アルバの気持ち
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
カイルに頼んで部屋まで食事を運んでもらった。
フクロウを見てカイルは驚いたようだったが、なにも言わなかった。
メニューは鶏肉と野菜とご飯をトマトベースのソースで炒めた物を、卵で包んだものだった。
デミグラスソースと生クリームが濃厚でボリューム満点の料理だった。
カミュは気に入り、カイルに料理名を尋ねると、オムライスだと教えてくれた。
アルバが手かせをはめられたフクロウを、甲斐甲斐しく世話していたのが印象に残った。
食事の後、計画の詳細を詰める。
衛視隊にラルゴを捕らえられたフクロウは、市井に隠れていたロランを含め、カミュ、雪丸、デイブ、マイクの五人を操り、ハミルトン商会の馬車でミダスから抜け出したという筋書きだ。
その後、諜報部隊を男爵の城に引き込み、探索を行い設計図やその他、王国を裏切った証拠を探させる。
諜報部隊の引き込みに失敗した場合は、フクロウの協力で、ロランを逃がし連発銃の設計図だけでも確保する運びとなった。
フクロウに男爵の密偵について尋ねたが、彼が男爵に協力し始めたのは、ここ一年程でそれほど詳しくは知らないとのことだった。
ロランは密偵の存在を恐れ、カブラスには連絡だけして、翌日には計画を実行に移すことにした。
「では役回りを決めよう。傭兵では叔父が警戒するかもしれん。カミュと雪丸は侍女と侍従見習ということではどうかな?」
「侍女ですか…。私は侍女の仕事は何も知りませんが…」
「拙者も侍従というのが、何をする者か全く知りもうさん」
難色を示すカミュたちにフクロウが鼻で笑いなら言う。
「フンッ、操られたことにするんだ。ボーっと突っ立っていても何も言われんさ」
「兄様」
横についたアルバが、フクロウの態度をたしなめるように言う。
「貴方の態度は気に入らないけど、確かにそうかもね」
「よし、アイン、カミュたちの服を用意してくれ」
「分かりました。武器はどうしますか?」
「叔父を刺激したくない。カミュ、雪丸、二人は体術の心得はあるのか?」
「はい、私は修行したので大丈夫です。雪丸さんは?」
「拙者も戦場で丸腰になった時のための武術を修めているでござる」
「では問題なかろう。デイブとマイクはそのまま、護衛役についた衛視ということでよかろう」
「了解です」
「不安ですが、頑張ります」
「では明日も早い、今晩は早めに休むとしよう。アイン、ご苦労だが馬車等の準備を頼む」
「お任せください」
その後、フクロウを詰め所の独房に一晩入れようとアインが提案したが、アルバが自分が部屋で見張ると主張。
カミュがアルバの部屋で一緒に過ごすことで決着した。
フクロウは手かせをされたまま、ソファーにつながれ横になっている。
カイルが用意してくれた簡易寝台を準備していると、アルバが声をかけてきた。
「カミュさん、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「気にしないで、アルバさん。あなたには色々助けてもらっているから…」
「……兄様は昔はとても優しい人だったのです。奇術が苦手な私がお師匠様に叱責された時も、人には向き不向きがあると慰めてくれて……」
「昔話はよせ、アルバ。俺はお前が知っているユリウスでは無い。非道な殺し屋さ」
「兄様……」
「捕まった時点で死は覚悟していた。あの子爵は義理堅そうだからな。約束は違えんだろう。だが衛視を殺したことも、人を操り殺人を犯していていた事も事実だ。侯爵に近づくためとはいえ、罪に対する罰は受けねばならん。お前も薄汚れた殺し屋のことなど、早く忘れろ」
カミュは二人の話を聞いて口を開いた。
「ねぇフクロウ。一つ聞いて言い」
「なんだ?」
「光を失う前は、何になりたかったの?」
「……俺は、……俺はアルバと師匠と一緒に、奇術と催眠術で多くの人の喝采を浴びることが夢だった。貴族に近づいたのもパトロンになって欲しかったからだ。しかしあいつの所為でその夢も破れた。侯爵の息子に目を付けられた奴に金を出してくれる者などいないからな」
「兄様、そんなことを考えていたのですか……」
「ああ、……そうだ、師匠はどうしてる? こんな事になって合わす顔はないが……」
「お師匠様は亡くなりました。兄様が失踪したことが余程こたえたようで、あの後、半年ほどで……」
「そうか……」
カミュは沈んだ二人に淡々と言った。
「フクロウ、アルバさん。もし子爵様が許してくれるならだけど、私の計画に手をかしてくれない?」
「計画? お前は傭兵だろう。俺に戦争で暗殺でもさせる気か?」
「いいえ……私はこの街に孤児院を創ろうと思ってるわ」
「孤児院……ですか?」
「ええ、そこの財政を劇場で賄おうと思ってるの」
「劇場だと?」
「そうよ。今のところ、スカウトしたメンバーは元ギャング団の連中だけだけどね」
「ギャング団!? そんな奴らが使い物になるのか? それに俺は暗殺者だぞ! 子爵が許す訳がなかろう!?」
「とりあえず、掛合ってみるわ。ギャング団も罰の強制労働がわりに、働かせるってことで話をつけたし……それにギャング団のボスのウォードは旅芸人の花形だったのよ」
「旅芸人……鞭使いのウォードか」
「知ってるの?」
「名前だけはな。だがチンピラと殺人者の罰が同じな訳がなかろう」
「たしかにね。刑を受ければおそらく死刑、良くても終身刑だわ。どうせ死ぬなら持ってる技術を活かしてみない?」
フクロウはカミュに顔をむけた。
「お前といい子爵といい、口の達者な奴らだ」
「力のない孤児は、口が上手くないと生きられないのよ」
「お前、孤児だったのか。……いいだろう。子爵や側近が許すとは思えんが、それが出来るなら協力してやる」
「兄様……カミュさん、ありがとう……」
アルバは涙を浮かべてカミュに礼を言った。
「アルバさん、まだ早いわ。フクロウが言ったように子爵様の許しを得ないとね」
「それでも、兄様が生きて……一緒に生きていけるかもしれない……」
「アルバさん。貴女、フクロウの事を愛しているのね……」
アルバは淡いグリーンの瞳に涙をためて、ゆっくりと頷いた。
「フンッ、アルバ、馬鹿なことを言うな。お前は身元のしっかりとした男と一緒になって幸せになるんだ。俺の様な犯罪者に付き合う必要は無い」
「はい、兄様。アルバは幸せになります。一度放してしまったけど、もう二度と放しませんから」
「何を言っている!? 俺はお前のために言っているのだぞ! 師匠も亡くなった。お前だけには幸せになって欲しいんだ!」
「アルバは……アルバは兄様と居られれば、それだけで幸せです」
アルバはそう言ってフクロウに抱き着いて泣いた。
カミュは二人を置いてそっと部屋を出た。部屋の外の廊下、吹き抜けの椅子に腰を下ろす。
二人の姿が、かつての自分の姿に重なった。
ロイに対する思いは、アルバのそれとは違って家族に対するものだったが、それでも会いたい気持ちは一緒だろう。
「ロイ……」
「ロイ……たしか、そちの恩人の名であったか……」
「子爵様……」
「邪魔をしたか」
「いえ、大丈夫です」
「……少しよいか?」
「はい」
カミュの返事を聞いて子爵は向かいの椅子に腰を下ろした。
「衛視を殺した人間を、利用しようとすることに驚いたのではないか?」
「……正直、吃驚しました。でもそれだけ自体が切迫しているとも感じました」
「そうか……私個人の感情で言えば、衛視を殺されたことも、近衛を操ったことも許すことは出来ん。だが個人の感情よりも領民の利益を考えるよう、私は父に教わった」
「お父上は立派な方だったのですね」
「うむ、自慢の父だ。話が長いのが玉に瑕だったが」
ロランはそう言い、ニヤリと笑った。
カミュもつられてクスリと笑う。
「私は父が育てたミダスをもっと発展させたい。技術者を育て、手に職を持つ者が増えれば、貴族と平民の貧富の差も少しずつでも解消されるのではないかと考えている。その為には帝国に支配される訳にはいかん」
カミュは自分が帝国の内情について知らないことに気が付いた。
いかにジャハドや黒鋼騎士団を憎んでいても、相手を知らなければ勝つ道も見えない。
「子爵様、帝国とはどんな国なんでしょうか?」
「現在の帝国は完全な軍事国家だ。国民は軍隊のために存在する。彼らを食わし、武器を購い、他国へ派兵させるためだけに働かされていると聞いている」
「それで民衆は不満に思わないのですか?」
「帝国は良くも悪くも実力主義なのだ。才能と努力で這いあがることは可能だ。しかし、その才能とは全て軍事に関わってくるものに限られる。絵画や音楽等、芸術に関する物も士気を鼓舞する物が優遇される。殆どの娯楽は堕落とされ、特に色恋を扱った物や喜劇などは忌避されるようだな」
「じゃあ人々は何を楽しみに暮らしているんです?」
「私もそこまで詳しくは知らんが、幼児の頃からそういうものだと教育されて育つようだ。老齢のものなら、他国の情報を知り比較できるが、情報が与えられずそれを当然として育つと、他の生き方など想像すらせんようだ」
そうかとカミュは思う。
村で両親と暮らしていた頃、街での生活など考えたこともなかった。
食事と眠るところがあり、生きていければ取り敢えずの充足を得る事が出来る。
情報がなければ、貧しい暮らしでも普通だと受け入れるものかも知れない。
「だがな、私は思うのだ。どんな道を選択するかの自由は与えられるべきではないかと。王国では選べる道はあるとはいえ、まだまだ少ない。帝国は実力次第で出世は可能だが、軍事に関わることに限られている。私はミダスを自由に未来が選べる場所にしたいのだ」
「未来が自由に……」
カミュは孤児だったロイが、お金を得るために兵士なったことを思い出した。
他の道があればロイは命を失わずに済んだかも考えた。
孤児院の事を思い、カミュは口を開いた。
「子爵様。お願いがあります」
「なんだ?」
「男爵の件がうまくいったら、フクロウの命を私に預けてもらえないでしょうか?」
「どういう事だ?」
「彼とアルバさんを劇場のメンバーに加えたいのです」
「彼奴をメンバーに……」
「はい、私は孤児院を確実に成功させたい。彼の罪は私も目の当たりにしたので、重々承知しています。でもフクロウの技は無くすには惜しいのです」
「しかし、奴は殺人者だ。それでは罰としてはあまりに軽い」
「分かっています子爵様、フクロウも自分の罪は自覚しています。……彼は罰を受けることを覚悟しています。死を受け入れた人間に、死を与える事が罰になるでしょうか? それに昔からお世話になっている先生にも言われました」
ロランはカミュを見つめ聞いた。
「……その方はなんと言ったのだ?」
「壊すのは一瞬で出来る。でも失われたものは二度と戻ってこないと」
「壊すのは一瞬、失われたものは二度と戻ってこないか……フクロウを処刑しても殺められた命が戻ることはない。生きて償わせる方が奴にとって罰になるか」
カミュはロランが顎に手を当て思案しているのを、じっと見つめた。
「……分かった、考えてみるとしよう。だが法もある、確約は出来んぞ」
「子爵様、ありがとう!!」
カミュは思わずロランに抱き着いた。いきなりの事にロランは赤面している。
「カッ、カミュ! 離れんか!」
「すっ、すみません! 嬉しくてつい……」
離れたカミュに、体裁を整えながらロランが問う。
「コホンッ、この前まで命を狙われていたのに、何がそこまで嬉しいのだ?」
「アルバさんの事です」
「アルバ? フクロウはあの者の兄弟子であったか」
「はい、でもそれ以上に、彼女は彼を男性として愛しています」
「…なるほどな。アルバにも借りがある。何とか周りを説得してみるとしよう」
「ありがとうございます!」
「上手く行くか分からん……明日のことも有るカミュも休め」
「はい、おやすみなさい。子爵様」
「うむ」
ロランは席を立ち大部屋に戻っていった。
カミュも腰を上げアルバの部屋に戻った。
「随分熱心に説得していたようだな」
「フクロウ……聞こえていたの?」
「見えなくなると、他の感覚が鋭くなるようでな。アルバをベッドに連れて行ってくれ。泣き疲れて眠ったようだ」
「分かったわ」
カミュはアルバを移動させようと彼女を見た。
フクロウの服を掴んだ手は、固く握られている。
その顔は泣いて目は腫れていたが、穏やかで安心しきっているようだ。
「無理ね。彼女、貴方を放すつもりは無いみたいよ」
「何だと!? 貴様どうにかしろ!!」
「大きい声出さないで。起きちゃうでしょ」
「むぅ……」
「じゃあ、私も寝るわ。おやすみなさい」
「待て! おい!」
フクロウの言葉を無視して、カミュは簡易寝台に横になった。
彼は小声でまだ何か言っていたが、カミュの意識は眠りに落ちて行った。
その夜は、久しぶりに夢を見た。
夢の中では両親とロイ、ジョシュアがいて、みんなで母の作ったキノコオムレツを食べた。
ロイがガッつくのを、ジョシュアがニヤついて見ている。
両親も幸せそうに笑っていた。
それを見てカミュも声を上げて笑っている。そんな夢だった。




