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剣の娘  作者: 田中
第七章 くノ一と熊退治
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熊退治の後

 猟師達と話し合った結果、熊に殺された者達の死体をこのままにする訳にはいかないという事になった。

 放置すれば動物が人の肉の味を知ってしまうからだ。

 身軽な月夜(つくよ)に村まで走ってもらい、カミュ達は熊と死者たちを運びやすいよう整える事にした。


 カミュと雪丸は死者の身元が分かる物がないか調べながら、熊が散らかしたであろう死体をかき集めた。


 死者は解体に慣れた猟師達の中にも、口元を押さえる者がいる程無残なものもあったが、松明を片手に集められるだけ集める。


 作業を続ける内、カミュは死者の中に自分と同じ赤い髪の者がいる事に気付いた。

 カミュが生まれたリーフ村には、赤い髪の者も何人かいた。

 この男たちは、王国の北から来たのだろうか。


 不思議に思ったカミュは、彼らの荷物を探ってみる事にした。

 死者たちは、太い鎖や獣を捕らえるための罠、そして身分証を持っていた。

 身分は行商人、所属はカールフェルト侯爵領の都市の名前が記されている。


「おかしいわ」

「カミュ殿、何か気になる事でも?」

「この書類には行商人と書かれているけど、荷物には鎖や罠の他は、肉や果物なんかがあるだけよ」

「ふむ、商人が売り物らしき物を持っていないのは変でござるな」


「それに、格好も商人にしては妙だわ。皮鎧に剣、それに弩……まるで兵士みたいな装備だわ」

「確かに体も鍛えられていて、戦う訓練を積んだ者のようでござる」


 カミュが雪丸と話していると熊を運ぶため、木を組んだものに熊を乗せていた猟師の一人が口を開いた。


「鎧になんか書いてある。でもこの国の言葉じゃねぇみてえだ。なんかのまじないだべか?」


 カミュが猟師に駆け寄り、松明で照らされた熊を見ると、あおむけにされた熊の鎧の首元に見慣れない文字が書かれていた。


「ラン……ガ?」

「読めんのかい?」

「ええ、これは帝国の文字よ。ランガ……たしか帝国のおとぎ話に出て来る、熊の魔物の名前だったような気がする」


 カミュはジョシュアが死んだあと、帝国の情報が欲しくて本を買い集めた時期があった。

 戦争の所為かあまり数は得られなかったが、一冊の辞書と何冊かの本を手に入れた。

 その一つに、ランガという魔物が出て来る話があった。


「この熊に鎧を着せたのは帝国の人かしら? ……じゃあ殺されたのは帝国兵?」


 カミュのつぶやきを聞いた雪丸が、声を掛けた。


「カミュ殿。熊がどこから来たか分かったのでござるか?」

「確実とは言えないけど、熊に鎧を着せたのは帝国軍かもしれない。ねえ、死んでる人の装備と熊が着ている鎧を貰ってもいいかしら?」


 カミュが猟師たちに問いかけると、猟師の一人が答える。


「別にええが、そんなもんどうするんだ?」

「彼らの素性を調べてみようと思うの」

「そんな事が出来んのかい?」


「ちょっとした伝手があるのよ」

「へぇ、傭兵ともなると顔も広いんだなぁ」


 そんな話をしていると、月夜が村人を連れて戻って来た。

 彼らは筵や戸板のような物を抱えていた。死体を運ぶために運んで来たのだろう。

 村人の中には村長の姿も見える。


「こりゃあ、またでっかい熊だ。月夜ちゃん達の事を疑ってたわけではねえけど、ホントに鎧をきてるべ」

「だから言ったべ」


 村長の言葉に猟師の一人が、それ見た事かと声を掛ける。


「悪かっただよ。だども普通は熊が鎧着てるなんて信じられねぇべ」

「まぁ、そうだけどよ。それより村長、(むしろ)は持ってきてくれただか?」


 猟師がそう言うと、村長は村人が持って来た筵を猟師達に渡した。

 猟師達はカミュ達と手分けして死者を筵で包んだ。

 戸板に乗せ運ぶ際には、村人の中には神に祈りを捧げる者も多くいた。


 カミュ達は村長らと熊と死者を運んで山を下りた。

 熊が死んだことを感じたのか、山には獣たちが戻って来ているようだった。


 熊と死者は明日、夜が明けてから弔う事にして、村長の家の納屋に死体をいれた。

 その日、カミュと雪丸は月夜と共に村長の家に厄介になる事になった。


 食事の後、村長は熊退治について詳しく聞きたがり、話し好きな雪丸は熊との戦いを物語のように村長達に語った。

 村長の家には男の子と女の子の幼い兄妹がおり、暖炉の前で雪丸が話す熊退治を目を輝かせて聞いていた。


「拙者が放った斬撃は、熊に手傷を負わせたのでござるが、熊も然る物、丸太の様な右腕で拙者を弾き飛ばしたのでござる」

「それからそれから?」


 男の子が真剣な顔で続きを雪丸に促す。


「絶体絶命の危機を救ったのは、其処な月夜の投げた破裂竹でござった。目の前で起きた、まるで稲妻の様な光と音に然しもの怪物熊も、これはたまらんと呻きを上げたのでござる」

「月夜ちゃん、凄いべ!」


 女の子は、月夜に尊敬のまなざしを向けている。

 彼女はあまり受けたことない、真っすぐな称賛に頬を赤らめ照れていた。


「そこに真打ち登場とばかりに、熊の隙をついてカミュ殿が秘剣を振るい、分厚い籠手に覆われた左腕を断ち切った」

「ほぇー、昼間の閂も見事だったべが、お前さん若いのに随分腕が立つんだなぁ」


 村長が感心したようにカミュを見た。


「熊はカミュ殿が一番手強いと見て取ったのか、残った足で大地を蹴り、鋭い牙で引き裂こうとカミュ殿に迫った。その勢いは凄まじく、まるで強弓から放たれた弓矢のよう」


 村長達は固唾を飲んで雪丸の言葉に耳を傾けている。


「しかしカミュ殿はそれを流れるように躱しながら、腰の刀を抜き放った。熊は自分が斬られた事にも気づかず、しばらく走ってどうっと倒れた。その一撃は拙者が見た、どの剣よりも美しく見事でござった。こうしてこの村を荒らした、世にも珍しい鎧を着た熊は退治されたという訳でござる」


 雪丸の話が終わると、子供たちはキラキラした目でカミュに駆け寄った。

 彼の話は、子供たちがいたためか悪者退治の英雄譚のようで、カミュは少し気恥ずかしさを感じた。


「姉ちゃん、凄いべ! オラも鍛えたら姉ちゃんみたいになれるだか!?」

「兄ちゃんは遊んでばっかりだから、そんなに強くはなれねえだ」

「それはおめえが遊んでくれって言うから、付き合ってやってんだべ」


「はいはい、お話も終わったし、おめ達は寝る時間だ」

「えー、もっと話が聞きてえだ」


 村長の奥さんが、ぐずる兄妹を引っ張って居間を後にした。

 雪丸はその様子を優しい笑顔で見ている。きっと国にいる子供達の事を思い出しているのだろう。


 村長は子供たちが居間を出たのを見届けると、真面目な顔でカミュ達に聞いた。


「山から下りる道中で、猟師のダンに聞いたんだべが……あの熊は帝国が関係してるってホントだべか?」

「まだ分かりません。でも鎧に書かれていた文字は帝国の物でした」

「こんな所まで来るって事は、帝国軍が攻めてくる前触れなんではねえかと、オラ心配で……」


 村長は不安そうにそう言った。


「ここは大丈夫ですよ。何かあっても、きっと子爵様が守ってくれます」

「確かに子爵様は先代の時も今も、しっかりオラ達の事を考えて下さってるが、国は十年、帝国を追い出せねえでいるだ。家族や村のもんの事を考えると恐ろしいだよ」


「……そう……ですね」


 カミュが村を逃げ出して十年、王国は帝国の侵略を食い止めてはいるが、村長の言うように追い出せないでいる。

 熊が帝国の作った物なら、今後も何か突拍子もない物を、繰り出してくるかもしれない。


 最悪、独力で銃の様な物を開発してしまったら、力の均衡は崩れこの国は飲み込まれるのではないか。

 カミュは自身の考えに、背筋が寒くなる気がした。


「とにかく、熊についてはギルドにも報告しますし、私もミダスに戻ったら知り合いに聞いてみようと思います」

「なにか分かったら、オラにも知らせて欲しいべ」

「分かりました。必ずお知らせします」

「よろしく頼むだ」


 その後、カミュ達は村長の用意してくれた部屋で休む事にした。

 ベッドで横になりながら、村の様子を思い浮かべる。

 この村をリーフ村のようにする訳にはいかない。そんな事を思いながら、カミュは眠りについた。

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