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第4話 勇気と浅知恵の代償

1. 調査任務と「エコー・グロット」の惨劇


 王都アゼルロードを囲む険しい山脈の裾野に、その忌まわしい口は開いていた。「エコー・グロット」という名の、かつては美しい残響を奏でる観光名所として親しまれたその洞窟は、今や湿った不快な冷気と、死の匂いが肌を刺す恐るべき魔窟へと変貌を遂げていた。


 最近になって周辺で急増した魔物の出どころを突き止めるべく、時の国王アランが発した厳命に基づき、アゼルロード騎士団を主軸とした大規模な調査隊が編成された。


「……ったく、新入りだからって最後尾なんて。私たちの実力を完全に見くびっているわね。あの門番、後で覚えてなさいよ」


 湿り気を帯びたぬめるような岩壁を睨みつけながら、エリーゼが不服そうに唇を尖らせる。


 だが、騎士団側にも切実すぎる事情があった。これまでに派遣された数々の先行調査隊の多くが音信不通となって消息を絶ち、生還した数少ない戦士たちの証言も「洞窟の途中に巨大な奈落があり、そこから無尽蔵に魔物が溢れ出してくる」という絶望的なものばかりだったからだ。


 洞窟の入り口付近では、傷ついた戦士たちが松明の明かりの下で恐怖に震えながら囁き合っていた。


「あの穴を物理的にふさがない限り、アゼルロードは魔物の海に飲み込まれるだろう……」

「だが、あの巨大な番人が穴の前に立ちはだかっている以上、近づくことすら叶わん。あれはもはや生き物ではない、岩の化身だ……」


 その悲観的な声を背中で聞きながら、エリーゼは隣で静かに剣の柄に手をかける白銀の騎士を振り返り、ニヤリと不敵に笑った。


「聞いた?アルトリウス。ようやく私たちの出番よ。退屈な行列はおしまい。一気に最前線まで駆け抜けて、その『穴』とやらを拝んでやりましょう!」


2. 巨大な洞穴の死闘


 洞窟内部は、闇の中から容赦なく飛びかかる魔物たちの咆哮と、それに抗う兵士たちの怒号で満ちていた。しかし、最後尾にいたはずの二人が弾かれたように動き出した瞬間、戦況の色彩は一変した。


 アルトリウスの剣が、まるで闇そのものを切り裂く閃光となって一振りで数体の魔物を一掃し、その背後からエリーゼが、漏れ出た敵を拳一つで木っ端微塵に粉砕していく。周囲の兵士たちが戦うことを忘れて唖然とする中、二人はあっという間に調査隊を追い抜き、最深部の大空洞へと到達した。


 田舎の村での生活で、隠すように抑えてきた自身の能力。それを誰に遠慮することもなく解き放てる全能感。エリーゼは一種の高揚すら覚えていた。


「口ほどにもないわね。このペースなら余裕じゃない?」


 エリーゼが強気の笑みを浮かべた直後、前方の空間が大きく開けた。そこには、禍々しい紫色の光を放つ底知れぬ大穴と、それを守護するように鎮座する、岩山のような巨躯を持つ魔獣が待ち構えていた。


「なによこれ……出てくる数が多すぎるわよ!……穴じゃなくて、湧き水じゃない!」


 穴からは、小型の魔獣が奔流のように溢れ出しており、洞窟全体を震わせるほどの唸り声を上げている。


「エリーゼ、下がって!ここは私が抑える!」


 アルトリウスは短く叫ぶと、重厚な鎧を感じさせない速さで巨大な魔獣へと肉薄した。彼の剣が魔獣の硬質な皮膚を深く切り裂くが、魔獣は傷口から黒い闇を噴き出しながら、さらに狂暴な咆哮を上げる。もう一息。アルトリウスが勝利を確信し、最後の一太刀を振るおうとしたその瞬間。


「なかなかしぶといわね……アルトリウス、そこをどいて!私が一発で決めてあげるわ!」

「待て、エリーゼ!ここでその魔力は――」


 アルトリウスの必死の制止は、大気を震わせる不穏な魔力の収束音にかき消された。エリーゼの右拳に集められた魔力は、もはや一つの小さな太陽のような、目を焼くほどの輝きを放っていた。


3. 崩落と残響のオーブ


「せいッ!!」


 放たれた衝撃波は、巨大な魔獣を肉片一つ残さずこの世から消滅させ、そのまま背後の「底なしの穴」ごと奥の岩壁を徹底的に粉砕した。


 しかし、閉鎖された洞窟内での過剰なエネルギー解放は、取り返しのつかない最悪の事態を招く。


「……あ」


 エリーゼが呆然と声を漏らした瞬間、ズズズ……という、胃の底に響くような地鳴りが始まった。天井から、家一軒分はあろうかという巨岩が、雨のように降り注ぎ始める。


「エリーゼ、こっちだ!走れ!」


 アルトリウスが咄嗟に彼女の腕を引き寄せ、崩落する岩肌の間を縫うようにして、唯一残った逆方向の通路へと飛び込んだ。背後では、本隊との道を完全に遮断する凄まじい土煙と、巨大な岩の壁が積み上がっていく。


 死に物狂いで崩落の連鎖から逃げ続ける最中、砕けた壁の瓦礫の中から、鈍い光を放つ小さな「オーブ」が転がり出た。アルトリウスの手が、何らかの意志に引かれるようにして、吸い寄せられるようにそれを掴む。


(なんだ、この感覚……懐かしい、温かな光だ……)


 その不思議な既視感に足を止めかけたが、頭上から降り注ぐ小石が彼を現実に引き戻した。アルトリウスはオーブを咄嗟に懐へ押し込むと、光の漏れる出口を目指してエリーゼの手を強く引き、闇を駆け抜けた。


4. 浅知恵の代償と「爆破テロ」


 命からがら洞窟の外へ転がり出した先は、王都とは正反対側、軍事国家メリディウス領の関所近くであった。全身煤(スス)まみれで、どう見ても不審者以外の何者でもない二人に、重武装の衛兵たちが一斉に冷たい視線を向ける。


 ひとまず、人気のない裏路地に移動すると、エリーゼが珍しく弱音を吐いた。


「……さっきのは…、やっぱりやりすぎちゃったかな?みんな無事かしら……」

「仕方ない。それに、みんな精鋭だった。大丈夫。彼らの幸運を信じよう」

「でも……」


 アルトリウスはエリーゼを気遣って言った。だが、エリーゼは自身の発した魔力の制御が効かなかったことにショックを受けているようであった。


「それより、今はこの窮地をどう乗りきるかだ」


 アルトリウスは気持ちを切り替えるようにそう言って立ち上がると、あたりを見回した。


 当然ながら、身分証も通行許可証もない。背後の洞窟は完全に埋まっており、戻る道は断たれている。衛兵たちは「よそ者は一歩も通さん。怪しい奴は捕縛する」と冷たく言い放つ。


 少し間をおいて気を取り直したエリーゼは、再び「最短で効率的」な回路を脳内で回し始める。


(……このままじゃマズイわ。二人とも捕まっちゃう。私が何とかしなきゃ……。そうね……)


 しばらくしてエリーゼは顔を上げ、アルトリウスの方を向いた。


「ねえアルトリウス、名案を思いついたわ。私に任せて」


 彼女はイタズラっぽく言うと、ニヤリと不敵に笑った。


(真正面がダメなら、横に『新しい道』を自分で作ればいいのよ。フフ、少しだけ岩山を削って、裏道を通れば誰にも見つからないわ。……私だって少しは役に立つのよ――)


 エリーゼが右手を掲げ、紫の魔力を練り始めた。小さいが圧倒的なエネルギー。その右手のオーラが次第に輝きを増していく。それを見たアルトリウスが「まずい」と気づき、止めるべく手を伸ばした時にはもう遅かった。


「ちょっとだけ道を作らせてもらうわ…… 。――せいッ!」


 ドォォォォォォォン!!


 しかし、洞窟での反動か、それとも疲労か。放たれた一撃は岩壁を削るどころか、メリディウスの強固な関所を真正面から飲み込み、山肌ごと巨大な火柱を上げた。


 静まり返る一帯。そして――。


「止まれ!テロリストだ!応援を呼べ、アゼルロードからの宣戦布告か!」


 燃え盛る火柱の前で、真っ白な灰を被って唖然と立ち尽くすアルトリウスと、予想以上の大惨事に口を半開きにしたエリーゼ。


「……違うの。私はただ、通り道を……ちょっと親切心で……」


 エリーゼの蚊の鳴くような言い訳は、四方八方から駆け寄る数百人の衛兵たちの怒号と、鳴り響く警告の鐘にかき消された。


 アルトリウスは全てを察し、もう抵抗はしなかった。潔く衛兵たちに従うアルトリウスと、か細い声で未だに何かと言い訳を続けるエリーゼ。二人は抱えられるようにして連れて行かれた。


 こうして、二人の輝かしい(はずの)冒険は、隣国の冷たい鉄格子が待つ地下牢へと引きずられていく形で、最悪の幕開けを迎えることとなった。


ご覧いただきありがとうございました!

次回の第5話は、この後【12:10】に更新予定です。

■第5話 脱獄聖女と港町のフィクサー


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