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剣の娘  作者: 田中
第十章 緑光騎士隊
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騎士達とカミュの過去

 マーカスとの模擬戦を終え、中庭から宿舎に戻ったカミュにジェイクが話しかけてきた。


「カミュ、模擬戦は終わったのか?」

「ええ」

「宿舎を案内するついでに少し話したい事がある。まずは隊長室に案内しよう。こっちだ」


 カミュはジェイクに連れられて宿舎を歩いた。

 宿舎は中庭を囲むように建っている石造りの四階建ての建物だ。

 その二階の一室が隊長室となっていた。


 この部屋は寝室も兼ねているようで、執務室と寝室に分かれていた。

 執務室には絨毯が真ん中に布かれ、机と本棚、部屋の真ん中にはテーブルとソファーが置かれている。

 南側の窓からオレンジ色の日の光が射しこんでいた。


「机や筆記用具は備え付けの物を使ってくれ」

「分かったわ。それで話というのは?」

「派遣された騎士の中に、カールフェルト侯爵領の者がいる」

「どうして!? なんで子爵様は受け入れたの!?」


 ジェイクは机に寄りかかりそれに答えた。


「子爵様もスパイだという事は解っている。だが侯爵領の騎士だけ受け入れを拒否したらあからさますぎる。まだ侯爵を追い詰める準備は整っていないからな」

「……私はどうしたらいいの?」


「取り敢えず予定通りでいい。明日緑光石の武具を隊員に支給する。と言っても剣だけだがな。それで様子を見る」

「武具の事が帝国にバレるんじゃ……」

「見張りはつけているさ。誰かと連絡を取ろうとしたり、武器を持って逃亡を図れば拘束する」


 カミュはソファーに座り、ため息を吐いた。


「他領の騎士は信用できるの?」

「子爵領に友好的な領から来た騎士達もまだ騎士隊に対して懐疑的な者が多い。緑光石の武器は未知の物だし、カミュの実力は我々は知っているが、ミダス以外じゃ無名に近いからな。ただ今日の事で協力者は増えるだろう」


「子爵領の騎士達は味方と考えていいのね」

「ああ、それは大丈夫だ。あいつ等は皆、君に指導してもらった者だし裏も取れている。信じてもらっていい。問題は侯爵側の領主が送り込んだ騎士達だ。派閥と言うだけで国を裏切っているかは分からんが、気をつけるに越したことは無い」


 ジェイクは持っていた紙の束を机に置いた。


「隊員の名簿だ。他領の騎士については私が注意点を書き足しておいた。一応、目を通しておいてくれ」

「分かった……隊長って大変ね。やっぱり唯の隊員の方が良かったかしら……」

「まぁ、やるって言ってしまったんだ。腹をくくるしかないな。私も出来る限りサポートする」

「そうね。ありがとうジェイク」

「さて、宿舎を案内しよう。まずは食堂と風呂なんかの共同スペースだ」


 ジェイクはそう言うとカミュを伴い隊長室を後にした。



■◇■◇■◇■



 カミュがジェイクと一緒に宿舎を回っている頃、一番街のレストランの個室でガリウスは荒れていた。


「クソッ、あの小娘め! 大勢の前でこの私に恥をかかせおって!」


 怒りに任せてグラスをテーブルに打ち付ける。

 それを同じ個室にいた狐目の男が宥めている。


「まあまあ、良い気になっていられるのも今の内ですよ。身分から言えば、ガリウス様が隊長になるのが一番順当ですからね。私の部下が根回ししてますから、少しだけ我慢してください」

「根回しか……だが奴の腕がいいのは確かだ。忌々しい事にな。一体どう追い落とす?」


 狐目の男はニタリと笑った。


「あの女、実は孤児だったようで、昔この街でスリをやって暮らしていた様です」

「フンッ! やはり卑しい身分の者だったか。そんな女に国を救う為に作られた、栄えある騎士隊の隊長を任せておけんな」

「まったくです。おそらく子爵様はよく調べもせず、剣の腕だけで抜擢したのでしょう。事が公になればあの女のみならず、子爵様も責任を問われるのではないでしょうか?」


 ガリウスはそれを聞いて、笑みを浮かべた。


「そうなれば、騎士隊は子爵領主導ではなく、国主導になるかもしれんな」

「本来はそうあるべきでしょう。一領主が国の命運を左右する部隊を創設する事がそもそもおかしいのです」


「その通りだ。ライバー、私が隊長になったらお前を副長にすると約束しよう。子爵領の騎士達はあの女に骨抜きされているようだし、副長のジェイクとかいう奴も含め、全員お払い箱だな」

「そうですね。どいつもこいつも平民出の女に尻尾を振って、恥知らずにもほどがある」


「ライバー、急げよ。しばらくは大人しくしておくが、いつまでも下賤の者に上に立たれるのは我慢ならん」

「わかっております」


 カールフェルト侯爵領の騎士ライバーはそう言いながらガリウスのグラスに酒を注いだ。


 個室の上の屋根裏に黒い影が潜んでいた。

 それは二人が個室を出たのを確認して、屋根裏から抜け出し訓練所へ向かった。



■◇■◇■◇■



 訓練所ではジェイクが執務室で監視につけた者から報告を受けていた。


「ふむ、ライバーはガリウスと接触したか。話の内容は分かるか?」

「すみません。壁が厚く内容までは聞き取れませんでした」

「やはりカブラス様に頼んで諜報部から何人か寄越してもらうか……」


 ジェイクは監視をつけてはいたが、本職の密偵では無く五番隊の騎士を当てていた。

 諜報部は現在、侯爵領を探る事にかかり切りで人手がたりず、ロランも手を打ちかねていたのだ。


「報告ご苦労だった。引き続き、監視を続けてくれ」

「ハッ!」


 騎士が出て行った後、ジェイクは窓の外を見ながら一人呟いた。


「さっさと侯爵を排除して、帝国と戦う事だけを考えたいものだ」


 ジェイクが振り返ると、机の上に手紙が一通置いてあった。

 先ほどまでは無かったはずだが……。

 訝しく思いながらも、手紙を手に取り内容を確認する。

 そこにはガリウスとライバーの会話の内容が記されていた。


「これは……本当なら面倒な事になりそうだ。一応、子爵様に報告しておくか」




 翌日、ジェイクが剣を騎士に配り鎧を使って切れ味を試させると、全員が驚きの声を上げた。


「これなら、奴らにも勝てるかもしれない」


 ジェイクと共に黒鋼騎士団と戦った騎士の一人がそう呟く。


「皆、武器の力を過信しないで、黒鋼騎士団は装備を改良しているかも知れない」


 カミュは自分の危惧を隊員に伝えた。


「分かっています。でも武器だけでなく防具も作られているんですよね? それなら武具で一方的に負けることは無いはずです」

「そうね。でも相手は戦士としても一流よ。気を引き締めて行きましょう」


 カミュはそう話し隊員の指導に当たった。

 ガリウスやライバーも、表面上は大人しくカミュの指導を受けていた。


 一週間後、中庭に集まった隊員は二つのグループに分かれていた。

 子爵領の騎士と子爵領と友好的な他領の騎士、それとガリウスとライバーを中心とした侯爵側の騎士の二つだ。

 カミュとジェイクが彼らの前に立つとガリウスが口を開いた。


「隊長、聞きたい事がある」

「何、ガリウス?」

「孤児だったというのは本当か?」

「……ええ、本当よ」


 カミュの答えを聞いたガリウスはニヤついた笑みを浮かべ声を上げた。


「ではスリという犯罪に手を染めていた事も事実だな!?」

「……私は、確かにスリをして生きていたわ。でも、それは……」

「全員、聞いたな!? この女は犯罪者だ!! そんな者がエリート部隊の隊長であっていいはずがない!!」


 ガリウスの声に騎士達はざわめいた。

 雪丸やラムザも驚いている様子だった。

 マーカスだけはガリウスを睨みつけていたが……。


 カミュはやはり自分が騎士隊の隊長になる等、無理だったのだと踵を返そうとした。

 だがそれを止める声があった。


「待て、カミュ! すまんな、色々調べていて遅くなった。こうなる前に手を打ちたかったのだが……」

「子爵様……」


 ロランは側近たちを引き連れ、カミュとジェイクの前に立ち騎士達に言った。


「私はミリディア子爵領、領主ロラン・ミリディアだ! 私の話を聞いて欲しい! 確かにカミュは孤児でスリをしていた! だがそれは帝国に村を滅ぼされた事が原因だ!」


 帝国に滅ぼされたと聞き何人かの騎士が気の毒そうにカミュを見た。


「カミュが犯罪に手を染めねば生きられなかったのは、この街が孤児を受け入れる力が無かったからだ。責任は領を統治していた子爵家、さらに言えば国境で帝国を止められなかった国にある」

「ですがその女は犯罪者です!!」

「ガリウス。お前は帝国が攻めてきた十年前、何をしていた?」


 ガリウスはロランに名指しされて少し怯んだが後ろ暗い所などないと思い直し答えた。


「私は十年前から王立騎士団にいました。それが何だというのです」

「では飢えたことなどないだろう?」

「……」

「この中に、明日の食事に事欠いた者が一人でもいるか!?」


 誰も言葉を発しなかった。

 彼らは騎士。下級の者もいるとは言え全員貴族だ。

 明日の食事に困った者等、一人もいないだろう。


「カミュが罪を犯したのは生きるためだ! その罪を問うというなら、彼女の生活を守れなかった我々の罪も問われるべきではないか!?」

「そんな話はしていない! 罪人を隊長にするのは間違っていると言っているのです!」


 ロランはガリウスの言葉に目を細めた。


「ほう? では誰が隊長にふさわしいというのだ?」

「決まっている。この私です! 王立騎士隊の騎士であり、グランバル伯爵家の血を引く私こそ隊長にふさわしい!」

「お前も罪人なのに?」

「なっ! 何を言われるか!?」


 ロランは側近から書類を受け取った。

 それを捲りながらロランは口を開いた。


「ダリル商会、ロンメル馬具組合、グリバス金融、ほう、オーバル中央銀行」


 ロランが名を告げる度、ガリウスの顔色は悪くなった。


「随分派手にやっていたようだな。軽く調べただけだが十数名の名前が出てきたぞ」

「やめろ……」

「少なくともお前に隊長の資格は無い様だ」

「ライバー。お前もガリウスを焚きつけて、隊長に据えようとしていたようだが人選を誤ったな」


 ライバーは狐目を見開いて歯ぎしりしている。


「騎士隊はあくまで子爵領主導で動いている。カミュが隊長という事に不満のある者は去るがいい」

「国から予算が出ているんです。我々を排除する気なら侯爵様も黙っていませんよ」

「侯爵のご機嫌など取っている場合ではない」

「たかが子爵風情が、何という無礼な口を……」


 ロランはすでにライバーに興味を無くしたという様に、彼の言葉を無視した。


「カミュの村を焼いたのは黒鋼騎士団だと聞いている! 私は彼女こそが、対黒鋼騎士団として作られたこの騎士隊の隊長にふさわしいと考える! 村を追われ、兄と慕った者を殺され、師匠である剣聖ジョシュアも、黒鋼騎士団の団長ジャハドに奪われた! カミュ以上に帝国に怒りを持っている者がいるなら名乗り出ろ!!」


 誰も一歩も動かなかった。

 カミュの生い立ちもそうだが、なにより剣聖の弟子だという事に騎士達は衝撃を受けていた。


 剣聖ジョシュア。彼の偉業は騎士であれば誰でも知っている。

 帝国の二万の軍勢を三千の兵を率い襲撃し、敵の将軍を打ち倒し引かせたバーザムの戦い。

 東の国境を荒らしていた山賊を、単身乗り込み壊滅させたレザ山の山賊。

 南の海で暴れていた海賊船に漁師の助けを借り乗り込み、船長の首を一瞬で刈り取った南洋の海賊狩り。

 上げればきりが無い。


「剣聖の弟子だと……」


 そう呟くガリウスにライバーは耳打ちした。


「一端引きましょう。今は分が悪い」

「クッ、分かった」


 中庭を去ろうとするガリウス達にロランは告げた。


「その剣は置いて行け。緑光騎士隊を去るのならそれを渡す事は出来ん」


 二人は忌々し気に剣を投げ捨て、訓練所を出て行った。

 何名かの騎士が剣を置き彼らの後を追った。


「捨て置いてよろしいのですか?」


 ジェイクがロランに尋ねる。


「構わん。諜報部から監視を出している。ミダスからは逃さんよ」


 ジェイクは頭を下げて、後ろに下がった。


「さて、ここに残った者は、カミュが隊長である事に異論はないな?」

「ハッ!!」

「良し。では武具が揃うまで各自訓練を続けてくれ。揃い次第、前線へ出発する。以上だ」


 ロランはそう言ってカミュに振り返った。


「子爵様……ありがとうございます」

「礼を言う必要は無い。侯爵領の騎士を受け入れたのは、私がもたついていたからだ」

「……私はここに居ていいのでしょうか?」


「騎士達に言った通りだ。そち程、隊長にふさわしい者はいない……そうだな。傭兵では格好がつかんか。カミュ、そちを上級騎士に任命するよう手配しよう。後日使いを出す」

「私が騎士!? 待って下さい、子爵様!」


 そう言うカミュを遮って側近がロランに耳打ちする。


「子爵様。そろそろ城へ戻りませんと」

「もう時間か。ではな、カミュ」


 ロランはそう言い残し呆然とするカミュを置いて訓練所を後にした。

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