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剣の娘  作者: 田中
第十一章 北の戦場
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雪原になびく赤

 白い雪原に黒い鎧の騎士がならんでいる。

 帝国軍は前面に重装の十一番隊を押し立て、王国軍を追い立てるように前進してきた。

 一般兵では対処できず、矢面に立つのは緑光騎士隊の役目となった。


「硬い!? 副長、こいつ等、この前戦った奴らと装備が違います!!」


 ジェイクは隊員の声を聞きながら、盾を掻い潜り、鎧の隙間に剣をねじ込んだ。


「動きは鈍い!! 隙間を狙えば倒せるぞ!!」

「了解ですッ、副長!!」


 ジェイクのアドバイスで、ラムザ達が重装騎士に剣を突き入れる。


「両翼から足の速い連中が来ます!!」

「クソッ!! 雪丸殿、マーカス!! 二人は両翼に回ってくれ!!」

「承知、拙者は右に!! マーカス殿は左を頼む!!」

「任せろ!!」


 重装騎士に押し込まれながら、二人は馬を駆り両翼を目指した。

 しかし、彼我の差は何ともしがたい。

 騎士隊は重装騎士に押される形で、横に長く伸びつつあった。


 一番、層が薄くなった所で、重装騎士達が突然道を開けた。


「こうも上手く決まると、気分がいいねぇ!! お前ら突撃だ!! 後ろに抜けてこいつ等を押し潰すぞ!!」


 カーンが十番隊を率い騎士隊中央を割くように駆け抜ける。

 ジェイクは隊の真ん中を分断しようとしている黒鋼騎士団の先頭に、見覚えのある甲冑を着た騎士の姿を確認した。


「奴は!?」


 ジェイクは味方を押しのける様に馬を進めカーンに斬撃を放った。

 カーンはそれに反応しランスで剣を弾く。


「カーン・レザイキン!! あの時の雪辱、果たさせてもらうぞ!!」

「あの時? どの時だ? 心当たりが多すぎて分からんな?」

「私はジェイク・ベネーヴォリ! 覚えていないとは言わせんぞ!!」


 カーンは馬足を緩めジェイクの馬の周りを駆けさせながら首を捻る。


「ジェイク……ジェイク……わりぃ、覚えてねぇわ」

「貴様!! 我らを散々侮辱し部下を殺しておいて覚えていないだと!?」

「……あっ、思い出した!! あん時の真面目な奴か!? 久しぶりだな、俺達の事、喧伝してくれたか?」


 ジェイクは馬を操りカーンに切り込んだ。

 カーンはそれをランスで受け止め、つばぜり合いの様な形になる。


「誰が喧伝などするかッ!?」

「隊長、大丈夫ですか?」

「どうもこいつは俺の客みたいだ。お前らはさっさと後ろに回れ」

「りょうかーい」


 カーンはジェイクの剣を弾き、馬を下がらせランスを構えた。


「アンタも執念深いなぁ。そんな生き方してて疲れないか?」

「部下の仇、討たせてもらうぞ!」

「はぁ、だから真面目な奴は嫌いなんだ」


 カーンはそう呟き、ジェイク目掛けて馬を加速させた。

 すれ違いながら槍を放つ。

 ジェイクはそれを剣で滑らせ躱した。


「うおっと! こいつは確かに厄介だ」


 カーンのランスにはジェイクの剣によって深い傷が刻まれていた。

 ジェイクは馬首を巡らせカーンに向き直る。


「武具の性能はこちらが上のようだな」

「そのようだ」


 カーンはランスを投げ捨て腰の剣を抜いた。

 馬上で使う為か、一般的なロングソードより長いその剣は緩やかに湾曲していた。


「だが、俺はこっちの方が得意でね」


 言うが早いかカーンはジェイクに斬撃を放つ、それを剣で弾きながらジェイクは焦りを感じていた。

 激情に駆られ追ってしまったがこのままでは隊が挟撃される。早くカーンを倒し何とかしなければ……。



 ■◇■◇■◇■



 その頃、右翼に回った雪丸は遊撃部隊に翻弄されていた。

 一対一で戦えば雪丸の圧勝だろうが、敵はスピードを生かし連携攻撃を仕掛けて来る。

 しかも手傷を負った者は後方に下がり無傷の者が連携に加わる。


 彼の鎧には捌き切れなかった攻撃で出来た傷がいくつかきざまれていた。


 その間にも重装騎士は少しずつ騎士隊を押し込んでいる。

 負傷者を隊の中心へ庇う形にして犠牲を減らしているが一割ほどは命を落としていた。


「このままでは押し潰されるだけでござる!!」

「その通り、お前らはここで全滅だぁ!!」


 雪丸と一騎打ちをした副官が槍を突き出しながらそう叫ぶ。

 その槍を抱え柄を断ち切った雪丸に別の騎士が槍を突き出す。

 雪丸の鎧の袖を火花を散らして槍の穂先が滑る。


「まだまだぁ!!」


 突きを放った敵を雪丸が切り捨てた隙を突いて懐に入った副官は、腰から抜いたエストックを彼の右腕に突き入れた。


「ぐッ!?」

「やっぱ、どんな硬くても隙間はあるよな」

「そうで……ござるな」


 雪丸はそう答えつつ、左手で瑞雪を抜き副長の面頬の隙間に突き入れた。


「あがっ!?」


 彼女は一度痙攣し馬から滑り落ちた。


「ここが拙者の死に場所でござるか……」


 両手に刀を持ち雪丸は周りを見回す。

 副長が殺された事で敵は少し間合いを取っていた。


 小夜や紅丸、五月の顔が脳裏に浮かんだ。


「……いや、まだ死ぬ訳にゆかぬな」


 雪丸は小さく呟くと、刀を握りしめ雄たけびを上げた。



 ■◇■◇■◇■



 左翼でも同様にマーカスが苦戦していた。

 武器を大剣に変えた事で攻撃の速度は上がっていたが、雪丸同様、スピードで翻弄され致命打を与える事が出来ずにいた。


 マーカスは大剣を振るいながら荒い息を吐いた。


「この前から素早い連中ばかりだぜ。やっぱりロングソードにしときゃ良かったか」

「武器を変えても結果は変わりません」


 ナタリアは冷静にそう返した。

 マーカスの鎧は他の騎士よりも分厚く、深い傷を負ってはいなかった。

 だが彼とてスタミナは無尽蔵ではない。

 かつて自分が行ったように動けなくなれば殺されるだろう。


「その前にせめて何人かは殺っとかねぇとな」

「無駄です。貴方では我々を捉える事は出来ません」

「そうかい?」


 マーカスは腰のポーチから取り出した物を足元に投げた。

 同時に馬から飛び降り目を閉じ耳を庇う。

 閃光と破裂音が炸裂し、周囲の馬が総立ちになった。


 その隙を見逃さず彼は手近な敵に大剣を振るった。

 それは敵の肩口から入り勢いのまま馬の胴を切り裂いた。


「まず一つ」


 マーカスは大剣を担ぎ上げ落馬した敵を狙い足を進めた。



 ■◇■◇■◇■



 ジェイクとカーンの戦いは続いていた。

 剣の切れ味はジェイクが上だが、リーチはカーンが勝っている。

 隊の状況に焦燥を感じながら、カーンの攻撃を防ぐ。


「もうやめないか? 捕虜になって武器の秘密を教えるんなら命は助けてやるから」

「お前の提案には二度と応じん!!」

「いい話だと思うんだが、お前らこのままだと全滅だぞ?」


 斬り結びながらカーンはジェイクに更に言う。


「周りを見ろ。お前らは完全に包囲されてる。砦から助けが来たところで普通の武器じゃ俺らは殺れねぇ」


 ジェイクは唇を噛みしめた。

 また、この男に負けるのか……。

 そう思い周りを見まわした。


 中央を突破した黒鋼騎士団の包囲の一角が崩れている。

 どういう事だ。砦の兵が何かしたのか?


 黒い鎧の騎士達は何かを恐れる様にその一角から距離を取った。

 ジェイクの目に鮮やかな赤い色が飛び込んできた。


 それはカーンの脇をすり抜けざまその剣の切っ先を断ち切り、ジェイクの横に馬を寄せる。


「状況は?」

「ご覧の通り、絶体絶命だな」

「ここを任せていい?」

「逆にここは譲れんよ」


 彼女はチラッとカーンを見ると納得したように頷いた。


「私は前面の壁を崩す。ジェイクは背面の敵をお願い」

「任せろ」


 そう言うと彼女は重装騎士に向けて馬を走らせた。


「……なんだ……アレは……?」


 カーンは一瞬で絶たれた切っ先を見て思わず呟く。


「勝利の女神さ。さて、お前を倒して私は私の仕事をせねばな」


 そう言うとジェイクはカーンに剣を向けた。



 ■◇■◇■◇■



 戦場にカミュの姿が見えると緑光騎士隊は士気を盛り返した。

 その赤い髪は戦場では闇の中の炎の様に彼らの目を集めた。


「……隊長だ……隊長が来てくれたぞ!!」

「先生だ! 皆、後に続け!!」


 重装騎士を押し立てていたアヨセは赤い髪の騎士が敵の中心だと敏感に感じ取った。


「あいつを潰せば我々の勝ちだ!! 馬の動きを止めろ!!」


 アヨセの指示で盾を構えた重装騎士達がカミュを取り囲む。

 一瞬の煌めきの後、囲んだ兵は構えた盾ごと真っ二つにされた。


「馬鹿な!?」


 アヨセは目の前で起きた事が信じられなかった。

 盾も鎧も通常の倍以上、今まで十一番隊の防御が破られた事など一度もない。

 それを一撃で……。

 あれは今ここで止めておかないと危険だ。

 アヨセは愛用の戦斧を担ぎ馬首を巡らせた。


 カミュの前に巨漢の騎士が立ちふさがる。

 重装騎士は総じて大きいが、目の前の騎士はそれより頭一つ抜きんでていた。

 マーカスといい勝負だろう。


「名のある騎士とお見受けする。俺は黒鋼騎士団、十一番隊隊長、アヨセ・ミロン。貴公に勝負を申し込む」

「私はカミュ・ハーテッド。緑光騎士隊隊長よ」

「貴様が……では確実にここで潰しておかんとな」


 アヨセは盾を前面に押し出し、カミュに向かって馬を突進させた。

 カミュの乗ったオニキスは、それを容易く躱した。


「貴方では私に勝てないわ。降伏しなさい」

「降伏だと? お前は状況を理解しているのか? 騎士隊は包囲され逃げ場など無い。降伏するのはお前達だ」

「警告はした」


 そう言うとカミュはオニキスをアヨセに向かって駆けさせた。

 アヨセも盾を押し出しカミュに向う。


 オニキスは一気に最高速度まで加速しアヨセに迫る。

 その速さはアヨセがこれまで見たどの軍馬よりも速かった。


「クッ、何という駿馬だッ!?」


 驚くアヨセの横をすり抜けながらカミュは刀を抜き放つ。

 放たれた刃はアヨセの馬の首を通り抜け盾ごと左腕を切り落とした。

 それのみならずその一撃はアヨセの脇腹にまで切り裂いていた。


 アヨセは斧を振る間も無く雪の大地に体を投げ出された。

 腕と脇腹から流れ出た血が雪を赤く染めていく。


 刀を収めアヨセにオニキスを寄せカミュは言う。


「降伏しなさい。しないと言うなら、私は貴方達全員を斬らねばならない」

「グフッ……そうか思い出したぞ……ハーテッド……確か団長が殺した……剣聖が……そんな名前……だったな」


 血を吐きながらアヨセは話した。


「……部下に降伏を伝えなさい」

「あくまで降伏を進めるか……甘い奴だ……それでは俺に勝てても……団長に勝つことは…………出来……」


 カミュはアヨセがこと切れたのを見ると、重装騎士に向き直り、声を上げた。


「あなた達の隊長は死んだ!! 降伏するなら、命は保証しよう!!」


 カミュの声を無視して、数人の騎士が彼女に襲い掛かる。

 カミュはそれを容赦なく斬り伏せた。


「もう一度言う!! 降伏するなら、命は保証する!! 武器を捨てなさい!!」


 重装騎士達は怯えた様に敗走を始めた。

 カミュはそれを追おうとはしなかった。



 ■◇■◇■◇■



 囲みの一角が崩れた事で、戦況は大きく変わっていた。

 それまで重装騎士と戦っていた隊員が、遊撃隊に矛先を変えた。

 いかにスピードに勝っていても、彼女達の武器では弱点を突かねば致命傷は与えられない。


 少しずつだが、黒鋼騎士の数は減って行った。


「何故十一番隊が退却するのです! アヨセは何をやっているのですか!?」

「たぶん、うちの隊長にやられたんじゃねぇか?」

「馬鹿な事を、十一番隊は無敗の部隊ですよ?」

「今まではな」


 そう言って、マーカスは大剣を肩に担いだ。

 マーカスの鎧には無数の傷がついていた。

 だが、致命傷と呼べるものは一つも無かった。

 周囲では駆け付けた騎士隊の仲間が、十二番隊の騎士と戦っている。


「ここで貴方の相手をしている暇は無くなりました」

「まあ、そう言うなよ」


 マーカスは腰のポーチに手を入れた。ナタリアは閃光に備え、目を庇う。

 だがマーカスが取り出したのは、月夜のくれた投げナイフだった。

 彼の放ったナイフは馬の目を抉り、馬は激しく暴れた。


 ナタリアは馬から投げ出され、地面に落とされる。

 咄嗟に受け身を取り、顔を上げた先には、銀色の巨人が大剣を担ぎ立っていた。


 間髪入れず、ナタリアは右手の槍を突き出す。

 しかし、その槍はマーカスの鎧を貫く事は出来ず鎧で止まった。


「ヒッ」


 ナタリアの目が恐怖で見開かれる。


「自分の戦い方を忘れていたぜ」


 止まった槍を左手で掴み、マーカスは担いだ剣を片手で振り下ろした。



 ■◇■◇■◇■



 雪丸は、刀でエストックの刃を絶ち、腕に刺したまま戦闘を続けていた。

 副官を倒した事で、こちら側は統制が乱れている。

 仲間も戦いに加わわり、遊撃隊はどうにか出来そうだ。


「拙者は後ろの敵に向かうでござる!!」

「分かった!! ここは任せてくれ!!」



 ■◇■◇■◇■



 カーンの剣は先端を断ち切られ、リーチによるハンデは無くなっていた。

 ジェイクの振るう剣は徐々に彼を追い詰め、鎧にも無数の傷が刻まれている。

 振るわれた横ぶりの剣を、カーンは反射的に籠手で防ごうとした。

 鋼の剣をはじき返した彼の籠手は、今度は彼に応えなかった。


 左腕を斬られ、カーンは小さくうめき声を上げた。


「お前の負けだ。降伏しろ」

「……すると思うのか?」


 そう言いながら、カーンは剣を突き出した。

 ジェイクはそれをそっと触れる様に剣で逸らせ、カーンの喉を鎧ごと切り裂いた。


「安らかに眠れ、カーン・レザイキン」


 ジェイクは馬首を巡らせ、十番隊に馬を向けた。


 喉を斬られ、馬の首にもたれかかるようにカーンは声にならない声を呟く。


「……やっぱ……真面目な奴は嫌いだぜ……あん時殺しときゃ……良かった……」


 三人の隊長を失った黒鋼騎士団は時を置かず敗退した。

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