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剣の娘  作者: 田中
第七章 くノ一と熊退治
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刀と食事

 熊を倒した翌日、カミュは納屋に足を運び熊が着ていた鎧と熊の毛皮の一部、そして比較的綺麗だった死者の鎧一式を貰い受けた。


 熊の死体は焼かれ死者達は村の墓地に埋葬された。

 熊も死んだ者達も今のところ正体は憶測でしか分からない。

 カミュはミダスに戻り、ロランや図書館の人達に手に入れた物について聞いてみようと思っていた。


 燃える熊を見ながらカミュは思う。

 おそらく熊はランガという名前で呼ばれていたのだろう。

 ランガがどういう経緯で鎧を付けられ子爵領に来ることになったのかは分からないが、人に関わらなければ、牧場を襲う事も無く、山の中でカミュに殺される事も無かったのではないだろうか。


 カミュは人だから同じ人である村人の為にランガを殺した。

 食べるため以外に殺す事は正直躊躇う部分はあったが、見逃せばランガは人を襲っただろう。

 それは後悔していないがランガの魂が安らかな場所で眠れるよう、燃え上がる炎を見ながら祈った。


 ランガが燃え尽き、残った灰や骨を猟師達が集めている。

 彼らは灰を山に埋めると言っていた。


「熊は山で生きる獣だ。里じゃ落ち着いて眠れねえべ」


 そう言って彼らは笑みを見せる彼らの顔は、どこか憂いを帯びている様にカミュには映った。


 カミュ達はもう一日村長の家に世話になり、翌日ミダス行きの乗り合い馬車で帰る事にした。

 空いた時間で荷物を纏め、カミュは日課の訓練のついでに薪割を引き受け剣で薪を斬った。


 雪丸は昨晩の話で子供たちに気に入られたのか、旅の話をせがまれていた。

 彼は国元に子がいるためか扱いが上手く、兄妹たちは雪丸によく懐いた。


 月夜は奥さんの指示でテキパキと家事等をこなしている。

 村の時間は緩やかでカミュは風景も相まってコリーデ村の事を思い出した。



 ■◇■◇■◇■



 翌日、カミュと雪丸が村を出る準備をしていると村長が声を掛けてきた。


「もう帰るんだべか?」

「はい、仕事は終わりましたし、調べたい事もありますから」

「そうだか…。今回は助かっただ。近くに来た時は寄ってくんろ。歓迎するだよ」

「ありがとうございます」


 カミュにそう言った後、村長は雪丸に向き直り口を開いた。


「月夜ちゃんの事、よろしく頼むだ。それとあんたもさっさと金貯めて国に帰ってやるだよ」

「分かっているでござる。村長殿も心配性でござるなぁ」

「いや、他の人にはここまで言わねえだ。雪丸さんと月夜ちゃんは、なんか危なっかしいんだべな」

「……肝に銘じておくでござる」


 三人がそんな話をしていると、荷物を纏めた月夜が駆け寄ってきた。


「カミュ様、義兄上、こちらの準備は整いました」


 月夜はそう言うと、村長の前に膝をつき、手をついて頭を下げた。


「村長殿、大変お世話になりました。行き倒れ寸前の私を救ってくれた事、一生忘れませぬ」

「いやいや、月夜ちゃん顔を上げるだ。村の仕事をしてもらったり、熊退治を手伝ってもらったり、十分働いて貰ってこっちの方が世話になっただよぉ」


 村長はそう言いながら月夜を立たせた。


「月夜ちゃんもこっちに来ることがあったら、気兼ねなく寄ってくんろ。それとこれは働いてくれた分の給金だ」

「村長殿……ありがとうございまする」


 村長や村人に挨拶をして、三人はミダスに帰る馬車に乗った。

 熊の鎧は重く、小分けにして村人にも手伝ってもらい馬車に乗せた。

 村を出る時、村長の子供たちが一生懸命、手を振っていたのがカミュの心に残った。


 半日をかけミダスに戻る頃には、日は暮れ街は茜色に染まっていた。

 街の北門で馬車を降りたカミュ達が、鎧の重さに四苦八苦しながらステラに辿り着いた頃には、日はすっかり沈んでいた。


「お帰り、随分と大荷物だな。土産でも貰ったのか?」

「ただいま、カイル。調べ物のために貰ってきたのよ」

「そうか。それで後ろの嬢ちゃんは客かい?」


 カイルは鎧を入れた袋を抱え、汗を額に浮かべている月夜を見て問いかけた。


「彼女は月夜さん。雪丸さんの義理の妹よ」


 カミュの紹介を受けて月夜はカイルに挨拶した。


「九条雪丸の義理の妹。月夜と申します。よろしくお願いいたしまする」


 月夜はそう言って頭を下げた。


「こりゃご丁寧にどうも。俺はカイル。この宿の主人だ。よろしくな」

「彼女の部屋もお願いできるかしら?」

「おう、部屋は空いてるから大丈夫だぜ。雪丸の妹って事は倭国の人間か? んじゃ飯は米がいいな」


 カイルの言葉に月夜は目を輝かせた。


「米!! この店ではご飯が頂けるのですか!?」

「ああ、雪丸が米米うるさいから、仕入れたんだ……しかし倭国の奴は米が好きなんだな」

「ミダスに渡ってからというもの、パンばかりでございました!最近は姉上の握り飯が、夢に出て来るようになっておりました!」


「どこかで聞いたような話ね」

「この国ではパンばかりでござるからなぁ」


 苦笑を浮かべながら雪丸が言う。

 頬を上気させ熱くご飯について語る月夜を見て、血はつながっていないがよく似た二人だとカミュは思った。


「分かった分かった。晩飯は倭国風にしてやるから、取り敢えずその重そうな荷物を部屋に置いて来な」


 カイルは荷物を抱えて興奮している月夜を促し、部屋に案内した。

 鎧はカミュの部屋にまとめて入れ、雪丸の部屋の隣の部屋のカギをカイルは月夜に渡した。

 部屋に入る時もカイルを振り返り「ご飯……」と呟いて月夜は部屋に入った。

 そんなに米に飢えていたのだろうか。


 カミュが装備や荷物を置いて階下に下りると、月夜はすでにテーブルに座り料理が出て来るのを待っていた。

 待ちきれないのか、そわそわとカウンターで料理しているカイルを見ている。


「月夜さん、雪丸さんもそうだったけど、倭国の人はお米が大好きなのね」

「それはもう! こちらの物も美味しいのですが、やはりご飯とおかずを一緒に食べたいのです。パンでは力が出ませぬゆえ」

「それもどこかで聞いた気がするわ」


 月夜は不思議そうな顔をしたが、カイルが料理を持ってテーブルに現れると、持って来た料理に釘付けになった。


「これはもしや、魚の照り焼きでは……」

「前に雪丸が言ってたからな。作ってみた。他はご希望の米の飯とアサリのショーユスープ、あとは茄子と胡瓜を塩で浅く漬けたもんだな」

「カイル殿、月夜は……月夜はカイル殿の頼みなら、火の中に飛び込めと言われても従いまする」


 それもどこかで聞いたなとカミュは思ったが、もう何も言わなかった。

 カイルは苦笑しながらテーブルに料理を並べた。


「んな事しなくていいから、さめる前に食っちまいな」

「はい! ……しかし義兄上が……」


 月夜はそう言って二階を見上げた。


「そう言えば雪丸はどうしたんだ?」

「ご飯に遅れるなんて珍しいわね。ちょっと見て来るわ」


 カミュは二階に上がり雪丸の部屋のドアをノックした。


「雪丸さん。ご飯さめちゃうわよ」


 ドアが開き、難しい顔をした雪丸が姿を見せた。


「どうしたの?」

「実は……拙者の刀が……」

「刀?」


 そう言うと雪丸は手に持った刀をカミュに差し出した。


「熊退治で少々無理をさせ過ぎたでござる」


 カミュは刀を受け取り、鞘から抜いた。

 刀の前部、切っ先からニ十センチ程の所の刃が欠けていた。

 そこを中心に細かいヒビが刀身に入っている。


「今までもこの刀、細雪には無理をさせて来たでござる。そろそろ限界だったのでござろう」

「親方に相談すれば何とかなるんじゃ……」

「いや、さすがにこれは親方殿といえど難しいでござろう。修繕も文字通り付け焼刃にしかならんでござる」


 そう言って雪丸はため息を吐いた。

 二人が刀を見つめていると、様子を見に来た月夜が歩み寄り、刀の傷に顔を寄せた。


「義兄上、少しお待ちください」


 月夜はそう言って自分の部屋に入った。

 出てきた彼女の手には、綺麗な布に包まれた棒が握られていた。


「国を出る時、姉上からお預かりしました」


 彼女はそう言って袋を雪丸に差し出した。

 雪丸はそれを受け取り、蝶結びで袋を止めていた紐を解き、袋から中身を取り出した。


「これは……」


 雪丸はそう呟き取り出した刀の鞘を払った。

 緩やかな刃文の浮かんだ、美しい刀身が姿を見せる。


「私が義兄上を探しに行くと告げると、あの方はきっと困っている筈だからと、その刀を私に託したのです」

「小夜が……有難い……」


「その刀の名は瑞雪、義兄上の願いが叶うようにと、姉上が棟梁に頼んで打ってもらった一振りです」

「そうか……大切に使わせて頂く」


 雪丸は刀を納め両手で掲げて頭を下げた。

 そんな雪丸を見て、カミュは細雪を鞘に納め雪丸に手渡した。


「……良かったわね。雪丸さん」


 カミュはそう言って雪丸に笑いかけた。


「では義兄上、刀の話も終わった事ですし、食事にいたしましょう」


 月夜は待ちきれない様子で雪丸を急かした。

 雪丸はその様子に苦笑しながら、部屋に刀を置き一階の食堂に向かった。


「おお、これは魚の照り焼きでござるな」

「ささっ、カミュ様もお早くお座りください」


 月夜に急かされ、カミュも慌ててテーブルに着く。

 二人が席に着いたのを確認して、月夜は手を合わせ言った。


「いただきます!」


 月夜の勢いに押されながら、カミュもいただきますと口にして、食事を始めた。

 魚は油が乗っていて、甘辛い味付けによく合い、ご飯との相性もとてもよかった。

 月夜は少し涙を浮かべながら、もくもくと料理を口に運んでいる。

 食事も終わり、月夜は満足気に呟いた。


「まさか遠い異国でこのような物が頂けるとは、感無量でございまする」

「カイル殿は料理上手じゃからなぁ。月夜、この宿にいれば美味い物には事欠かんぞ」

「そりゃ、ありがとよ」


 それを聞いて水を持って来たカイルが、ニヤっと笑って雪丸に言う。


「いや、カイル殿。今回も誠美味でござった」

「カイル殿、大変おいしゅうございました」

「ご馳走。とっても美味しかったわ」


 カイルはそれに、おうと笑って答えながら、グラスに水を注ぎカウンターに戻っていった。


「ところで義兄上、私もこの街で働いて、帰国のための金子を貯めたいと思います。なにか働き口は無いでしょうか?」

「そうじゃのう……拙者と同じく傭兵ギルドで働いても良いと思うが……」


 雪丸は少し悩んでいるようだ。

 カミュは月夜の腕なら、問題ないと思い雪丸に尋ねた。


「何を悩んでいるの?」

「ふむ。カミュ殿も月夜と拙者の戦いを見て気付いたと思うでござるが、月夜は戦う際に飛び道具や爆薬を多用するのでござる」


「つまり?」

「戦うたびに金が嵩むのでござるよ。無論使わずとも戦えようが、忍び刀だけでは少し心配でござる」

「義兄上、私なら剣術と体術だけでも戦えまする」

「しかしのう……」


 カミュは月夜の体術という言葉で、ウォードが言っていた事を思い出した。


「ねぇ、月夜さん。すぐにって訳じゃないけど劇場で働いてみない?」

「劇場……でございまするか?」

「貴女、一時、旅芸人の一座に居た事があるんじゃない?」

「はぁ、確かに少しの間ご厄介になった事はございますが……」


 カミュは笑みを浮かべ大きく頷いた。


「やっぱり! ウォードが言ってたのは貴女の事だったのね!」

「ウォード……鞭使いのウォード殿でございまするか?」

「そう。彼女が言ってたのよ。綺麗な黒髪のアクロバットがすごく上手な娘がいたって」

「綺麗な黒髪……少し照れまする」


 月夜は頬を赤らめモジモジしながら言った。

 ローグ村でも思ったが彼女は褒められ慣れていないようだ。


「ギルドの仕事は雪丸さんと一緒に受けて、空いた時間で劇場で働いてみない?」

「劇場……一座に居た時はほん少しお手伝いしただけでございまするが……私にも出来るでしょうか?」

「ウォードが太鼓判を押すんだもの。きっと大丈夫よ」


 カミュがそう言うと、雪丸も頷きながら口を開く。


「ふむ、拙者もその方が安心出来るでござる」

「……義兄上とカミュ様がそうおっしゃるなら、やってみようと思いまする」

「決まりね!」


 カミュは両手を打ち合わせ、にっこり微笑んだ。

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