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絶望的魔人奇譚2  作者: 星六
7/19

(二)-3


 先生が料理を始めてから一時間が経った。そろそろ食べさせて欲しいものだが、テーブルの上は俺のケータイと財布以外にはまだ何も乗っていない。それに加えキッチンから先生の鼻唄と共にやってくるのは、酸っぱくて苦そうで、甘そうで辛そうな不思議な臭い。生まれて初めて嗅ぐ臭いだ。


「お腹すいたぞ。食事はまだか?」


「黙って待ってろ。つーかいい加減ズボンをはけ。もっと言えば下着もはけ。お前の下着を買うのに俺がどれだけ恥ずい思いをしたのか分かってんのか?」


「はかせたいのならはかせてみよ」


「……無理矢理はかせてもどうせ脱ぐんだろ? 俺は自主性に任せたいんだ」


「試さんことにはわかるまいよ。ほら、ご主人様に風邪をひかせる気か?」


 ミズルはTシャツを太腿の根元までまくりあげて白い足をふらふらと揺らした。


「バカ。先生がいるんだからやめろ」


「ははははは。い奴よ」


 ちっ、青少年の純情を弄ぶ悪質な悪魔め。いつか天罰が下りやがれ。


「お二人さん。お待たせいたしましたデス~。鍋敷きを敷いて下さい」


 先生に言われてそこらにあった漫画雑誌を重ねてテーブルの上に置くと、先生が土鍋を持って部屋へ入って来た。ミズルはピョンと跳ね起きると純粋な目を光らせてテーブルに着いた。テーブルに置かれた鍋フタの穴からは蒸気がモクモクと漏れている。おいおい。めちゃくちゃ熱そうじゃん。


「じゃじゃーん。百合ちゃん鍋のお披露目でーすデス」


 先生が鍋フタを開くと、鍋の中に閉じ込められていた熱気と形容しがたい臭いが一気に部屋に広がる。な、な、何だこの鍋……。エメラルドグリーン色の鍋なんて見たことも聞いた事もねぇっ! 入浴剤でも入ってんのか?


「早く食べさせろ。お腹がペコペコなのだ」


「あらあら、ミズルちゃん、待って下さいね。今、お椀をお持ちしますデス」


 そしてお椀を持ってきた先生は俺とミズルにエメラルドグリーン色の鍋をよそってくれた。何故だ? どうしてだ? なんの食材を使えばこんなに輝くんだ?


「さあ、たっくさん食べて下さいね」


 たっくさん食べられるかなぁ。いやいや、納豆しかり、ニンニクしかり、臭いが強くても美味しい食べ物はたくさんあるんだし、ここはチャレンジしてみよう! 何事も経験だ!


「いただきまーす」


 ミズルと一緒にお椀を拾ってフウフウと冷ましてズズッと汁をすすった。


「ぶふぅーっ!」


 俺とミズルは同時にエメラルドグリーンの鍋を口から噴射した! キラキラと宙で輝いてやがる! な、な、なんだこりゃぁっ! クソマズい! 口が全力でこの料理を拒否した! これはあれだ! ドジっ娘が味見もしないで作っちゃうパターン!


「せ、先生、料理出すならちゃんと味見してから出してくれよ!」


「え~。味見ならちゃんとしたのですデス。美味しかったのでお椀で三杯も食べちゃったのですデス。てへへへへ」


 てへへへへ、じゃねぇっ! この味音痴ーっ!


「修介、私は今、料理を侮辱したこの女に抑えがたい殺意を覚えておる」


「や、やめろ! 今すぐハンバーグを焼いてくる! お前のは一番大きな奴にしてやるから変な気は起こすんじゃねーぞ?」


 鼻息荒いミズルをなだめながら急いでハンバーグを焼いた。そして慌ててミズルに出してやると、ミズルは少し気が落ち着いた様子で、ハンバーグが口に入った頃にはその顔に笑顔が戻ったのだからひとまずは安心だ。


「修介、この女にもハンバーグを出してやれ。料理とはいかなるものかを教えてやるがよい」


 自分で作ったわけでもないのに偉そうに。


「先生も食べて行きなよ。まだあるから」


 そう言って先生にハンバーグを出すと先生はそのハンバーグを見つめたまま動かなくなってしまった。その様子を変に思いながら自分の分も用意してエメラルドグリーンの鍋がドンと陣取る食卓へ戻る。先生はまだハンバーグを見つめたまま。


「先生? どうしたの? 熱いうちに食べなよ」


「あっ、はい。頂きますデス」


 そうして先生は箸で割いたハンバーグを口へ入れた。と、ガタガタと震えだして箸をポロリと落とす。


「く、口に合わなかった? 変な味じゃないと思うけど」


「お、おおおおお美味しいですデスゥゥゥッ!」


 先生は出会った頃のミズルと同じリアクションを見せる。これは作ったものとしてはかなり嬉しい。


「そうだろう。そうだろう。我が下僕の作りし、ミズル・ハンバーグの味は格別であろう」


「俺のハンバーグに変な命名すんな。先生、良かったらまだあるけど食べる?」


「おい、修介! 残りは全て私の物だぞ!」


「わがまま言うなよ。先生はお客さんなんだからさ」


 俺とミズルの言い合いが始まろうとした時、先生は「ケンカは止めて下さいデス」請うような目を見せて、「私はもう満足なのデス」と箸を置く。


「美味しかったんでしょ? だったらまだ食べても」


「このお料理はおいしいだけでなく、久瀬君の愛情がたくさん詰まっていて、それだけで胸がいっぱいになって、胸がつまって、食べたくても食べられないのですデス」


「そんな大げさなもんじゃないって」


「いいえ。私、生徒が作ってくれた料理を食べるのは初めてですから、嬉しくてたまらないのですデス」


「そ、そう。なら無理にとは言わないけど……」


 この先生、ハンパなく重いな。


「修介よ、悲しい顔をするな。残った分は私がしっかりと食べてくれる」


 お前は軽すぎ。




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