第23話 初めての夜警は問題なし!――エリナ緊張、テイル通常運転、シアルは恋話
「お前ら、夜警は初めてだよな」
エリナたち三人を見る。
「やり方を説明する」
「お願いします」
エリナが答える。
ガレスは焚き火のそばにしゃがみ、小枝を一本拾った。
「まず、夜は必ず誰かが起きてる。全員寝るのはなしだ」
地面に簡単な丸を描く。
「見るのは荷馬車、馬、それから周り。何か見つけても、一人で確かめに行くな」
「魔物とか?」
「魔物でも、人でも、変な音でもだ。分からなかったら起こせ」
ガレスは焚き火を見る。
「あと、火は絶やすな」
「ずっと?」
「ずっとだ。明かりにもなるし、獣避けにもなる。大きくしすぎる必要はないけど、消すな」
シアルとテイルは普通に頷いている。
エリナだけが少し真剣な顔で聞いていた。
「二人とも知ってるの?」
「まあな」
シアルが言う。
「親に教わった」
「俺も一緒に聞いてた」
テイルも続く。
「なんで二人とも知ってるのよ」
「村出る前に言っただろ。シアルの親、元冒険者だって」
「それは知ってるけど」
エリナは少しだけ悔しくなった。
自分だけ知らないことが多い気がする。
ガレスが続ける。
「今日は三交代にする」
指を折る。
「最初が俺とエリナ」
「はい」
「次がルークとテイル」
「了解」
「最後がミレナ、セフィ、シアル」
シアルが頷く。
「三人なんだ」
エリナが言う。
「人数が八人だからな。毎回同じ組み方にする必要はない」
「ハインさんは?」
「依頼主に夜警はさせない」
ガレスが即答した。
荷馬車の向こうから、
「助かるよ」
とハインの声が飛んできた。
「聞いてたんだ」
テイルが笑う。
「聞こえるだろ」
ガレスは全員を見回した。
「じゃあ寝れるやつは寝ろ。もちろん寝れないやつも寝ろ。最初は俺とエリナだ」
エリナは少し背筋を伸ばした。
「はい」
しばらくすると、野営地は静かになった。
テントの中から小さな寝息が聞こえる。
焚き火がぱち、と鳴った。
エリナは弓を手元に置き、周囲を見る。
暗い。
思っていたより、ずっと暗い。
「……」
少し離れた茂みが揺れた気がした。
エリナがそちらを見る。
何も出てこない。
今度は後ろで枝が鳴った。
振り返る。
何もいない。
「緊張してるな」
ガレスが言った。
「してないです」
「してるだろ」
「……ちょっとだけ」
ガレスは焚き火へ小枝を足した。
「緊張しすぎるなよ」
エリナはまた周囲を見る。
「でも、何か見逃したら嫌だし」
「全部見ようとするな」
「え?」
「夜は全部見えない」
ガレスは暗い森の方へ目を向けた。
「見えないもんを見ようとすると、勝手に何かいるように見えてくる」
エリナはさっきの茂みを見る。
少し心当たりがあった。
「じゃあ、どうするんですか?」
「いつもと違うものを見る」
「いつもと違う?」
「音が急に消えた。馬が落ち着かない。風がないのに草が揺れた。そういうのだ」
エリナは少し考える。
森で感じた違和感に、少し似ている気がした。
「何かいるって分からなくても?」
「分からなくていい」
ガレスが言う。
「分からないなら、分からないまま仲間を起こせばいい。確認してからじゃ遅いこともある」
それは、どこかで聞いたことのある話だった。
リヴェルで最初の依頼を受けた時、リオネにも似たことを言われた。
「……分かりました」
「それと」
「はい」
「一人で何とかしようとするな」
ガレスはエリナを見る。
「夜警は敵を一人で倒す仕事じゃない。最初に気づく仕事だ」
エリナは少しだけ目を丸くした。
それから頷く。
「それなら、ちょっとできそうです」
「ちょっとか」
「まだ初めてなので」
「過信するよりずっといい」
ガレスが笑った。
少しだけ緊張が抜けた。
交代の時間になった。
ガレスがルークとテイルを起こす。
「何もなし」
「了解」
ルークが眠そうに伸びをする。
テイルは髪をさらに跳ねさせたまま出てきた。
「寒っ」
「火の前来い」
エリナは自分のテントへ戻る前に振り返った。
「テイル」
「ん?」
「変なの見えても一人で行かないでよ」
「なんで俺だけ?」
「行きそうだから」
「信用ないなあ」
「あるから言ってるの」
ルークが笑った。
「大丈夫。こいつがどっか行きそうなら止めとく」
「もうそういう扱いなの?」
エリナは少し笑ってからテントへ入った。
二番目の見張り。
ルークとテイルは焚き火のそばに座っていた。
「お前ら、本当に冒険者になったばっかなんだな」
ルークが言う。
「そうだよ」
「もうちょっと長いかと思った」
「なんで?」
「普通に動いてるから」
テイルは少し得意そうにする。
「まあ、俺たち才能あるし」
「自分で言うなよ」
「でも戦闘はそれなりにできるよ」
「それは見ればなんとなく分かる」
ルークは焚き火へ枝を足す。
「護衛は初めてなんだろ?」
「うん」
「戦うだけなら強いやつは結構いる。でも護衛って、戦わない方がいい時も多いからな」
「逃げるとか?」
「そう。荷物と依頼主守るのが仕事だから」
テイルは頷く。
「敵倒したけど依頼主死んでました、じゃダメってことね」
「そういうこと」
少し間が空く。
「ルークはC級になるまでどれくらいかかった?」
テイルが聞く。
「結構かかったぞ」
「結構って?」
「人によるから聞いても無駄だぞ」
「そういうもん?」
「依頼によってはすぐ上がったりするしな。信用を得るのが大事だ」
「信用が大事なんだな」
「信頼は実力込みの信用だからな」
ルークが笑う。
「お前、将来商人になるんじゃないのか」
「分からないけど情報は大事だろ」
「大事だがやっぱ商人の息子って感じするわ」
二人はそのまま、街の話や冒険者の話をしながら見張りを続けた。
特に何かが起こることもなく、二人の時間も過ぎていった。
最後の交代。
ミレナとセフィ、それからシアルが起きる。
ルークとテイルは簡単に引き継ぎを済ませた。
「何もなし」
「了解」
ミレナが周囲を見る。
シアルは焚き火へ薪を足した。
「慣れてるね」
セフィが言う。
「一応、親に教わったことがあるので」
「元冒険者なんだっけ?」
「はい」
「じゃあ夜警も?」
「練習ではしました。実際に護衛でやるのは初めてです」
ミレナが少しだけ頷いた。
「もうばっちり。気負ってないし」
しばらく三人で静かに見張る。
焚き火が小さく揺れる。
遠くで虫の声がする。
最初に口を開いたのはセフィだった。
「ねえ」
「はい」
「三人って、誰か付き合ってるの?」
「はい?」
シアルらしくない高い声が出る。
「……誰と誰がですか?」
「その反応なんだ」
セフィが笑う。
ミレナも少しだけ口元を緩めた。
「エリナちゃんと、シアル君とか」
「付き合ってません」
即答だった。
「じゃあテイル君とエリナちゃん?」
「それもないです」
「じゃあ三人とも何もないんだ」
「ないですね」
シアルは少し困ったように焚き火を見る。
「仲いいから、ちょっと気になって」
「一緒にいることは多いですけど」
「エリナちゃん可愛いし、テイル君は女の子に弱そうだし」
「それは合ってます」
「合ってるんだ」
セフィが笑った。
「シアル君は?」
「何がですか?」
「好きな子」
シアルは少し考えた。
「いないです」
「ほんとに?」
「今のところは」
「まだこれからか」
今度はミレナが少し笑って言った。
シアルが少し困る。
「そういうこと、あんまり考えたことなくて」
「十五歳だもんね」
セフィが言う。
「そういうものですか?」
「人によるけど」
少し沈黙。
シアルは逆に聞いた。
「青い灯はどうなんですか?」
セフィとミレナが顔を見合わせる。
「それは秘密」
二人の声が重なった。
「聞いといてそれですか?」
「新人にはまだ早いです」
「関係あります?」
「ある」
ミレナが即答する。
「ないと思いますけど」
セフィが笑った。
「先輩冒険者のいうことは聞いといたほうがいいよ」
「普通のアドバイスなら聞きますよ」
「それが正解」
夜が少しずつ薄くなっていく。
真っ暗だった空の端が、ゆっくり白み始めた。
鳥の声が一つ。
また一つ。
ミレナが空を見る。
「そろそろ朝」
シアルも立ち上がる。
馬も少しずつ動き始めていた。
テントの中から物音がする。
最初に出てきたのはガレスだった。
「何かあったか?」
「何もなし」
ミレナが答える。
「よし」
その後、ルーク、セフィ、テイル、エリナも起きてくる。
エリナは少し眠そうな顔で外へ出た。
「おはよう」
「おはよう」
シアルが返す。
テイルがあくびをする。
ガレスが全員を見る。
「この調子で何も起きないといいな」
エリナは明るくなっていく空を見る。
初めての護衛。
初めての夜警。
昨日まで知らなかったことを、少しだけ覚えた。
「よし」
オルミアまでは、まだ四日もある。
エリナは明るくなっていく街道を見ながら、もう一度小さく伸びをした。




