第3話(中編)まずは装備から
武器屋の扉を開けた瞬間、エリナは少しだけ足を止めた。
鼻についたのは、鉄と油の匂い。
壁には剣や斧、槍がずらりと並び、棚には矢や弦、革袋、武器だけでなく小さな道具まで所狭しと置かれている。
「うわ……」
村では見たこともない数の武器だった。
エリナが店内を見回している横で、シアルはもっと分かりやすく足を止めていた。
「シアル?」
返事がない。
視線の先には、壁に掛けられた一本の剣。
「……これ、刃の厚みがなかなかよさそうだな」
「シアル」
テイルが呼ぶ。
「今日は矢を買いに来たんだったな」
そう言いながらも、シアルは剣からなかなか目を離さない。
エリナは少し笑った。
昨日話したときは冷静な人だと思っていたけれど、武器を見ると少し違うらしい。
「お前さんたち、駆け出しか?」
低い声がして、エリナは振り返った。
カウンターの向こうにいたのは、エリナより少し背が低いくらいの男だった。
けれど横幅は倍くらいある。
太い腕。
大きな鼻。
胸元まで伸びた灰色の髭。
「……小さい」
思わず口から出た。
男の眉がぴくりと動く。
「あ?」
テイルが吹き出しそうな顔で肩を震わせている。
シアルまでこちらを見た。
エリナは慌てて頭を下げた。
「ごめんなさい!」
男は数秒エリナを睨んだあと、大きく鼻を鳴らした。
「おまえ、ドワーフ初めてか」
「はい」
「なら仕方ねえ」
意外とあっさり許された。
エリナはほっと息を吐く。
ドワーフ。
話には聞いたことがある。
武器や道具を作るのが得意な種族だとか。
実物を見るのは初めてだった。
小柄なのに、腕や肩はシアルたちよりずっと太い。
胸元まで伸びた髭も、噂で聞いていたドワーフそのものだと思った。
「で、何がいる?」
「矢」
テイルが答える。
「この子、三本しか持ってないんだって」
「ちょっと!」
店主がエリナを見る。
「三本?」
「村では足りてたんです」
「何狩ってた」
「ウサギ」
店主はしばらく黙った。
「……冒険に出るなら二十は持っとけ」
「やっぱり!?」
さっき二人に言われたのと同じだった。
どうやら本当に三本は少ないらしい。
店主が棚から矢をひと束出す。
「これで二十」
エリナは束を見る。
多い。
いままで使っていた矢の何倍もある。
「こんなに撃つんですか?」
「撃たなくて済むならそれでいい。折れる。なくす。回収できねえ。そういうもんだ」
シアルが横でうなずく。
「ほら」
「……分かったよ」
エリナは値札を見る。
そして固まった。
「高い」
思わず声が出る。
五日間働いて貯めたお金が頭をよぎった。
テイルが矢を一本取る。
軸を転がして眺め、羽根を指で軽く整える。
「値段は妥当だな」
「本当に?」
「むしろこの作りなら悪くない」
店主が腕を組む。
「坊主、分かるのか」
「まぁそれなりにはな」
「ほう」
テイルはもう一本確認してから戻した。
「曲がりも少ないし、羽根も揃ってる。これでいいと思う」
商人の息子らしいところを初めてちゃんと見た気がする。
普段は軽いのに、物を見るときだけ妙に真面目だ。
「じゃあ……これ」
エリナは覚悟を決めた。
「あと矢筒」
シアルが言う。
「え?」
「その矢筒じゃ二十本入らないだろ」
背中の小さな矢筒を見る。
三本しか入れていなかったものだ。
確かに無理だ。
矢の値段。
矢筒の値段。
頭の中で計算する。
「……かなりなくなる」
「必要経費だな」
シアルはあっさり言う。
「人のお金だと思って」
結局、矢二十本と新しい矢筒。
予備の弦。
火打ち石。
それから今持っている小さな水筒では足りないと言われ、少し大きめのものも買った。
店を出る頃には、財布が明らかに軽くなっていた。
「私のお金……」
「次は食料だな」
テイルが楽しそうに言う。
「まだ使うの!?」
「冒険者って金かかるだろ?」
「今それを実感してるところ!」
________________________________________
次に入ったのは、保存食や乾物を扱う店だった。
棚には干し肉、乾燥した豆、堅焼きパン、干した果物などが並んでいる。
エリナは迷わず値札を見る。
さっきかなり使った。
もう贅沢はできない。
「これが一番安い」
手に取った堅焼きパンを、テイルも覗き込む。
「うわ、これか」
「なに?」
「めちゃくちゃ硬いやつ」
シアルも一つ持って指で押した。
びくともしない。
「そのまま食うのはきついな」
「スープに浸せばいいでしょ」
「パンはな」
シアルが隣の干し肉を持ち上げる。
「こっちは煮ても結構硬い」
テイルも嫌そうな顔をする。
「これ、顎疲れるんだよな」
エリナは干し肉を見る。
「ササクレキノコ使えばいいじゃない?」
今度は二人がエリナを見る。
「ササクレキノコ?」
テイルが首を傾げた。
「知らないの?」
「キノコなのは分かる」
「それは名前で分かるでしょ」
エリナは少し呆れた。
「干し肉と一緒に煮るの」
「なんで?」
「柔らかくなるから」
二人とも黙った。
その顔。
信じていない。
エリナにはすぐ分かった。
「ほんとだからね?」
「何も言ってないけど」
テイルが答える。
「顔に出てる」
「キノコ入れただけで肉が柔らかくなるの?」
「なるよ」
「ちょっとでしょ?」
「ちょっとじゃない!」
「エリナはかなり顎が強いんだね」
エリナは少しむっとした。
「細かく刻んで一緒に煮ると、硬い肉でも柔らかくなるの。村では普通にやってたよ」
「へえ」
シアルが干し肉を見る。
その「へえ」に、微妙な疑いが混じっている気がする。
「シアルも信じてないでしょ」
「信じてないとは言ってない」
「じゃあ信じてる?」
「信じてるとも言ってない」
「それ信じてないじゃん!」
「少しは柔らかくなるんだろうなとは思ってるよ」
「ほんとおいしくなるんだから!」
テイルが笑った。
「じゃあ明日やってみようぜ」
「絶対柔らかくなるから」
エリナは棚の中からササクレキノコを探す。
幸い、乾燥させたものが小袋でひとつだけ残っていた。
値段もそれほど高くない。
「これで干し肉かなり柔らかくなりますよね?」
「さあ、どうでしょう。仕入れ先に試しに置いてみてくれって言われただけなので」
ササクレキノコって、食べ方まではそんなに知られていないのだろうか。
「これも買う」
「また金使うの?」
テイルが言う。
「これは必要なの!」
「食べ物には財布緩いな」
「硬い肉食べ続けるよりいいでしょ!おいしかったら、このキノコ代は二人持ちね」
「おいしかったらね」
エリナは干し肉と堅焼きパン、それからササクレキノコを抱えた。
二人はまだ半信半疑の顔をしている。
明日、絶対に驚かせてやる。
そう思うと、少し楽しみになってきた。
店を出る。
新しい矢筒。
予備の弦。
火打ち石。
水筒。
保存食。
荷物は増えた。
財布は軽くなった。
「初心者用の宿がなかったら、もう野宿だったよ」
「俺たちも稼がないといけないからな、ギルドに戻ろう」
シアルが言う。
「依頼決めないとな」
テイルも続く。
二人のあとを追いながら、エリナは新しい矢筒を背負い直した。




