第二章 七:魔法少女とへーメラウスの塔②
しかし、グリフォンとの戦闘中に聞こえてきたあの男の声は何だったのだろう。脳内に響き渡るような感じで、大きくはっきりと聞こえた声。俺は、凛音とへーメラウスの塔に向かうなか、その声のことを思い返していた。
「どうしたの? さっきから黙って」
「少し考え事を。このゲームってテレパシーみたいに、相手の脳内に語りかける機能とか魔法ってあるのかな」
「どうだろう。聞いたことがない。何かあった?」
「いや、あったら面白そうだなって」
「頑張って習得する」
「いや……。まだあると決まったわけではないから」
凛音はニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。
一体何を考えているのやら。
そんなこんなで独特のやり取りを重ねていると、あっという間にへーメラウスの塔に辿り着いた。塔は雲まで届くほど高く、周囲をぐるりと一周したらどれだけ時間がかかるのか分からないほど太く大きかった。まるで神話に登場するバベルの塔だ。
塔の周りには屋台のようなお店もたくさん出ており、多くの人で賑わっていた。思っていたよりも活気があっていかにもダンジョンですという感じはそれほどないのが第一印象だ。
「ここが魔法使いの聖地」
凛音がそう言う通り、よく見てみるとそこにいるのは魔法使いのような格好をした人ばかりだった。
「凛音はその格好もそうだけど、職業は魔法使いだよな?」
「そう。ハルは剣士?」
「え、まあそんなところかな」
やはり凛音の職業は魔法使いだった。俺がエッグハンターという世にも珍妙な職業であることは、今回も当然言えるわけもない。
「それにしても……このダンジョン今日中にできるかな」
「大丈夫。行くのは一階だけ。というか、二階以上は行くことができないただの飾り」
「そうなの!?」
「噂ではゲーム容量の節約だとか」
なかなかにメタい噂話だ。
「そういえばパーティ組んでなかったよな」
「……! うん」
「一応、塔に入る前に組んでおこうか」
「はい……♡」
さっきから語尾にハートが見えるような気もするが……。
まあ気のせいか。
「今日は少しの間だけどよろしく」
俺と凛音はパーティを組んだ。パーティを組むメリットとしては、誰かが受注したクエストを共有できる他に、経験値ボーナスやドロップ率アップ、連携スキルが使えるなど様々なものがある。
「パーティを組むなんて初めて」
凛音がそう言った。
「俺は二回目だ」
「だれ?」
「え?」
「誰と組んだ」
「クラスの同級生。たまたま自動マッチングしちゃって」
「女?」
「まあ女子だな」
凛音の手に握られている箒がミシミシと音をてている。そんなに力を入れたら折れてしまうんじゃないか。しかも何やらドス黒いオーラが身体から漂っている気もするのだが。
「もう組まないで」
「えっと……どういうこと?」
「私が組む。いつだって、どんな時でも。パーティを組みたい時は必ず私に連絡を」
「分かったよ。だから、な、落ち着いて」
「うん」
確かつばめとはまたゲームを遊ぶ約束をしたはず。この先どうなってしまうんだ俺は。いっそのこと彼女たちを引き合わせてみようか。
「おっと、もうこんな時間だ」
リアルタイム時刻を確認すると21時の少し前だった。もうすぐ母が家に返ってくる頃だから一旦やめようかな……。
「やめるの……?」
凛音は目に涙を浮かべながら震える声でそう聞いてきた。
そんな感じでこられたらログアウトし難いじゃないか。
「わ……分かった。へーメラウスの塔だけは攻略するから」
「ありがと♡」
こうして俺たちはいよいよへーメラウスの塔に足を踏み入れた。ダンジョンは基本的にソロ、あるいはパーティ単位での攻略になる。フィールドやレイド可能ダンジョンでは遭遇するモンスターは他プレイヤーと協力して倒すことができるのだが、基本的なダンジョンは己たちで攻略していく必要があるというわけだ。
へーメラウスの塔に入ってさっそく、迷路のように入り組んでいる狭い通路がそこには繰り広げられていた。
ところどころ壁についている蝋燭が通路を照らしてくれている。現実の蝋燭はこんなにも明るくないということは、一度家の電気が止まった時に思い知らされている。この塔の容量節約といい、リアリティがあるんだかないんだか。
どこが最終目的地なのか分からない迷路を行ったり来たり。今のところ特にモンスターが出るわけでもなく、ただ不気味な古代遺跡のような道が続いているだけだ。
「このままじゃハルがログアウトしてしまう」
「確かに今のところ時間だけ進んでるような気がしないでもない」
凛音の言う通り、あまりにも遅くなるなら本当にゲームを終わりにしないといけない。そう思って少し早足で進むと、広い部屋にでることができた。
「うお、危ない」
部屋の中央には大きな穴が空いていた。そこが見えないほど深く、あと数歩進めば落ちてしまうとこだった。
「少し待ってみよう」
これ以上先に進む道もなく、もしかしたら下から足場が上がってくるのかもしれない。凛音の提案で俺たちは、数分その場で待ってみた。しかし、一向になにも現れなかった。
「もしかしてここを落ちろってこと?」
「そうかもしれない。私はやってみてもいい。ハルと一緒ならどこにでも行ける」
下を覗き込む。
空洞に渦巻く風の音がまるで魔物の声のように聞こえた。
「塔なのに、上に登るんじゃなくて下に落ちろってことなのか?」
「私はいつでもいける。でも手をつないで欲しい」
ここを落下していくのは怖いよな。俺が凛音と手を繋ごうとした時、はるか前方で光る何かを見つけた。
「ちょっと待った」
「いいところだったのに……。どうしたの?」
「穴の反対側で何かが光ってる」
俺たちは穴の周囲をまわるようにして部屋の反対側まで向かった。そしてその場所に到着すると、壁につけられているいくつもの蝋燭の中の一つが異様に光っていた。だが蝋燭はジャンプしても届かない位置にあった。
「あの蝋燭が怪しい気がする」
「そうなの? いたって普通に見えるけど」
やはりこの光は俺にしか見えていない。
隠し職業エッグハンターの効果ということか。
「どうしよう。触れたら何か起こる気がするんだけど届かないな」
「それなら大丈夫。魔法使いが最初から覚えている魔法に小浮遊という、少しだけ高い位置までジャンプできる魔法がある」
俺はさっそく凛音に魔法をかけてもらうようお願いした。魔法使いの聖地、へーメラウスの塔。そして届かない位置にある異様に光る蝋燭。まさにこのためにあるかのような魔法でとても偶然の一致とは思えない。
小浮遊をかけてもらい、ジャンプをした。すると体がとても軽くなったように感じ、数メートル上の蝋燭の位置まで簡単に届いた。そのまま空中に浮遊することもできている。
「おお! すごい!」
「あまり効果時間は長くないから気をつけて」
凛音の忠告を聞き、急いで蝋燭に触れた。熱くはない……が、何か起きるわけもなかった。何回か触り直してもそれは同じだった。
「おかしいな……」
そう呟いた瞬間、体が重くなるのを感じた。
まずい、魔法の効果が切れてしまったか。
下に落ちまいと、俺は咄嗟に蝋燭を掴んだ。すると、ちょうど燭台を掴まることができ、下に落ちる重さでそのまま引っ張られてレバーのようにガコンと燭台も一緒に下がってきた。
そして、ゴゴゴゴゴと石の擦れるような音がし始めた。俺は凛音にもう一度、小浮遊をかけてもらって何とか無事に下に降りることができた。
「た……助かった」
「いつでも助ける」
何が起こっているのか分からず警戒をしていると、音は徐々に大きくなり、部屋の中心の穴に下から足場が上がってきたのを確認できた。そしてその円盤のような足場の中央には、三角帽を被った白髪と白髭の老人が乗っていた。
「ほほほ。こちらへ寄れい! 塔の地面と浮き石の間には隙間があるから注意するのじゃ」
老人に促され、俺と凛音は浮き石とやらに乗ると老人に近寄った。浮き石は気のせいなのか歩くたびに少し揺れる気がして、落ちてしまうのではないかとハラハラした。
「そんなに慎重にならずとも落ちぬから大丈夫じゃ。さて、落ちてくるやつはよくいるのじゃが、浮き石をちゃんと浮かせたやつは初めてじゃのう」
「あなたは……?」
「わしはへーメラウス。この塔を作った偉大な魔法使いじゃ。ほほほ」
老人は髭を撫で楽しそうに笑っていた。
「へーメラウス……。本当にいたんだ」
凛音がそう呟いた。
「ほーほほ。そりゃいるぞ? 誰がこの塔を作ったと思っておる」
「でもこのダンジョンにへーメラウスがいるなんていうのは聞いたことがない」
「そうじゃ。いつもは姿を消して、落ちてきたやつには召喚したカエルと遊んでもらっておるからな。そうじゃ、まずお主たちにこれをやろう」
【通知】
ゲコゲコステッキを手に入れた
ーENDー
「このアイテムが初心者魔法使いにとっての神武器」
凛音は、さっそくもらった武器を装備した。それはカタツムリのように渦を巻いた頭が特徴的な木の杖で、さらにそこには可愛らしいカエルが乗っていた。時折、杖の上で飛び跳ねているのも面白い。
「安心せい。カエルは逃げたりせんぞ。どうじゃ? 可愛いじゃろ?」
「かわいい。ありがとう」
「うむ。気に入ってもらえて何よりじゃ。それから、この仕掛けを解いた者を上へ案内することになっておる」
へーメラウスはどこからともなくドラゴンの形をした頭が特徴的な杖を召喚して手に持つと、ドンと浮き石を突いた。すると、浮き石はさらに上に向かって上昇を始めた。
「上って、この塔の上ってこと?」
「いかにも。階段もなければ特殊な魔法をかけておる。普通じゃ絶対に上には行けぬぞ」
天井をよく見上げれば、確かに下へと続く空洞と同じく、どこまで続いているのか先が見えなかった。ゲーム容量の節約で一階しかないというのはデマだった。蝋燭の仕掛けを解けば上にいけるというのが本当のところだったのだ。
何が待っているのかという期待が高まる。しかし、今回も誰かと一緒に仕掛けを解いたということになる。凛音がどう反応するのか、その不安もあるというのは否めない。




