第24話 四日目の夜、ついに夜襲――乱戦の裏に潜む「違和感」をエリナの弓が射抜く
四日目の夜。
エリナはテントの中で眠っていた。
昼間ずっと歩いていたせいか、横になってから眠るまでほとんど時間はかからなかった。
「エリナ」
小さな声が聞こえた。
「……ん」
「エリナ、起きろ」
今度は少しはっきり聞こえる。
目を開けると、テントの入口の向こうにテイルの影があった。
「テイル……?」
「静かに」
いつもの軽い調子ではなかった。
「何かいるかもしれない。音立てないで出てきて」
その一言で眠気が飛んだ。
「……分かった」
エリナは弓を掴み、矢筒を肩にかける。
静かにテントを出た。
焚き火は小さく残っている。
その周りには、全員が起きていた。
ガレス。
ルーク。
ミレナ。
セフィ。
シアル。
ハインも荷馬車の陰にいる。
誰も大きな声を出していない。
昼間とは、空気がまるで違った。
「何かあったの?」
エリナが小声で聞く。
「さっきから森で音がする」
テイルが答えた。
「一回じゃない」
エリナも森を見る。
暗い。
木々の奥まではほとんど見えない。
けれど。
「……」
何かがいる。
最初の夜警で、自分だけが勝手に怖がっていた時とは違う。
虫の声は聞こえる。
風も吹いている。
それなのに、妙に落ち着かない。
森の奥から、こちらを見られているような気がした。
エリナは矢を一本抜いた。
隣でシアルが盾を構える。
テイルも剣を抜いた。
ガレスが小さな声で言う。
「ハインさんは荷馬車から出ないでくれ。セフィもそっちを頼む」
「分かった」
セフィがハインの近くへ下がる。
ルークとミレナも武器を構えた。
誰も動かない。
ただ森を見る。
長い。
ほんの数秒のはずなのに、ずっとそうしていたように感じる。
エリナの指に力が入る。
次の瞬間。
「グアアアアッ!」
雄叫びとともに、影が森から飛び出した。
「来るぞ!」
五匹。
粗末な武器を手にしたコボルトが、一気に距離を詰めてくる。
一匹目はガレス。
剣を振り上げ、正面から襲いかかった。
ガレスは剣で受け、そのまま押し返す。
けれど、コボルトもすぐには下がらない。
二匹目はシアルが迎え撃つ形になった。
「シアル!」
「大丈夫だ!」
振り下ろされた武器を盾で受ける。
鈍い音が響いた。
シアルは踏ん張り、その場を動かない。
三匹目はルークが相手する。
「俺が相手だ!」
ルークが横へ動き、振られた武器を避ける。
そのまま剣を返そうとするが、コボルトも距離を取った。
四匹目はミレナ。
ミレナは真正面から打ち合わず、相手の周囲を回るように動いている。
コボルトも迂闊には踏み込んでこない。
五匹目にはテイルが向かった。
「こいつはまかせろ!」
テイルが剣を構える。
コボルトが突っ込む。
テイルは横へかわし、剣を振る。
だが浅い。
コボルトもすぐ振り返った。
五人と五匹。
ほぼ同時に戦いが始まった。
エリナは少し後ろで弓を構える。
撃てない。
ガレスの前にはコボルト。
シアルの前にもいる。
ルーク、ミレナ、テイルも、それぞれ動き続けている。
下手に撃てば誰かに当たる。
前に人がいる。
エリナは矢をつがえたまま、狙いを決められない。
「……」
焦るな。
その瞬間。
ぞくりとした。
まだいる。
今飛び出してきた五匹だけじゃない。
暗い木々の間。
はっきりとは見えない。
けれど、何かが動いている。
一つ。
二つ。
もっといるかもしれない。
「まだいる……」
エリナが小さく呟く。
こちらの戦いを見ている。
飛び込んでこない。
様子を窺っている。
そのうちの一つが、木の陰から少しだけ姿を見せた。
コボルト。
前で戦っている五匹とは違う。
誰も近くにいない。
射線にも、仲間はいない。
エリナは息を吐いた。
矢が暗闇を切る。
次の瞬間。
「ギャアアッ!」
森の奥から、甲高い叫び声が響いた。
前で戦っていたコボルトたちが、一瞬気を取られる。
ほんの一瞬。
でも。
ガレスは見逃さなかった。
「よそ見するな」
剣が走る。
ガレスと向き合っていたコボルトが倒れた。
ほぼ同時。
シアルが盾を押し出す。
体勢を崩したところへ剣を振り下ろした。
二匹目が倒れる。
「グルッ……!」
残った三匹の動きが止まった。
ルークの前。
ミレナの前。
テイルの前。
森の奥から、また何かが動く音がした。
だが、今度は近づいてこない。
遠ざかっていく。
「逃げるぞ!」
ルークが言う。
三匹のコボルトも、一斉に背を向けた。
森へ飛び込んでいく。
テイルが一歩踏み出す。
「追う?」
「追わない!」
ガレスが即答した。
全員が止まる。
森の中から、枝の折れる音が続いた。
一つ。
二つ。
それも徐々に遠ざかっていく。
ミレナが森へ目を向けたまま言う。
「奥にも何匹かいた」
「やっぱり?」
エリナが聞く。
ミレナが頷いた。
「数までは分からない」
「俺も音は聞こえた」
ガレスが答える。
エリナは、自分が矢を放った辺りを見る。
暗くて、倒れているかどうかまでは分からない。
ただ、あの叫び声は間違いなく当たった音だった。
しばらく誰も武器を収めなかった。
また戻ってくるかもしれない。
エリナも二本目の矢をつがえて森を見る。
けれど。
何も来ない。
やがてガレスが息を吐いた。
「……行ったみたいだな」
張り詰めていた空気が、少しだけ緩んだ。
エリナも息を吐く。
そこで初めて、自分がずっと力を入れていたことに気づいた。
手が少し震えている。
「怖かった……」
思わず口から出た。
テイルが剣を収めながら振り返る。
「でも当てたじゃん」
「さっきは怖いとかの前に集中してたから!」
「そういうもん?」
「そういうもの!」
シアルも剣を収めた。
盾にはコボルトの武器を受けた跡が残っている。
ガレスが倒れた二匹を確認してから、エリナたちを見る。
「お前ら」
三人がそちらを見る。
「よくやった」
エリナが少し目を丸くした。
ガレスはまずシアルを見る。
「一瞬の隙をついてよくやった」
「ありがとうございます」
次にテイルを見る。
「お前も無理に仕留めようとしなかったのはいい。護衛で一人だけ前に出るなよ」
「了解」
そして、エリナ。
「奥のやつ、よく見つけたな」
「……なんとなく、まだいる気がして」
「よく気づいた」
ガレスは森を見る。
「前の五匹だけ見てたら、奥の連中が何するか分からなかった」
エリナも森へ目を向ける。
最初の夜警で教わったことを思い出す。
全部を見ようとするな。
いつもと違うものを見る。
何か分からなくてもいい。
まず気づく。
今回は。
ちゃんと気づけた。
しかも、自分が撃った一矢で一瞬だけ流れが変わった。
ガレスとシアルがそれを逃さず倒した。
自分一人で倒したわけじゃない。
誰か一人が全部やったわけでもない。
「……これが護衛なのかな」
エリナが呟く。
「何が?」
テイルが聞く。
「みんなで守るってこと」
テイルが少し考える。
「まあ、そうなんじゃない?」
「そこはもっとそれっぽいこと言ってよ」
「俺もわからないからな。とりあえず今は護衛してたよ」
シアルが小さく笑った。
ガレスも少し口元を緩める。
「とりあえず、今夜は警戒を強めるぞ。逃げた連中が戻ってこないとも限らない」
「はい」
エリナはすぐに返事をした。
もう一度、森を見る。
怖い。
できれば二度と来ないでほしい。
一日目に自分で言っていた。
護衛なのに何も起きない、と。
今ならはっきり分かる。
何も起きない方が、ずっといい。
「……護衛って、何も起きない方がいいね」
テイルが吹き出した。
「今さら?」
「今、ちゃんと分かったの!」
四日目の夜。
エリナはようやく、自分たちが護衛をしているんだと実感していた。
次の日の朝、倒れていたコボルトからエリナは矢を回収した。




