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剣の娘  作者: 田中
第六章 貴族の誇り
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男爵領へ

 翌朝、目覚めたカミュは目に違和感を感じた。

 憶えていないが、夢を見て泣いていたようだ。

 フクロウたちを見る、アルバはまだフクロウの服を握りしめていた。

 アルバもフクロウもまだ眠っているようだ。

 フクロウは手足の怪我もあり動けないようだが、それ以上にアルバを放っていくことは無いだろうと思えた。

 カミュはそんな彼らを起こさないように部屋を出た。


 廊下にデイブがいたので声をかける。


「おはようデイブ。早いわね」

「おはようございます。カミュさん。衛視は街から離れることが少ないので、緊張して」

「敵地に乗り込むんだから無理もないわ。デイブ、悪いんだけど、部屋を見ていてもらっていいかしら?顔を洗ってくるわ」

「分かりました。もしフクロウが逃げるようなら声を上げます」


 真剣な顔でデイブが言う。

 カミュはそれに笑って答えた。


「大丈夫。あの様子じゃ、とても逃げるなんて出来ないわ」


 不思議そうな顔をするデイブを置いて、カミュは階下に降り中庭の井戸で顔を洗った。

 食堂に戻るとカイルが朝食の準備をしていた。


「おはよう、カイル」

「おう、おはようさん。あの客、手かせをはめてたが暴れたりしなかったか?」

「ええ、大丈夫。もう悪い事は出来ないと思うわ」

「反省したってことか?」


「反省したっていうか、もっと重いものがくっついちゃったから」

「よく分からんが、悪さをしねぇってんならいいか。飯はどうする?」

「部屋でたべるわ。出来たら声をかけて、持っていくから」

「あいよ」


 カミュは二階に上がりデイブに礼を言って部屋に入った。

 フクロウとアルバは目を覚まして、二人ソファーに座っていた。

 アルバはカミュを見ると頬を赤らめた。


「カミュさん、昨日は取り乱してすみません。あのまま眠ってしまうなんて…」

「気にしないで、誰でもずっと会いたかった人に会えばああなるわ」

「……はい」


 アルバはフクロウの顔を見て優しく微笑んだ。

 その手はフクロウの服の裾を掴んでいる。


「さて、フクロウ。手足の傷はどう? 一応、応急処置はしたつもりだけど」

「おかげさまで、全く動かん。わざわざ手かせ等はめなくても何も出来んよ」

「無力化するためとはいえやり過ぎたわね。子爵様に頼んでお医者様と車いすを用意しましょう」

「カミュさん、兄様は直るのでしょうか?」

「大丈夫。私も昔、足の腱を切ったことがあるけど、治療してもらって治ったから」


 アルバはカミュの言葉に少し笑みを見せた。


「アルバさん、ごめんなさい。貴女の大切な人だと知っていたら、もう少し手加減したのだけれど……」

「……いえ、手加減などすれば、カミュさんが兄様の操り人形になっていたかもしれません」

「とにかくお医者様を呼びましょう」


 カミュはロランに話して医師を呼んでもらうことと車いすの用意をお願いした。

 ロランは諜報部隊を介してカブラスに指示を出し、医者が来るまでの間に食事を取ることにした。

 カイルから声をかけられたカミュが食事を運び、食べ終えたころに現れたのは、背の高い初老の男だった。

 助手だろう、白衣を着た女性を引き連れていた。


「子爵様、まさかこんなところにお隠れとは」

「わざわざすまんな、先生。診てもらいたいのはこの者だ」


 医師をアルバの部屋に連れて行き、ソファに座っているフクロウを示す。


「どれ、傷を拝見」


 彼は応急処置にまかれた包帯を外し、フクロウの傷をみて少し驚いたようだった。


「見事な切り口ですな。おそらく行動力を奪うためでしょうが、目的の場所以外は殆ど傷つけていない。傷もとてもきれいだ。これなら手術もしやすい、治りも早いでしょう」

「そうか、では早速治療に当たってもらいたい」

「一応準備はしてきましたが、ここでですか?」

「うむ、訳あって急いでいる。無理を承知でお願いしたい」

「分かりました。セーラ、オペの準備を」

「はい、先生」


 セーラと呼ばれた女性が、ベッドのシーツを持参した真新しいものに変えている。


「では皆さんは部屋から出てお待ちください」


 カミュたちはアルバの部屋を出て、大部屋で処置が終わるのを待った。

 アルバが不安そうにしているのを見て、ロランが話しかける。


「アルバ、レオノフ先生は長年、子爵家の者を診てくれておる名医だ。心配せずともよい」

「はい、ありがとうございます。子爵様」


 そうロランに応えながらも、アルバは落ち着かない様子だった。

 やがて大部屋のドアがノックされた。

 デイブがドアを開けると、レオノフとセーラが大部屋に入ってきた。


「先生、兄様の手足は元通りになりますか!?」


 アルバがレオノフに詰め寄る。

 彼は落ち着けと言うように手を上げ、口を開いた。


「傷の処置は終わりました。傷口が綺麗なので治りも早いでしょう。傷が癒え、訓練すれば元通り動かせるようになるはずです」

「本当ですか!? ……良かった」


 アルバは気が抜けたようにソファーに腰かけた。


「先生、手間を掛けさせた。治療費は子爵家に請求してくれ」

「承知しました。しかし……」

「なにか気になることでも?」

「あの傷をつけた者は何者ですか?」

「どういう事かな?」


「治療前にも申しましたが、傷が綺麗すぎる。まるでメスで処置したように的確に切られていました。しかも重要な血管や神経を避けるように。あれを剣で行ったとすれば、人間技ではない。一体どんな化け物があれを……」


 レオノフの言葉にロランは恐る恐るカミュを見た。

 カミュは俯いて指を突き合わせている。

 ロランは取り繕うように言葉を紡いだ。


「たっ、達人ともなれば、あの程度ことは造作もなかろう。別におかしなことではないと思うが?」

「しかし……」

「とにかく、今回は助かった。落ち着いてから先生には改めて礼をしよう。今日はご苦労だった」

「そうですか……ではお暇いたします」


 ロランは更に言葉を続けようとするレオノフに礼を述べ、部屋から追い立てるように彼らを見送った。

 その後、アルバは自室に戻った。

 カミュは俯いて何かつぶやいている。


「人間技じゃないって、化け物って……」


 見かねたデイブがカミュに声をかける。


「カミュさん、誉め言葉ですよ。それだけ凄腕だってことです」

「そうそう、治りも早いって言ってたし、気にすることはないですよ」

「そうでござる。達人の技で切られた腕をその場でつないだら、治ったという話を聞いたことがあるでござる。技術の高さは誇るべきでござる」


 マイクや雪丸もフォローに回っている。


「そう? 私、変じゃない?」

「うむ、そちは変ではない。剣技の冴えが怪物じみているだけだ」

「怪物……うぅ……」


 ロランの言葉で、カミュは少し涙目になっていた。

 彼はしまったと、発言を悔いたが、一度出た言葉は戻すことは出来ない。

 デイブとマイクが非難するような視線をロランに向ける。

 ロランは慌てて話題を変えた。


「そっ、それより、男爵領に潜入するための準備をするとしよう」

「そっ、そうでござるな」

「うむ、アインがそろそろ来る頃だろう」


 ロランの言葉通り、昼前にアインがステラに姿を現した。

 大きなカバンを手にしている。


「子爵様、お待たせいたしました。カミュ?何をしょげてるんだ?」

「アイン……お医者様も子爵様も私を化け物扱いするの」

「ふう、またおかしな事をさらっとやってのけたんだろう。いちいち気にするなよ。出来る事が多いってのは、悪いことじゃないぜ」

「……そうかなぁ?」

「そうさ」

「……うん。アイン、ありがとう」


 カミュは気を持ち直したようだ。

 ロランがアインに小声で言った。


「アイン、恩に着る」

「子爵様、何を言ったのか知りませんが、カミュはあれで意外と繊細なんですから、お気をつけ下さい」

「すまぬ、失念していた」


 アインはロランとの会話を切り上げ、鞄を机に置き開けた。

 中には侍女と侍従の服が入っている。


「二人の変装用の服だ。とりあえず二着ずつ用意した。着て具合を確かめてくれ」


 カミュと雪丸は服を受け取り、自室で着替えることにした。

 しばらくして二人は大部屋に戻って来た。


「私のはピッタリだわ」

「拙者のものはいささか大きいようでござる」

「カミュは一度うちのメイドに、ドレスを見立ててもらってるからな。雪丸さんは侍従見習ってことで、それで勘弁してくれ」

「承知したでござる」

「追加で指示のあった車いすは、馬車に積んであります。子爵様、フクロウはどんな様子ですか?」

「では見に行くとしようか」


 一行はアルバの部屋に向かった。

 ドアをノックすると、アルバが迎え入れてくれた。

 フクロウは手足に包帯を巻いた姿で、ソファーに腰かけていた。


「フクロウ、そちには悪いが、早速男爵領に向かいたいと思う。よいかな?」

「俺は構わんぜ」

「子爵様、私もご一緒させてください」


 アルバはフクロウの手を握り、ロランに願った。


「アルバ、この計画は危険だ。叔父は私を殺すことはないと思うが、カミュたちは切り捨てる可能性がある。まあカミュや雪丸、衛視のふたりは、おいそれと殺されることは無いだろうが、戦う力がない者を連れて行く余裕はない」

「それでも兄様の傍にいたいのです。お願いします。子爵様」


 願いを口にするアルバに顔を向けてフクロウはいった。


「アルバ、お前はここに居ろ。人を殺してきた俺が言うべきことじゃないが、師匠が死んだ今、お前まで失いたくない」

「兄様、……分かりました。でも必ずお戻ると約束してください」

「アルバ……」

「子爵様、カミュさん、兄様をよろしくお願いします」

「分かっておる」

「アルバさん、任せて」


 その後、一行は鹵獲したハミルトン商会の馬車で男爵領を目指すことになった。

 馬車は二頭立てで、一頭はオニキスだった。


「オニキス、よろしくね」


 カミュが首筋を撫でると、オニキスはカミュに顔を摺り寄せてきた。

 どうやら覚えていてくれたらしい。

 出発前にアインがカミュに小声でささやいた。


「カミュ、オニキスなら追っ手を振り切り、子爵領まで逃げ切ることが出来る。計画が頓挫し、いよいよとなれば、子爵様だけでもオニキスで逃がして欲しい」

「分かったわ」

「すまん」


 カミュは小さくうなずきアインに応えた。

 デイブとマイクが御者台に座り、手綱はデイブが握り、御者を務めている。

 馬車はラルゴの物だったようで、内装は豪華で椅子もクッションが効いており、乗り心地は悪くなかった。


 ミダスから東に馬車で三日、途中の街や村で夜を明かしながら子爵領を抜け、男爵領に入った。

 領地が男爵領に変わったあたりから、通った村の様子が一変した。

 子爵領では、裕福とは言えないものの、住民は笑顔で働いていた。

 だが男爵領では、廃墟になった空き家が目立ち、鳥ガラのように痩せた人々を見かける事が増えた。

 カミュがスリととしてミダスで暮らしていた時も、カミュ自身もそうだが、孤児院の子供でさえ、あそこまで痩せてはいなかった。

 通り過ぎる馬車を見るぎらつく住民たちの目が、カミュの心をいたたまれない気持ちにさせた。


「報告は受けていたが、ここまで酷いとは思っていなかった。やはり紙の上の数字を見るだけでは、実情は把握出来んものだな」

「子爵様、私が育った村も貧しくはありましたが、こんなに酷くはありませんでした」

「カミュは確かコリーデ村の出だったか」

「はい。コリーデ村では贅沢は出来ませんでしたが、三食、食べる事は出来ました」

「ふむ、あの村も子爵領だからな。税の徴取についても目を光らせておる」

「男爵領はどうなっているのですか?」


 ロランは馬車から外を見ながら口を開いた。


「以前カミュには話したが、叔父は金の亡者だ。自分の享楽のために、民に苦役を強いることなど、なんとも思っておらん。私は父から貴族が民より良い暮らしが出来るのは、責任を負っているからだと教育された。暮らしを守り、生活を向上させ、個人では出来ない事を成すために権力を与えられているのだと。しかし叔父は民のことなど考えず、搾取するのみだ」

「諫言する者はいないのでござるか?」


 雪丸の言葉にフクロウが口を挟んだ。


「男爵領は俗物ぞろいさ。皆メンデルの顔色を伺い、私腹を肥やすことに執心している」

「その通りだ。私も直接は知らんが、叔父が爵位を継いだ時、邪魔な人間は排除したようだな」

「息子のエンデという人はどうなのです」

「彼はその真面目さが疎まれ、遊学の名目で他領に遠ざけられている。対外的な事もあり、幽閉や暗殺などは今のところ行われていないな」

「跡継ぎは彼だけなのですか?」

「いや、エンデには腹違いの弟がいたはずだ。確かリンデだったか、今年で十五歳のはずだ。あまりいい噂は聞かんな」


 リンデの話で再びフクロウが口を開いた。


「あいつもアルベルトと同じだ。親の権威を笠に着て好き放題している」

「好き放題?」

「あいつは女好きでな。近隣の村の見目の良い娘は、ほとんどリンデのお手付きだ。恋人がいても関係なし、男が歯向かえば取り巻きが寄ってたかって暴行を加える」

「ひどい…」

「男爵に雇われていなければ、殺してやったんだがな」

「……フクロウ、私たちと行動を共にするなら、殺人は選択肢から外せ」

「はいはい、子爵様はお優しいことで」

「優しさではない。彼らにはそちと同じく、生きて責任を取ってもらうつもりだ」


 カミュはロランの目に静かな、だが激しい怒りを感じた。

 男爵領では村に逗留することは出来そうになかった。

 どの村も貧しく、豪華な馬車は襲われる危険性があったからだ。

 カミュたちは襲撃を警戒し、街道沿いで野宿しながら男爵の城を目指した。

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