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白銀の足跡 ~少女の旅路~ 愛おしい冒険者生活  作者: 火年
第一章 リヴェルからエルフの街へ
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第8話 いつものウサギ狩り

デカグマの騒ぎが落ち着き、森に入れるようになってから数日。


エリナたちは、何度かウサギ狩りの依頼を受けていた。


「なあ、エリナ」

森へ向かう道で、テイルが唐突に言った。

「お前、夜中に干し肉食ってない?」

「食べてないけど」

「ほんとか?」

「ほんと食べてないよ」


エリナが振り返ると、テイルは荷物の中の保存食を指さした。


「いや、なんか減るの早くない?」

「俺も少し思ってた」

シアルまで言う。

「食べてはいないよ!?」


エリナは思わず自分の腰のポーチを押さえた。

理由には、ちゃんと心当たりがある。


ここ数日。

ウサギを狩りに森へ入るたび、エリナは同じような視線を感じていた。


茂みの奥。

木の陰。

少し離れたところから、じっとこちらを見ている何か。


最初は警戒した。

けれど何度森へ来ても、襲ってくる気配はない。


むしろ、ウサギを仕留めたあとになると視線が少し近づいてくる。


それでエリナは試しに、硬い干し肉を一枚だけ切り株の上へ置いて帰った。


次に来たときには、きれいになくなっていた。

それから、森に入るたび一枚。


ちょっとした秘密になっている。


「保存食なんだから減ることもあるでしょ」

「勝手には減らないだろ」

「細かい男は嫌われるよ」

「なんで俺が悪いみたいになってんだよ」

テイルが不満そうに言った。


今日の狩りも順調だった。

森の浅い場所でウサギを見つけ、エリナが弓を引く。


弦が鳴り、矢が飛ぶ。

ウサギはその場に倒れた。


「相変わらず、これだけはすごいな」

「これだけって何?」

「キノコの知識もすごかったか」

「あと料理!」


エリナは矢を回収し、ウサギを片づける。

そしていつものように、荷物から干し肉を一枚取り出した。


「……やっぱりお前じゃん」

背後から声がした。

エリナの肩が跳ねる。

振り返ると、テイルが干し肉を指さしていた。


「食べてないって言ったでしょ」

「じゃあ、誰にやってんだよ」

「分かんない」

「分かんない相手にあげてたのか?」

シアルが少し呆れた顔をする。

「でも、ずっと見てるんだよね」


エリナは切り株へ干し肉を置いた。

「たぶん、お腹空いてるんじゃないかな」

「たぶんで置くなよ」


テイルが言った、そのとき。

茂みが、かすかに揺れた。

三人がそちらを見る。


小さな鼻が、葉の間から出ていた。

「……犬?」

テイルが目を細める。


ゆっくりと茂みから姿を現したのは、真っ白な毛に覆われた小さな獣だった。


見た目だけなら、少し大きめの子犬。

けれど、その毛は陽の光を受けると淡く銀色に光っている。


エリナは目を丸くした。

「あ、やっと出てきた」

白い子犬は警戒するように三人を見た。


けれど、エリナが置いた干し肉を見ると、そろそろと近づいてくる。

そして。

ガリッ。

ガリガリッ。

「すごい音するな」

テイルが言った。


硬い干し肉を、小さな歯で必死にかじっている。


「そんなにお腹空いてたの?」

エリナがしゃがむ。

「これ、もしかして……」

シアルが小声で言う。

「何?」

「いや……」


シアルは白い獣をじっと見た。

「……これ、フェンリルじゃないか?」

「え?」

エリナとテイルの声が重なった。


「毛の感じが、本に書かれてたフェンリルに似てる」

白い子犬――らしきものは、そんな三人を気にすることなく干し肉と格闘している。

「これが?」

テイルが指さす。


「森の主?」

「子供だろ」

「かわいいじゃん」

エリナが言った。

「今はそうだけど」

シアルが即座に返した。


エリナは水筒を取り出した。

今日の中身は水ではない。

朝、残っていたササクレキノコと干し肉で作った温かいスープを入れてきた。

小さな器に少しだけ注ぐ。


「こっちの方が食べやすいよ」

白い子フェンリルは鼻を近づけた。


くんくん。

一度エリナを見る。

そして。

ぺろっ。

「飲んだ」

エリナが笑う。

もう一口。

ぺろぺろぺろぺろ。


「すごい勢いだな」

テイルがしゃがみ込む。


「おいおい、エリナのキノコスープ、伝説の魔獣の子供にまで大好評じゃん……」

器はあっという間に空になった。


子フェンリルは顔を上げると、今度はエリナの足へ体を擦りつけた。

「かわいい……」

エリナが頭へ手を伸ばそうとした。


その瞬間だった。


空気が変わった。


鳥の声が消える。


葉の擦れる音さえ聞こえない。


森全体が、息を止めたように静まり返った。


心なしか急に寒気すら感じる。

エリナの手が止まる。

子フェンリルだけが、ぱっと顔を上げた。

そして嬉しそうに茂みの奥へ駆けていく。


木々の向こう。

何かが動いた。

大きい。

茂みを押し分け、白い巨体が姿を現す。


「……嘘だろ」


テイルの声が震えた。

エリナも動けなかった。


子供とはまるで違う。

見上げるほどの巨体。

雪のように白い毛。

鋭い爪。


静かにこちらを見ているだけなのに、逃げろと体の奥が叫んでいる。


挿絵(By みてみん)


森の主。

フェンリル。

ギルドで笑いながら見ていた討伐依頼、それが目の前にいた。


シアルの手が剣へ向かう。

けれど抜かない。

抜いてはいけない。

それくらいはエリナにも分かった。


「動くな」

シアルが小さく言った。

「分かってる」

テイルも珍しく素直に答えた。


子フェンリルはそんな三人の緊張など知らず、親の足元へ駆け寄った。


嬉しそうに尻尾を振っている。

親フェンリルが子供の匂いを嗅ぐ。

それから、エリナを見た。


切り株の上に残った干し肉。

空になったスープの器。

そして、エリナの足元。

親フェンリルの目が細くなった。


「……怒ってる?」

エリナが小さく聞く。

「どうだろう」

テイルも小声で返す。


シアルもフェンリルから目を離さない。

「俺たちにも分からない」


しばらく。

フェンリルはエリナを見つめていた。

感謝しているようには見えない。

かといって、襲う気配もない。

むしろ。

何となく。


――借りを作ったのが気に入らない。


そんな顔に見えた。

やがて親フェンリルが、ふんっと大きく鼻を鳴らした。


カツン。


何かがエリナの前へ落ちる。

白い石だった。

手のひらほどの大きさ。

表面には見たことのない紋様が刻まれ、内側から淡く光っている。


「……何これ?」

誰も答えない。

『借りは返した』

声がした。


いや、耳で聞いたわけじゃない。

頭の奥に、直接響いたような――。


エリナが顔を上げる。

「……今、何か聞こえた?」

「いや」

「何も」

シアルとテイルが首を振る。


その間にも、白いフェンリルは子供を咥え森の奥へ消えていった。

しばらく誰も喋らなかった。

「…………死ぬかと思った」

最初にへたり込んだのはテイルだった。

シアルもその場に座り込む。


「俺も」

「ずっと一緒にいたかったなぁ」

エリナが言った。


二人が同時に顔を上げる。

「無理だろ!」

「なんで?」

「森の主だぞ!」


エリナは首をかしげながら、足元の白い石を拾い上げた。


「これ、なんだろ」

テイルがすぐに覗き込む。

「……分からん。でも普通の石じゃないな」


エリナは白い石をポーチへしまった。


「困ったとき、高く売れるかも」

「売るんだ」

「売らないよ。今のところは」

「今のところ?」

「本当に困ったら考える」


エリナは、フェンリルたちが消えた森の奥を見る。

「それにしても、あの子かわいかったなあ」

「親の方は、怖いくらい綺麗だったな」

「俺もそう思う」


帰り道。


エリナは、あのとき頭の奥に響いた声のことを思い返していた。

――『借りは返した』

やっぱり、気のせいだったのかな。


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