第4話(後半)まずは装備から
午後。
買い物を終えた三人は、再び冒険者ギルドへ戻ってきた。
エリナの背中には、朝までとは比べものにならないくらい大きな矢筒。
中には二十本の矢が入っている。
財布は軽くなったけれど、背中だけはずいぶん重くなった。
「さて」
テイルが依頼掲示板の前で腕を組んだ。
「何にする?」
「簡単なの」
エリナは即答した。
「それと報酬がいいやつ」
テイルが付け加えた。
「簡単で報酬がいいやつなんてあるの?」
「探せばあるかもしれないだろ」
「ないと思う」
隣でシアルが淡々と言った。
三人で掲示板を見る。
一人で初めて見たときより、少しだけ依頼の内容が分かるようになっていた。
薬草の採取。
街道の護衛。
畑を荒らす魔物の討伐。
森の調査。
そして。
「コボルト討伐」
テイルが一枚の紙を指した。
エリナも覗き込む。
コボルト五匹以上の討伐。
報酬は――。
「これ、結構もらえる」
「だから危ないんだろ」
シアルが言った。
「三人いるし、いけるでしょ?」
テイルが聞く。
「私、魔物に矢撃ったことないよ」
「ウサギなら百発百中なんだろ?」
「コボルトはウサギじゃない!」
「似たようなもんだろ」
「大きさも形も全然違うでしょ!」
「大きいから当てやすい気もするけど」
シアルが依頼書を見る。
「これはやめとこう。五匹以上ってことは、それ以上いる可能性もある」
「じゃあこれは?」
テイルが次を指す。
街道の護衛。
エリナは報酬を見る。
さっきよりさらに高い。
「これいいじゃない」
「二日かかるぞ」
「え?」
よく見る。
目的地まで一日。
帰ってくるのに一日。
食料も必要。
「……なし」
「今の財布で二日分の食料追加したくない」
テイルが笑った。
シアルが依頼書の条件を見る。
「……というか、これ俺たちじゃ受けられないな」
「え?」
「駆け出しは対象外だ」
「先に言ってよ」
三人があれでもない、これでもないと話していると、後ろから笑い声が聞こえた。
「おめーら新人だな」
振り返ると、何人かの冒険者が近くの卓からこちらを見ていた。
年齢は三人よりずっと上。
使い込まれた剣や防具を見るだけでも、経験があることは分かる。
「初依頼か?」
大柄な男が聞く。
「はい」
エリナが答える。
「だったらコボルトはやめとけ」
「やっぱり?」
テイルが依頼書を見る。
「コボルトはそんなに強くないって聞くけど」
「一匹ならな」
別の男が笑った。
「新人が思ってるより面倒なんだよ」
「コボルト退治はコボルト退治が好きな奴に任せとけ」
すると、別の冒険者も口を挟んできた。
「森行くならデカグマの方が気をつけた方がいいぞ」
「デカグマ?」
「この辺にいる熊だ。立つと俺よりずっとでかい」
男が自分の頭よりかなり上に手を伸ばす。
「見つけたら?」
テイルが聞く。
「逃げろ」
「戦わない?」
「逃げろ」
「でも三人なら」
「逃げろ」
三回目は少し強かった。
テイルが素直にうなずく。
「はい」
「あと、地面がいきなり盛り上がったら気をつけろよ」
別の男が言った。
「なんで?」
エリナが聞く。
「巨大地中モグラが出るって噂がある」
「モグラ?」
「馬車くらいでかい」
「そんなのいるの!?」
「俺は見たことない」
「ほんとにいるの!?」
「さあどうだろうな」
隣の冒険者が笑う。
「昔から言われてるんだよ。突然地面から出てくるって」
エリナは少しだけ地面を見る。
ギルドの床は石造りだ。
ここから出てくることは、たぶんない。
「森の奥には行くなよ」
今度は年配の冒険者が言った。
それまで笑っていた何人かも、少しだけ静かになった。
「奥?」
「森の主がいる」
テイルが興味を示す。
「主?」
「フェンリルだ」
エリナは名前だけなら聞いたことがあった。
大きな狼の魔物。
物語に出てくるような存在だ。
「いるんですか?」
「いるらしい」
「らしい?」
「姿を見た奴は少ないからな」
男は肩をすくめる。
「でも縄張りはある。奥の方で妙に静かになったら戻れ」
「襲ってくる?」
エリナが聞く。
「人間から手を出さなきゃ、基本は襲わんって噂だ」
「じゃあ見に行っても大丈夫?」
テイルが聞く。
「帰ってきた奴は見に行くぐらい大丈夫っていうだろう」
「帰ってきた奴?」
「帰ってこなかった奴は当然何も言わない」
「……」
「とにかく」
年配の冒険者が言った。
「新人は、無理しない依頼を選ぶのが一番だ」
「無理しない依頼……」
エリナはもう一度掲示板を見る。
討伐。
護衛。
調査。
どれも急に危なく見えてきた。
「……何も受けられなくない?」
「そんなことないわよ」
聞き覚えのある声がした。
振り返る。
受付のリオネが、数枚の紙を持って立っていた。
「朝も騒がしかったけど、今もにぎやかね」
「朝は買い物しに行きました」
エリナが言う。
リオネは新しい矢筒を見る。
「ちゃんと増えたのね」
「二十本です」
「朝見たとき、三本は驚いたわ」
「なんでみんな同じ顔するんですか」
リオネも少し笑った。
「あなたたちなら、これがいいと思う」
一枚の依頼書を差し出す。
エリナたち三人で覗き込んだ。
街周辺の巡回。
指定された五か所を回り、木に掛けられている木札を他の木札へ交換する。定期的な見回りの依頼らしい。
何か異常があればギルドへ報告。
戦闘は原則不要。
「……札を交換するだけ?」
テイルが言う。
「それだけ?」
「それと周辺の状況報告」
リオネは言った。
「初めてだから、街の周りを覚えられるしいいかもしれない」
シアルは依頼書をじっと見る。
「五か所か」
「半日くらい?」
「普通に回ればそのくらいね」
エリナは報酬を見る。
コボルト討伐よりずっと安い。
でも。
初心者用の雑用よりは稼ぎになる。
「これならできそう」
「だな」
シアルがうなずく。
テイルは少しだけ物足りなさそうだったが、最後には笑った。
「まあ、最初だしな」
「巨大モグラ探しに行かないでよ」
エリナが言う。
「地面の中はどうやって探すんだよ」
「フェンリルも」
「ちょっと興味ある」
「置いて帰るからね!」
「冗談だって」
本当だろうか。
少し怪しい。
依頼を受ける手続きを済ませ、三人はギルドを出た。
外はもう夕方だった。
通りの店には灯りがつき始めている。
エリナは財布を持ってみた。
軽い。
かなり軽い。
矢。
矢筒。
弦。
火打ち石。
水筒。
保存食。
今日だけでずいぶん使った。
でも、背中の弓はいつもと同じ重さだった。
村のおじいちゃんが作ってくれた弓。
二人が、いい弓だと言ってくれた。
そして明日は。
初めて、この弓を背負って依頼へ出る。
「明日、朝ギルドな」
テイルが言う。
「遅れないでよ」
エリナが返す。
「今日も遅れてないだろ」
「今日は私が早かっただけだったね」
「そうそう」
明日、何があるかは分からない。
たぶん、大したことは起きないだろうし、起きてほしくもない。
明日のササクレキノコの反応が楽しみだ。
次回は 2026年09月01日 18時00分 配信です。




