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剣の娘  作者: 田中
第十章 緑光騎士隊
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侯爵の罷免

 カールフェルト侯爵領の領都コルトバ。

 現在の侯爵領はオーバルが王国に、今のように巨大なる前から存在し、国を支える柱としてカールフェルト家が支配していた。

 街はオーバルに今の形になってから一度も戦火に見舞われた事が無く、伝統ある建物がいくつも存在している。


 その中でもひときわ古く大きな建物が街の中心にそびえ立っていた。

 歴代の主が思い思いの改修を加えた事でそれは一種独特の雰囲気を醸し出している。


 そんな奇怪な城の執務室でルドルフ・カールフェルトは苛ついていた。

 豪奢な顎鬚をたくわえた壮年の男だ。


「ライバーからの報告はまだ来んのか?」

「はい、侯爵様。ミダスに入ってから一度も報せは入っていません」


 執務室には机の前に黒髪を後ろに流した片目の男が立っていた。

 鍛えられた体は如何にも軍人という風情だ。


「どうなっている? 他の密偵からの報告も入っていないのか?」

「なんの音沙汰もございません。捕らえられたとみて間違いないかと……」


 執務室の机に肘をのせ、ルドルフは嘆息した。


「親子そろって忌々しい奴らだ。父親のカディルが死んで清々したと喜んだのも束の間、息子も同じように儂に逆らいよる」

「侯爵様、ここは騎士隊では無く、別の方向から攻めてはいかがでしょうか?」

「なにか考えがあるのか、ガレス? 子爵領は王に気に入られている。よっぽどの事が無いと手を出せんぞ」


「先の男爵の暴走の際、子爵は銃を持った部隊を派遣しこれを収めたようです。この部隊の事を子爵は国に報告していません」

「成程な。謀反の疑いありと言う訳か」


 ルドルフは体を背もたれに預け、髭をしごいた。


「子爵は未完成と言い訳するでしょうが、密偵の報告では男爵が送って来た試作品を遥かに凌ぐ性能のようです」

「国の査察が入れば、言い逃れは出来んと言う訳だな」

「この事は大変な問題になるでしょう。何しろ帝国を排除できる可能性のある武器を隠匿していた訳ですから」


 ルドルフは満足気に笑った。


「上手く立ち回れば、銃の製造技術も儂の物に出来るか……」

「銃さえあれば、帝国へおもねる必要もないかもしれませんな」

「そうだな。最近では要求がエスカレートしてきた事だし、付き合いを止めても良いかも知れん」


 二人の会話を控えめなノックが遮った。


「入れ」

「失礼します。王都より書簡が届きました」


 ルドルフが目配せすると、ガレスが書簡を受け取り兵を下がらせた。


「国王からのようですな」


 ガレスが紋章を見てそう言いながらルドルフに手渡す。


「まったく、なんの用だ」


 ルドルフは封を切り中を確認する。

 読んだ後、ひどく面倒そうにため息を吐いた。


「王都への呼び出しだ。また何か泣き言を言われるのだろう」

「丁度よいではないですか。王に直接、子爵領の事を話す良い機会です」

「そうだな。明日城を発つ。ガレス、騎士隊の件は引き続き探ってくれ」

「畏まりました」


 翌朝、ルドルフは王都に向け旅立った。

 この時、彼は自分が糾弾されるとは考えてはいない。

 十年に渡る帝国との付き合いで、彼は最初に持っていた慎重さを失っていた。



■◇■◇■◇■



 十日後、首都オーディリアでは、国王レリディス・オーディリアの前にルドルフが立っていた。

 謁見室にはリトホルム伯爵を筆頭に十数名の有力貴族が彼を糾弾する為、集まっていた。

 国王レリディスは三十代半ばの気の弱そうな男だった。

 顎鬚を整えたその顔に覇気は無く、金髪の上に乗った王冠も少しくすんで見えた。


 レリディスは青い顔でルドルフに問い掛ける。


「ルドルフ、この者達が言う様に、そちは余を国を裏切っていたのか?」

「陛下。私はこれまでずっと王国に尽くしてきました。彼らの言葉は私を排除するための偽りにすぎません」

「カールフェルト侯爵。これに見覚えがあるかな?」


 白髪を後ろに撫でつけた眼鏡を掛けた初老の男、バーザム・リトホルム伯爵が差し出したのは、カミュが見つけた身分証だった。


「これはミリディア子爵領に侵入した帝国兵が持っていた物だ。発行者の署名は君の配下の物になっているが、覚えはあるかね?」


 バーザムは眼鏡の奥の目を鋭く細め、ルドルフを睨んだ。


「知らん。部下のやった事だ。その者は儂がコルトバに帰って、直々に裁きを下す。貴公らには関係ない事だ」

「そうはいかん。帝国兵は我が領地を南下して、子爵領に侵入している。前線から遠く離れた子爵領に簡単に入れる身分証を、国の重鎮である侯爵の部下が帝国に渡している等、看過出来る問題ではない」


「確かに国を裏切った者を重要なポストにつけた責任は儂にある。だがそれで儂が国を裏切っている事にはなるまい」

「確かにこれだけではな」


 ルドルフはバーザムが引いた事で余裕を取り戻した。

 バーザムに変わり、ロランが口を開いた。


「先程、ミリディア子爵領とミリディア男爵領の間であった揉め事についてはお聞き及びと存じますが、そこでこのような書簡を手に入れました」


 ルドルフはロランが持った手紙に目が釘付けになった。

 それは彼がメンデルに宛てて認めた物だった。

 メンデルには読んだら焼くよう指示していたのに、どこまでも使えない男だ。


「ここには、先日陛下に報告した銃について記載されています」

「陛下に報告……」

「内容は銃の製造を急ぐ事と……帝国がオーバルを支配した際の、男爵の地位について言及されていました」


「私が書いた者ではない!!」

「これも部下が書いたとおっしゃる?」

「そうだ! 私はそんなものは知らん!!」


 ロランは封蝋の紋章を提示し、ルドルフに尋ねた。


「これは侯爵様がお付けになっている指輪で押された物ではないですか?」

「それは……」

「それとも、誰かが侯爵様の寝所に忍び込んで、指輪を使い封書を捏造したと?」


 ルドルフは歯ぎしりしながら言葉を紡いだ。


「そうかも知れん。とにかく私では無い」

「あくまでご自分は関与していないと?」

「そうだ! 私は何も知らん!!」


「ではそのような方に、侯爵という責任ある立場は任せておくことは出来ないのではないでしょうか?」

「何!?」


 ルドルフは嵌められたと悟った。


「帝国兵に身分証を発行している事も知らず、部下が自分の名を騙り、男爵と国を売り渡す算段をしている事にも気づかない。そのような方に国を左右する重要なポストを任せる事が出来るでしょうか?」

「ロラン・ミリディア……貴様……」


 レリディスは玉座に座り、俯き加減に言葉を発した。


「ルドルフ。そちもそろそろ歳じゃ。引退を考えてはどうだ?」

「何をおっしゃいます陛下!? 私はまだまだ働けます!!」

「そちは私に十分尽くしてくれた。これからは静かな辺境で余生を過ごしてくれ」


「陛下! お待ちを!」

「次の侯爵はそちの妹ジョセフィーヌにやってもらう」

「なっ! 妹は政治の事など何も知りません!」


 レリディスはルドルフの言葉を無視し言葉を続けた。


「そちの言を受け辺境に赴任させた将軍たちにも、王都にもどるよう辞令を出した」

「何ですと……」

「これで良いか? ロラン。余は疲れた。あとは任せる」

「はい、お任せ下さい」


 レリディスは王座を立ち、フラフラと謁見室を後にした。


「ロラン! 貴様、王を傀儡にするつもりか!?」

「そのようなつもりは一切ありません。王は私の助言を聞き入れて下さっただけです。かつて貴方の助言を聞き入れた様に」

「このままで済むと思うなよ!」


 忌々し気にロランを睨み付け、ルドルフは踵を返した。


「ルドルフ様。ごきげんよう」


 ロランはルドルフに頭を下げた。

 それを横目にルドルフは足早に謁見室を後にした。

 足早に王宮を歩く彼の後ろを側近が追う。


「侯爵様、どうされるのですか?」

「王に考え直すよう進言する。お前はコルトバに戻りジョセフィーヌを牽制しろ」

「承知いたしました」

「このまま終われるものか。バーザムとロランめ。必ず後悔させてやる」


 ルドルフはその後もレリディスの説得を続けたが、王の気持ちは変わらず、逆にルドルフの事を疎ましく感じ謁見さえ拒否されるようになった。

 そうしている間にコルトバでは彼の妹ジョセフィーヌが侯爵領の改革を始めていた。

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