第二章 三:羽ばたき
メインクエストをどうやって進めていけばいいのか情報収集を行いたいのは山々だが、そろそろ時間も気になるところ。インフォメーションウインドウで現実世界の時間を確認すると、すでに22時近くだったので一度ログアウトすることにした。
ログアウトもインフォメーションウインドウから選択できる。ポチッと指でタッチするだけの簡単ログアウト操作だ。
ログアウトを選択すると体が光に包まれ、視界が真っ白になった。転送装置でワープするときの感覚と同じだった。そしてすぐに現実世界、「バイタリティ正常、ログアウトコンプリート」という声と共にログインする前に横になったベッドの上で目覚めた。
「ふぅ。母さんに話をしないと」
そう独り言を呟きながらリビングに向かうと、母はダイニングのテーブル席に座ってお茶を飲んでいた。
「戻ったの」
そして俺を見るなりそう言った。
「うん。全部というか、何があったかは聞いたよ」
俺もお茶をコップに注ぐと、席についた。
「お父さん、なんて言ってた?」
「父さんではなかったんだけど……」
母に今日ゲーム内で体験したことを全て話した。彼女はただ真剣に黙っているだけで、何も言わなかった。
「そう……。お父さんらしいね……」
母は俺の話を全て聞き終えると、せつなそうな表情を浮かべながら口を開いた。
「私はね、正直、晴斗にはインフィニティワールドをやって欲しくない」
「え? どうして?」
「お父さんの息子がゲームをやってるなんてバレたら、どうなるか分からないからよ」
その後も母は話し続けた。表向きでは楽しいゲームに見えても、裏では利権争いや関連する暴行事件など悲しい事件も起こっている。俺がゲームにいるとなれば、それこそソーシャリオンの誰かがやって来て何か起こるかもしれない。最悪命に関わる可能性もあると。
「私たちはいまソーシャリオンのある東京から離れた名古屋に住んでるから、やつらも私たちがどこにいるのか把握してないのが幸いよ」
「つまり命を狙われるっていうのは、この現実世界でってこと……?」
「そう、やつらにとっては不都合でしかない。晴斗だけの職業とかアイテムとか、それがバレるのは時間の問題でしょうね。そしたらどんどん探りを入れられるに決まっているもの」
心臓がドクンと跳ねた。
俺だけの問題ではなかった。俺が円崎冬真の息子だとバレたら母や妹の身に何かが起きる可能性もある。
「お父さんの意思を遂げてほしいという思いは私も本気。ただそれ以上に、いまの晴斗や美月の平穏を守りたいというのがお母さんとしては一番かな」
気づけばコップのお茶は空になっていた。
「俺は……。俺は一生、冴えない生活を送るのかと思ってた」
「ごめんね」
「あ……。そういうことじゃなくて……。その、自分はどうしようもなく何もできないダメ人間なんだと思ってた。でも、父さんからのメッセージを受け取って心が震えたよ」
俺が物心ついた頃にはすでに父は亡くなっていた。写真や動画でしか見たことのない父を恨みさえした時もあった。でも違った。実際は父と母で、俺たちを守ってくれてたんだって理解したよ。
「父さんが用意してくれたこの最高のプレゼント。俺は絶対にインフィニティワールドを取り戻したい」
「そう……。それなら、私たちのことは気にせず思い切りやりなさい」
母は優しく微笑みかけてくれた。今まで見たことがないような、子どもに向ける母の優しさとはまた違う温かい微笑み。
***
新たな人生の幕開けとなった18歳の誕生日を終えた翌日、俺はいつも通り高校から帰るとさっそくインフィニティワールドにログインをした。
ベッドで横になりダイブリングを人差し指に装着する。昨日と同じく、全身がぬるま湯につかったように暖かくなると、「ダイブコンプリート」という女性の機械音声と共に意識がゲームにつながった。
目の前の景色はまたルーランドの噴水広場だった。あたりをよく観察してみると、ログインしてきたのか、俺と同じように光と共に現れる人が結構いることに気づいた。
なるほど、ログインするとまずはここに出てくるのか。
これだけ人がいれば知っている人がいてもおかしくはなさそうだ。そう思っているとすぐ隣にまた一人、ログインしてきた人が現れた。その顔は、昨日誕生日プレゼントにインフィニティワールドを買ってもらったと大声で話していたクラスメイトの女子そのものだった。
「「あ……」」
お互い顔を見合わせ、気まずい沈黙が流れる。
クラスメイトと言っても一言も話したことがない。彼女は俺のことをダメなやつだとか知っているだろうけど、俺は彼女のことを何も知らない。ただ同じ教室内にいるというだけの存在なのだ。
「円崎君だよね……?」
「う……うん」
彼女の名前は確か……。
そう、彼女の名前は燕雪菜。決して忘れていたわけではない。地毛なのか染めているのか分からない金髪のボブヘアが目立つ、大人びた顔の女子だ。
「べ……別に、いま一緒にログインしたとかじゃないからね!」
「あ、うん……」
「なにその反応。とにかく、ゲームの中でも関わらないで」
燕はそう言うとどこかに行ってしまった。 ユーザーネームすら聞いてないのに。まあどうせ関わることはないのだから関係ないか。
さてと、それじゃあ俺はまずやらなければならないことをやるとしますか。
やらなければいけないこと、それが何かといえば装備を充実させることだ。いくら強い武器を持っているとはいえその他が弱すぎる。昨日ソーマ@東京に弓を撃たれた時、モータム高級野菜ジュースがなければやられていたのは間違いないはずだ。
というわけでさっそくルーランドのアイテムショップに向かった。ここでは消耗アイテムはもちろん、武器や防具などの一通りのものを揃えることができる。と、マップの情報に書いてあった。
俺の今の所持金は100,000G。1Gは1円で交換してくれる業者もいるので、現実でいえば10万円ももっているということになる。さすがにこれだけあれば基本的な装備は整うだろう。父さんに感謝だ。
アイテムショップに着くとまた、燕がいた。
「「あ……」」
再び気まずい沈黙が流れる。
「装備を揃えに来ただけなので……」
「私もいま買い物を終えたところ」
そう言って燕はアイテムショップを出て行った。
一応会話はしてくれて、嬉しいと言うかほっとした気持ちになった。
アイテムショップには消耗アイテムや武器など各アイテムごとにカウンターが設置されており、そこで店員に話しかけて買い物を行う仕組みだった。
貧乏性の俺はとりあえず最低限必要だろうと思われる装備を揃えた。ちくしょう、ゲームの中でも性格ってでるんだな。
【装備一覧】
武器1:無限刀
武器2:
頭:
アーマー:ナイロンジャケット(ブラック)
インナー:普通のTシャツ(ホワイト)
脚:デニムパンツ(ブラック)
靴:スニーカー(ホワイト)
アクセサリー1:
アクセサリー2:
ーENDー
武器以外の装備は常時、ゲーム内の姿に反映されるようだ。しかも、ローブとか鎧とか、もっとこうファンタジーな装備しかないのかと思いきや、現実世界で着るようなものも装備として揃えられていた。
とくに性能に大きな差もなかったので、コスプレのような格好をするのが恥ずかしかった俺は現実と同じような装備を選んだというわけだ。ゲームをやっていればそのうち気にならなくなるのだと思いたい。
【ステータス】
名前:ハル
LV:2
HP:30
MP:12
ATK(攻撃力):8+999
DEF(防御力):6+24
VIT(耐久力):10
INT(知力):6
DEX(器用さ):9
AGI(敏捷):6+5
LUK(運):1
職業:エッグハンター(1)
エッグハンターは、たまごが大好き
アイテム効果
無限の闘志:ATKダウン効果を無効化する
ーENDー
同時にステータスも確認してみたが、確かにDEFとAGIは上がっている。防具を着て靴を履いたからだろう。それでも、パッとしないというのは否めない。
俺が貧乏性で強くて効果な装備を避けたからこうなったというわけではない。ルーランドのアイテムショップに売っている一番高い10,000GのアーマーでもDEFが上がるだけの代物だったからこそ買い渋ってしまったのだ。
ここは始まりの都市ルーランド。やはりそう簡単にはバフ効果がもりもりの強い装備は手に入らないということか。
そりゃあクエストやダンジョンをクリアしたり、モンスターを倒したり、他の街とかに行かないと手に入らないよな。
というわけで目ぼしいアイテムが手に入りそうなクエストはないかと、次はクエストカウンターに向かったのだが、高ランクのクエストを受けるにはレベルが足りなかった。現在の俺のレベルは2。せいぜいDランククエストしか受けることができないというわけさ。
仕方なくDランククエスト一覧を見ていると、昨日はなかった素晴らしい内容のクエストが表示されていたので詳細を確認してみることにした。
【クエスト詳細】
Dランククエスト「一回きり初心者応援クエスト」
初心者の君を応援!
このクエストをクリアすることでレベルが一気に上がる経験値玉が手に入るぞ
さらに入手困難なレアアイテムと、Gの報酬も用意した
さあ今すぐチャプチャプ岬に狩りへ出かけよう
クリア条件
イカリのゲソキングの討伐
報酬
経験値玉
ルーシーの指輪
10,000G
ーENDー
これだ!
まさにいま、俺にやれと言わんばかりの内容じゃあないか。
さっそく受注しなければということで受注承認画面に進むと、「このクエストは自動マッチング対象クエストです。現在1名がマッチング待機中です。パーティを組みますか? 自動マッチングを行いクエストをクリアすると報酬のGが2倍になります」というメッセージが表示された。
報酬のGが二倍と聞けば、それはもう自動マッチングでパーティプレイ一択でしょ。というわけですぐに自動マッチングを選択した。
「自動マッチング完了。パーティ人数2名。クエストを開始します」
マッチング相手はすでにルーランドの南門にいるとマップに表示されたので、さっそくそこへ向かうことにした。
「「あ……」」
ルーランドの南門でクエストのマッチング相手と合流する。
今回パーティを組む相手は、クラスメイトの燕だった。




