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剣の娘  作者: 田中
第十章 緑光騎士隊
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復讐の終わり

 新たにカールフェルト侯爵領の侯爵となったジョセフィーヌは、貴族の間では才女として知られていた。

 彼女を知る貴族達の中では、ルドルフよりもジョセフィーヌの方が侯爵にふさわしいのではという話は度々出ていた。

 ルドルフ自身、妹の聡明さは認めており、自身の地位を守るため侯爵領でも僻地である山間の邸宅に閉じ込めたのだ。


「うふふ、楽しいわ。暇だったから、お屋敷でずっと改革案を考えていたのよね。まさか日の目を見るとは思わなかったけれど……」


 緩いウェーブのかかった金髪の女性がコルトバの執務室で次々と書類を処理している。

 年齢は三十代前半の筈だがどう見ても二十代前半にしか見えない。


「この使途不明金ってなあに?」

「それは……ですな……」


 口ごもっているのはルドルフに命じられ、コルトバに帰った側近だった。


「貴方、なにも知らないのね。いいわ。暇をあげる。お勉強してらっしゃい」

「侯爵様!?」


「なあに、まだいたの? 邪魔よ。早く出て行って頂戴。爺、お見送りを」

「はい、お嬢様」


 執事風の老人に追い出されるように、側近は部屋を退出されられた。


「ねぇ、爺。誰か使えそうな子、知らない?」

「そうですな……たしかラトハリの人事担当の事務官補佐がなかなか優秀だと聞き及んでおります」


「……事務官補佐なら引き抜いても大丈夫そうね。その子を呼んで」

「畏まりました」


 数日後、呼び出された男は仏頂面でジョセフィーヌの前に立っていた。


「貴方、名前は?」

「エレックです」


 ジョセフィーヌはエレックと名乗った男を観察した。

 癖ッ毛の茶髪で眼鏡をかけた童顔の優男だ。

 不満そうな顔で真っすぐにジョセフィーヌを見ている。

 おおよそ侯爵相手に取る態度ではない。


「あの、侯爵様。なんで呼び出されたのか知りませんが、早く用件を言ってもらえませんか?」


「まぁ、せっかちね。そんなんじゃ、女の子にもてないわよ」

「仕事が山積みなんです。さっさと片付けないと溜まる一方だ」


 エレックは頭を掻きながらそう答えた。


「貴方、事務官補佐でしょう? なんでそんなに忙しいの?」


「上が仕事をしないからですよ。事務官に来た書類は机の上を素通りして俺の所に来るんです。最近じゃ別の部署の奴らまで、こっちに仕事を回しやがって……そうだ侯爵様、部下を二、三人増やしてもらえませんか?」


 ジョセフィーヌはその言葉にニッコリと笑みを浮かべた。


「二、三人とか、みみっちい事は言わないわ。貴方にはこれから、侯爵領の人事を統括してもらうんだから」


「はぁ? 人事を統括? 俺がですか?」

「そうよ。ご不満かしら?」


 ジョセフィーヌはそう言うと、エレックの顔を見た。

 彼が呆気にとられた様子なのを見て、ジョセフィーヌは満足そうに微笑んだ。


「不満というか、意味が分からないというか……大体なんで俺なんです?」


「貴方が私と対等に話しているからよ。貴方なら相手の地位を気にして、役職を割り振ったりしないでしょう?」


「まぁ、仕事しない人が居ると結局俺が大変なんで、出来る限り有能な人に仕事は割り振るべきだとは思いますが……」


「ねっ、貴方にピッタリでしょう? まずは知ってる範囲で、貴方が良いと思う人を部下に選んで」

「はぁ、分かりました」


 エレックは困惑した様子だったが、三日後にはラトハリから人を呼び寄せ人の移動を始めた。

 急に職を解かれた人間がジョセフィーヌの下を訪れたが彼女は取り合わなかった。


 エレックからは報告書が上がっていたし自身も別の伝手を使って裏付けを取ったが、彼の報告に間違いは一つも無かったからだ。


「爺、なんでエレックみたいな有能な子が街の事務官補佐止まりだったの?」

「彼は下級貴族の出身なのです。おそらくルドルフ様の治世では一生補佐だったでしょう」


「えー、勿体ない。もっと効率を重視して優秀な人材を登用した方が面白いのに」


「そう思わない方が多くいたのでしょう。今の地位や収入を誰しも失いたくは無いですから……」

「だったら努力すべきだわ。努力しないで手に入るものなんて大体つまらないもの」


「そうでございますね。私も勉強して淹れたお茶をお嬢様が笑顔でお飲みになるを見ると嬉しくなります」


「……爺のお茶はいつも美味しいわ」

「ありがとうございます」


 改革は進み、有力な人物の不興を買って閑職に追いやられていた者が元の部署の責任者に抜擢されたり、逆にコネで重要なポストについていた人物がその部署の一番下になったりした。


 ルドルフの右腕として軍を束ねていたガレスもその座を追われ一騎士に降格されていた。

 彼の場合、能力というより汚職が問題視された結果だった。


 そんな中、ルドルフの息子アルベルトがジョセフィーヌを訪ねてきた。

 ノックもせずに執務室に入って来たアルベルトは開口一番、不満を並びたてた。


「叔母上!! 何故私が自宅謹慎しないといけないのですか!? それに私が局長だった治安維持局が解散とは一体どういう事です!?」


「嫌だわ叔母上なんて。昔みたいに、お姉様って呼んでよ。アルベルト」

「いいから、質問に答えてください!!」


「だって貴方、色々悪い事してたんでしょう? 治安維持局だって、自分の都合の悪い人を捕まえる為にお兄様に頼んで作った部署じゃない。そんな所に出すお金はないわ」


「そんな……急に放りだされた局員はどうすれば良いのですか!?」


 ジョセフィーヌはまるで興味が無いといった様子で軽く答えた。


「知らないわ。今までため込んだお金があるんじゃないの? それで田舎に引っ込むなり、商売を起こすなりすればいいじゃない。大体、治安維持局の所為で、有能な人材が随分処刑されたって聞いたわ。私のお気に入りだった奇術師も捕まった後、姿を消しちゃうし……私怒ってるんだから。財産を没収しないだけありがたいと思って欲しいわ」


「平民出の奇術師と貴族を同列に扱うのですか!?」


 ジョセフィーヌはアルベルトの言葉に瞳を細めた。


「……少なくともお前などよりは、ユリウスの方が何百倍も私の心を労わってくれた。暗い屋敷の中で過ごす私にとって、それがどれだけ大事な時間だったか分かるか!?」


「伯母上……」

「話は終わりだ。出て行け」


 ジョセフィーヌの怒りに触れ、アルベルトはフラフラと部屋を後にした。


「やだー。本気で怒っちゃった。ねぇ爺、ここ皺になってない?」

「心配なさらずとも、お嬢様はいつもお綺麗でございます」

「ウフフッ、人をおだてるのが上手いんだから」


「私は本当の事しか申しません……時にお嬢様、人づてに聞いた噂なのですが、ミダスの孤児院にある劇場でフクロウと名乗る奇術師が舞台に立っているそうです」


「奇術師……まさか?」

「助手の女性はアルバというそうですよ」


 ジョセフィーヌは机に手をつき立ち上がり爺に命じた。


「すぐにその奇術師を呼びなさい!!」

「畏まりました」


 老人はジョセフィーヌに頭を下げ執務室を後にした。



■◇■◇■◇■



 数日後、フクロウはアルバと共にミダスの城へ呼び出されていた。

 執務室では王都から戻ったロランが、封書を片手に椅子に座っていた。


「いきなり呼び出してすまんな」

「何のようだ? アルベルトの件か?」


「ふむ、関係ないとも言えんな……カールフェルト侯爵がそちに会いたいそうだ」

「何!? まさか、俺の正体がバレたのか!?」


 ロランは慌てているフクロウの様子に、笑みを浮かべながら続けた。


「言い忘れていたが、侯爵様は代替わりした。新しい方の名はジョセフィーヌ・カールフェルト様だ」


「ジョセフィーヌ様……ロラン、貴様わざとだな」

「フフッ、会って来るがいい。この手紙には、早急にフクロウを寄越すようにと書かれている」


 悩んでいる様子のフクロウにアルバが語り掛けた。


「兄様、行きましょう。私もジョセフィーヌ様にお会いしたいです」

「しかし、この顔ではとてもジョセフィーヌ様の前には……」


「あの方はそのような事、気にはせんよ。そちを傷付けた人物には怒りを向けるやもしれんが……行ってこいフクロウ。私もあの方のご機嫌を損ねたくはないのでな」


 二人の言葉にフクロウは顔を上げた。


「会いに行ってみるか……私もあの方にお会いしたいしな」



■◇■◇■◇■



 それからさらに数日後、コルトバにある城の謁見室でジョセフィーヌは鏡を手に自身の顔を確認していた。


「爺。私、奇麗?」

「お嬢様はいつもお美しいです」


「そう? この髪、変じゃない?」

「大変似合っておいでです」


「本当? ドレス派手じゃないかな?」

「お淑やかで上品な佇まいです」


 落ち着かないジョセフィーヌが体中をチェックしていると、謁見室のドアがノックされた。


「コホン、入りなさい」

「失礼します。フクロウ殿とアルバ殿をお連れしました」

「ご苦労さま。貴方は下がっていいわ」

「ハッ!」


 謁見室に顔を布で隠したフクロウと、その後ろにつき従う様にアルバが入って来た。

 ドアが閉まるのを確認して、ジョセフィーヌはフクロウに駆け寄った。


「ユリウス。会いたかったわ。アルバも久しぶりね……この布は何? 顔を見せて頂戴」


「ジョセフィーヌ様。お久しぶりです……布を外すのはご容赦を、怪我を負いまして、見ればご不快な気分にさせるかと……」


「……怪我? 大丈夫なの?」


 そう言いながらジョセフィーヌは、フクロウの顔に手をやった。


「急にいなくなったって聞いて、心配してたのよ。今まで何処にいたの?」


「……光を失いまして、別の仕事をしておりました」

「光……目が見えないの?」


「はい」


 ジョセフィーヌは、悲しそうにフクロウの目のあたりを布の上から撫でた。


「ユリウス、布を取って顔を見せて頂戴」


「しかし……」

「お願い。今の貴方をちゃんと見たいわ」


「……分かりました。気分を害されると思いますが……アルバ頼む」

「……はい」


 アルバはフクロウの顔にまいた黒い布をゆっくりと外した。


 傷ついたフクロウの顔を見たジョセフィーヌの表情から感情が消える。


「……アルベルトの仕業か? ほかに関与した者は誰だ?」

「それを聞いてどうなさるおつもりですか?」


「決まっている。生きたまま八つ裂きにしてくれる」


「……ジョセフィーヌ様。私は姿を消した後、殺し屋として生きてきました。いつかアルベルトに復讐するために」


「……ではその願い叶えよう」


 ジョセフィーヌの言葉にフクロウは首を振った。


「何故だ!? 今の私は侯爵だ! アルベルトをいかようにも出来る!」


「……殺し屋として生きる内、私の手は血に塗れてしまいました。そんな私にアルバは寄り添ってくれました……彼女の為に私はこれ以上血を浴びたくは無くなったのです。今まで人を操り、幾多の命を奪った私が言うべきでは無いのでしょうが、もうこれ以上人を殺めたくは無い」


 ジョセフィーヌはフクロウの手をしっかりと握っているアルバを見てため息を吐いた。


「昔から怪しいとは思ってたけど、二人はそういう関係なのね……あーあ。フラれちゃった」


「……ジョセフィーヌ様」

「分かったわ。アルベルトは殺さない。でも謝る事はさせないとね」


「謝る?」

「爺、アルベルトを呼び出して。うだうだ言うようだったら、引きずってでも連れて来なさい」

「畏まりました」


 暫くして兵に両脇を抱えられたアルベルトが謁見室に現れた。


「伯母上、いかに伯母上といえど、この為さり様はあんまりです! 放せ! 放さんか!」


 アルベルトは兵を振り払おうとしたが、彼らが手を放す事は無かった。

 その内、謁見室にいるフクロウの姿にアルベルトは気付いた。


「貴様は……まさかユリウスか?」

「アルベルト。悪い事をしたら、ちゃんと謝らないとね」


 ジョセフィーヌは兵に目配せしアルベルトを解放させると、彼に歩み寄りおもむろに頭を掴んで床に叩きつけた。


「ぐはッ!!」


「ごめんなさい。言えるかな?」


 ジョセフィーヌは頭を掴み持ち上げると、アルベルトに優しく問いかけた。


「伯母上……何故ユリウスが……ここに?」


 鼻から血を流しながらアルベルトはジョセフィーヌに問い掛けたが、彼女はニッコリ笑ってユリウスの頭を床に押し付ける。


「二度とその名前を言わないで。貴方が口にするとユリウスの事が汚れる気がするの」


「ううっ……」

「ごめんなさいは?」


 ジョセフィーヌはグリグリとアルベルトの頭を地面に擦り付けた。


「ご……ごめん……なさい」

「なあに。聞こえないわ」

「ごめんなさい!!」


 ジョセフィーヌはアルベルトの頭をもう一度床に叩きつけ手を放した。

 フクロウ達に向き直り笑みを見せる。


 アルバは目の前で起こった事に怯えて、フクロウの影に隠れていた。


「もう! これ見よがしにイチャイチャしないで! いい! アルバだから認めてあげるんだからね!」


「はい、ありがとう……ございます」


 フクロウの影からアルバは顔を覗かせ、恐る恐るそう言った。


「ユリウス。本当に殺さなくていいの?」

「はい、謝罪だけで結構です」

「……貴方がそう言うなら殺すのは止めるわ。良かったわね、アルベルト」


 アルベルトは返事をする事も出来ないようだ。


「今日は泊まっていって、色々お話したいわ」

「分かりました」


 こうしてフクロウの復讐は幕を閉じた。

 アルベルトはジョセフィーヌに対する恐怖の所為で、屋敷から出る事が出来なくなりメイドでも似た女性を見るたび絶叫するようになった。


 数日滞在した後、ジョセフィーヌに惜しまれながら二人はミダスに帰った。


 馬車の中でフクロウは眠るアルバの手を握り、あの方の連れ合いになる方は大変だなと思い、同時に自分にはアルバがいて良かったと強く思った。

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