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剣の娘  作者: 田中
第九章 孤児と演劇
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配役と雪丸の故郷

 翌朝、食事を終えてカミュは孤児院に向かった。

 孤児院に泊まる事を伝えていなかったので、カイル達は心配していたようだった。

 悪い事をしたなと思いつつ貧民街への道を歩く。


 街にはまだ孤児の姿があった。

 今の状態ではこれ以上に受け入れは難しいだろう。

 元ジャッカルのメンバーたちも作業が終われば新たな仕事を探さなければならない。


 貧民街を再開発するのなら建築に携わる商会を作ってもいいかもしれない。

 そんな事を考えていると孤児院にカミュは孤児院に辿り着いていた。


 庭に子供達とジャッカルのメンバーが集合していた。

 見慣れない若い男が彼らの前に立っている。


 カミュを見つけるとウォードが笑みを浮かべ話しかけてきた。


「カミュ、おはよう」

「おはよう、ウォード。ところでその人は?」

「分からない?」


 彼女は悪戯を思いついた子供の様な顔をした。


「話しかければ、きっと分かるわ」

「?……あの、貴方は?」


 カミュは首を傾げながら、男に話しかけた。


「何を言っている? まあいい。配役を発表する。お前も聞いておけ」

「まさか、ヒューゴ!?」


 無精髯を剃り、髪を整えたヒューゴは見違える程の美男子だった。


「そっ、ビックリでしょ」


 ウォードはそう言って笑った。

 あのむさい男がこんなに美形だったとは…。


「昔は役者をやっていたそうよ。芝居の脚本を手掛ける内にそっちが本職になったみたい」

「ヒューゴにも出て貰えばいいんじゃない?」

「聞いてみたんだけど、本人にその気は無いみたい。舞台に上がって演技をしてると他の人の芝居が気になって集中できないそうよ」


 ヒューゴはカミュ達の会話等、聞いていないようで配役を決めていく。

 子供達は自分の役に一喜一憂している。

 キャロをやりたがっていた二人は、どちらも別の役を振られ不満げにしていた。

 ミリィは彼女の希望通りベス役に抜擢されたようだ。


 ジャッカルのメンバーは十名程が魔物の手下や、旅の途中で会う大人に配役されていた。

 それ程、大人の女性の役は多くないが、それらはシスターにやってもらう事になった。


 シスター達は演技の経験が無い事を理由に断ろうとしたようだが、ヒューゴがセリフを歌えばいいと説得したようだ。

 シスター達は教会で讃美歌を歌っている。

 歌うのであればと、子供達が楽しみにしている事もあり承諾したようだ。


 配役を発表したヒューゴはセリフと物語の流れを把握するように全員に言い、子供達には大人が話して聞かせるよう指示を出して皆を解散させた。


「昨日、孤児院に泊まって思ったが、今の状態では各自仕事を終えてからの練習になる」

「確かに子供達はお手伝い程度だから、それを止めて練習時間に充てればいいけど大人は夜にするしかないわね」


 ウォードがそう言うと、ヒューゴは腕を組み考え込んだ。


「全員で稽古をつけたい。それに夜、大声でセリフを言っていたら子供が眠れんだろう」

「じゃあどうするの?」

「早朝、二時間ほど集中して稽古しよう。作業はその後してもらって夜は早く眠る」

「二時間で良いの?」

「疲れた体でダラダラとやっても意味がない。朝は体が一番元気な時間だ。集中力も上がる」


 カミュはヒューゴの意見も分かる気がした。

 彼女が早朝に日課の訓練をするのも、休息した体と朝の空気で集中力が上がるからだ。


「私はヒューゴに賛成。確かにその方が効率がいい気がする」

「えー。私、朝は弱いんだけど……」


 ウォードは早起きが苦手なようだ。

 そう言えば彼女は以前この屋敷に踏み込んだ時、ベッドの中にいた。


「お前は朝、弱いのではなく夜更かししすぎだ。昨日も遅くまで何かしていたろう」

「なんで知っているのよ!?」

「昨日は配役を考える為、深夜まで起きていたからな。音がするから物取りかと覗いたら、お前がワイン片手に部屋に入って行くのを見た」


 カミュはウォードを訝し気に見た。


「なによその目は! 喉が渇いたから、ちょっと料理用のワインを貰っただけよ!」

「遅くまで部屋で何をしてるの?」

「劇場の設計を考えてるの」

「設計だと? 図面を見せろ」

「あっ! ちょっと引っ張らないでよ! カミュ、またね!」


 ヒューゴはウォードの手を取って屋敷へ向かった。

 カミュは呆気に取られてそれを見送った。

 あの二人はいいコンビかも知れない。

 ステラに帰るかとカミュが孤児院を出ようとすると、ヒューゴが走って戻って来た。


「言い忘れる所だった。セリフを覚えておけ、それと殺陣を考えろ。昨日言った様に実戦に近く派手なものがいい」


 そう言ってヒューゴはカミュに台本を手渡した。


「セリフを覚えるまで少しかかるだろうが、殺陣の稽古は早めにしたい。なるべく急ぎで頼む。ではな」


 それだけ言い残し、ヒューゴは屋敷に駆け戻った。

 忙しない人だ。そう思いながらカミュは孤児院を出てステラに戻った。


 ステラでは食堂のテーブルで雪丸が月夜と二人、何やら話していた。


「義兄上、このまま仕事を続けていても、旅費を貯めるのに時間がかかり過ぎまする」

「しかし、割のいい仕事はそれだけ危険だしのう」

「私は少しぐらい危険でも構いませぬ」

「なれど……」


 雪丸は腕組みをして唸っている。


「ただいま雪丸さん、月夜さん」

「お帰りでござる」

「お帰りなさいませ。カミュ様」


 カミュは彼らのテーブルに着きながら、何があったのか尋ねてみた。


「何を揉めてるの?」

「それが……月夜が報酬が安いと言い出して……」

「斡旋していただける仕事には高額の物もあるのですが、義兄上が受けたがらないので御座いまする」


 カミュは雪丸に目をやった。

 彼は一人の時はどんな仕事でも受けていたはずだ。


「以前も申したが、月夜の体術と剣術では荷が勝ちすぎる気がするのでござるよ」

「大丈夫だと思うけどなぁ」

「義兄上、カミュ殿もこのように申しているではないですか!?」

「お主、この前受けた護衛の仕事で咄嗟に破裂竹を使おうとして、迷って斬られかけたではないか」

「それは……」


 体に沁み込んだ動きというのは厄介な物で、とっさの時ほどそれは出る。

 月夜は体の動きと頭で考える事がちぐはぐになり、それが隙になってしまったのだろう。


「旅費は幾らぐらい必要なの?」

「倭国まででござるからな。余裕を持って二人で二百万ぐらいは欲しいでござる」

「二百万かぁ。大金ね……そうだ!カブラスさんがこの前の仕事の報酬をくれるって言ってたわ」

「真でござるか!? それは助かる!」

「昼からでも、お城に取りにいきましょう」


 カミュ達はステラで昼食を取り城へ向かうことにした。

 昼食は、小麦粉で作った皮にひき肉と野菜で作った物を包んで焼いた物だった。


 ハーブが利いていて、とてもさっぱりしていた。

 本来はにらを使うらしいが、カイルはハーブを使ったようだ。


「これも旅の途中で食べた事があるでござる。食べ過ぎて他の客と話していると、顔をしかめられたのも良い思い出でござる」

「よっぽど臭かったのね。カイルがハーブに変えたのもそれが原因かも」

「私はどちらも美味しいと思いまする」

「月夜さんも食べた事があるの?」

「私は義兄上の後を追うように船で旅をしてまいりましたので、立ち寄った港で頂きました」


 船か……カミュは故郷でも子爵領でも船には乗った事がない。

 港に停泊しているのは何度も見ているが、今まで乗る機会はなかった。


「ねぇ、船ってどんな感じなの?」

「うーむ。慣れぬうちは船酔いが辛いでござるな」

「船酔い? 船でお酒をのむの?」


「そうではござらん。船は常に波に揺られているので、慣れないうちは気分が悪くなるのでござる」

「ふうん。そんなに辛いの?」

「吐き気が酷く、拙者も最初は陸が恋しくてしょうが無かったでござる」


 なった事の無い状態は想像しようがない。

 吐き気……カミュはキノコに当たった時のことを思い出し、少し陰鬱な気分になった。


 食事を終え、カイルに城に向かう事を告げ、雪丸と二人、ステラを出た。

 月夜はギルドで一人でもできそうな仕事を探すらしい。

 雪丸がくれぐれも危険な仕事を受けるなと、口を酸っぱくして言っていたのが印象に残った。

 彼は意外に過保護のようだ。


「そんなに心配しなくても、月夜さんなら大丈夫よ」

「頭では分かっているのでござるが、拙者は月夜が忍びの修行をしていた頃から知っているでござる。どうしても子供という感覚が抜けないのでござるよ」


 コリーデ村の村長のロブや、獣医のクライブもいつまでたっても、カミュを子ども扱いするし、そんな物かなとカミュは思った。

 城に着き応接室で待っているとカブラスが部下を引き連れて部屋に入って来た。


「待たせたな。カミュ、雪丸。此度はご苦労だった。雪丸にはちゃんと挨拶していなかったな。私はミダスの行政を担っているカブラスだ」

「九条雪丸でござる。以後良しなに」


 カブラスはソファーに腰かけ、そう口にすると、部下に目をやった。

 部下は頷きカミュと雪丸の前に布袋を置いた。


「カミュには大金貨四十枚、雪丸には大金貨十五枚を褒美として与える」

「そんなに!? いいんですか!?」


「何を言っておる。これでも少ないぐらいだ。ただ、子爵領も男爵領の支援や戦費の捻出でカツカツでな。今回はそれで許して欲しい」

「いえ、助かります。有難く頂戴します」

「拙者も有難く頂戴いたす。これで帰国も早められそうでござる」


 雪丸が言った言葉でカブラスは彼に問いかけた。


「帰国という事は倭国に帰るのか?」

「そのつもりでござる」

「そうか……実はロラン様がお主の話を聞いてから倭国に興味深々でな。使節団を出そうという話が持ち上がっておるのだ」


「使節団でござるか?」

「うむ、お主と知り合ったのも何かの縁と、倭国とも友好関係を結びたいそうだ」

「……しかし、倭国は今、小国が林立しているような状態でござる。故郷の紀柳は今の所、平和のようでござるが……」

「倭国全体がまとまってはおらんという事か?」


 カブラスの言葉に雪丸は頷いた。


「如何にも、昔は帝が全土を治めていたのでござるが、武家が力を持った事で帝の力が弱まったのでござる。今では辺境の地方領主がそれぞれ自分の領土を治める形になっているでござる」

「オーバルでも、辺境の領主や地方都市が独立を宣言しているからのう。どこも同じような物か……」


「まさしく」

「ふむ、あい分かった。倭国の事はロラン様に伝えておこう。ロラン様のお考え次第では、また城まで来てもらう事もあるやもしれん。その時はよろしく頼む」

「承知したでござる」


 二人はカブラスに改めて礼を述べ、城を後にした。

 帰り道、カミュは倭国の事を雪丸に尋ねた。


「倭国は国の中で戦争してるの?」

「月夜の話では、戦争というほど大きな物は起きていない様でござる。帝の力も弱まったとはいえ、地方の一領主が倒せる程、脆弱ではござらん。今は地方を平定するための小競り合いが続いているようでござる」


「雪丸さんの国は大丈夫なの?」

「紀柳は帝のお膝元でござるゆえ、そう簡単に攻められる事は無いと思うが、早く帰りたいとは思うでござるな」

「そうなんだ……お金出そうか?」

「カミュ殿、お申し出はありがたいが、これ以上世話になる訳にはいかないでござる。お気持ちだけ頂いておくでござる」


 雪丸はそう言うと話を打ち切った。

 彼は飄々としているが、故郷のことはやはり心配だろう。

 お金以外で何か力になる事が出来れば、カミュは彼の横顔を見ながらそんな事を考えた。

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