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剣の娘  作者: 田中
第九章 孤児と演劇
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かつて暮らした廃屋は……

カミュ達は一度ステラに戻り、しばらく孤児院に泊まる事をカイルに告げた。


「貧民街に作ってるって言ってた奴か?」


カイルには昔の商人の屋敷を、孤児院に改装している事は話している。

彼も戦争の影響で北から逃げてきた子供達が貧民街で暮らしている事を気の毒がっていた。


「痩せた子供が少しでも減りゃあいいな」

「そうね。そうだ。カイルも劇場が出来たら足を運んでね」

「おう。いつ頃になるんだ?」


「一応、今月中を目標に皆、頑張っているんだけど……」

「そうか。客にも宣伝しとくよ」

「ありがとう」


部屋から荷物を引き上げ、カイルに世話になった礼を述べ、三人はステラを後にした。

ウォードと話し、月夜を一人で宿に泊まらせるのもどうか、という話になったので彼女も孤児院に宿替えする事にしたのだ。


孤児院に戻り、ウォードに指示された部屋に荷物を置いてカミュは孤児院の仕事を手伝う事にした。

雪丸たちはギルドで短時間で終わる仕事を探すそうだ。

劇場は館の左側、以前ウォードが大工と図面を見ていた場所に作っている。


作業現場は木材の香りが漂っていた。

ウォードとヒューゴが、大工の棟梁と思われる白髪頭の短髪の男と話をしている。


「舞台は半円形、その周りを取り囲む形で階段状に客席を据えたい」

「屋敷は天井が高いから可能だろうが、材料費が嵩むぜ。いいのか?」

「概算でどれ位かかるの?」

「そうだなぁ。今の見積もりプラス三百万ってとこか」

「ウォード、予算的には大丈夫か?」


ヒューゴがウォードを見ると、難しい顔をしていた。


「いいアイデアだとは思うけど、正直厳しいわ」

「なんとかならないか? 実現出来れば音の伝わりや、ステージの見やすさが格段に変わる」


カミュは三人に近づき、棟梁に問い掛けた。


「材料を調達できれば、もう少し安くなりますか?」

「あんたは?」

「私はカミュ。一応、孤児院の所有者です」

「あんたが!? ホントかよ……」

「本当よ。その子が所有者で言いだしっぺよ」


ウォードは棟梁にそう告げた。棟梁は頭を掻いてカミュの問いに答えた。


「そりゃ材料を用意してくれれば、こっちは人件費と諸経費で済むからな」


カミュは棟梁の言葉に小さく頷いた。カミュの様子を見てウォードが問いかける。


「カミュ、材料の当てがあるの?」

「今、貧民街は再開発で昔の建物が壊されてるでしょう。その廃材を使えないかと思って……」

「なるほど、それなら格安で手に入るかも」


カミュは再度、棟梁に問い掛けた。


「棟梁、解体している業者をご存知でしょうか?」

「そりゃ同じ業界だから、どの現場に誰が入ってるかは知ってるぜ」

「その人達を紹介してもらえないでしょうか?」

「そりゃ構わんが、結構、気の粗い連中だぞ。なんなら俺が話をつけようか?」

「いえ、孤児院をやりたいと言い出したのは私です。交渉も自分で行います」


棟梁はチラリとウォードに目をやった。

彼女は笑みを浮かべ、しっかりと頷いた。


「分かった。それじゃ、目ぼしい所をこれから回るか」

「ウォード、最初に舞台から作るって事で良いんだな?」

「ええ、それでお願い」

「おい、今ある材料で出来る所までやっとけ! まず舞台からだ!」

「分かりました!」


棟梁は部下に指示を出し、カミュを連れて解体現場に向かった。

何か所か周り、使えそうな廃材を譲ってもらえるよう交渉していく。


胡散臭そうにカミュを見ていた業者もいたが、カミュが貧民街のギャングの件を解決した傭兵だと知ると、快く交渉に応じてくれた。

ギャング、主にワイバーンが暴れていた所為で解体工事に着手できずにいた事が原因らしい。


「いやぁ、ホント奴らには手を焼いていたんだ。作業しようと工員引き連れて建物に来ても邪魔ばかりされてな。工事が遅れて上からはせっつかれるし、工員は作業を嫌がるし板挟みだよ」


現場監督はため息を吐きながらそう語った。

ワイバーンにとって、貧民街は居心地が良かったのだろう。

再開発が進み、治安が良くなればジャッカルを潰して、貧民街を支配するという目的も達成できなくなる。

結果的にカミュがどちらも潰してしまったが、解体業者にとっては救いの神だったようだ。


棟梁は彼女がギャングを潰したと知って、驚いたようだった。


「お前がギャングを潰したのか? まぁ屋敷の所有者だというから、ただの娘じゃないとは思っていたが」

「私も昔この街で孤児だった。子供達がルカス達に絡まれているのを見て、他人とは思えなくて……」

「それで衛視も手を焼いてた、悪ガキ共を潰しちまうんだから、大したもんだよ」

「成り行きですけどね」


棟梁が最後に案内してくれた場所は、カミュがロイと住んでいた廃屋だった。


「ここは、老朽化が激しいから、あまり使えそうな廃材はねぇと思うが……」

「少しだけでもいいんです。この建物の廃材を是非つかって欲しい」

「……思い入れがあるのか?」

「はい……ここは……大切な場所です」


カミュの表情を見て、親方は何となくこの場所の事が分かったようだ。


「なるべく多く使う様にしよう」

「……ありがとう」


二人は担当業者と交渉し、廃材を譲ってもらう約束を取り付けた。

全てを廃材で賄う事は出来なかったが、それでも材料費はかなり抑えられる筈だ。


「この分だと、大分安く出来るだろう」

「良かった」


材料費はカミュが出しても良かったが、使える金は多い方が良い。

何しろ劇場が軌道に乗るまでは、金は出て行く一方だからだ。


二人は孤児院に戻ると、ウォード達に廃材の事を報告した。

ギャングの下りではウォードは苦笑していたが、経緯を知らないヒューゴは不思議がっていた。

ウォードが理由を説明すると、彼は目を見開いてウォードに詰め寄った。


「ギャングのボスだと!? 何故そんな面白そうな話を早く言わん!!」

「だって聞かれなかったから……」

「しかも裕福な商人の娘で、旅芸人に売られた!? 街に戻って悪徳高利貸しを成敗していただと!?」

「え、ええ……」


ヒューゴは鼻息荒くウォードに問い質している。


「いいじゃないか!! お前の人生はそのまま芝居に出来そうだ!! それにカミュ!!」

「ふぁい!!」

「お前の剣術が素晴らしい事は殺陣を見れば分かったが、ほぼ一人でギャングを潰すなどそれこそ演劇の世界だ!! お前、もっと面白い話を持っているだろう!?」


「ええっと……そんなに面白い話は……」

「隠していると為にならんぞ!! さっさと吐け!!」

「助けて、ウォード……」


カミュは救いを求めてウォードに目をやった。

彼女はサッと目を逸らした。肩が小刻みに揺れているのは、明らかに面白がっているからだろう。


「話を聞くまで離れんからな!!」

「カミュ、諦めて話せる話だけ話してあげなさいよ」

「ウォード、覚えときなさいよ」


カミュがウォードを睨むと、彼女は「おー怖っ」と肩をすくめ、舞台の方へ去っていた。

その後、カミュはヒューゴが満足するまで、詳細をぼかしこれまでの事を語った。

それは話好きな雪丸が帰ってくるまで続いた。


「それで、拙者は攫われた娘を助ける為、悪漢たちの巣食う遺跡に足を踏み入れたのでござる」

「遺跡か。具体的にはどんな物だ?」

「打ち捨てられた古代の神殿だとその村の長老は言っていたでござる。内部は不気味な彫像が並んでおったが、あれがおそらく神だったのでござろう」


雪丸は夕食後の食堂でヒューゴに旅の話を聞かせている。

カミュは疲れ果ててテーブルに突っ伏していた。

ヒューゴはカミュがぼかして語った男爵の城の話や、一騎打ちの話の詳細を聞き出そうと何度も質問を重ねてきた。

カミュは帝国の事や侯爵の事がバレない様、細心の注意を払い問題ない部分だけを話した。


「お疲れ」

「ウォード。助けてくれてもいいじゃない」

「だって面白かったんだもの。いつも余裕たっぷりの貴女が困っている顔なんて、そうそう見れる物じゃないわ」


ウォードはそう言って楽しそうに笑った。


「むぅ……」

「そんなにむくれないの。廃材の事は助かったわ。お金もバニスが言うには何とかなりそうだし」

「ホント!? 良かった!」

「そうだ。貴女が前に言ってた奇術師と催眠術師はどうなってる?」


そう言えばフクロウとは、男爵軍の件以来会っていない。

城に滞在している筈だが傷の具合はどうなっているだろうか。


「明日、稽古が終わったら会いに行ってみる。怪我させちゃったから、もうしばらくかかるかも知れないけど……」

「怪我? 貴女がやったの?」

「うん。仕事で対立しちゃってね。彼、殺し屋だったのよ」

「殺っ!? ……カミュ。問題の無い人はいないの?」


ウォードはジトっとした目でカミュを睨んだ。


「催眠術師の人はとても優しい素敵な女性よ」

「ホントかしら……」


ウォードは疑いの目でカミュを見た。リンデもヒューゴも、カミュが連れてきた人間は一癖も二癖ある者ばかりだ。

ウォードの気持ちも分からなくも無い。


「ホントだってば」

「まあいいわ。その奇術師さんが動けるようなら一回連れてきて。劇場で出す演目について話してみたい」

「分かったわ」


雪丸の話はまだ続いている。

彼の横で月夜がその話を真剣に聞いていた。


「遺跡の最深部は、盗賊避けの罠が張り巡らされていたのでござる。拙者危うく倒れてきた像に、潰されるところでござったが、助けた娘が機転を利かし別の罠を作動させ、他の像を倒した事で事無きを得たのでござる」

「では二人とも助かったので御座いますね」


「うむ、だが村に戻った後が大変だったのじゃ。長老が娘を助けた礼にとその娘を拙者に嫁がせると言い出してな」

「ふむ、悪漢から乙女を助け出した英雄と、その乙女が結ばれるのは定番の流れだな」


「だが拙者には国に残した妻と家族がある。愛らしい娘であったが、拙者はきっぱりと断って……」

「義兄上、愛らしい娘とはどういう事で御座いますか?」


なんだか雲行きが怪しくなってきた。

カミュは巻き込まれない内に、ウォードと二人食堂を後にした。


部屋に帰り着替えを手に浴場に向かうカミュの耳に、雪丸が月夜を宥める声が聞こえてきた。

雪丸さんはいつも一言多いな。そう思いながらカミュは疲れを癒そうと浴場の扉を開けた。

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