閑話1 デカグマ討伐!――【ガルド目線】プロの戦いは「欲張らない」
「デカグマの討伐依頼が出るぞ!」
その声が響いた瞬間、冒険者ギルドの中が騒がしくなった。
依頼板の前にいた冒険者たちが、一斉に受付の方を見る。
「場所は?」
「街道の近くか?」
「報酬はいくらだ?」
次々と声が飛んだ。
その中で、一人の冒険者が大きな声を上げる。
「自信がない奴はやめておけ!」
前へ出ようとしていた何人かが足を止めた。
デカグマ。
普通の熊よりはるかに大きく、力も強い。
一人や二人で相手をするような魔物ではない。
少し離れたところで、その騒ぎを見ていたガルドへ声がかかった。
「ガルドさん」
受付のリオネだった。
「ちょっといいですか?」
「俺か?」
「はい。支部長から話があります」
ガルドは立ち上がった。
そして受付の奥にある応接間に案内された。
「今回、ガルドを中心に討伐隊を組んでもらいたい」
「何人でだ?」
「お前さんたちと、あとC級かD級を八人くらい」
ガルドは少し考えた。
それだけいれば、正面から無理に戦わなければ十分やれる。
「分かった。それくらいいれば大丈夫だろ」
「頼む」
「あと」
ガルドが続ける。
「治療できる奴も、あとから森の入口まで寄こしてくれ」
「治療役か?」
「ああ」
ガルドは支部長を見る。
「デカグマ相手じゃ、怪我人が出てもおかしくない」
「分かった。手配しておく」
「頼む」
ガルドは広間に戻り、自分の仲間たちに事情を伝え、ギルド内を見回した。
腕に覚えのある冒険者が何人も残っている。
その中から、二つのパーティーへ声をかけた。
「灰色の牙!」
四人組が振り向く。
前衛二人。
弓使い一人。
火の魔法を使える男が一人。
D級だが、討伐依頼の経験は多い。
「デカグマ行けるか?」
リーダーらしい男が笑った。
「そのつもりで待ってた」
「よし」
「鉄の盾!」
別の四人組がこちらを見る。
前衛三人。
弓使い一人。
こちらもD級。
「参加するか?」
「もちろん」
これで必要な人数はそろった。
ガルドは自分の仲間と集まった冒険者たちを見回す。
「よし。このメンバーで行くぞ」
デカグマが確認された森までは、それほど遠くなかった。
ただ、森へ近づくにつれて口数は減っていく。
先を見ていた冒険者の一人が手を上げた。
「足跡だ」
地面には、大きな獣の足跡。
近くの木には、深い爪痕も残っている。
ガルドがしゃがんで確認する。
「近いな」
そこからは、さらに慎重に進んだ。
やがて。
木々の向こうに、大きな影が見えた。
「いたぞ」
普通の熊とは明らかに違う。
四本足で立っているだけでも大きい。
太い首。
巨大な前脚。
あれにまともに殴られれば、鎧を着ていても無事では済まない。
ガルドが手を上げる。
「まだ出るな」
一度全員を集め、小さな声で確認する。
「囲むぞ」
地面に簡単な位置を描く。
「正面からは突っ込むな」
全員がガルドを見る。
「前にいる奴が気を引く」
「後ろにいる奴は、隙があった時だけ斬れ」
「一発入れたら離れろ。欲張るな」
弓使いたちを見る。
「最初は弓と魔法だ」
火の魔法を使う男へ目を向ける。
「森は燃やすなよ」
「分かってる」
「よし」
冒険者たちは少しずつ散った。
木々に隠れながら、デカグマを囲んでいく。
気づかれてはいない。
ガルドが手を上げる。
まだ。
まだ。
そして。
腕を振り下ろした。
矢が二本飛んだ。
ほぼ同時に、火の塊が木々の間を抜ける。
「グオオオオオッ!」
デカグマが吠えた。
一本の矢が肩へ刺さる。
火が横腹で弾けた。
巨体が振り返る。
「行くぞ!」
冒険者たちが一斉に動いた。
デカグマが正面の一人へ突進する。
男は剣を構えながら後ろへ下がる。
その隙に、後ろから別の冒険者が斬りつけた。
浅い。
だが、それでいい。
デカグマが振り返る。
今度は逆側から一撃。
また振り返る。
正面にいる者が気を引く。
後ろの者が斬る。
向きを変えれば、反対側から狙う。
距離ができれば矢が飛ぶ。
隙があれば、火の魔法も当てる。
少しずつ。
確実に傷を増やしていった。
それでも。
デカグマの力は落ちない。
「うわっ!」
一人が叫んだ。
避けきれなかった前脚が、男の身体を横から薙いだ。
男が地面へ転がった。
「下がれ!」
ガルドが叫ぶ。
デカグマが倒れた男へ向く。
その前へ、ガルドが飛び込んだ。
「こっちだ!」
剣で鼻先を狙う。
デカグマが怒りの声を上げる。
前脚が振られた。
ガルドは一歩下がってかわす。
もう一撃。
今度は横へ避ける。
攻撃はしない。
近い距離を保ったまま、デカグマの注意だけを自分へ向ける。
「今だ! 下げろ!」
二人の冒険者が、怪我人を引っ張って後ろへ運ぶ。
十分離れたのを確認してから、ガルドも距離を取った。
しばらくして。
また、声が上がった。
「ぐっ!」
盾を構えていた冒険者が、前脚で弾き飛ばされる。
またガルドが前へ出る。
「こっち見ろ!」
デカグマの前へ入り、注意を引きつける。
その間に、仲間が怪我人を運び出した。
「まだやれる!」
倒された男が言う。
「やめとけ」
ガルドが即答する。
「怪我した奴まで残る必要はない」
「でも――」
「人数は足りてる。下がれ」
男は少し悔しそうな顔をしたが、素直に後ろへ下がった。
それからも同じ戦いが続いた。
一人で倒そうとはしない。
気を引く。
後ろから斬る。
離れる。
矢を撃つ。
魔法を当てる。
また囲む。
デカグマの傷は少しずつ増えていく。
呼吸が荒くなる。
脚も鈍くなってきた。
「弱ってきたぞ!」
誰かが言った。
「やり方変えるな!」
ガルドが返す。
ここまでうまくいっている。
弱ったからといって、最後に無理をする必要はない。
同じことを続ける。
一撃。
離れる。
また一撃。
急がない。
欲張らない。
やがて。
デカグマの脚が大きく揺れた。
一歩。
二歩。
巨体が傾く。
大きな音とともに、地面へ倒れた。
誰も近づかない。
しばらく待つ。
デカグマは動かない。
「死んだか?」
一人が言う。
ガルドはまだ動かなかった。
さらに待つ。
反応はない。
「……確認するぞ」
数人で慎重に近づく。
動かない。
呼吸も見えない。
それでも。
「念のためだ」
ガルドが剣を構える。
首へ振り下ろした。
討伐が終わると、ガルドは近くの冒険者に声をかけた。
「入口にいる治療役を呼んできてくれ」
「分かった」
しばらくして、呼びに行った冒険者と一緒に治療役がやってきた。
「終わったか」
「ああ。怪我人がいる。頼む」
二人の怪我人が治療を受ける。
幸い、命に関わる傷ではなかった。
治療が終わると、顔色もかなり戻った。
ただ。
治療役が言う。
「今日は歩かせない方がいい」
「治ってないのか?」
怪我人の一人が聞く。
「治療したからって、すぐ元通りになるわけじゃない」
「そういうことだ」
ガルドが周囲を見る。
「元気な奴で交代して運ぶぞ」
「俺やる」
「こっちもいける」
何人かが手を上げた。
デカグマの死体については、後から人を寄こすことになった。
一行は怪我人を担ぎ、街へ戻る。
その帰り道。
ガルドがふと足を止めた。
「ん?」
草に隠れるように、大きな穴が開いている。
人がそのまま落ちそうな大きさだった。
「危ないな」
近くの冒険者が覗き込む。
「暗かったら見えないぞ、これ」
ガルドも穴を見る。
デカグマは倒した。
怪我人も無事に連れて帰れる。
今日の討伐依頼は、終わった。
この穴をこのままにしておけば、今度は誰かがここで怪我をするかもしれない。
一応、ギルドに報告しておくか。
ガルドが最後に気にしたのは、魔物ではなく。
草むらの中にある、ただの穴だった。




