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剣の娘  作者: 田中
第十一章 北の戦場
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闇に落ちる者

 カミュ達がカーン達、黒鋼騎士団と砦で戦った時より少し時は遡る。

 彼らはロードリア辺境伯領へ移動する際、カールフェルト侯爵領を通り北上した。


 緑光騎士隊はジョセフィーヌとも謁見し、その日は侯爵領の騎士達の宿舎に逗留した。

 カミュとジェイクはジョセフィーヌとの会食に出席したが、隊員たちは宿舎の食堂で食事を取った。


 彼らは侯爵領という事でライバーの事を話題にして侯爵家の騎士達と会話していた。


「そういえば、侯爵家から来た騎士で、ライバーってのが居たな」

「ライバー……狐目の?」

「そうそう。王国騎士隊のガリウスって奴の腰巾着みたいな事をやってたよ」


「あいつなぁ。目端は利くんだが、上に取り入って出世しようと必死な所があったなぁ」

「そうなのか? 最初、支給される武具の事を色々聞いて来るから、熱心な奴だと少し感心したんだが……」

「熱心? あいつは自分の利益になる事以外は、それ程熱心じゃなかったけどな?」


 ライバーは仕事は出来るが、余り好かれていないようだった。


 その会話は食堂の隅で食事を取っていたガレスにも聞こえていた。

 彼は王都に居るルドルフから緑光騎士隊について探るよう指示されていたが、一騎士となり手駒を失った事で動くことが出来ずにいた。


 ルドルフは王国を王を説得する事を諦め、国を捨て帝国に亡命するつもりの様だった。

 その為にせめて緑光騎士隊の秘密を手に入れようと必死だった。


 ガレスもこのまま侯爵領で一騎士として終わるつもりは無かった。

 ジョセフィーヌはガレスが今まで行ってきた汚職や、ライバルを蹴落とす為に行った裏工作を上げ連ね、彼の財産を没収し地位も名誉も奪った。


 妻は息子を連れて実家に戻り、彼女の父は一方的に離縁状を送りつけてきた。

 ガレスは妻に対して愛情を持っていなかった為、別れる事に別段なにも感じなかったが自分をこの状況に追い込んだジョセフィーヌ、ひいてはそうなる原因を作ったリトホルム伯爵たちを憎んだ。


 ガレスは伯爵たちに復讐し鉄靴で彼らの顔を踏みにじる事を夢見ていた。

 その為にはオーバルに居たのでは駄目だと結論付け、ルドルフに同行しようと決めていた。


 騎士達の話を聞いた夜、ガレスはコルトバの街から姿を消した。

 緑光騎士隊の馬車からは剣が一振り消えていた。


 ジョセフィーヌは彼を探すよう命じたが偽名を使った口座を銀行で解約した所までしか、彼の足取りは追えなかった。



■◇■◇■◇■



 ミダスの街では侯爵側についた騎士達がライバーに詰め寄っていた。


「侯爵様から連絡はないのか!?」

「我々はいつまでこうしていればいい!?」

「落ち着いて下さい。私も何とか侯爵様と連絡を取ろうとしておりますので……」

「そう言って一月以上過ぎている。騎士隊は街を出たというのに我々は動く事さえままならん!!」


 彼らは特に拘束されている訳ではないが、街に出ればこれ見よがしに衛兵が姿を見せた。

 何度か街を出ようとしたが必ず門で止められる。

 ライバー自身、変装して一人街を出ようとしたが現れた衛視に腕を掴まれ何処に行くのか尋ねられた。

 彼らはミダスという街に囚われてしまっていた。


「うるさいぞ! どうせ動けんのだ、大人しく酒でも飲むしかなかろう?」


 ガリウスは騎士隊を追い出されてから酒におぼれていた。


「ガリウス様、すこし控えられた方が……」

「やかましい!! 私の勝手だ!!」


 諫めたライバーにグラスを投げつけガリウスは彼を睨みつけた。

 ライバーは投げつけられたグラスで額を切り服に酒と血が染みていた。


「……服を着替えてまいります」


 部屋から出て自室へ戻ると、部屋には黒いフード付きのマントを身に纏った男が影に身をひそめる様に立っていた。


「だッ、誰だ!?」

「私だ。ライバー」


 男はフードを外し顔を顕わにした。

 その顔はやつれ、ライバーの知っているガレスでは無いように思えた。


「ガレス様……何故ミダスへ……」

「……お前の持っている騎士隊の情報が欲しい」

「……やはり何も伝わっていなかったのですね」

「やはり?」


 ライバーはガレスに何度も報告を送った事を説明した。


「こちらに指示が届かず、私も見張られていました。恐らく子爵の仕業でしょう」

「……あの子供か」


 ガレスはルドルフの共で赴いた夜会でロランを見た事があった。

 その時は年端のいかない唯の子供に見えた。


「それで、情報はあるのか?」

「何とか監視の目を掻い潜って、色々調べました。ガレス様は緑光石というのをご存知ですか?」

「……聞いた事がある。だがアレは貴人が身につける宝飾品に使う物だろう?」

「それが、その石を使って作った剣は、鋼の武具を容易く断ち切ったのです」


 ガレスは胡散臭げにライバーを見た。


「にわかには信じがたいな。それに武具となれば、指輪などとは比べ物にならぬ程大量に必要だろう」

「切れ味は本当です。私も使いましたから……出所は分かりませんが、子爵は何処からか石を手に入れたようです」

「では、騎士隊の規模はさらに大きくなるのか?」


「それは何とも……ただ子爵は秘密を守るために、一部の鍛冶屋だけに武具を作らせている様でした。千人規模で増員される事は無いでしょう」

「そうか……ご苦労だった」


 そう言うとガレスは酒に塗れ、額から血を流しているライバーを見た。


「私はミダスを抜け、王都で侯爵様と合流し帝国へ渡る。お前も来るか?」

「帝国へ……しかし私は監視されています。それにガリウス達はどうするのです?」

「捨て置け。私はお前以外連れて行く気はない」


「……一体どうやって街を抜けるのですか?」

「ミダスにも闇はある。光が強ければ、より色濃くなる闇がな。私がここに居るのもその者達の手引きだ。さあ、どうする?」


 そう言ってガレスはライバーに手を差し出した。

 ライバーはその手を取るか一瞬迷ったが、ガリウス達を思い出し彼の手を取る事にした。


「うむ。では着替えろ。まずは街を抜け王都を目指す」

「はい」


 その夜、ライバーはガレスと共にミダスを抜けだした。

 彼が言う様に、確かにミダスにも闇はあるようだ。

 暗く濃い腐臭のするような闇が……。


 ライバーはガレスの手を取った事で、その闇の中に自分が際限なく落ちているような気がした。



■◇■◇■◇■



 その後、ライバー達は身分を隠し旅を続け、王都でルドルフと落ち合うと比較的警戒の薄い、北西の帝国の支配地域、ギルドール辺境伯領から帝国へ亡命した。


 ルドルフの手土産はメンデルが送った試作品の単発銃とガレスの盗んだ一振りの剣、ライバーの手に入れた緑光騎士隊の情報だけだったが皇帝は彼らを歓迎してくれた。


 皇帝はルドルフが献上した単発銃をいたく気に入り量産化を指示した。

 戦争はロランが恐れていた方向へ流れ出していた。

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