第20話 明日ついに出発!――その前に子フェンリルに会えなかったので干し肉だけ置いていきます
数日後。
エリナたちは依頼を終え、夕方になったリヴェルの冒険者ギルドへ戻ってきた。
受付へ向かうと、リオネが三人の姿を見つけて手を上げる。
「ちょっとこっち来て!」
「何かあった?」
エリナが聞く。
「明日、オルミア行きの護衛依頼が入ったんです。護衛補佐も三人必要だったので、取っておきました」
テイルがすぐに反応した。
「ほんと?」
「はい。受けますか?」
三人は顔を見合わせる。
シアルが先に頷いた。
「内容を見せてもらっていいですか?」
「もちろんです」
リオネから依頼書を受け取り、三人で確認する。
リヴェルからオルミアへ向かう荷馬車の護衛。
護衛を担当する冒険者が別にいて、エリナたちはその補佐として同行する。
予定していた通りの仕事だった。
「当然、受ける」
テイルがそう言うと、リオネは少し安心したように息を吐いた。
「まだ他には出してなかったので。三人なら受けると思って取っておいたんですけど、断られたら急いで募集しないといけないところだったので」
「取っておいてくれてありがとう。話しておいてよかった」
シアルが少し嬉しそうに言った。
明日。
本当にリヴェルを出る。
昨日まで準備をしていただけだったものが、急に目の前まで近づいてきた気がした。
詳しい集合時間や場所を確認し、三人は依頼を受けた。
ギルドを出ると、空は少し赤くなり始めていた。
「じゃあ今日は早めに戻って荷物確認するか」
シアルが言う。
「そうだな。足りないものがあると困るからな」
テイルも頷く。
エリナも一度は頷いた。
ふと足を止めると、街の外へ続く道の向こうに夕暮れの森が見えた。
エリナはなんとなくそちらを見る。
明日からは、もうしばらくあの森へ来ることもない。
「……ねえ」
二人が振り返った。
「どうした?」
「ちょっと森、行かない?」
「今から?」
テイルが聞く。
「うん」
「何しに?」
少し言いにくそうにしてから、エリナは答えた。
「あの子、もう一回くらい会えないかなって」
「あの子?」
テイルが一瞬考える。
「フェンリル?」
「子供の方」
シアルが空を見る。
「行っても会えるとは限らないぞ」
「分かってる」
エリナもそれは分かっている。
最初に会った時だって、いつでも姿を見せていたわけではない。
「でも、一応行ってみたい」
テイルがシアルを見る。
シアルは少し考えてから頷いた。
「暗くなる前までな」
「うん!」
エリナの返事が少し明るくなった。
森へ向かう前に、三人は食料を扱う店へ寄った。
エリナは並んでいる干し肉を見比べる。
いつも買っている安いもの。
その隣に、少しだけ色のいい干し肉が並んでいた。
値段も少し高い。
エリナはしばらく見比べてから、高い方を手に取った。
「そっち買うの?」
テイルが珍しそうに聞く。
「今日はちょっとくらいいいでしょ」
「最後の晩餐にしては質素だな」
「これくらいがいいでしょ」
「いつもなら値段見て安い方だからな」
「あの子にも、会えたらいいのあげたいし」
「会えるといいな」
「うん」
エリナが笑って答えた。
森へ入るころには、日もだいぶ傾いていた。
三人は以前子フェンリルと会った辺りまで歩く。
見覚えのある切り株もまだ残っていた。
けれど。
白い姿はない。
「いないね」
エリナが周囲を見る。
茂みの奥。
木の陰。
以前感じたような視線は今はない。
「まあ、そうそう会えるもんじゃないだろ」
シアルが言う。
「分かってるけど」
エリナはもう一度辺りを見回した。
もしかしたら、また突然姿を現すかもしれない。
三人は切り株の近くで夕食を取ることにした。
持ってきた鍋に水を入れる。
そこへいつもより少し高い干し肉。
そしてササクレキノコ。
エリナがキノコを細かく刻んで入れていく。
「最後なのに、結局これなんだな」
テイルが鍋を見ながら言った。
「何が?」
「干し肉とササクレキノコ」
「いいでしょ。おいしいんだから。それにいつもよりいい干し肉だよ」
「さらにうまくなったらいいな」
シアルも鍋を覗く。
ササクレキノコのおかげで、硬かった干し肉も少しずつ柔らかくなっていく。
三人は出来上がった夕食を食べながら、時々森の奥を見た。
けれど。
やっぱり子フェンリルは現れない。
匂いで来てくれたらいいなと思っていた。
「来ないね」
食事を終えたころ、エリナが言った。
「そうそう会えるなら、フェンリルの目撃情報もっと多いだろ」
テイルが答える。
「それはそうなんだけど」
エリナは空を見上げた。
木々の向こうに見える空は、もうかなり暗くなっている。
シアルが立ち上がった。
「そろそろ戻った方がいい」
「うん」
エリナもそれ以上は粘らなかった。
明日は朝から護衛の仕事がある。
暗くなってから森を歩く理由もない。
荷物をまとめる。
それからエリナは、店で買ったいつもより少し良い干し肉を取り出した。
テイルが気づく。
「置いてくの?」
「うん」
「来るか分からないぞ」
「分かってる」
エリナは以前干し肉を置いていた切り株の前にしゃがんだ。
少しくぼんだところへ干し肉を置く。
そのままだと鳥に見つかりそうだったので、近くにあった大きな葉を一枚、その上へ軽くかぶせた。
「これでいいかな」
「ここにあるって気付くか?」
テイルが聞く。
「前もここに置いてたから……」
「別の動物が食べるかもしれないぞ」
シアルが言う。
エリナが振り返る。
「そういうこと言わないでよ」
「可能性の話だろ」
「今日は言わなくていいの」
シアルは少し笑った。
エリナはもう一度、切り株を見る。
無駄になるかもしれない。
誰か別の動物が食べてしまうかもしれない。
それでも、何も置かずに帰るよりはよかった。
「じゃあ行こうか」
三人は森を出る道へ歩き始める。
少し進んだところで、エリナは一度だけ振り返った。
切り株はもう木々の間に隠れかけている。
白い姿は、最後まで現れなかった。
「……またね」
小さく言う。
近くにいても聞こえないくらいの声で。
テイルが少し先から振り返った。
「エリナ、置いてくぞー」
「今行く!」
エリナは二人のところまで走った。




