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第27話 (幕間)消えゆく灯火、守護者残照

1. 辺境の「静寂」と、揺らぐ光


 王都エグザルティアの喧騒から遥か遠く、北方の険しい山嶺に抱かれた小さな村、ノースウォール。


 かつて邪神の侵攻が最も激しかったこの地は、現在、不気味なほどの静寂に包まれていた。邪神ルミナリス・シャドウが封印され、魔物の軍勢が引き始めた世界は、今まさに勝利の歓喜に沸いていた。しかし、この村の老人たちは、未だ夜ごと広場に集まり、村を囲う古い石柱の結界を不安げに見上げていた。


 その結界は、数カ月前、まだウィルが「聖君」として君臨していた頃に、彼自らが軍を率いてこの地に刻んだものだった。


 当時、王都ではすでに邪神の影がうごめき始めていたはずだが、この辺境に築かれた障壁には、混じりけのない清浄な魔力が宿っていた。邪神に蝕まれつつあったウィルが、最後に残された理性を振り絞り、自身の魂を削り取って村に授けた「守護」の遺産。それが今、かつてないほどに揺らぎ、淡く明滅を繰り返している。


「……また、少し色が薄くなったな」


 村長が嘆息し、杖を握る手に力を込める。


 王都からは「ウィル王は大罪人であった」という報が届いている。だが、この極寒の地で凍え、魔物に怯えていた民にとって、彼は自分たちを救った「唯一の王」であった。彼が残した障壁があったからこそ、この村は灰にならずに済んだのだ。その光が消えることは、彼らにとって王の「本当の死」を意味していた。


「……ウィル様」


 村人たちは、かつてのウィル王を思い、弱まる光を眺めながら言葉を失っていった。


2. アシュベリーの灰、シルヴァの沈黙


 その頃、南端の「灰の街」アシュベリーにおいても、同じ現象が起きていた。


 街の至る所に瓦礫が積み上がり、もはや人の気配は微塵もないほど静寂に包まれた、文字通り廃墟となったアシュベリー。降り積もる灰は街全体を白く染め上げ、まさに死の街と呼ぶに相応しい様相を呈していた。


 そんな一面を白く塗り潰す灰の海の中。点々と残された古い防壁の残骸があった。そこにもまた、かつてウィルが施した「国民を守るための術式」が刻まれていた。


 シルヴァは、仮面の下で目を細め、その術式が刻まれた石壁にそっと手を置いた。


 指先から伝わってくるのは、凍てつくような冷気と、消えかかった灯火のような、か細い魔力の脈動。その波動は日に日に弱くなり、すでにその力を感じることさえ難しいほど、冷たく細くなっていた。


(……あんたの『未練』も、いよいよ限界かい)


 彼女は心の中で呟く。


 邪神の傀儡として街を焼いた男。その内側で、必死に民を護ろうと足掻いていた痕跡。シルヴァは、ウィルの「罪」を誰よりも知っている。多くの仲間がその手にかけられ、また、いかに邪神の仕業とはいえ、業火に焼かれた故郷の記憶が、彼女を頑なにこの地に縛り付けていた。だが同時に、彼がその歪んだ支配の裏で、どれほど誇りを持ってこの国を護ろうとしていたかも、また理解していた。


 石壁に刻まれた術式から、微かな思念が漏れ出る。


(……エリオス……どうか……誇り高く……)


 それは主を失った後の、行き場のない祈りだった。


 シルヴァは無言のまま、折れた仲間の剣をその石壁の側に突き立てた。ウィルが守ろうとした「光」と、自分の仲間たちが散ってまで繋いだ「命」。その両方が、今、急速に世界から熱を失い、冷たい灰へと還ろうとしている。


 彼女は、この街を去ることができなかった。この薄れゆく光が消え、すべてが灰色の闇に呑み込まれていくのを、一人で見届ける義務があると感じていたのだ。それが、生き残った戦士としての彼女なりの「殿(しんがり)」の務めであった。


3. 予兆の風と、アルトリウスの影


 同じ頃、アルトリウスは各地の復興状況を確認する旅の途上にあった。


 彼は移動の合間に、ふと足を止め、遠い空を見上げることがあった。理由のない胸騒ぎ。それは、自身の中に流れるエグザルティア王家の血が、世界の端々で消えゆく叔父の魔力の鼓動を感じ取っていたからかもしれない。


「……また、一つ消えたのか」


 アルトリウスは独り言ち、自身の掌を見つめる。


 邪神を討ち、国を、そして世界を救ったはずの自分。だが、その後の使命を胸に世界を巡れば巡るほど、叔父ウィルが「悪」として切り捨てられる一方で、彼が築き、守り抜こうとしたものが各地に存在し、そして次々と静かに風化していく現実に直面していた。


 そして、彼の耳の奥に、微かな歪んだ残響が聞こえてくるのだった。まだ終わっていない。いや、終わらせてはならないのだと、消えゆく響きが訴えかけているかのように。


 叔父を討ったのは正義だった。しかし、彼が最期まで守ろうとした「光」までを、このまま闇に置き去りにして良いはずがない。


 アルトリウスの心に澱(おり)のように溜まったその想いは、もはや単なる感傷ではなく、血を分けた者としての、逃れられぬ「宿命」の形を帯び始めていた。


 彼が抱くその喪失感の正体は、叔父を救えなかった後悔だけではない。ウィルという男がこの世界に遺した不器用で歪な「愛の破片」が、各地に辛うじて残っていたのだ。しかし、それも日に日に薄まっていくという現実の中、それらの破片が主を失って泣いているのを誰よりも理解しているが故の、痛みであった。


4. バルトロへと繋がる軌跡


 風が運んできたのは、消えゆく魔力の匂いと、微かな希望の予感。


 アルトリウスは再び歩き出す。その足取りは重いが、視線は真っ直ぐに「次」を見据えていた。彼が向かう先、ポート・アンカーの喧騒の中に、かつて自分たちを導いてくれた情報屋が待っている。彼なら何か掴んでいるかもしれない。その微かな望みを胸に、もう一度前を向いた。


 北方の村で消えゆく守護の輝き。そして灰の街アシュベリーで薄れゆく誇り高き残滓。それを見つめるシルヴァの孤独と、アルトリウスの心に灯った決意。世界に残されたウィルの「残り香」が完全に消え去る前に、闇の境界へと至る道を探さなければならない。


 空はどこまでも青く、果てしなく広い。しかしその先には、未だ救いを求める魂たちが揺らめいているように思えた。


ご覧いただきありがとうございました!

次回の第28話は、明日【6:40】に更新予定です。

■第28話 灰色の亡霊と、禁忌の神話


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