力の意味
黒い鎧を着た騎士が何人も自分を取り囲んでいる。
彼らの顔は兜に隠され分からない。
だが、面頬から覗く瞳は一様に恨みのこもった目でカミュを見ていた。
カミュは意識を失いオニキスから落馬した後、ジェイク達によって砦に運ばれた。
ベッドでうなされているカミュを砦の下女が看病している。
騎士隊の隊員が心配して代わる代わる様子を見に来ていたが、半日たっても彼女が目覚める様子は無かった。
「ジェイク、貴様らの隊長はいつ目を覚ますのだ」
「分かりません。軍医に見てもらいましたが、落馬による怪我は大したことは無いとの事でした」
「……たった一回の戦闘で寝込むなど、話にならんぞ」
「大丈夫です。彼女ならきっと帰ってきます」
「とにかくだ、黒鋼騎士団が来たら隊長が居なくても戦ってもらうぞ」
砦の守備を任されている千人長は、憎々しげにカミュに目をやり部屋を後にした。
ジェイクはそれを見送りカミュの手を握った。
彼女の手は年頃の娘と思えない程硬く、ジェイクには彼女がどれ程の研鑽を重ねてきたかが分かった。
確かに才能も有ったのだろう。だが彼女の剣技は毎日の努力の積み重ねがあってこそだ。
「カミュ、お前は大丈夫だ。大事な人達を守るんだろう? 早く帰ってこい」
ジェイクはそう言うとうなされているカミュの頭を軽く撫で、下女によろしく頼むと告げ部屋を出た。
二日後、修繕が終わらない内に、砦は再度帝国軍と対峙していた。
「黒鋼騎士団だな。数は三百はいるだろう。兵は千五百といった所か。ジェイク、あの三百はお前達に任せるぞ」
千人長は城壁の上で陣を布く帝国軍を見ながら、ジェイクにそう告げた。
「分かっています。ですが、さすがに三百は多い。いくらか砦で引きつけてもらわないと……」
「承知している……まだ小娘は起きんのか?」
「はい……」
「まぁいい。隊長が居なくとも戦えよう。まず一当てしてみてくれ。敵の動きを見たい」
「了解しました」
ジェイクは敬礼を返し隊と合流した。
隊員たちはカミュが居ない事で、不安そうな顔をしている者が多くいた。
ジェイクは、それを振り払う様に声を張り上げる。
「カミュはいないが、我々の武器は奴らに通用する!! 恐れる事は無い!!」
「副長、このまま出陣するんですか?」
隊員の一人がジェイクに質問する。
「千人長の命令だ。様子見で一当てする。本格的な戦闘にはならんさ」
「分かりました」
ジェイクの答えで隊員は少し安心したようだ。
訓練と二回の戦闘で隊員たちはカミュの強さに絶対の信頼をおいているようだ。
その彼女が居ない事は騎士隊の士気を大きく下げているようだった。
ジェイクは月夜に歩み寄り、彼女に耳打ちした。
「月夜殿、君は戦闘に参加しなくていい。カミュに呼びかけ続けてくれ」
「……承知いたしました」
ジェイクは隊員に騎乗を命じ、北門から出陣した。
一方、砦の北に陣を布いた帝国軍では黒鋼騎士団の隊長三人が、門から出てきた騎馬隊と兵士を見て話をしていた。
「あいつらがボリスの隊をやった奴らか」
「普通の騎馬隊に見えますね」
「だが全滅させられたのは事実だ。特殊な武器を開発したのかもしれん」
十番隊の隊長、カーンがショートカットの金髪の女性騎士を見て言う。
「ナタリア、お前の隊で一当てしてみろ。エゴールからは見極める事を優先するよう言われている。ヤバそうだったら逃げてこい」
「女を矢面に立てる男は嫌われますよ」
「お前らがオレ達の中で一番素早いから言ってるんだ」
黒鋼騎士団は隊ごとに特徴を有していた。
ナタリアが率いる女性だけで構成された部隊はスピード重視の遊撃部隊だ。
戦場を駆けまわり、敵を翻弄する事を念頭に組織されている。
ちなみにカーンの率いる十番隊は、ランスを主武装にした突破力に優れた部隊。
アヨセの率いる十一番隊は、重武装の防御力に優れた部隊だ。
さらに言うと、カミュ達が打ち破った十五番隊は、比較的軽装の偵察を主に行っていた部隊だ。
「退却したら助けて下さいよ」
「分かっている」
「ナタリア、逃げ帰ってきたら、俺達がばっちり守ってやるよ」
アヨセが筋肉を誇示するポーズを決めながらそう声を掛ける。
軽々と身に纏っている様に見える甲冑は、ナタリア達の身につけている物の二倍以上の分厚さがある。
彼らの防御が崩された事は今まで一度もなかった。
「ええ、頼りにしています」
ナタリアはそう言うと、自身の隊の元に去っていった。
「さて、お手並み拝見だな」
「……カーン、実際どうなんだ。王国が俺達より強い武器を持っていたらどうするんだ?」
「さあてね。まぁ、敵わないようなら、尻尾巻いてにげるさ」
「……相変わらずいい加減だな」
「命あっての物種だぜ」
そう言ってカーンは軽薄な笑みを浮かべた。
「副長、敵の一隊がこちらに向かってきます」
「速いな。それに小柄な者が多い様だ」
「ジェイク殿、切り込み役は拙者に任せてくだされ」
「雪丸殿……そうだな。だが深追いは無用だ」
「承知」
ジェイクは騎士隊に号令をかけた。
「全員抜刀!! 取り敢えず様子見だ!! 一当てするだけで良い!! 騎士隊前へ!!」
「オオッ!!!」
ジェイクを先頭に騎士隊は敵の黒鋼騎士団と対峙した。
お互い馬を止め、にらみ合う形になる。そんな中、痺れを切らした雪丸が馬を操り先頭に踊り出た。
「我が名は九条雪丸! 我が刃に斬られたい者は前に立つがいい!!」
ナタリアに副官が馬を寄せ声を掛ける。
「姐さん。なんか毛色の違うのがいますよ」
「姐さんは止めなさい……貴女、あれの相手をしてきなさい」
「えっ! 俺がですか!?」
「俺と言うのも止めなさい。とにかく一当てして、駄目だったらすぐ引きなさい。敵の実力が見たい」
「分かりましたよ」
副官は細身の槍を手に、雪丸の前に馬を歩かせた。
「むっ、女子でござるか……拙者、女は斬りたくないのでござるが……」
「この隊には女しかいねーよ。ゴチャゴチャ言ってないでかかってこい」
「……しからば参る」
雪丸は緑光石の刀を手に栗毛の馬を走らせた。
振るった刀を副官は槍で防ごうとした。
その穂先が半分に断ち切られる。
「なッ!」
副官は中程で斬られた穂先を見て、驚愕の表情を浮かべた。
「降伏するなら、命までは取ろうと思わん」
「……なるほど、てめえがこの隊のボスって訳か」
「ボス? 拙者は唯の隊員でござる」
「……嘘だろう?」
副官は雪丸の後ろに並んだ騎士隊を見て顔を青くした。
副長は、槍を投げ捨て馬首を巡らせた。
雪丸が反応する前に、彼女は隊に駆け戻りナタリアに向かって叫ぶ。
「姐さん!! 退却だ!!」
「どういう事です?」
「俺らじゃ勝てねぇ!! やるなら三隊一緒にかからねぇと負ける!!」
そう言うと副官はそのまま馬を走らせた。
「退却!!」
ナタリアは隊に退却を命じ、副官を追った。
馬を彼女に並走させ、副官に事情を尋ねる。
「なにがあったのです?」
「見てたでしょう!? 穂先を斬られた!!」
「確かに見ました。しかし、それだけでは退却する意味が分かりません」
「あいつは唯の隊員です!! って事は、あれぐらいの事は全員やってのけるって事でしょうが!!」
「……あの者が隊長では無いのですか?」
「本人がそう言うんだから、そうなんでしょうよ!!」
ジェイク達は呆然と敵が引くのを見送った。
あまりに鮮やかな引き際に、対応する事が出来なかったのだ。
雪丸は馬から降り、女が捨てた槍を拾った。
予想以上に軽い。槍を手に去って行く騎馬隊の後ろ姿を見る。
向こうも様子見だったのだろう。
雪丸は自分の行動が、相手の警戒心を刺激したかも知れないと悔やんだ。
そんな雪丸にジェイクが馬をよせ声を掛けた。
「雪丸殿、さすがだな」
「……いや、もう少し打ち合うべきだったやも知れん」
「どういう事だ?」
「次は全軍で攻めてくるかも知れないでござる」
「……警戒心を煽りすぎたか?」
「まさしく……」
騎士隊が砦に戻ると、千人長は機嫌よく迎えてくれた。
「やるではないか。一騎打ちで敵を引かせるとは。あの腕なら三百程度、何とでもなるな」
「いいえ、次は恐らく全軍で攻めて来るでしょう。そうなればこちらの手が足りません」
「しかし、一騎打ちを行った者は、敵の騎士を軽くあしらったではないか?」
「彼は特別です。あれほどの腕を持った者は隊には隊長以外いません」
「なんだと!? ではどうするのだ!?」
「考えます。少し時間を下さい」
ジェイクと千人長が話している頃、帝国軍の陣営でも隊長三人が話し合いをしていた。
「では遊撃隊では倒す事が出来ないと?」
「はい、副長は槍の名手です。彼女を軽くあしらった者が、ただの隊員だと言うのですから、我々では勝てません」
「はぁ。一回もちゃんと戦わずに帰ったら、団長キレるだろうな」
「……模擬戦の相手を命じられるかもしれませんね」
「……それって死ねって事だろう? ……しゃぁねえ。全員でやるか。アヨセ、お前らは全面に展開して攻撃を防げ、ナタリアは左右から周り込んで敵を牽制しろ。薄くなった所に俺達が突撃する」
「いいとこ取りは嫌われますよ」
「俺も副長がやられたって相手を見てみたいな」
「じゃあ、お前らが突撃するか?」
「……我々は遊撃に特化した部隊ですので、おこぼれで結構です」
「……盾役で良い」
「んじゃ、決まりだな」
そう言うとカーンはやる気があるのか無いのか分からない態度で首を回した。
部屋では月夜がカミュの手を握り、彼女に語り掛けていた。
「カミュ様、もうすぐ帝国軍が攻めてまいりまする。義兄上を……騎士隊の皆を守って下さいませ」
カミュは夢の中でうずくまり、黒鋼騎士団の視線から逃れようと頭を抱えていた。
「……私が殺した。もう戻ってこない。どうしたら良かったの? ジョシュア……」
その時、カミュは右手に微かに暖かさを感じた。
誰かがカミュを呼んでいる。
これまで出会った人達の事が浮かんでは消える。
時間が巻き戻る様に次々と人が浮かんだ
ジェイクやラムザ、マーカス達騎士隊の仲間達、孤児院の皆やシスター達、リンデと諜報部の三人、フクロウにアルバ、雪丸と月夜、ロランと城の人々、ウォードとジャッカル、衛視隊やギルドの人たち、カイルやミダスの人々、クリフやコリーデ村の皆。
一人現れるごとに黒鋼騎士団の姿は薄くなっていった。
ジョシュア。
「奪う為では無く、守るために使うんじゃ」
ロイ。
「お前と知り合えてほんと良かったよ」
最後に赤い髪の女性が現れ、カミュの頬を優しく撫でた。
「愛してるわ。私の可愛いカミュ……」
その言葉で闇の中に光が溢れ、騎士達は光に飲まれる様に消えた。
「お母さん!!」
カミュは叫びと共に飛び起きた。
ベッドの横では月夜がカミュの手を握り、目を丸くしている。
「カミュ様……」
カミュは部屋を見回し月夜に尋ねた。
「……ここは何処?」
「前線の砦でございまする」
「私は一体……」
「黒鋼騎士団との戦いの後、意識を失い馬から落ちたのでございまする」
騎士団と戦ったあと、自分が斬った人たちを見て、ジェイクに話しかけられた所までは覚えている。
「……今どうなってるの?」
「黒鋼騎士団三百と兵士千五百が砦を攻めておりまする。ジェイク殿が騎士隊を指揮しておりますが、苦戦しております」
「……月夜さん。私の装備を。それとオニキスを連れてきて」
「承知いたしました」
カミュは右手を広げ、手のひらを見つめた。
剣を握り続けた為、硬くなった手のひらが、そこにはあった。
その手を握りしめ、小さく呟く。
「守るために使う。愛している人達の為に……」
カミュはそう言うと、顔を上げた。
その瞳は銀色に輝いていた。




