工房と図書館
月夜に劇場が孤児院に併設される事や、まだ建設中である事、ウォード達が急ピッチで作業を進めているので、おそらく今月中には孤児院も劇場も最低限の体裁を整える事が出来る事を説明した。
取り敢えず翌日は鎧の一部を持ってギルドに報告に行く事にした。
その時に月夜もギルドに登録しておけばよいだろう。
翌日カミュ達は鎧を持って傭兵ギルドへ向かった。
ギルドに報告し、鎧を見せると受付の女性は驚いた様子を見せた。
スティーブから報告は受けていてもやはりどこか信じられなかったのだろう。
報酬を受け取りギルドで雪丸たちと別れたカミュは袋を抱えてカイザス工房に向かった。
死者の装備について親方やクリフなら分かるかも知れないと思ったからだ。
■◇■◇■◇■
カイザス工房に着き荷物を抱えて女将さんに挨拶すると荷物について聞かれた。
「親方さん達にちょっと見てもらいたい物があって……」
女将さんは重そうな袋を見ると店の奥に声をかけた。
「クリフ! ちょっと手伝っておくれ!」
店の奥から出てきたクリフに女将さんは荷物を運ぶように言った。
クリフは袋をカミュから受け取り応接室に運んだ。
「カミュ、怪我とかはしてないみたいだね。それにしても随分重いけどこれ何だい?」
「熊退治でちょっと気になる事があったから、詳しい事は運んでから説明するわ」
応接室に袋を置いたクリフに礼をいう。
「ありがとう」
「いいよ。カミュはお得意様だしね」
クリフはそう言って笑みを見せた。
カミュがソファーに腰を下ろしたのを見て、応接室で待っていたカイザスが口を開いた。
「さてとカミュ。早速だが刀とこの荷物について説明してくれ」
「はい。じゃあ刀を先に見て貰えますか?」
カミュがカイザスに刀差し出すと彼は刀を抜いて刀身を確認した。
「……何を斬った? 唯の熊じゃないだろう?」
「鎧を着た熊です」
「鎧を着た熊だと?」
困惑する二人に熊について説明し、袋から真横に切断された兜を取り出し見せた。
「これは……兜か?」
「カミュ、他のも見て言いかい?」
「もちろん、その為に持って来たんだから」
クリフが袋を探り中身を確認する。
「これは籠手か……深い傷がついてるな……」
「それは雪丸さんがつけた傷よ」
「クリフ、ちょっと見せてくれ」
カイザスがクリフから籠手を受け取り傷跡を確認した。
「あいつ、あの刀でこれをやったのか」
「はい、その所為で彼の刀は、駄目になってしまったみたいなんですが……」
「そうだろうな。修繕はしたが、長くはもたんだろうとは思っていた」
「そうなんですか?」
カイザスは籠手をテーブルにおいて話を続けた。
「何にでも寿命はある。あいつの刀は限界まで力を絞り切ったのさ……それで雪丸はどうしてんだ?」
「幸い、村で会った彼の義理の妹さんが代わりの刀を奥さんから預かってきていたので、今後はそちらを使っていくみたいです」
「……そうか。いい嫁さんを持ったみたいだな」
そう言ってカイザスは笑みを浮かべた。
「それでカミュ、刀の状況と何を斬ったかは分かったが一体何を知りたいんだ?」
「熊の鎧に帝国の言葉が刻んでありました。それと私達が熊の潜む穴に辿り着いた時、周囲に熊に殺されたと思われる死体が散乱していました。二人には彼らが着ていた鎧を見てもらいたいんです」
カミュは持ち込んだ荷物の中から、死者の着ていた鎧を取り出した。
「私もギルドの仕事でこの国の兵士や騎士、傭兵たちの装備を見ましたが、死体が身につけていた物はそのどれとも違うように思うんです」
二人はカミュから鎧を受け取り、細部を確認している。
「ふむ、皮鎧か……クリフどう思う?」
「……カミュの言うように、これはオーバルの物じゃないと思います。肩当と胸当ての形状は図書館で見た、帝国の物に近い気がします」
クリフの言葉にカイザスも頷いている。
「オレもそう思う。熊の鎧も帝国の鎧の技法で作られているみたいだしな」
「そうですね。人の物とは違うけど、籠手の可動部の処理の仕方とかは、帝国の鎧の技法ですね」
「やっぱり……」
そう呟いたカミュにカイザスが待ったをかけた。
「ただ、それだけで確実に帝国の物とは言えないぜ。オーバルの北は帝国に奪われちまってるし、奪われる前も小競り合いは度々あった。オーバルの鍛冶屋が真似て作った可能性もある」
「そうですか……」
「カミュ、気になるなら、タチアナさんに聞いてみたらどうだい?彼女なら鎧に使われている金属についても。詳しい事が分かると思うよ」
「……そうね。そうする」
図書館で調べる事はカミュも考えていた。
クリフが言うように、タチアナなら何かわかるかも知れない。
「ありがとうございます。図書館に行ってみようと思います」
「力になれなくてすまんな」
「いえ参考になりました」
「刀の方は問題ない。ゆがみも無い様だし、手入れもきちんと出来てる。しばらく使ったらまた持ってきてくれ」
カイザスはそう言うと応接室を後にした。
クリフはカミュの向かいに座り、少し心配そうに聞いた。
「カミュ、この鎧は君がやろうとしている事に関係あるのかい?」
「分からない。でもこの鎧を着た人物達も熊も帝国から来たのかも知れない。それは放っておけないわ」
「……そうだな。でも気をつけろよ。もし帝国の人間だったとして、ミダスの近くまで来てたって事は、この街にも潜んでいるかもしれない。あんまり派手に動くとカミュも目を付けられるぞ」
「そうね…。心配してくれてありがとう」
カミュがそう返してクリフに微笑みかけると、彼は少し照れたように笑った。
「まあ、君の腕なら大丈夫だと思うけど……そうそう預かってる鎧なんだけど、もう少し改良したいんだ。何日か時間を貰っていいかい?」
「ええ、鎧についてはクリフに任せるわ」
「分かった。しばらくは渡した皮鎧を使ってくれ」
「うん。そうさせてもらう」
カイザス工房を後にしたカミュは、その足で図書館に向かった。
図書館の受付でタチアナを呼んでもらい、ロビーで待っているとクリストフが姿を見せた。
「おや? カミュさんではないですか? 今日は一体何の御用ですかな?」
「タチアナさんに聞きたい事があって……」
「タチアナに……また緑光石の事ですかな?」
「いえ今日は別の件です」
「そうですか」
カミュはそう言えばクリフの事を、彼にまだ言っていなかった事を思い出した。
「そうだ。クリストフさん。石を見つけた人の事なんですけど……」
「むむ!! カミュさん!! お返事いただけたのですかな!?」
相変わらずの勢いに押されながらカミュは見つけたのはカミュの幼馴染でカイザス工房で修業している事と、仕事が落ち着いたら里帰りも兼ねてクリストフを石のあった場所に案内すると言っていた事を伝えた。
「ああ!! ありがとうございます!! カミュさんから聞いた話ですと、人工的な物のようですので古代の遺跡かもしれませんな!! 見るのが今から楽しみです!!」
「はぁ……喜んで頂けたようで何よりです」
カミュが興奮を隠せない様子のクリストフに、少し圧倒されている所にタチアナが姿を見せた。
「クリス? 何を興奮しているの?」
「タチアナ!! 聞いてください!! 石が取れた場所を見学させてもらえる事になったのです!!」
「ほんとう!? 何時!?」
日取りを聞かれてクリストフは少し落ち着いたのか、勢いを押さえて答えた。
「その方の都合がついたらという事なので、少し時間はかかりそうです……」
「そう。行く時は教えて、私も見てみたいわ」
「ふむ、カミュさん、タチアナも連れて行って良いでしょうか?」
「見つけたのはクリフですから、大丈夫だと思いますけど……」
「ああ、石を見つけたのはクリフさんだったんですね」
タチアナは合点がいった様に頷いた。
「そちらはクリフに会った時に聞いておきます。タチアナさん今日は見てもらいたい物があって来たんです」
「見てもらいたい物? ……取り敢えずここでは何ですから、研究室で話をお伺いします。クリスまた後で」
「分かりました。ではカミュさん、よろしくお願いします」
二人はクリストフと別れ、タチアナの研究室に向かった。
案内された研究室はクリストフの物と違い、書類は整理され綺麗に片付いていた。
入り口正面の窓からは晩秋の光が射しこんでいる。
ただ、壁一面にインゴットの並べられた棚や武具が置かれ、カミュは少し圧迫感を感じた。
来客用のソファーに座るよう促され腰降ろし物珍しそうに室内を見ていると、タチアナはお茶のカップをテーブルに二つ置き向かいのソファーに腰かけた。
「それで、なにを見れば良いのですか?」
カミュはテーブルに死者の鎧と熊の籠手と兜を置いた。
「これはミダスの北東、ローグ村の山中にあった死体と、彼らを殺した熊が身につけていた物です。これを着ていた者達が何者か知りたいんです」
タチアナは眼鏡をクイッと上げ、鎧に顔を近づけた。
「熊が鎧を……うーん。作りは、帝国の物に見えますね。少しサンプルとして金属部分を貰っていいですか? 金属の成分比率が分かれば出所を絞れると思います。ですがカミュさん仮に帝国の物だとしたら、先にお城に知らせた方がいいと思いますよ」
カミュはタチアナの言葉に頷きを返した。
「それは分かっています。ただ最近お城も忙しそうなので、確信を得てからと思っていたのですが……」
「なるほど、確かにこの前も兵隊さんが東門に居たりしましたね。でも一応報告はした方がいいでしょう」
「分かりました。そうします」
「鎧については先ほど言った様に、サンプルを貰って調べておきます。二、三日で分かると思いますから図書館によって下さい。それよりカミュさん。この兜の断面。例の刀を使ったんですか?」
顔を上げたタチアナのメガネが、窓からの光を受けて怪しく光った。
「はい、兜と左腕を鎧ごと切りました」
「そうですか!! それでどうでした、使い心地は!? あと刀の刀身も見せてください!!」
タチアナは身を乗り出しカミュに迫った。
カミュはソファーに背を預ける形で身を引き、たじろぎながら手にした刀を手渡した。
「切れ味は……正直凄いと思いました。熊の兜を斬った時、ほぼ抵抗なく振り抜けましたから」
「ふむふむ。性能は試算通り、いやそれ以上の結果が出ているようですね」
タチアナは、受け取った刀の刀身と兜の断面を観察しながら頷いている。
「刃こぼれも、ゆがみも無し。兜の切断面も非常に綺麗です。あとはいろんな使い方をした時のデータが欲しいですね」
「いろんな使い方?」
「そうです。カミュさんはテストの時に見せてもらった技でしか、これを使っていないのではないですか?」
「はい、あの技以外は直剣の方が使い慣れているので……」
「ふむ。騎士の誰かに協力してもらって、打ち合いや色んな技を試してもらいたいのですが……ただ刀はこちらの剣と扱い方が違うので、刀の扱いに慣れた方がいればいいのですが」
「あの……タチアナさんも会った事のある、雪丸さんならうってつけだと思うんですけど……」
タチアナは首を傾げ少し考え、思い出したと手を打った。
「カミュさんと一緒にいた、変わった服を着た若者ですね! 緑光石や刀の事に夢中になって、すっかり忘れていました。確かに彼も刀を腰に差していましたね」
「雪丸さんも緑光石の刀を一振り欲しがっていたので、それを報酬にすれば喜んで協力してくれるはずです」
「なるほど。分かりました。予算繰りに少し時間を頂きますが、カミュさんから雪丸さんに協力を打診してもらっていいですか?」
「はい、彼も喜ぶと思います」
カミュはタチアナがサンプルを取るのを手伝い、鎧を入れた袋を抱え図書館を後した。
図書館を出る頃には日は高く登っていた。カミュのお腹がクゥとなる。
「……お腹空いたな」
カミュはギルドの近くにある食堂で昼食を取る事にした。
食堂はギルドの職員と傭兵たちで賑わっていた。
聞き覚えのある大声がカミュを呼んだ。
カミュは、今日は濃い人たちとよく会うなと、ため息を一つ吐き、大声の主の元に向かった。




