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剣の娘  作者: 田中
第十一章 北の戦場
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前線へ

 王都でカールフェルト侯爵が給弾されている間にミダスでは騎士隊の準備が順調に行われていた。

 帝国が南下を開始する切っ掛けがつかめない内にオーバルとしては黒鋼騎士団を撃破し、帝国を元の国境線まで押し返すというのが理想だった。


 カミュは正式に上級騎士に任じられ他の騎士と訓練を続けていた。

 ジェイクからは兵法について教わっていたが、やはり勉強は苦手だとカミュは思った。


 フクロウがジョセフィーヌに呼ばれる頃には騎士隊、百余名全てに武具が行き渡っていた。

 ジェイクが執務室でカミュに状況を説明している。


「隊員の武装は完了した。近日中には辞令が下り、我々は黒鋼騎士団のいるカールフェルト侯爵領北の、元ロードリア辺境伯領に向けて出発する事になるだろう」


「ロードリア辺境伯領は、今どうなっているの?」

「領都エトリアは帝国軍が占拠している。北の方は既に帝国国民が入植して暮らしているようだ」

「北は完全に帝国の支配地域ってこと?」


「そう言って差し支えないだろう。南側は辺境伯がカサルの街を要塞化して頑張っている。黒鋼騎士団が出て来ると拠点を奪われるが、守備部隊はそこまで強くない。取ったり取られたりを繰り返している事が、戦争の長期化につながった要因だ」


「黒鋼騎士団の数を減らさないと、拠点を取り戻す事は出来ないのね」

「そう言う事だな。だが、黒鋼騎士団は規模は小さいと言っても団員は二千以上はいる。我々は現在の所、百名程だ。分断して叩いていくしか手は無いだろう」


 まずは辺境伯と接触して、詳しい状況を聞きたいところだ。


「国はどう動くの?」

「ロックフォール様から聞いた話だと、陛下が僻地に飛ばされていた優秀な将軍達を呼び戻したそうだ。我々はその将軍の誰かの下で戦う事になりそうだ」


「銃士隊は参加しないのかな?」

「グラントに聞いた話だと、特に何も言われていないそうだ」


 ロランは銃士隊を戦場に投入する事に強い危惧を抱いていた。

 使わなくて済むなら、温存したまま戦争を終えたいのだろう。


「ねぇ、話してて思ったんだけど、やっぱりジェイクが隊長をやった方がいいんじゃあ……」

「無理だな。隊員たちは君が剣聖の弟子だと知ってしまった。そして君の腕も知っている。変わったとしても誰も認めんよ」


「そうかなぁ。隊長らしい事をしているのは、殆どジェイクだと思うけど……」

「それはここが後方だからだ。前線にでれば旗頭が強いというのはとても重要だ。大将が強ければ、それだけで士気が上がる。私では君程、隊員の士気を上げる事は出来んだろう。雑事は任せろ。カミュは戦うだけで良い」


「戦場に出た事なんてないから、士気がどれだけ重要かよく分からないわ」

「そう遠くない内に分かるさ」


 ジェイクの言葉通り数日後には辞令が下り、カミュ達はカールフェルト侯爵領を経由し元ロードリア辺境伯領、カサルに向けてミダスを発った。


 出発の際、ミダスの北門には三番街の人々やギルドの面々、孤児院の人たちが見送りに来てくれた。


「カミュ、必ず帰ってきてくれよ」

「クリフ、分かってる」

「クリフ、そんなに心配しなくてもカミュは大丈夫さ。お前が作った鎧がカミュを必ず守る」

「親方……」

「カミュ、その鎧にはこいつの魂が入ってる。どんな攻撃も跳ね返す。俺が保証する」


 カイザスはそう言ってクリフの肩に手を乗せた。


「はい、私もそう信じています」

「だとよ。クリフ」

「カミュ……ありがとう」

「お礼を言うのは私の方よ。ありがとう、クリフ」


 その後もカミュは、ミダスの人たちから次々と無事で帰ってこいと声を掛けられた。

 最後にロランがカミュにオニキスの手綱を手渡した。


「カミュも晴れて騎士となったことだし、自身の馬を持っても良いだろう。オニキスを連れていってくれ」

「子爵様。ですがオニキスは兄弟も同然だと……」

「オニキスは軍馬として育てられた。ミダスに居ても十分に力は発揮できまい。私もカミュに乗ってもらいたいしな」

「……分かりました。大切にします……よろしくね、オニキス」


 カミュが手を差し伸べるとオニキスはその手に顔を寄せた。

 そしてカミュは見送りに来てくれた人々に別れを告げ、オニキスに跨りミダスを後にした。


 季節は秋を過ぎ冬になっていた。

 北に向かうに連れ景色は変化し、ロードリア辺境伯領に着くころには周囲は白銀の世界に変わっていた。


 オーバルの南では雪が降る事は滅多にないが帝国に近いロードリア辺境伯領は雪国だ。

 カミュは幼い頃に暮らしていたリーフ村の事を思い出していた。

 リーフ村も冬は家にこもって春を待つ日々だった。

 暖かい暖炉の前で母に抱かれ眠った事をよく覚えている。


 カミュが思い出に浸っていると、先行していた斥候の騎士がカミュとジェイクに馬を寄せてきた。


「街道を進んだ先に、帝国兵と思われる三十名程の集団を発見しました。騎馬が一、他は歩兵です。この先の村を襲うつもりのようです」

「どうするカミュ? 仕掛けるか?」

「見過ごせないわ。やりましょう」

「よし、騎士隊の初舞台だな。全員聞け!カミュ号令を」


「前方の帝国兵を攻撃する、敵は約三十名! 殆どが歩兵だ! 蹴散らすぞ!!」

「おおッ!!!」


 カミュは剣を抜きオニキスの腹を軽く蹴り街道を走った。

 オニキスは隊列の中程を進んでいたが、あっという間に先頭に躍り出て先頭に立つ。


 暫く街道を進むと敵兵の姿が見えてきた。

 報告通り殆どが歩兵で、隊長らしき人物が馬に乗っているのが見えた。


「私はこのまま直進して隊長を倒す。ジェイク達は敵を取り囲んで」

「了解だ」


 最後尾の兵士が振り向くのと同時にカミュは集団に飛び込んだ。

 帝国兵は飛び込んできたカミュに驚きの声を上げ、遅まきながら剣を抜き彼女に向き直る。


「遅い」


 カミュは剣を振るいながら、馬の横を駆け抜けた。


 集団を通り抜け馬首を巡らすと、馬上の人物は落馬し腕と足から血を流し呻いている。

 他にもカミュが通った後には鎧を切り裂かれ、うめき声を上げる歩兵の道が出来ていた。

 ジェイク達が帝国兵を取り囲むと、全員が武器を捨て降伏の意思を示した。


 ジェイクがカミュに馬を寄せ声を掛ける。


「こいつらはやはり村を襲うつもりだったようだ」

「そう。どうしようかしら?」

「放って行くわけにもいかんしな。捕虜としてカサルに連れていくか」

「そうね」


 カミュがオニキスを操り、帝国兵に近づくと彼らは一様に怯えた目でカミュを見た。


「人をお化けを見るような目で見ないで欲しいわ」


 馬を寄せた雪丸が笑いながら言う。


「仕方ないでござるよ。通り抜けただけで、そこに道が出来たのでござるから。同じ目に遭ったら拙者も怖いでござる」

「むう。雪丸さんだって似たような事出来るでしょ」

「まあ、多分出来るとは思うでござるが、オニキスに乗らないと無理でござろうな」


 彼の装備も刀の他に鎧も緑光石を使った物に変わっていた。

 使い慣れた形がいいという彼の要望で形状は倭国の物を踏襲している。

 少し離れた場所で月夜も馬に乗っていた。

 彼女は鎖帷子と部分鎧で機動性を重視した物を身につけていた。


 カミュは帝国兵に向き直り声を上げた。


「あなた方は捕虜としてカサルに連行します。基本危害を加える事はしませんが、抵抗したり逃亡しようとすればこの限りではありません」


 中心にいた男が兵に体を支えられながらカミュの前に出てきた。


「貴様が隊長か?」


 男は馬上のカミュを見上げ問いかけた。


「そうよ」

「華奢な奴だとは思ったが女か……まあ良い。先ほどの件は了承した。どことなり連れて行くがいい。ただ兵の命は出来るだけ助けて欲しい。首が欲しいなら俺の首を取れ」

「分かったわ。私達も無意味に人殺しをしたい訳じゃない」

「……感謝する」


 カミュ達は帝国兵に応急処置を施し、彼らを連れてカサルを目指した。

 道中、帝国兵の隊長にカミュ達が話を聞くと彼らは上から食料調達を命令されたようだ。


「帝国は食料が足りていないのか?」

「そう言う訳では無い。だが南部の村は辺境伯の軍勢の兵糧を賄っている。食料を根こそぎ奪えば、こちらに有利に働くのは間違いない」

「……根こそぎって、そんな事をすれば村人は冬を越せないわ」


「我々も非道な事がしたい訳では無い。だが皇帝陛下の命は、お前達オーバルの民を追い出して帝国民を入植させる事だ。陛下の命は全てにおいて優先される。村人はいない方が都合がいい」


 カミュの頭の中にオーバルの地図が浮かんだ。

 その地図が北から段々と帝国に浸食されていく。

 皇帝は帝国の教育で染まった人々で世界を埋め尽くしたいのだろうか。

 カミュにはそれが酷く歪なものに思えた。


 雪の街道を進みカミュ達がカサルについたのは、捕虜を捕らえてから三日後だった。

 ジェイクが書類を提示し街に入ると、中は以外にも普通の街並みだった。

 ただ兵の数の多さと捕虜が壁の修繕などに駆り出されている姿がそこかしこで目についた。


 ジェイクは捕虜を街の衛兵に引き渡し騎士達を待機させたジェイクは、カミュと共に領主のロードリア辺境伯に会うため街の中心にある庁舎へ向かった。

 少し大きめの屋敷と言った建物を衛兵が警備している。


 衛兵の一人に書類を提示し辺境伯に会いたい旨を伝える。

 衛兵は二人に待つように答え建物の中に姿を消した。


 暫くして通された先はかつては町長が使っていた執務室のようだった。

 部屋は少し薄暗く正面に机が置かれ、二人の人物が待っていた。

 椅子に座っているのが辺境伯だろう。

 黒髪を後ろで一つにまとめ口髭を生やしている。


 机の横に立っているのが、派遣された将軍だとカミュはあたりをつけた。

 立派な鎧を着た浅黒い肌の黒い短髪の男だ。


「ようこそ。私はカリア・ロードリア。この帝国に奪われかけの領の領主だ。横にいるのが軍を指揮しているファサード将軍だ」

「トーラス・ファサードだ」

「緑光騎士隊隊長カミュ・ハーテッドです」

「同じく副長のジェイク・ベネーヴォリです」

「ハーテッド? 剣聖殿と同じ名だな」


 カリアはカミュの名前が、かつての英雄と同じな事に気付きカミュに目をやった。


「騎士に任じられた際、子爵様より師の名前を付けて頂きました。私はジョシュア・ハーテッドの弟子です」

「弟子だと……剣聖殿には正式な弟子はいなかったと思うが?」

「私は師が隠棲してから弟子になりました。辺境伯様が知らないのも当然だと思います」


 カリアは愉快そうに笑みを見せた。


「剣聖の弟子とは面白い。騎士隊を任せられるぐらいだ。腕は立つのだろう?」

「師には及びませんが、剣にはそれなりに自信があります」

「フッ、それなりか……まあ期待しているよ。将軍、運用は君に任せる」

「了解しました。カミュ、ジェイクついて来い」


 将軍は辺境伯に敬礼して二人を促した。

 二人は辺境伯に敬礼しトーラスの後に続いた。

 歩きながらトーラスは現在の状況を二人に説明した。


「状況といってもここ十年、それ程変わっていない。私も前任者も対処療法で事に当たっていた」

「対処療法ですか?」

「そうだ。黒鋼騎士団に奪われたら奴らが引き上げた後、奪い返す。何しろ奴らには武器が効かんからな」


 そう話し、トーラスは立ち止まるとドアを開き二人を部屋に招き入れた。

 薄暗い部屋の真ん中には大きなテーブルが置かれ、テーブルのうえにはロードリア辺境伯領の地図が広げられていた。

 トーラスはテーブルに手を置き、息を深く吸った。


「だが、これからは違う。そうだろう?」


 二人を見て彼はそう尋ね、どう猛な笑みを浮かべた。

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