初めて人を殺めた日
地図を前にトーラスの話は続いていた。
「最近の黒鋼騎士団は五十から二百の兵を派遣し、一般兵と協力し拠点を落とすと、領都エトリアに引き上げていた」
「一気にカサルに攻めて来る事は無かったのですか?」
「記録ではここ五年程は無いな。初期の侵攻で帝国は兵力を投入しすぎたのだろう。こちらも疲弊したが、帝国側も兵と物資をかなり消耗したはずだ。攻めたくても攻められんのだろう」
トーラスは地図を指差し説明を続ける。
「帝国側はエトリアの南。カサルとの中間地点の砦を欲しがっている。砦といっても、城壁の一部は崩れ落とすのは容易い。だが橋頭保としては確保しておきたい。結果として取り合いが続く泥沼のような戦いになっている。現在は我々が押さえているが、近いうちに攻めてくるはずだ。騎士隊には此処の防衛戦に参加してもらいたい」
「分かりました……我々の役割は黒鋼騎士団の相手と考えて差し支えありませんか?」
「ああ。騎士隊が黒鋼騎士団を押さえている間に一般兵で帝国軍を防ぎ、工兵に城壁の修繕をさせる。奴らを押さえる事が出来れば砦の機能を回復させる事も可能な筈だ」
砦を完全に取る事が出来れば、前線を大分押し上げる事が出来る。
さらに黒鋼騎士団を打ち取れば、切り札が無敵ではない事を帝国兵に示す事が出来るだろう。
「了解です。いつから始めますか?」
「早い方がいいが着いたばかりで疲れもあるだろう。今日明日はゆっくり休んで、明後日出発だ」
「分かりました」
カミュとジェイクは敬礼して部屋を退出した。
「帝国はもっと兵力を持っていると思っていたわ」
「帝国は強大な軍事国家だが、北の大地は厳しい。オーバルほど人を増やす事が出来んのだろう」
「だから暖かい土地を求めて、戦争を仕掛けてきたのかな?」
「それもあるだろうな。暖かな土地はさぞ魅力的に見えるんだろうさ」
二人は隊と合流し、今日明日は体を休めるように隊員に告げた。
駐留する場所は無人となった屋敷を指示された。
戦争が始まり王都に逃げた貴族の屋敷だそうだ。
街には人が残り生活を続けていたが、裕福な者ほどさっさと街から逃げ出したようだ。
カミュは雪丸と月夜の二人を連れ、カサルの街を見てみる事にした。
街の様子を伺いながら雪丸が言う。
「やはり、人の表情に活気がありませぬな。風景も相まって、色を無くしたように感じるでござる」
「冬だからね。春になれば緑が溢れて綺麗なのよ……はやく人の表情にも色が付くようにしたいわね」
「カミュ様はこの辺りの春をご存知なのですか?」
月夜が首をかしげて聞く。
「私はここより北、帝国との国境近くの村出身なの」
「そうだったのですか。それでは取り戻さねばなりませんね」
「そうじゃな、月夜。我らも力を尽くそうぞ」
「はい、義兄上」
雪の積もった街を見ながら、リーフ村だった場所はどうなっているだろうとカミュは故郷に想いをはせた。
二日後、騎士隊はカリアを出発した。
一般兵は一足先に砦に向かっている。
カミュ達が砦の見える丘の上に立つと砦には帝国軍が迫っていた。
先頭には黒鋼騎士団の黒い鎧が見えた。
「ゆっくりしすぎたわね」
「カミュどうする?」
「突撃する」
「了解だ」
「狙うは黒鋼騎士団のみ!! 他の兵には目もくれるな!! 突撃!!」
カミュは声を張り上げると剣を抜き、オニキスを駆り丘を下った。
騎士隊もその後に続いた。
■◇■◇■◇■
「隊長! 別動隊です!」
黒鋼騎士団の十五番隊隊長、ボリスは部下から報告を受け丘の方を見た。
百程の騎馬兵がこちらに向かって来ている。
数は同等だが、愚かな連中だ。恐らく我々の事を噂でしか知らん南の奴らだろう。
「あの騎馬隊を先に潰す!! 十五番隊は我に続け!!」
ボリスは銀の煌めく甲冑を着た騎馬兵に向け馬を走らせた。
カミュは黒い鎧の騎馬隊が、こちらに向かって来るのを確認した。
砦より先にこちらを潰すつもりのようだ。
カミュはチラリと右手の剣に目をやった。
これが初めての黒鋼騎士団との戦いになる。
緑光石の剣が通用するかどうか、これが試金石だ。
カミュは剣の柄を強く握りしめた。
騎馬隊先頭に、他の者とは違う鎧を着た騎士の姿が見えた。
恐らくアレが隊長の筈だ。
カミュはその騎士めがけてオニキスを走らせた。
ボリスの前に、黒い馬を駆る騎士が駆け寄って来た。
赤い髪が風に靡いている。
兜ではなく額当てを装備している。その下に銀の瞳が輝いていた。
ボリスは槍を構え騎士の心臓を狙い槍を突き出した。
それはいつも通りの彼の行動だった。
鋼の鎧は黒鋼の槍の前では鎧の意味を成さない。
逆に鋼の武器が彼の鎧を貫く事は今まで一度も無かった。
だから、突き出した槍が切り裂かれ、刃が自身の腕を切り飛ばしても、ボリスにはその意味が分からなかった。
すれ違った男が腕から血を流し馬から落ちる。
そのまま、カミュは敵の中を突き進んだ。
斬れる。緑光石の剣は黒鋼の鎧を斬る事が出来る。
カミュは無心で剣を振るいながらオニキスを走らせた。
追いついた騎士隊も、それぞれに敵に武器を振るっている。
雪丸の刀は、武器ごと敵を上下に断ち切り、マーカスの大剣が馬の首を落とし騎士を薙ぎ払う。
ジェイクやラムザ達も後れを取る事無く敵を排除していた。
後方から矢を放とうとしていた騎士の首を、横から回り込んだ月夜が敵の馬の背に飛び乗り短刀ではね飛ばしている。
黒鋼騎士団が弱い訳ではない。
彼らは装備に頼り、王国騎士に自分達が殺される筈が無いと完全に慢心していた。
それが覆された時、彼らの心に久方振りの恐怖という感情が沸き上がって来たのだ。
自分たちは無敵ではない。それは隊の足並みを狂わせた。
逆に緑光騎士隊はカミュが武具について過信するなと事あるごとに言っていた。
それはカミュ自身の不安の表れでもあったのだが、その事が油断を無くし、自分の命に危機感を持ち事に当たる結果となった。
戦闘が始まり、三十分経たない内に黒鋼騎士団は全滅した。
今まで無敵だった騎士団の敗北は帝国の兵にも衝撃を与え、砦を攻撃しようとしていた敵の兵達はまともに攻撃する事無く敗走した。
「カミュ、大丈夫か?」
ジェイクがカミュの真っ青な顔を見て心配そうに尋ねた。
「……初めて……初めて人を……殺した……」
カミュが切った男、ボリスは血を失い絶命していた。
他にも、夢中で振るった剣は何人もの命を奪った筈だ。
今になってその事がカミュの心に押し寄せてきた。
「戦争だ。カミュが斬らなければ、オーバルの誰かが彼らに殺されていたかも知れない。そう思って割り切るしかない」
「そうよね……そう思うしか……」
カミュはそのまま気を失い、オニキスから滑り落ちた。
■◇■◇■◇■
領都エトリアの城の一室、自身の体を戦場で覆う、巨大な鎧が置かれた部屋で針金の様な黒髪と暗く赤い瞳をした、野獣の様な雰囲気を持った男が、砦から逃げかえった男から報告を受けていた。
その肉体はジョシュアと戦った時から更に鍛えられており、一回り、いや二回りほど大きくなっていた。
男の名はジャハド。黒鋼騎士団団長だ。
「十五番隊が全滅したというのは本当か?」
問われた男は、目の前にいる巨大な男の眼に竦みあがっていた。
「はっ、はいっ! 王国の騎馬隊とぶつかり、一人残らず殺されました」
「そいつらはどんな奴らだ?」
「とっ、遠目だったので、はっきりとはしませんが、ぎっ、銀の甲冑を着た、普通の騎士に見えました」
「……どういう事だ? 王国軍に俺達を殺せる武器を持つ者などいない筈だ。エゴール、侯爵から何か情報は届いているか?」
エゴールと呼ばれた金髪の男は、表情を動かす事なくそれに答える。
「いえ、何も情報は流れて来ておりません。侯爵領にいる繋ぎの者からの定時連絡には、特に王国に変わりなしと書かれていました」
「……報告書を見せろ」
「こちらに……」
ジャハドはエゴールが取り出した封書を受け取ると報告書を確認した。
「消されたな。良く見ろ。かなり似せてはいるが別の奴が書いた物だ」
エゴールは報告書を受け取り、事細かに確認した。
「確かにそのようですな。申し訳ありません」
「となると、侯爵は失脚したか」
「でしょうな。どうされますか?」
「いい加減、ここの不味い飯にも飽きてきた所だ。新しいおもちゃも試したいしな。砦を落としカサルを包囲するってのはどうだ?」
そう言って低く笑うジャハドに、エゴールはため息を吐き、首を振った。
「将軍が許可しないでしょう」
「いっそのこと、あいつをぶち殺してエトリアを奪うか?」
「そうしたいのは私も同じですが、それをすれば干上がるだけです。我々は最強ですが、補給なしでは戦えません」
「ああっ!!つまらん!! ……仕方がない。砦に十番隊から十二番までの三百名を出陣させろ。兵は逃げ帰った奴らを付ければいい。本気で戦わなくて構わん。どんな奴らか見極めさせろ」
「了解しました」
エゴールは頭を下げ、部屋を後にした。
報告をしていた男も慌てて、その後を追うように部屋を飛び出した。
「つまらんなぁ。思えば王国に侵攻した時が一番面白かった。あとは剣聖のジジイと戦った時ぐらいか」
ジャハドは壁に掛けられた、ジョシュアから奪った剣を見上げた。
あのジジイは強かった。エゴールに言われてガキを人質にして首を取ったが、本当は真正面から叩き潰してやりたかった。
ジャハドは剣を見上げそんな事を考えた。




