第二章 八:魔法少女とへーメラウスの塔③
浮き石の上昇中、へーメラウスは楽しそうに首と肩を揺らしながら鼻歌を歌っていた。俺と凛音はといえば、上昇しながらぐらつく足場に恐怖で固まることしかできなかった。少しでも刺激をしたらこのまま落下しかねない。
「さてもうすぐじゃ」
へーメラウスは再び杖で浮き石を力強く二回ほど突いた。もちろん浮き石は揺れる。しかも揺れは収まるどころかひどくなる一方だった。
「ヤバい! このままじゃ落ちる!」
「ほほ。落ちぬから焦るでない」
俺たちの体は完全に傾いていた。いや、浮き石ごとひっくり返って真下を向いていた。だが落下もしていなければ、頭に血も登っていない。本来の重力の方向を見上げながら天井に立っているのは、何とも形容し難い不思議な感覚だ。
浮き石はそのまま天井に着地した。へーメラウスは「こっちじゃ」と俺たちを塔の頂上にある部屋へと案内した。部屋に入っても重力が戻るわけでもなく、あいかわらず俺たちは天井を歩いていた。
頂上にある部屋の中には、金塊や宝石、各種武器や防具、宝箱など、それはもうお金にしたら遊んで暮らせそうなほどのお宝が山積みになっている。
「どうじゃ? ここは宝物庫じゃ」
「すごい……! これだけあったら遊んで暮らせそうだ」
「じゃがわしが渡そうと思ってるのはこやつらではない。どうじゃ? それをなしにして、こやつらを持っていくか?」
ここにある宝を全てもらい売却して、リアルマネーにしたら一体いくらになるのだろうか。すぐに貧乏生活を抜け出せるくらいの金額にはなるだろう。
「俺は……。俺が手に入れようとしているのはこんなものではない」
「ほほう。だとしたら何を?」
「俺は、インフィニティワールドを手にいれる」
「ほほほ! 面白いやつじゃ」
へーメラウスは宝の山をかき回すように何かを探し始めた。
「インフィニティワールドを手にいれる……?」
凛音がそう尋ねてきた。
しまった。つい熱くなってしまったが、凛音も隣にいるんだった。
「このゲームで一番の存在になれたらいいなってこと」
「なるほど。すごい目標」
「もしそうなら、この修羅の道に凛音はついてきてくれるのか?」
「……!! もちろん。どこまででもついていく」
俺たちが会話をしていると、へーメラウスはようやく渡したい物とやらを持ってきた。彼が差し出してきた手のひらに乗っていたのは、古びた鍵だった。
「これはサタンデロ城の鍵じゃ」
「サタンデロ城?」
「知らぬか。その昔、魔王が住んでおった城じゃが……」
凛音は知っているのか確認しようとすると、彼女は目を見開いて驚いていた。
「サタンデロ城……!?」
「知ってるのか?」
「逆に知らない方が不思議。掲示板でも常にトピックが上位に来続けているほど注目されている場所」
俺はもう少しゲーム内掲示板を見るべきだろうか。凛音曰く、サタンデロ城とは月に一度、霧の湿地帯というフィールドに現れる中に入ることのできない城だという。装飾なのか、何かの条件を満たせば入れるのか未だ不明。今後イベントが追加されるとの噂もあると。
「そのはずなのに……」
「ほほほ。その城の鍵はわしが所有しておったのじゃ。なぜならわしはかつて魔王を封印した一員じゃからのう」
「封印した? それってつまり……」
「そうじゃ。サタンデロ城を開けば魔王トリアンナは解放される」
俺はへーメラウスからサタンデロ城の鍵を受け取った。見た目以上にずっしりとした重さが伝わってくる。
【通知】
サタンデロ城の鍵を手に入れた
ーENDー
「わしはいつでもここにおるから何か困ったことがあれば相談くらいは乗れるぞ。 それじゃあ良き旅を願っておる」
へーメラウスは杖を俺たちに振りかざした。すると一瞬のうちに視界が歪み、気づけば塔の前にワープしていた。
「え! ここは外か!?」
「そう、私たちは帰らされたみたい」
塔の外には先ほどと同様、露店や行き交う人々で賑わっていた。まるで夢を見ていたような感覚に襲われたが、アイテムボックスからサタンデロ城の鍵を取り出し、実際に起こったイベントだったということを再確認した。
【サタンデロ城の鍵】
サタンデロ城の扉を開けることができる
Notes
偉大な魔法使いへーメラウスによって作られた鍵
かつて世界に君臨した魔王の封印を解くために必要
ーENDー
「魔王の封印を解いたらどうなるんだろう」
「隠しボスの可能性がある」
「隠しボス?」
「そう、インフィニティワールドには何体か隠しボスがいると言われている。今のところ見つかっているのは二体。これ以上いるのかも不明」
隠しボス、魔王と聞けばいかにも男心をくすぐるような設定だが、まだはじめたばかりの状態で行ったとして勝てる保証などこれっぽっちもないのは当然だろう。
「もしかしてゲームを手に入れるって、本当は魔王になろうとしてる?」
「してない。魔王の存在すらしらなかったわけで」
「ハルが魔王なら、私は……? 魔王の嫁? それも悪くない」
「おーい……。勝手に話をすすめないでくれ」
何やら妄想にふける凛音の目を覚まそうと励む俺であったが、その時、再びインフィニティワールドの世界を騒がせる出来事が起こった。
【通知】
新メインクエスト「真の無限世界」更新
世界の真実に一歩近づく者が現れた
かつて世界を支配していた魔王の復活の日は近い……?
※このクエストは特別で、一人がトゥルーエンドにたどり着いた時点で全員がクエスト完了となる
ーENDー
「え! 更新されたぞ!」
「ちょっと!」
「更新きたあああああ」
まわりにいる人々が騒ぎ出した。
凛音も通知ウインドウを見て驚いている。
「これ、サタンデロ城のことでは?」
「確かに。いま俺が鍵を手に入れて更新されたということか」
「ハル……。いったい何者?」
「う……。俺も驚いてる。俺たちは最高に運が良いのかもしれない」
「やはり魔王になろうとしている。ハルといると驚かされてばかり」
凛音は俺をじっと見つめ、怪しんでいた。
「ま、まあとにかく、このことは誰にも話さない方がよさそうだな」
「それはそう。これは……ハルと私だけの秘密♡」
こうしてメインクエストを動かしたことは二人の秘密となり、その日は解散となった。へーメラウスの塔の前でそのままゲームからログインすると、急いでリビングへ向かった。
リビングでは母と妹がちょうど食事を終えたところだった。腹が減っては戦ができぬ。というわけで俺も急いでカレーを口にかきこんだ。
インフィニティワールドをプレイした後は、特に現実世界で動いているわけではないのだが、疲れは溜まっているし、お腹も空いている。
食事の後はシャワーを浴びると、そのまますぐに眠りについた。
翌日の朝、いつも通り高校に向かう。そして教室に到着して自分の席に向かう途中、すでに着席済みの燕が、「おはよう」とこちらに満面の笑みで挨拶をしてくれた。今までに無かったことに驚いたが、すぐに俺も「おはよう」と挨拶を返した。
教室中は一斉にこちらへ注目し、燕の友達も「どうしたのあんた?」と聞いていた。
「いいじゃん、同じクラスなんだからさ。朝くらい爽やかに行こう!」
「燕はやさしいねえ」
「ほらほら、円崎君もとぼけた顔してないで元気に席に着こうよ」
「う……うん。ありがとな」
俺は周りの視線をかいくぐりながら席についた。
学校では相変わらずいつも通り知らないふりかと思っていただけに、朝から胸の鼓動は高まっていた。それは、朝のホームルームのチャイムが鳴ってもしばらく鳴り止まなかった。
インフィニティワールドをはじめて、俺の人生は確実に変わりはじめている。




