第12話 キノコ採取とフェンリルとの再会
エリナたちは、いつものようにギルドの依頼ボードの前に立っていた。
「今日は何にしよっか?」
「報酬が良くて楽なの探そう」
テイルが依頼書を一枚ずつ眺めていく。
エリナもその隣で目を動かしていた。
討伐。
荷運び。
採取。
「あ」
一枚の依頼書で目が止まった。
「マツノキノコの採取だって」
「知ってるのか?」
シアルが聞く。
「うん。いつもウサギ狩りしてた辺りによく生えてたよ」
テイルが振り返る。
「今まで採ってなかったよな?」
「え?」
「見つけてたんだろ?」
エリナは少し考えた。
「だって、おいしい調理法が思いつかなかったから」
沈黙。
テイルが吹き出した。
「食べられるかは大事だもんな!」
「それ以外ある?」
「もう忘れたのか? 食べる以外に売るって選択肢もあるだろ」
シアルまで笑っている。
「何がおかしいの?」
「いや。エリナらしいなと思って」
「それ、褒めてるの?」
「なんか和むなって」
「なにそれ」
エリナはもう一度依頼書を見る。
必要な数も多くない。
これくらいならすぐ見つかりそうだ。
「ついでにウサギも見つかるかもしれないし、これにしよ」
「場所分かるなら問題ないだろう。今日はこれにしよう」
三人は依頼書を持って受付へ向かった。
リオネは内容を確認すると、いつものように受領の手続きを始めた。
途中で、ふと手を止める。
「そうだ。あなたたち、今日は少し気をつけてね」
声の調子が変わった。
三人の表情も自然と引き締まる。
「この前報告してくれたゴブリンの件なんだけど」
「あの遠征の帰りに出くわしたやつ?」
テイルが聞く。
「ええ。周辺を調べてもらったら、やっぱり近くに巣があったみたい」
「巣……」
エリナは思わず小さく呟いた。
前に会ったゴブリンは一匹だけだった。
シアルとテイルが、ほとんど危なげなく倒した。
けれど。
巣となれば、話は違う。
以前リオネにもそう言われている。
「今はギルドが専門の冒険者を呼んで、討伐の手配をしてるところ」
リオネは三人を順番に見る。
「ゴブリンは増えるのが早いから、巣の周りの様子を見ている個体がいるかもしれない。今日行く場所は巣から離れてるけど、頭には入れておいて」
「分かりました」
エリナが頷く。
シアルも続く。
「見つけても追わない」
「そうしたほうがいいわ」
「一匹でも?」
テイルが聞く。
「状況次第。倒せそうでも、ほかにいるかもしれないでしょ」
「なるほど」
今度はテイルも素直に頷いた。
三人はギルドを出た。
森へ入るころには、朝の空気も少し暖かくなっていた。
木漏れ日が地面へ落ち、鳥の声があちこちから聞こえてくる。
エリナは周囲を見回しながら歩く。
「この辺なんだけどなあ」
「そんな簡単にあるのか?」
「あるときはいっぱいあるよ」
少し進んだところで、エリナがしゃがみ込んだ。
「あった!」
木の根元に、小さな茶色いキノコがいくつかまとまって生えている。
「これがマツノキノコ?」
テイルが覗き込む。
「そう。傘の端が少し丸まってるでしょ」
「言われても分からん」
「ちゃんと見れば分かるよ」
「その台詞、前にも聞いた気がする」
「そうだっけ?」
「なんか記憶にある」
エリナは一つずつ状態を確認しながら採っていく。
傷んだものは残し、形のいいものだけを籠へ入れる。
少し場所を移すと、また見つかった。
その次も。
「思ったより早かったな」
シアルが籠を見る。
「もう依頼分あるんじゃないか?」
エリナが数える。
「うん。ちょっと多いくらい」
「じゃあ帰る?」
「せっかく森まで来たし、ウサギ探したい」
「うさぎ好きだね」
テイルが笑った。
三人が歩き出した、そのときだった。
がさがさッ!
すぐ近くの茂みが大きく揺れた。
三人の足が止まる。
シアルが剣を抜き盾を前へ。
テイルも剣を抜く。
エリナも反射的に矢をつがえた。
さっきまでの笑い声が、一瞬で消える。
また、ゴブリン。
そう思った。
茂みがもう一度揺れる。
エリナは弓を引く。
白いものが飛び出してきた。
「……え?」
小さな体。
真っ白な毛。
光を受けて、淡く銀色に見える。
そして。
ちぎれそうなほど振られている尻尾。
「あーっ!」
エリナが弓を下ろした。
「元気だったー!」
「もう伝説級な気がしない」
テイルも剣を下ろす。
子フェンリルだった。
前に会ったときより、少しだけ毛並みがよくなっているように見える。
子フェンリルは三人を見つけると、迷うことなく駆けてきた。
「覚えてたの?」
エリナがしゃがむ。
子フェンリルはそのままエリナの周りを一周すると、足元へ体を擦りつけた。
「覚えてるっぽいな」
テイルが笑う。
一方でシアルは、森の奥を見ていた。
「……親は?」
その一言で。
テイルの顔から笑みが少し消えた。
「いる?」
「分からん」
「いたとしても、急に襲ってくることはないとは思うけど」
テイルまで周囲を見回し始める。
エリナは子フェンリルの頭を見ながら言った。
「今日は大丈夫なんじゃない?」
「その根拠どこから出てきた?」
「なんとなく」
「一番信用できなそうで信用できる気がするやつだな」
結局、親フェンリルが現れる気配はなかった。
三人は少し早めの休憩を取ることにした。
エリナが小鍋を出す。
保存食の干し肉を細かく切り、持ってきた野菜と一緒に煮る。
「またスープ?」
テイルが聞く。
「この子、この前好きだったから」
「完全にこの子のためじゃん」
「かわいいからしょうがないじゃん」
煮立ってくると、いい匂いが広がった。
子フェンリルは鍋のすぐ近くまで寄ってくる。
「まだ熱いよ」
エリナが手で止める。
子フェンリルは座った。
けれど尻尾だけは動き続けている。
「分かってるのかな」
テイルが言う。
「たぶん」
「賢いな」
シアルも少し感心したように見た。
「この子、すごいモフモフしてるから触ると気持ちいいよ!」
テイルも「どれどれ」と手を伸ばす。
「うわ、なんだこれ。ふわふわっていうか、もふもふっていうか……すげえな」
二人がモフモフしているのをシアルが見ている。
「シアルも触ってみろよ、伝説のもふもふだぞ!」
子フェンリルはなぜかシアルを見てワンと一吠えした。
「触っていいよって言ってるんじゃない」
モフモフしながらエリナが言った。
「一応、触っておくか」
シアルも子フェンリルの背中へ手を伸ばした。
少し撫でて。
「……すごいな」
「だろ?」
「思ってたよりずっと柔らかい」
そう言いながら、三人は順番に子フェンリルをなでていた。
出来たスープを小さな器へ入れる。
子フェンリルは一度匂いを嗅いでから、すぐに舐め始めた。
ぺろぺろぺろぺろ。
「相変わらずすごい勢い」
エリナが笑う。
三人もそれぞれ器を持つ。
森の中で。
三人と一匹。
誰かが特別なことを話すわけでもない。
ただスープを飲みながら、ときどき子フェンリルを見る。
エリナはなんだか嬉しかった。
しばらくして。
シアルが空を見上げた。
「そろそろ戻るか」
「もう?」
エリナが言う。
「依頼分は集まった。それに、この子もいつまでもここにいたら親が心配するかもしれない」
シアルは子フェンリルを見る。
「そろそろ帰った方がいい」
子フェンリルが首を傾げた。
「やっぱり話分かってるんじゃない?」
テイルが言う。
子フェンリルは少しだけ三人を見たあと、森の奥へ歩き出した。
途中で一度振り返る。
「またねー!」
エリナが大きく手を振る。
子フェンリルの尻尾が、ぱたぱたと揺れた。
それから白い小さな体は、木々の向こうへ消えていった。
「今日は大きい方はこなかったな」
テイルが言う。
エリナが森の奥を見る。
「様子は見てたのかな?」
「その可能性はありそうだね」
「もしそうなら、ずっと遠くで見てるくらいにしてほしいね」
シアルが籠を持ち上げる。
「そういや、前にもらった石、まだギルドに預けたままだよな」
とシアルが思い出したように言った。
「あ、忘れてた。今度受付で聞いてみよう」
テイルが伸びをする。
「さて、依頼も終わったし、そろそろ帰ろうぜ」
「うん」
エリナも立ち上がった。
籠には、きちんと依頼分のマツノキノコ。
ウサギは結局見つからなかった。
三人は森をあとにする。
そのころ、ゴブリンの巣を討伐するために呼ばれた冒険者の一行が、ちょうどリヴェルの街へ到着していた。
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