(二)-1
帰宅して今晩のおかずのハンバーグのタネをこねているとミズルが帰って来た。よしよし、俺が買って来た服をちゃんと着てる。
「おかえり。どこへ行ってたんだ?」
「私がどこへ行こうと下僕たる貴様が知る必要はない」
「じゃあ、お前のハンバーグは小さくしてやる」
「図書館とやらだ。こちらの世界の知識を詰め込みたくてな」
「ふーん。たまにはヴァゴスも外に連れてってやれよ。さっきからずっと部屋の隅でふて寝してるぜ」
「ふて寝ではないよ。奴は出不精だからああしているのだ」
ミズルは俺の後ろを通ってリビングに入ると、寝ていたヴァゴスを抱いてクッションの上に座る。Tシャツ、ジーンズ姿でヴァゴスのモフモフな毛に顔をうずめて目を細めるミズルは頭に生えている角さえ除けばどっからどう見ても普通の女の子だ。いや、普通じゃないな。とびっきりの美少女。
「図書館で何を読んでた?」
「最初は歴史の本を読んでいたのだがいつの間にか料理やデザートの本を読み漁っていた。そこで私は気づいてしまったぞ」
「何に?」
「人間がここまでストイックに食の文化を突き詰めてきた理由をだ」
「一応、聞いてやる。何故だ?」
「それは私の口に入るその刹那のためだ。今、私がここにいるのは偶然ではなく必然。なぜならば私がここで料理を味わう事実は、過去においてすでに決められていた事実だからだ。その事実のために人間たちは必死に悩み苦しみ、時に争い、ただの食材に調理を行う『料理』を生み出し昇華させてきたのだ。そう考えると人間も可愛いものよな。ははははははは」
絶対に違うが、話がダルくなりそうだから言い返さなかった。俺はただ呆れ顔でハンバーグのタネを左右の手に叩きつけるように行き来させ、空気を抜いた。
ハンバーグのタネの成形を終えたところで呼び鈴が部屋に響いた。洗った手をタオルで拭ってドアに近づき、のぞき窓から外を見る。……嘘だろう。魚眼レンズの向こうに立っているのは華ヶ崎先生だ。
「何しに来たんだよ」
俺はそっとリビングの方へ顔をやる。ヴァゴスに顔を埋めながらテレビを見ているミズルが見つかれば厄介な事になりかねないな。と、また呼び鈴が部屋に大きく響いた。
「どうした? 誰か来てるんじゃないのか? うるさいから早く出ろ」
簡単に言ってくれるな。お前がいるから厄介なんだってのに。しかし、このまま出ないわけにもいかないからリビングへ通じる戸を閉めてミズルを隠してから玄関の戸を開ける。
「久瀬くん。来ちゃったのですデス」
戸を開くなり、先生はとびっきりの笑顔を見せた。
「は、はぁ……。で、なんか用っすか?」
「うん。家庭訪問に来たのですデス」
「そんな話は聞いてませんけど」
「帰りに言おうとしたのですが久瀬君は気づかずに帰ってしまったのデス。けれど独り暮らしの子の家は不良のたまり場になりやすい傾向があるとの話を耳にしましたのでいてもたってもいられず久瀬君の家は大丈夫なのかどうか、チェックしに来たのですよ」
「それなら大丈夫。不良なんてこの家に入った事すらありませんから」
もっと恐ろしい悪魔はいますけどね。
「そうですか。それを聞いて先生は安心したのですデス」
「いやー。安心してもらえて良かった良かった。それじゃまた明日学校で」
俺はとびっきりの愛想笑いを浮かべながら、内心鬱陶しいなと思いつつ早々に話を切って戸を閉めようとした。ところがその戸を手で抑えられる。




