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剣の娘  作者: 田中
第九章 孤児と演劇
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リンデの可能性

 ウォードとカミュは手分けして、屋敷の様々な場所で作業をしていたジャッカルのメンバーに庭に集まるよう声を掛けた。

 程なくメンバー全員が庭に集まるとヒューゴが彼らを見て言った。


「いかつい奴ばかりだな。線の細いのはそこの若い奴と、書類仕事が似合いそうな男だけか……」


 ヒューゴが示したのは、リンデと、経理を担当している丸いメガネをかけたバニスという男だった。


「お前ら二人はこっちに来い」


 リンデとバニスは集団から離れヒューゴの側に移動した。

 リンデが小声でカミュに尋ねる。


「この偉そうなおっさんは誰だ?」

「劇場でやる芝居の脚本を書いた人よ」

「まさかとは思いますが、我々も芝居に出るのですか、ボス?」

「どういう訳か、そういう事になっちゃったのよ」


 バニスの問いにウォードが答える。


「他は……どいつもこいつも筋肉ばかりつけおって……まあいい全員、字は読めるか? 読めない者は手を上げろ」


 手を上げたのは数名だけだった。

 先代の頃から教育に力を入れてきた子爵領では、他の領と比べると識字率は驚くほど高い。

 活版印刷と紙を大量に作り出せる技術が発明され、平民でも本を持つ事が出来るようになり文字は商人や貴族だけの物ではなくなった。


 先代の子爵であるロランの父は教会と協力し、子供が文字を学べる施設「学校」を作った。

 ロランの父、カディル・ミリディアは領民が知識を得る事が領、延いては国を発展させる鍵だと考えた。

 文字が広く浸透すれば先人が発見した知識や技術を知り、更に発展させる者が現れる。

 カディルはそれに期待したのだ。


 カディルは学校で学んだ子供の中で希望者にはさらに専門的な教育が出来るよう支援を施した。

 無論、審査はあるがこれにより、農夫の子が農夫になるのではなく専門職につけるようになった。


 才能はどこに転がっているか分からない。

 農夫の子が研究者になる事もあれば、逆に商人の子が革新的な農業技術を生み出す事もある。

 子爵領では世襲的な親の仕事を子が引き継ぐという形が徐々にではあるが無くなりつつあった。


 ヒューゴは集まった者達に台本を渡し、子供達にも行ったセリフを言わせる事を彼らにもやらせた。

 子供達が嬉々として行っていた事を気恥ずかしさもあるのか男たちは上手く出来ないようだった。


「まったく、大の大人が何を恥ずかしがっている。子供でも出来た事だぞ?」

「しょうがねぇだろ。俺たちゃ芝居なんてやった事がねぇんだから」


「お前達も好きな女を口説く時は甘いセリフも一つも言うだろう? それは普段の自分とは違う、いい男を演じた姿の筈だ。……よし、ウォードここに立て」

「私!?」


 ヒューゴは先ほどカミュがやったように、前に出た男の前にウォードを立たせた。


「よし、さあ、口説け。セリフは何でも構わん」

「えっ!? ボスを口説くのか……それはもっとやり辛いんだが…」

「何故だ? 華のある魅力的な女性ではないか?」

「そりゃ、ボスは見た目は綺麗だけど、俺たちゃ内面も知ってるからなぁ……」

「……ガス、どういう事かしら?」

「あ……」


 ウォードは微笑みを浮かべ、男に問いかけた。目が笑っていない。

 ガスは怯えた表情を見せた。


「ふむ、自分の上役はやりにくいか。ではカミュはどうだ?」

「……俺はそいつにナイフで脅された事がある。とてもじゃないが無理だ」


 ガスはギャング退治の時、歩哨に立っていた男だった。

 カミュはそう言えば見覚えがあるなと今更ながらに思った。


「二人ともこいつらに何をしたんだ?」


 ヒューゴはため息を吐いて周りを見回した。

 彼は庭の一角で作業をしていたシスター達に目を止めた。


「贅沢なやつらだ。ちょっと待ってろ」


 ヒューゴはシスター達に歩み寄り話しかけた。暫く話し、シスターの一人を連れて戻ってくる。

 連れられて来たのはタニアだった。


「貞淑を誓っているシスターにお願いするのは忍びないが、致し方あるまい」

「あの、ここに立てばよいのですか?」

「なんで、タニアちゃんなんだよ!?」


 リンデが不満そうに声を上げた。


「なんだ。文句があるのか? ではお前が女装して役を変わってもかまわんぞ」

「女装……?」

「ふむ、お前は線も細いし、中々美形だからそれも面白いかもしれんな。ウォード、こいつに化粧をして服を着替えさせろ」


 ヒューゴはそう言うと、ガスに向き直り口説くように促した。


「時間が惜しい、さっさと口説け」

「マジかよ……」


 ガスがタニアを渋々といった感じで口説き始めると、周りのメンバーがはやし立てた。

 タニアは愛を囁かれる事に慣れていないのか、顔を真っ赤にして立ちすくんでいる。

 そんな様子を横目で見ながら、ウォードがリンデを引っ張り屋敷へ連れて行く。


「放せよ! タニアちゃん、そんな事しなくていいから!!」

「ウフフッ、お芝居よ。本気じゃないわ」


 そう言って笑みを見せるウォードの目には、明らかに事態を面白がっている様子が見てとれた。

 メンバーが代わる代わるタニアを口説いていると、化粧をされドレスを着たリンデが庭にウォードと戻って来た。


 そこにはとても愛らしい少女がいた。

 カツラを被ったリンデは、女装が相当恥ずかしいらしく顔を赤らめてモジモジしている。

 それが余計に可愛らしく見えた。

 その様子に男たちは面白がって歓声を上げた。


「ふむ、予想以上にはまったな。よしタニア、こいつと交代だ」

「はい」


 タニアは慣れない愛の囁きにのぼせたのか、フラフラとカミュの元に歩み寄った。


「あのような言葉を掛けられたのは初めてです」

「お疲れ様。ごめんなさいね。タニアさん、巻き込んじゃって」

「いえ、孤児院の運営にお金がかかるのは事実です。それに子供達も嬉しそうでしたから……」


 リンデを見るとヒューゴに指示され男の前に立っていた。

 リンデはカミュを見て、恨めしそうに言った。


「ウォードに聞いたぞ。この男を連れてきたのはお前なんだってな。覚えてろよ」


 それを聞いたヒューゴがリンデに話しかける。


「男言葉を使うな。役になり切れ、お前は今、汚れを知らぬ乙女という設定だ」

「くそっ! 分かったよ……分かりました」


 リンデはタニアに役をやらせたくなかったのか、何とかしおらしく振舞おうとしている。

 カミュは頑張ってと小さく手を振った。

 リンデはキッとカミュを睨んだ後、ヒューゴに向き直り両手を腰の前で重ね、薄く微笑みを浮かべた。


「上手いじゃないか。では続けるぞ。次はお前だ」


 リンデは次々と男に愛を囁かれ、その度に顔に手を当てたり、驚いた顔をしたり、笑い声を上げたりしている。

 なんというか、芸が細かい。彼にこんな才能があったとは……。

 カミュはロランが以前言っていた事を思い出した。


「可能性か……」

「何ですか?」


 カミュの呟きを聞いたタニアが彼女に尋ねる。


「前に子爵様が言っていたの。リンデにも何か可能性があるって」


 それを聞いたタニアは大きく頷いた。


「勿論です。彼はまだ若く、未来へ続く道は広く広がっています」

「そうね。その通りだわ」


 タニアと話しながらこれから彼がどんな道を選ぶのか、そんな事を考えながらカミュはリンデを見た。


 全員のセリフを聞き終えたヒューゴは満足そうに頷いた。


「素人だと聞いていたが、見込みのある奴も何人かいたな。特にお前、名前は?」

「リンデです♥」


 微笑みながら答えるリンデに、ヒューゴは冷静に返す。


「もう演技はいい。リンデだな。お前には旅の途中、子供達を助ける騎士の役をやってもらう。剣は使えるか?」

「人並みには使えるけどよぉ」


 ヒューゴはそれを聞いてカミュに目を向けた。


「ふむ、魔物の配下との一騎打ちは見せ場の一つだ。中央劇場でやっている物は迫力が足らんと以前から思っていた。カミュ、お前、腰に剣を二本も下げている所を見ると、腕には自信があるんだろう?」

「まあ、それなりに……」

「よし、ではリンデに稽古をつけろ。なるべく派手で実戦に近い動きがいい。魔物の配下はそうだな……ウォード、部下の中で剣を使えるのは誰だ?」


 ウォードは並んだ男達の中から何人かの名前を上げた。

 全員、元兵士だったり、傭兵団にいた者たちだ。


「では、お前。名前はビクトルだったな」


 ヒューゴは、男たちの中では比較的、細身の黒髪の男を指差した。


「俺か?」

「お前もリンデと一緒に殺陣を稽古しろ。殺陣の監修はカミュに任せる」


「私が動きを考えるの!?」

「そうだ。森の魔女の出番は少ない。問題ないはずだ。ウォード、お前には大将の魔物をやってもらう」


 突然名前を呼ばれたウォードは、それまで他人事だと笑っていたが、途端に不安そうな表情を見せた。


「私は演技なんてできないわよ!」

「演技などする必要はなかろう。先ほどガスに見せた表情は悪の親玉といった風情でとても良かった」

「悪の親玉……」

「後、そこの如何にも商人という男には魔物の右腕をやってもらおう。インテリっぽい所が役にピッタリだ」

「私ですか……金策で忙しいのに……」


 バニスはため息を吐きながらメガネを持ち上げた。


「他の配役は明日発表する。役の無い者には衣装や小道具、背景の制作等を頼みたい」

「小道具ねぇ。間に合うのかよ」

「間に合わせるんだ。きっとミダス。いや王都でも見る事の出来ない芝居になる筈だ。よろしく頼む」


 ヒューゴはそう言って頭を下げた。

 今まで偉そうに指示を出していたヒューゴが頭を下げた事で、男たちは顔を見合わせた。


「しょうがねぇな。作家先生に頭を下げられちゃあ、やるしかねぇか」

「そうだな。ガキ共も楽しみにしてるし、気合入れてやるか」

「やろうぜ!!」

「おう!!」


 ヒューゴの行動は男たちのやる気に火を点けたようだ。


「では、明日また来る」

「待ちなさい」


 荷物を纏め、孤児院を後にしようとするヒューゴをウォードが引き留めた。


「あんた、今日は泊まっていきなさい。部屋は空いてるわ」

「いいのか?」

「仕事も干されて、借金もしてたって事は、ロクな物食べて無いんでしょ? あとお風呂にもしばらく入っていないでしょう?」

「その通りだが……」

「ご飯を食べてお風呂に入りなさい。あとその見苦しい髯も剃るのよ」


 ウォードはヒューゴの顔を指差し言った。

 確かに彼は髪は目が隠れる程伸び放題でぼさぼさだ。

 顔も無精髯に覆われていた。


「見た目等どうでもいいが、飯を食わせてくれるのは有難い。甘えさせてもらおう」

「はい、決まり。それじゃ皆、忙しい所ありがとう。仕事に戻って頂戴」

「分かりやした!!」


 ウォードの号令で、男たちは解散し屋敷に戻って行った。

 リンデの側にはタニアが駆け寄り、役を交代してくれた事に礼を言っている。

 照れて笑顔を見せるリンデは、どう見ても美少女にしか見えなかったが……。


 カミュは昨日ステラに帰っていなかった事もあり、その日は宿に帰る事にした。

 明日は一体どうなるのだろうか。

 ワクワクするような、不安なような複雑な気持ちを抱いてカミュは孤児院を後にした。

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