作戦の夜
翌日、ロッドの下を訪れたカミュは、彼に侵入ルートを聞いていた。
「あの後、部下を偵察に出した。投石器は昼間攻撃している時はバラバラに配置されているが、夜になると陣に引き上げて三か所に集められる。この三つだ」
ロッドは敵陣の見取り図を広げ、カミュに場所を説明した。
「正面は見張りが多いが背後は比較的警備が薄い。迂回して投石器に近づこう」
「三隊に分かれて行動するのね」
「ああ、だが左右はまだいいが中央の投石器は難しいぜ」
カミュは見取り図を見て納得した。
「……ほぼ中央ね。ここだと流石に、こっそり忍び込むのは難しそうね」
「だが、一回で成功させないと敵も警戒するだろうな」
そう言ってロッドはニヤリと笑った。
「何か、いい案があるの?」
「夜襲を掛けて欲しい。夜は弓隊の命中精度も下がる筈だ。それにあんた等、騎士隊の装備なら、黒鋼騎士団の弓にも耐えられるだろう?」
「……陽動って訳ね」
「そうだ。向こうが騎士隊に注目している隙に、仕事を終わらせる」
「分かったわ。一緒に騎士隊の宿舎に来て。参加する人全員に作戦を説明して欲しい」
「了解だ。では参加者を連れて来る」
カミュはロッド達と共に偵察隊の宿舎を後にし、工兵隊の宿舎に向かった。
「よう、カミュ。爆弾は準備出来てるぜ」
「丁度良かった。グスタフ、参加者を連れて騎士隊の宿舎に来てくれない? 偵察隊のロッドから作戦を説明してもらうから」
「分かった。おい!! 投石器の破壊に参加する奴は集まれ!!」
グスタフが声を張り上げると、宿舎の工房で作業していた工兵が集まって来た。
昨日言っていたように、若い人が多い様だ。
カミュは、偵察兵と工兵を引き連れ、騎士隊の宿舎へ向かった。
宿舎についたカミュは月夜と偵察隊と工兵隊を交えて、打ち合わせをした。
夜襲のタイミングや移動ルートを話し合い、行動が決定した時点でジェイクに隊員を集めるよう伝えた。
集まった人たちにロッドが作戦について説明する。
隊の中には潜入は危険だと反対する者もいたが、投石器を破壊しないと砦は時を置かず落とされる。
そう説明すると、皆、納得したようだった。
説明が終わった後、ジェイクがカミュに話しかけた。
「陽動だが隊員には弓を持たせないか? 月夜殿の火薬を括り付けて矢を放てば、少しは損害を与えられるだろう」
「……火を目印に射かけられるかも知れないわよ?」
「十分注意するさ。それに敵が本腰を上げる前に退却するよ」
「気をつけてね」
「君の方こそ気をつけろよ。中央の隊に参加するんだろう?」
「ええ分かってるわ、死ぬ気も捕虜になる気もないわ」
カミュはそう言えばと、ジェイクにマーカスと捕虜の事を話した。
「捕虜を引き取る? 具体的にはどうするつもりなんだ?」
「……言われてみれば、詳しい話は聞いてなかったわ」
「取り敢えず、話を聞いてみるか。千人長の許可も得なければならんだろうしな」
カミュはバルガスの顔を思い浮かべた。
「そうね……千人長の方は、投石器を壊してから報告しましょう」
「フッ、大分、あの男の事が分かって来たようだな」
「勝つと機嫌がいいからね。分かりやすくていいわ」
ジェイクと話した後、カミュは後ろの方で作戦を聞いていたマーカスを呼んだ。
「カミュ、何だ?」
「昨日の捕虜の話だけど、引き取るって具体的にはどうするつもり?」
「……ミダスに家を借りて、そこに住まわせようと思っている。騎士隊の給料なら、世話をする侍女ぐらいなら雇えるからな」
それを聞いてジェイクがマーカスに尋ねた。
「もし、彼女が回復して、逃げ出したらどうするつもりだ?」
「その時は俺が始末をつける。まあ何にしても、戦争が終わってからになりそうだが」
「……マーカス。彼女を孤児院に預けてみるつもりはない?」
「孤児院?」
そう提案したカミュを、マーカスが訝し気に見る。
「私はミダスで孤児院の責任者をしてるの。あそこならナタリアも落ち着いて暮らせると思う」
「あいつが暴れたらどうする?」
「多分大丈夫よ。衛視もいるし、大人は仕切っている人を筆頭に強い人が多いから」
「……衛視って、どんな孤児院だよ」
マーカスは呆れたようにカミュを見つめた。
「……そうだな。俺はあいつに近寄れんし、そっちの方が良いかもな」
「いいのね?」
「ああ」
「……私も今の彼女は前線に居るべきじゃ無いと思うから、今夜の作戦が無事終わったら千人長に話してみるわ」
「……よろしく頼む」
陽が落ち月の無い闇夜の雪原を二十名程の集団が移動していた。
全員、白いフード付きマントを羽織り、遠目では確認するのは難しい。
彼らが目指す先、帝国軍の陣では松明が焚かれ、見張りの兵士が巡回していた。
彼らは途中まで騎士隊と一緒に行動し少し前に別れていた。
作戦開始の時間は、グスタフの導火線を使う事にした。
同じ長さの導火線が燃え尽きた時、行動開始だ。
隊を三つに分け、敵陣に潜入する。
中央にはカミュと月夜、右はロッドが担当し左はグスタフに任せた。
ロッドは中央は自分の方がいいのではないかと提案したが、戦闘が発生すれば自分や月夜の方が戦えるとカミュは返した。
それぞれ、昨日偵察隊が調べた潜入場所へ身をひそめる。
敵陣の中は明るく白いマントだと逆に目立つので、ギリギリまで近づきカミュはマントを脱ぎ雪原に隠した。
マントの下は月夜から借りた忍び装束だ。
樽の中に打ち付けた導火線を確認する。
導火線が燃え尽き暫くすると敵陣がにわかに騒がしくなった。
暫く待ち人の後方から人の気配が無くなるのを待って、カミュ達は行動を開始した。
「工兵は一番後ろをついて来て。私達が障害を排除した後、投石器に火薬を仕掛ける」
「了解」
カミュは月夜と兵達を引き連れ、陣の中央を目指す。
天幕の影を伝う様に奥を目指した。
陽動が成功したためか余り人は居ないようだ。
時折、前方から爆発音が聞こえて来る。
中央の投石器の側の天幕の影からカミュは様子を伺った。
「流石に無人とはいかないようね」
カミュはここまで瞳に映る信号を頼りに人の居ない場所を進み、巡回の兵は気絶させ暗がりに引きずり込んで進んできた。
余りに行動が鮮やかなので、月夜も偵察兵も驚いていた。
だが投石器の周りには松明が焚かれ、歩哨の兵が数名立っている。
周りに隠れる場所は無く、発見されずに火薬を仕掛けるのは無理だろう。
「皆で一斉にかかりましょう。偵察隊の二人は天幕に近い二人を倒して、残りの四人は私と月夜さんで仕留めるわ」
「分かりました」
「じゃあ行くわよ」
カミュはクリフからもらったナイフを、歩哨の一人に投げつけた。
ナイフは兜を貫通し、歩哨は絶命する。
近くに立っていたもう一人が気付く前に、素早く駆け寄り首に手を回し気絶させた。
月夜も投げナイフと短刀で歩哨を仕留めていた。
偵察兵達もそれぞれ天幕から飛び出し、黒く塗られた剣を歩哨の鎧の隙間にねじ込んでいた。
カミュは天幕に向かって合図を出し、工兵に火薬と油の詰まった樽を仕掛けさせた。
導火線には、三隊に別れる前に火を点けていた。
工兵達が投石器を観察し、一番効率がいいと思える場所に樽を仕掛けていく。
その間にカミュ達は倒した兵を天幕の影に隠し、ナイフを回収して巡回の兵が回ってこないか周囲を警戒した。
じりじりとした時間が過ぎ、工兵がカミュに作業が終わった事告げた時、カミュはこちらに近づいて来る人影に気付いた。
気付いたと同時に矢が放たれ、工兵の一人が兜ごと頭を射抜かれ絶命する。
「ああ……」
カミュは思わず声を漏らした。
「そこで何をしている!?」
闇の中から黒い甲冑を着た騎士が二人、弓を構えこちらに狙いを定めている。
遠い。距離があり過ぎてナイフで狙うのは難しいだろう。
騎士達は弓を構えたままにじり寄って来た。
「フンッ。攻撃が散発的だと思って陣を見回ってみれば、やはりオーバルの鼠が入り込んでいたようだな」
「クッ、あと少しだったのによぉ」
偵察隊の一人が倒れた工兵を見て悔しそうに呟く。
カミュは唇を噛み周囲を見回した。この二人の他には、近くに誰もいないようだ。
彼女が腰の剣に手をやると、騎士の一人がカミュに弓を向けた。
「動くな。見た所、密偵のようだな。大人しく投降すれば命だけは助けてやる」
カミュは月夜に目配せした。
それを受けて月夜も頷きを返す。
「砦にいる騎士隊という奴らは、俺達の鎧を斬れるそうだが貴様らは違う、だろう?」
騎士達はそう言うと更に一歩踏み込んだ。
踏み込んだ際に一瞬狙いがずれたタイミングで、月夜とカミュは左右に分かれる様に動き騎士達に迫った。
二人の騎士はそれぞれ狙いを定め矢を放つ。
心臓めがけて飛んで来たそれを、カミュは剣で叩き落した。
「何!?」
思わず声を上げながら、男は弓を投げ捨て腰の剣を抜く。
月夜は矢が放たれた瞬間飛び跳ね、騎士に向かってナイフを投げた。
ナイフは騎士の右肩に刺さり、騎士は弓を取り落とした。
月夜は右、カミュは左から騎士達に襲い掛かった。
月夜が狙った騎士も腰から剣を抜き身構えている。
彼の剣は一度は月夜の短刀を防いだが、月夜は体を捻り懐に潜り込み騎士の首に短刀を突き立てた。
「ガハッ……」
月夜が短刀を引き抜くと、黒騎士は首から血を吹き出し崩れ落ちた。
カミュも振るわれた騎士の剣を受け流し、左に回り込むと鎧の隙間、脇から剣を刺し入れた。
剣は鎧の下の鎖帷子を突き抜け騎士の胸を貫く。
「ゴフッ、貴様ら……騎士隊の……人間か……」
それだけ言うと騎士は前のめりに倒れた。
騒ぎを聞きつけ、遠くで帝国兵がこちらを指差し叫んでいる。
カミュは騎士の矢筒から矢を抜き取り、地面に落ちていた弓を拾って仲間に呼びかけた。
「撤収する!」
「了解!」
カミュは走りながら、投石器の横に倒れた工兵の亡骸に目をやり小さく呟く。
「……守れなくて、ごめんなさい」
振り切る様に視線を戻し、横を走る工兵の一人に尋ねる。
「火薬は後どれ位で爆発するの?」
「あと五分程で爆発する筈です。針金で複数個所に設置しましたから、五分で全て探し出し壊すのは無理でしょう」
「五分……急ぎましょう」
兵は前方砦側に集中していたようで、天幕の影を縫いながら走るカミュ達を見失ったようだ。
そうこうしている内に、投石器が爆発炎上し、帝国軍の陣営は侵入者どころではなくなった。
「カミュ様、工兵の方は残念で御座いました」
「……投石器を壊せただけで、良しとしましょう」
雪原に隠したマントを身に纏いながら、カミュは月夜にそう返した。
敵陣を大きく迂回し、事前に決めた集合場所に向かった。
集合場所には、ロッドとグスタフたちが既に到着していた。
彼らはカミュ達が囮になる形で、犠牲を出さず脱出出来たようだ。
「グスタフ、ごめんなさい。工兵を一人失ったわ」
「……戦争だ。仕方ねぇ。死んだのはギネスか……若いが、いい腕してた……あいつの死を無駄にしない為にも、さっさと戦争を終わらせねぇとな」
「そうね……」
カミュは夜空を見上げ、ギネスの死を悼んだ。




