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第5話 脱獄聖女と港町のフィクサー

1. 地下牢の「怪力聖女」


 関所の山肌を文字通り「消し飛ばした」前代未聞の爆破テロ容疑。その主犯格としてエリーゼとアルトリウスが連行されたのは、軍事国家メリディウスの重要拠点、港町ポート・アンカーの地下深くに作られた牢獄だった。


 天井の岩肌からは絶えず塩分を含んだ海水が滴り、湿った空気とカビの臭い、そして囚人たちの絶望が混ざり合った独特の異臭が鼻を突く。ポタリ、ポタリと不規則に落ちる水音が、静寂の中で異様に大きく響いていた。エリーゼは錆びついた鉄格子を、親の仇かというほど鋭い視線で睨みつけていた。


「……ありえないわ。私はただ、通り道を……ちょっとばかり親切心で……、作ってあげようとしただけなのに……」


 エリーゼはまだ何かしらブツブツと文句を言っていたが、事の重大さに気付くと、ため息をつきながら小さく呟いた。


「……いえ、やらかしてしまったわ。笑えない失敗だった……。でも最悪。私の人生計画、いきなり大幅修正が必要だわ」

「そう落ち込むな、エリーゼ。君のあの一撃があったからこそ、私たちはこうして無事に関所を越え、ポート・アンカーまで辿り着けたのだから。しかし、関所の人たちがみんな無事で本当によかった。あれは奇跡に近い」

「……そうね、ほんと、ヤバかったわ……」


 エリーゼは、自分が放った魔力が予想を遥かに超えて山そのものを崩落させた光景を思い出し、冷や汗を拭った。


(マズイわね……。ここまで制御が効かないなんて……!)


 これまで、これほど自由に自身の魔力を解放したことが無かったエリーゼは、その扱いの難しさに初めて直面し、混乱していた。ただ、関所での騒動の中で怪我人が一人もいなかったことだけが、辛うじての救いであった。


 一方のアルトリウスは、牢の片隅で、泥に汚れたマントさえも優雅にまとい、まるで王宮の寝所にでもいるかのように静かに座っていた。その高潔な佇まいは、薄暗く不潔な牢獄の中で異様なほどに白く浮き上がり、ここが犯罪者を収容する場所であることを忘れさせるほどの気品を放っている。


 それから、数時間が経った。


 膝を抱えてしばらく塞ぎ込んでいたエリーゼだったが、ふと隣を見ると、牢獄の中でさえ優雅な佇まいを見せるアルトリウスが目に入った。その姿を見ているうちに、エリーゼは徐々に落ち着きを取り戻していくのを感じた。


「……よし!」


 エリーゼは両手で頬を叩くと、立ち上がって再び元気な声を上げた。


「でも、ヤバいことに変わりないわ。私を励ましてくれるつもりなら、今すぐここから出して!いやよ、こんなところで人生が終わるなんて!私には世界に名前を轟かせるっていう壮大な計画があるんだから!」


2. 詐欺師ジークの提案


「おいおい、お嬢ちゃん。そんな可愛い顔して『爆破テロの聖女』なんて、穏やかじゃねえな。いやぁ、その名が世界に轟く日も近そうだ。ははは、冗談。だが悪い名で轟かせないためにも、その『怪力』、俺たちのために使ってみねえか?」


 二人のやり取りに、隣の房から面白そうだと言わんばかりの声が割って入ってきた。薄暗い闇の中で、紫のバンダナを緩く巻き、ニヒルな薄笑いを浮かべた青年、ジークが姿を現す。彼は牢の壁に背を預け、手遊びのように錆びた鍵を指先で器用に回しながら、好奇心に満ちた猫のように二人に話しかけてきた。


「誰よあんた?……私に協力しろってこと?」

「俺はジーク。伊達に世界を渡り歩いちゃいない。ちょっとした『抜け穴』と、この街の『歩き方』を知ってる男さ。あんたと同じ、何というか手違いの冤罪でここに入れられちまった可哀想な男なんだよ。お嬢ちゃんがその剛腕でこの鉄格子をブチ壊してくれれば、俺様がここから安全な出口まで案内してやるよ。悪い話じゃないだろ?」


 エリーゼはジークの胡散臭い感じに露骨な警戒感を抱いたが、アルトリウスは目をつむり、彼の声をジッと聞いていた。


「いや、ここは彼を信じてみよう、エリーゼ」


 アルトリウスは目を開くと、そう言った。


「彼はただの悪党という気がしない。何か目的を持ってここにいる、そんな意志を感じる」

「なにそれ?なんで、そんなことわかるのよ」

「直感でしかないが、彼の声は…、私には何か懐かしさや心地良さを感じるんだ。それに、それは君にも…、エリーゼにも感じたことだよ」


 アルトリウスは、ジークの言葉の端に、失われた記憶の底で穏やかに響くような、何かしらのつながりを無意識に、しかし確かに感じ取っていた。


 エリーゼは多少迷いはしたものの、アルトリウスに静かに促されたことで渋々拳を握りしめた。


「……いいわ。ただし、変な真似したり私を置いて逃げたりしたら、あんたの鼻柱を燃やすからね!」


3. 裏社会のフィクサー、バルトロ


「せいッ!!」


 看守の交代時間に訪れる、わずか十五分の隙間。地下牢に鼓膜を震わせる轟音が響き渡り、頑強な鉄格子は飴細工のように粉々に砕け散った。三人は騒ぎが大きくなる前に、ジークが熟知している排気ダクトへと飛び込んだ。ホコリまみれの狭い通路を、エリーゼがドレスの汚れに悲鳴を上げながら這い進み、ようやく外の空気を吸った。


 ジークの案内で、潮風と魚の生臭さが漂うポート・アンカーの複雑な裏路地を縫うように走り、辿り着いたのは、街の喧騒から隔絶された時計塔の裏手にある隠れ家だった。重厚な黒鉄の扉を開けた先には、地下牢の不潔さが嘘のような、磨き上げられたアンティーク調度品に囲まれた一室が広がっていた。壁にかかった古い振り子時計が、規則正しく時を刻んでいる。


 豪華な革張りのソファに深く腰掛け、琥珀色の液体が揺れるクリスタルグラスを傾けていたのは、短く整えられた渋い髭を蓄えた男、バルトロだ。


「……ジークか。また厄介な『お土産』を連れてきたな」


 バルトロはグラスを置き、アルトリウスたちを冷ややかな、しかし全てを見透かすような鋭い鷹の目で見ていた。


「まあそう言うなよ、バルトロのダンナ。こっちは関所を粉砕したっていう『爆破テロの聖女』と、その用心棒だぜ?いやあ、掘り出しモンでしょ」


 ジークの言葉にバルトロが鋭く一瞥する。その射抜くような視線に、反射的にジークは背筋を伸ばした。


「……って、誰が用心棒なのよ!私はエリーゼ、こっちは私の従騎士アルトリウスよ!あんたこそ、そんな偉そうにして、何者なの?」


 エリーゼはバルトロが放つ圧倒的な威圧感に気圧されることなく、堂々と腰に手を当てて胸を張った。


 バルトロはその不敵な態度を鼻で笑い、視線をアルトリウスの鎧へと移した。その瞬間、彼の眼光がこれまでにないほど鋭く細められた。


(エグザルティアの紋章……それにこの獅子の意匠……。ほう、面白い)


 バルトロは、独自の広大な情報網を駆使して、近頃の王宮内でうごめく不穏な影をいち早く掴んでいた。この目の前の騎士が、その渦中にいた者である可能性を、彼はわずか数秒で悟る。


「なるほど、素晴らしい。爆破テロ犯とその『従騎士様』か」


 バルトロは立ち上がり、アルトリウスの目の前に立った。


「いいだろう。君たちは、俺が『貸し』を作るにふさわしい、最高に面白い逸材だ。いずれにせよ、今このままお前たちを帰すのは得策ではなさそうだな」


 バルトロの重厚な声が、密閉された隠れ家に低く響き渡る。


「よし、匿ってやろう。……ただし。俺への『利息』は高くつくぞ。まずは、その自慢の怪力で、俺が手配した荷の積み込みでも手伝ってもらおうか?」


4. 旅立ちの汽笛


 翌朝。ポート・アンカーの港には、朝霧の中に巨大な家畜運搬船が不気味な影を横たえていた。


 バルトロの手配により、軍の追っ手の目を逃れて海路から街を脱出する手筈が整ったのだ。行き先は海を隔てた街、フリーヘイヴン。


 デッキの片隅、藁山が積まれた場所に、不機嫌そうなエリーゼと、相変わらず涼しい顔をしたアルトリウス、そしてどこまでも調子の良いジークが立っていた。


「……なんで私が、牛や馬と一緒に家畜小屋みたいな船に乗らなきゃいけないのよ!」

「まあまあ、お嬢ちゃん。これも追っ手をまくための『裏の特等席』ってやつさ。これなら騎士団も鼻をつまんで近寄っても来れねえよ」


 ジークが笑いながら霧の向こうを指差す。その先には、広大な海と、まだ見ぬ新たな冒険の舞台が広がっていた。


 アルトリウスは懐のオーブにそっと触れ、遠ざかるポート・アンカーの街並みを無言で見つめた。バルトロが自分を見た時の、あの何かを確認するような鋭い視線。それが何を意味していたのか、記憶のない今の彼には知る由もなかった。


 運搬船が重厚な汽笛を鳴らし、海面を震わせながらゆっくりと岸壁を離れていく。彼らの旅は、裏社会のフィクサーの思惑と、牛たちの鳴き声を乗せて、次なる混沌へと漕ぎ出した。


ご覧いただきありがとうございました!

次回の第6話は、この後【18:40】に更新予定です。

■第6話 (幕間)不穏な影


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