切っている人を筆頭に強い人が多いから」

「……衛視って、どんな孤児院だよ」


 マーカスは呆れたようにカミュを見つめた。


「……そうだな。俺はあいつに近寄れんし、そっちの方が良いかもな」

「いいのね?」

「ああ」


「……私も今の彼女は前線に居るべきじゃ無いと思うから、今夜の作戦が無事終わったら千人長に話してみるわ」

「……よろしく頼む」





 陽が落ち月の無い闇夜の雪原を二十名程の集団が移動していた。

 全員、白いフード付きマントを羽織り、遠目では確認するのは難しい。

 彼らが目指す先、帝国軍の陣では松明が焚かれ、見張りの兵士が巡回していた。


 彼らは途中まで騎士隊と一緒に行動し少し前に別れていた。

 作戦開始の時間は、グスタフの導火線を使う事にした。

 同じ長さの導火線が燃え尽きた時、行動開始だ。


 隊を三つに分け、敵陣に潜入する。


 中央にはカミュと月夜、右はロッドが担当し左はグスタフに任せた。

 ロッドは中央は自分の方がいいのではないかと提案したが、戦闘が発生すれば自分や月夜の方が戦えるとカミュは返した。


 それぞれ、昨日偵察隊が調べた潜入場所へ身をひそめる。

 敵陣の中は明るく白いマントだと逆に目立つので、ギリギリまで近づきカミュはマントを脱ぎ雪原に隠した。

 マントの下は月夜から借りた忍び装束だ。


 樽の中に打ち付けた導火線を確認する。

 導火線が燃え尽き暫くすると敵陣がにわかに騒がしくなった。

 暫く待ち人の後方から人の気配が無くなるのを待って、カミュ達は行動を開始した。


「工兵は一番後ろをついて来て。私達が障害を排除した後、投石器に火薬を仕掛ける」

「了解」


 カミュは月夜と兵達を引き連れ、陣の中央を目指す。

 天幕の影を伝う様に奥を目指した。


 陽動が成功したためか余り人は居ないようだ。

 時折、前方から爆発音が聞こえて来る。


 中央の投石器の側の天幕の影からカミュは様子を伺った。


「流石に無人とはいかないようね」


 カミュはここまで瞳に映る信号を頼りに人の居ない場所を進み、巡回の兵は気絶させ暗がりに引きずり込んで進んできた。

 余りに行動が鮮やかなので、月夜も偵察兵も驚いていた。

 だが投石器の周りには松明が焚かれ、歩哨の兵が数名立っている。

 周りに隠れる場所は無く、発見されずに火薬を仕掛けるのは無理だろう。


「皆で一斉にかかりましょう。偵察隊の二人は天幕に近い二人を倒して、残りの四人は私と月夜さんで仕留めるわ」

「分かりました」

「じゃあ行くわよ」


 カミュはクリフからもらったナイフを、歩哨の一人に投げつけた。

 ナイフは兜を貫通し、歩哨は絶命する。

 近くに立っていたもう一人が気付く前に、素早く駆け寄り首に手を回し気絶させた。


 月夜も投げナイフと短刀で歩哨を仕留めていた。

 偵察兵達もそれぞれ天幕から飛び出し、黒く塗られた剣を歩哨の鎧の隙間にねじ込んでいた。


 カミュは天幕に向かって合図を出し、工兵に火薬と油の詰まった樽を仕掛けさせた。

 導火線には、三隊に別れる前に火を点けていた。

 工兵達が投石器を観察し、一番効率がいいと思える場所に樽を仕掛けていく。


 その間にカミュ達は倒した兵を天幕の影に隠し、ナイフを回収して巡回の兵が回ってこないか周囲を警戒した。

 じりじりとした時間が過ぎ、工兵がカミュに作業が終わった事告げた時、カミュはこちらに近づいて来る人影に気付いた。

 気付いたと同時に矢が放たれ、工兵の一人が兜ごと頭を射抜かれ絶命する。


「ああ……」


 カミュは思わず声を漏らした。


「そこで何をしている!?」


 闇の中から黒い甲冑を着た騎士が二人、弓を構えこちらに狙いを定めている。

 遠い。距離があり過ぎてナイフで狙うのは難しいだろう。

 騎士達は弓を構えたままにじり寄って来た。


「フンッ。攻撃が散発的だと思って陣を見回ってみれば、やはりオーバルの鼠が入り込んでいたようだな」

「クッ、あと少しだったのによぉ」


 偵察隊の一人が倒れた工兵を見て悔しそうに呟く。

 カミュは唇を噛み周囲を見回した。この二人の他には、近くに誰もいないようだ。

 彼女が腰の剣に手をやると、騎士の一人がカミュに弓を向けた。


「動くな。見た所、密偵のようだな。大人しく投降すれば命だけは助けてやる」


 カミュは月夜に目配せした。

 それを受けて月夜も頷きを返す。


「砦にいる騎士隊という奴らは、俺達の鎧を斬れるそうだが貴様らは違う、だろう?」


 騎士達はそう言うと更に一歩踏み込んだ。

 踏み込んだ際に一瞬狙いがずれたタイミングで、月夜とカミュは左右に分かれる様に動き騎士達に迫った。

 二人の騎士はそれぞれ狙いを定め矢を放つ。


 心臓めがけて飛んで来たそれを、カミュは剣で叩き落した。


「何!?」


 思わず声を上げながら、男は弓を投げ捨て腰の剣を抜く。


 月夜は矢が放たれた瞬間飛び跳ね、騎士に向かってナイフを投げた。

 ナイフは騎士の右肩に刺さり、騎士は弓を取り落とした。


 月夜は右、カミュは左から騎士達に襲い掛かった。

 月夜が狙った騎士も腰から剣を抜き身構えている。

 彼の剣は一度は月夜の短刀を防いだが、月夜は体を捻り懐に潜り込み騎士の首に短刀を突き立てた。


「ガハッ……」


 月夜が短刀を引き抜くと、黒騎士は首から血を吹き出し崩れ落ちた。


 カミュも振るわれた騎士の剣を受け流し、左に回り込むと鎧の隙間、脇から剣を刺し入れた。

 剣は鎧の下の鎖帷子を突き抜け騎士の胸を貫く。


「ゴフッ、貴様ら……騎士隊の……人間か……」


 それだけ言うと騎士は前のめりに倒れた。

 騒ぎを聞きつけ、遠くで帝国兵がこちらを指差し叫んでいる。

 カミュは騎士の矢筒から矢を抜き取り、地面に落ちていた弓を拾って仲間に呼びかけた。


「撤収する!」

「了解!」


 カミュは走りながら、投石器の横に倒れた工兵の亡骸に目をやり小さく呟く。


「……守れなくて、ごめんなさい」


 振り切る様に視線を戻し、横を走る工兵の一人に尋ねる。


「火薬は後どれ位で爆発するの?」

「あと五分程で爆発する筈です。針金で複数個所に設置しましたから、五分で全て探し出し壊すのは無理でしょう」

「五分……急ぎましょう」


 兵は前方砦側に集中していたようで、天幕の影を縫いながら走るカミュ達を見失ったようだ。

 そうこうしている内に、投石器が爆発炎上し、帝国軍の陣営は侵入者どころではなくなった。


「カミュ様、工兵の方は残念で御座いました」

「……投石器を壊せただけで、良しとしましょう」


 雪原に隠したマントを身に纏いながら、カミュは月夜にそう返した。

 敵陣を大きく迂回し、事前に決めた集合場所に向かった。


 集合場所には、ロッドとグスタフたちが既に到着していた。

 彼らはカミュ達が囮になる形で、犠牲を出さず脱出出来たようだ。


「グスタフ、ごめんなさい。工兵を一人失ったわ」

「……戦争だ。仕方ねぇ。死んだのはギネスか……若いが、いい腕してた……あいつの死を無駄にしない為にも、さっさと戦争を終わらせねぇとな」

「そうね……」


 カミュは夜空を見上げ、ギネスの死を悼んだ。

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