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白銀の足跡 ~少女の旅路~ 愛おしい冒険者生活  作者: 火年
第一章 リヴェルからエルフの街へ
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閑話3 エリナ、十二歳の夏――帰ってきたお兄ちゃんと、まだ見ぬ世界のお土産話

エリナが十二歳の頃。


ある日の夕方。

家の中に、突然大きな声が響いた。


「ただいまー」

扉が勢いよく開く。

エリナは台所から顔を出した。

そこに立っていたのは、大きな荷物を背負った青年だった。


「……おにーちゃん!」

「お、エリナ。元気だったか?」

「おかえり!」

エリナが駆け寄る。

奥から母も出てきた。


「レオン!? 帰ってくるなら連絡くらいしなさいよ」

「みんなで、たまには里帰りしようって話に急になってさ」

「なんの準備もしてないわよ」

「別に何もいらないって」


レオンは笑いながら荷物を下ろした。

突然帰ってくるのは、これが初めてではなかった。


忘れた頃になると、レオンはこうしてふらっと村へ帰ってくる。


「父さんは?」

「まだ外」

「ニールは?」

「遊びに行ってる」

「みんな元気そうだな」

レオンはエリナを見る。

「怪我とかしてないか?」

「してないよ」

「弓は?」

「ちゃんとやってる!」

「そうか」


レオンが少し嬉しそうに笑った。

「帰りに小さいボア狩ってきたから、みんなで食べようぜ」

「ボア!?」

エリナが目を輝かせる。


母はレオンが持ってきた肉を見ると、少し考えた。

「じゃあ、生姜焼きと味噌焼きにしましょうか」

「両方?」

「せっかくレオンが帰ってきたんだから」

「私も手伝う!」

「じゃあ野菜切って」

「はーい」


その日の夕食は、いつもよりずっと豪華になった。

焼いた肉の匂いが家中に広がる。

遅れて帰ってきた父と弟のニールも加わり、久しぶりに家族全員が食卓を囲んだ。


そして。


レオンが帰ってきた時、エリナにはいつも楽しみにしていることがあった。

「それで?」

エリナはレオンの隣に座る。

「今度は何見たの?」

「色んなものを見てきたぞー」

「聞かせて!聞かせて!」

レオンは少し考える。

「この前は、でっかい滝を見たな」

「滝?」

「すごいぞ。村の川なんか比べものにならないくらい水が落ちてくる」

レオンは両手を広げた。

「音もすごい。近くで話してても聞こえないくらい」

「へえー」


エリナは想像してみる。

けれど、村の川よりずっと大きいと言われても、いまいち想像できなかった。


「あと王都にも行ったぞ」

「王都!」

「でかい」

「どれくらい?」

「まず塀が高い!」

「どれくらい?」

「すごくだ!」

「次に店も人も多い」

「どれくらい?」

「とっても多いぞ、本当に数えきれないほどだ」

「よくわからないけど、すごそう!」


父が笑う。

「そんなにいっぱいあるのか?」

「いっぱいどころじゃないよ。人も馬車も店も、どこ見てもある」

「迷子になりそう」

「最初は迷うぞ」

「おにーちゃん迷子になった?」

「……最初の頃はな」

エリナが笑った。

「やっぱり!」

話はそれだけでは終わらない。


海の近くでは、魚を生で食べる店があったらしい。

「魚を生で?」

「うまかったぞ」

「お腹痛くならないの?」

「ならなかった」

「ほんと?」

「ほんと」

「俺は食べてみたい!」

ニールが横から口を挟んだ。

「えー」

「だってうまいんでしょ?」

「ニールは何でも食べるから」

「エリナが怖がりなんだよ」

「食べたくないだけ!」


エリナには少し信じられなかった。


海辺には、村では見たことのない鳥がいる。

泊まった街では、夜になってもたくさんの店に明かりがついている。

ものすごく長い橋を渡ったこともあるらしい。


「そんなに長い橋、何のために作るの?」

「向こうに行くためだろ」

「それは分かるよ」

「じゃあ何を聞いたんだ?」

「どれくらい長いの?」

「すごく長い」

「またそれ!」


母が笑った。

レオンの話は、いつもそんな感じだった。

見たことのない景色。

食べたことのない料理。

変わった街や、旅先で出会った人。

レオンが話すのは、そんなことばかりだった。


「そういえば今も三人で旅してるの?」

「いや。今は四人だな」

「四人?」

「俺と、剣使うのが二人。それと怪我を治すのが得意な奴」

「女の人?」

「そう」


「強いの?」

ニールが聞いた。

「強いぞ」

「おにーちゃんより?」

「怒るとおにーちゃんより強いかもな」

「おにーちゃん怒られてるの?」

「たまにな」

「やっぱり」

「なんで嬉しそうなんだよ」

エリナは笑った。


「この前は、道で子供を見つけてさ」

「子供?」

「迷子になってたから、村まで連れてった」

「助けたの?」

「まあ、そんな大げさなもんじゃないけどな」

「でも助けたんでしょ?」

「そうなるかな」

エリナは少し嬉しくなった。


「冒険者って、そういうこともするんだね」

「そりゃするよ」

レオンは味噌焼きを食べながら答えた。

「でも旅は面白いぞ。行く場所が変われば、景色も食べ物も全然違うからな」

「楽しい?」

「楽しい」

レオンはすぐに答えた。

「大変なこともあるけどな」

「そうだ。変な色の果物も食ったぞ」

と別の話を始めた。


その日は、いつもよりずっと遅くまで話していた。

母に、

「もう寝なさい」

と言われるまで。


翌朝。

「エリナ、弓見せてみろよ」

レオンに言われ、エリナはすぐに弓を持ってきた。

「いいよ!」

「ずいぶん自信あるな」

「練習してるからね」


二人で村の近くの森へ向かう。

レオンと一緒にウサギを狩るのは久しぶりだった。

しばらく歩くと、草の向こうに一羽見つけた。

レオンが小さな声で言う。


「いるぞ」

「分かってる」


エリナは弓を構えた。


普段なら、外すことだってある。

けれど今日は絶対に外したくなかった。

久しぶりに帰ってきた兄に、上手くなったところを見せたい。


息を整える。

狙う。

矢を放った。


「当たった!」

エリナは思わず声を上げた。

矢はウサギをきれいに射抜いていた。

レオンが近づいて確認する。


「おー」

それからエリナを見る。

「上手くなったじゃん」

「ほんと?」

「ほんと。前より全然いい」

エリナは少しだけ胸を張った。


「かなり練習したからね」

「やっぱ才能あるな。もっと上手くなるぞ」

「冒険者にもなれる?」

「ちゃんと続ければな」

レオンはウサギを持ち上げた。


「冒険者になれば、いろんな場所に行けるぞ」

「昨日言ってた滝も?」

「行ける」

「王都も?」

「行ける」

「海も?」

「行けるな」

「生の魚はちょっといいかな」

「試してみるのが真の冒険者だ」


エリナは笑った。

まだ見たことのないものばかりだった。

大きな滝。

王都。

海。

知らない街。

知らない食べ物。


「私も行ってみたいな」

「大きくなったら行けばいい」

「冒険者になって?」

「それもいいんじゃないか?」


帰ったあとは、仕留めたウサギを母と一緒に料理した。


その間も、エリナとニールはレオンの話を聞いた。

旅先の食べ物。

変わった店。

泊まった宿。

変わった人。

何度聞いても、話は尽きなかった。

けれど。

次の日の朝。

レオンはもう荷物をまとめていた。


「もう行くの?」

「ああ」

「帰ってきたばっかりじゃん」

「みんな待ってるからな」

エリナは少し不満そうにレオンを見る。


「もうちょっといればいいのに」

「また帰ってくるよ」

「いつ?」

「分からん」

「またそれ」

「決めてないからな」

「次も急に帰ってくるの?」

「その方が驚くだろ?」

「驚かせなくていい」


レオンは笑いながら荷物を背負った。

村の入口まで皆で見送りに行くと、ちょうど街へ向かう馬車が待っていた。


荷台には何人かの旅人と、その荷物が積まれている。

レオンは御者に声をかけてから、荷台へ乗り込んだ。

「じゃあ、行ってきます」

「いってらっしゃい」

皆が順番に声を掛けた。

馬車がゆっくり動き出す。

「おにーちゃん!」

エリナが声を上げる。


レオンが荷台から顔を出した。

「もっと弓練習するね!」

エリナは大きな声で言った。

「俺もなんか練習する!」

ニールも叫ぶように言った。

「おう! 二人ともがんばれよ!」

少し離れた馬車の上で、なんか練習するってなんだろうと思ってレオンは笑った。


エリナは手を振った。

馬車が道の向こうへ小さくなって、見えなくなるまで。


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