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剣の娘  作者: 田中
第七章 くノ一と熊退治
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ランガ

 カミュ達は、月夜達の案内で村の東の山に向かった。

 程なく熊の足跡が見つかったが、猟師たちが言うように足跡は途切れ、追跡は困難なようだった。


「やっぱりこっちの山にいるのかしら?」

「足跡がこっちの方が新しいですから、おそらくそうでしょう」

「月夜さん、街で罠を買ってきたんだけど、これ使えないかな?」


 そう言ってカミュは背負っていた袋から、ベアトラップを取り出した。

 猟師の一人が驚いた声を上げる。


「随分大きな奴だべ。オラの持ってんのの倍ぐらいありそうだ」

「これで動きを止めたいんだけど……」

「これなら、あのデカ物もどうにか出来るかもしれねえ」


 カミュが猟師にベアトラップを渡すと、彼は罠の匂いを嗅いだ。


「まずは、油を落として匂いを消さねえと」


 猟師は小川でトラップを洗い、油を落として布で拭いたあと、土を全体に塗り込んだ。


「これで大分鉄臭くなくなったはずだ。あとはどこに仕掛けるかだども……」


 そう言うと猟師たちは、地形や水場などについて話し始めた。

 設置場所については彼らに任した方が良さそうだ。

 手持ち無沙汰になったカミュは周囲を見回した。


 これだけ広い山なら、カミュの目に動物が放つ信号が見えてもおかしくない筈なのだが、信号は僅かしか見えず、鳥の声も少ししか聞こえない。

 動物たちも異質な怪物を警戒し、姿を隠しているのだろうか。


「月夜さん、この山にはどんな動物がいるの?」

「私も聞いただけですが、鹿に猪、うさぎや熊。狼も数は多くありませんがいたようです」

「ふうん。でも今は鳥の声も殆ど聞こえないわね」


「……そうですね。そういえば、北の山であいつと戦った時も鳥の声は無かったように思います。猟師殿達もこんな静かな山は初めてだと言っていました」


「皆、熊に怯えて逃げ出したのかな?」

「そうかもしれません。今日の朝、北の山を捜索した時は鳥の声を聞いたように思います」


 動物が熊を避けている。

 それなら、気配のない方へ行けば、熊を見つけられるかもしれない。


「動物がいない方に進めば、熊の痕跡があると思うんだけど、どうかな?」


 カミュは罠について話していた猟師に問いかけた。


「そりゃそうかもしれねぇが、オラ達だって足跡やフンなんかを頼りに獲物をさがすんだ。そこまではっきり、いるいない何てわかんねぇぞ」

「私なら、動物がいるかいないか見分けられるわ」

「カミュ殿、そんな事が出来るのでござるか?」

「まあね」


 カミュは視線を巡らせた。

 木々に遮られて確認しづらかったが、北東の方角は明らかに獣の気配がなかった。


「こっちには鼠一匹いないわ」

「ホントかね? まあオラ達も探しあぐねている訳だし、行ってみっか」


 猟師達に先行してもらう形で、北東に山の中を進んだ。

 何度か方向を変え、獣の居ない方へ歩を進める。

 日も西に傾きかけた頃、猟師達の足が止まった。


「人の足跡だ」


 猟師の言うように、ブーツの跡が地面に残されている。

 足跡は持ち主が、北西から来たことを示していた。


「どういう事。私達以外にも山に入った人がいるの?」

「んにゃ。熊に牧場が襲われてから、村のモンは誰も山には入っていない筈だ」


 村人ではないとすれば、一体誰が……。

 旅人なら街道を使うはずだし、盗賊だろうか?


「とにかく、足跡を追ってみましょう。旅人が迷い込んだのだとしたら危険だわ」

「そうでござるな」

「わかっただ。こっちは熊よりは追いやすいだ」


 カミュ達は薄暗くなってきた山の中を足跡を追って進んだ。

 一時間程進むと、前方から嗅いだ事のある臭いが漂ってきた。


 血だ。この先で大量の血が流れている。


「カミュ殿」


 雪丸も血の臭いを感じとったようだ。

 月夜も猟師達も顔をしかめている。


「行きましょう」


 カミュは臭いのする方へ慎重に足を進めた。

 足を一歩進めるごとに、臭いは強く強烈になった。

 鉄さびのような臭いの中を進むと、開けた場所に出た。


 辺りには見慣れない鎧を着た死体がいくつも転がっていた。

 死体には鎧を剥がれ、はらわたが無くなっている物も見受けられた。


「人を食べてる……」

「カミュ様、洞穴があります」


 月夜が指差した方向には、真っ暗な穴がぽっかりと口を開けていた。


「でけえ足跡が残ってる。あの熊の穴で間違いねぇだ」

「中にいるの?」

「ああ……死体を引きずり込んだみてえだな」


 猟師の一人が地面を見ながらそう口にした。


「どうするの?」

「逃がすわけにはいかね。人の味を憶えちまったら、殺さねぇと今度は家畜じゃなくて村人が襲われる」

「分かったわ。私達はどう動けばいい?」


「あんた等には止めを頼みてぇ。オラたちは煙で熊をあぶり出す。この罠で足を止めて矢を射かけっから、弱った所を仕留めてくれ」


 猟師はカミュが渡した罠を見せながらそう話した。


 猟師達は山から生木を集めて、洞穴の入り口に積み上げ火を起こした。

 罠は穴の入り口近くに設置した。

 近くに木が無かったので、鎖は近くの岩に巻き付けた。

 余り大きい岩では無いので、少し不安だが足止めにはなるだろう。


 生木から煙が上がり、洞穴の中へ流れていく。

 暫く待つと穴の中から唸り声が聞こえ、生木を蹴散らしながら熊が飛び出してきた。

 罠は熊の右後ろ足を捕らえたが、少し動きが鈍っただけで、岩を引きずりながら周囲を威嚇している。


 大きい。カミュがコリーデ村の猟師に見せてもらった物は、大人の男より少し大きいぐらいだった。

 目の前にいる熊は、あの時見た物の倍以上の大きさだ。


 熊はスティーブが言っていたように鎧を身につけている。

 その殆どが甲冑で覆われ、露出しているのは足の裏や口元、下半身の一部ぐらいだ。

 動きを阻害しないように、関節部分は露出しているが、動いている熊の関節を狙うのは至難の業だろう。


「射掛けろ!!」


 熊を取り囲むように周囲で待ち伏せしていた猟師が、次々に矢を放った。

 殆どの矢は鎧や毛皮に阻まれたが、何本かは鎧の隙間に刺さっている。


「鎧を剥がさねば仕留めるのは無理でござるな」


 雪丸が刀を抜いて踏み込んだ。

 振るわれた刃を熊が右の籠手で弾いた。

 雪丸は後方に飛んで、横薙ぎの左の爪を咄嗟に躱した。


「スティーブ殿の言うように、斬撃を弾くでござる」


 熊の籠手には深い傷が入っていたが、熊自身は傷を負ってはいないようだ。


「鎧が厚い。カミュ殿、拙者が引きつけるゆえ、隙を突くでござる」

「分かったわ」

「義兄上、私もお手伝いします」


 月夜も熊の右に回り込むように動き、短刀を構える。

 カミュは左側に回り、刀の柄に手を添わせる。

 雪丸が熊の正面に立ち、刀を上段に構えると、それに反応したように熊は立ち上がり吠えた。

 空気が震え、鼓膜がビリビリと振動するのをカミュは感じた。


「フッ!!」


 雪丸が熊の懐に飛び込み、刀を振るう。

 以前カミュと戦った時に見せた打ち込みだ。

 その稲妻のような打ち込みを、熊は左の籠手で弾いた。

 籠手には深く傷が刻まれ、その下の肉体まで切り裂いたようだった。


「少しは効いたか!?」


 雪丸が剣を振り下ろした体勢でそう叫んだのと同時に、熊は右腕を振るった。

 雪丸は咄嗟に左に飛んだが、間に合わず弾き飛ばされた。


「グッ!!」

「義兄上!!」

「雪丸さん!!」


 月夜が懐から破裂竹を取り出し、熊の鼻先に投げた。

 破裂竹が爆発し、強烈な光と音を撒き散らす。


 カミュは咄嗟に目を閉じて、目が眩むのを防いだ。

 熊は光と音を間近で浴びて苦しそうにうめき声を上げている。


 今だ。カミュは腰を落とし刀の柄を握った。左手は鞘に添える。

 カミュは一気に間合いを詰め、熊の左腕を狙い刀を抜き放った。


 鞘から解き放たれた刃は、左腕のみならず、鎧に覆われた脇腹も深く切り裂いた。


 熊は苦悶の咆哮を上げ、フラフラとカミュに向き直る。

 そして、残った前足を下ろし、牙を剥いて唸り声を上げた。

 カミュは一度間合いをあけ、刀を血振りして鞘に納めて、再度居合の構えを取った。


 熊は残った三本の足で大地を蹴り、カミュに凄まじい速度で迫った。


 カミュは、ジョシュアの動きを思い浮かべ、ゆっくりと息を吸いそして吐いた。

 熊との距離が肉薄した時、右に逸れるように踏み込みながら、カミュは刀を抜き放った。


 流れるように振りぬかれた刀は、熊の頭を装甲ごと通り抜けた。

 熊は突進した勢いのまま、カミュの横を走り抜け、そのまま倒れた。

 カミュは再度血振りをして、刀を鞘に納めた。


「ふぅ、なんとかなったわね。雪丸さん大丈夫?」

「カミュ殿……見事でござる。何度かその技は見たが……今まで見た中で一番美しかったでござる」


 雪丸は、体を起こしながらそう言った。

 月夜や猟師達は何も言わず、倒れた熊とカミュを交互に見ている。


「カミュ様……今のは義兄上が探していた方の技なのですか……?」

「まあね」

「これほどの使い手は国元にもおりませぬ……義兄上が異国に渡ったのも頷けまする」


 月夜は感激したのか、目を潤ませながらそう言った。

 猟師達は、恐る恐る熊に近づき、死んだことを確認している。


「すげえな。兜ごと熊の頭蓋骨を斬ってる」


 カミュは猟師に近づき問いかけた。


「この熊はどうするの?」

「普通の熊なら村の皆に肉を分けたりするんだが、こいつは人を食ってる。さすがに食うってわけにもいかねえから、村に運んで燃やそうと思うだ」

「それがいいかもね」


 熊がどこから来たのか、死んでいた者達は何者か、色々分からない事はあるが、兎も角、ローグ村を騒がせた熊退治は終わった。

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