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第25話 夜明けの残響、託されし未来の誇り

1. 虚飾の王との激闘


 地下祭壇の空気は、もはや呼吸することさえ困難なほど、高密度の魔力によって押し潰されていた。


 中心に立つウィルは、人間としての原型を失いつつあった。そして、その全身から溢れ出す黒い触手は、周囲の空間を侵食していた。


「……無駄だ。エリオス、お前の剣がこの闇の奥底にまで届くことはない」


 ウィルが手を掲げると、見えない魔導の圧力がアルトリウスたちを襲う。それは物理的な破壊だけではなく、アルトリウスの脳裏に、直接、おぞましい記憶の断片が突き刺さった。


 アシュベリーで炎に巻かれる民の声。叔父上が自分を逃がした際の必死の想い。そして、今まさに目の前で化け物へと変貌していく叔父を救えなかった自分自身の無力。


「見ろ、既に私の心はお前への憎しみと己への嫌悪で塗り潰されている。私を救えば世界が滅ぶ。討てば、お前の心が壊れるだろう。……どちらを選んでも、待っているのは絶望なのだよ」


 邪神ルミナリス・シャドウが、ウィルの姿形を通して精神的な攻撃を放ってくる。そしてそれは、アルトリウスの魂の最も弱い部分を執拗に狙った容赦のないものだった。アルトリウスの剣が、迷いに震える。叔父を討つべきか。あるいは、まだどこかに残っているはずの「心」を救うべきか。迷いの渦に飲まれ、膝をつくアルトリウス。その目は虚ろに彷徨い、視線も定まっていない。すると、その背後から切り裂くような怒号が響いた。


2. 三位一体、邪神の胎動


「ちょっと、あんた!何を情けない顔してんのよ!あんたが迷ってどうすんの!」


 エリーゼが横から声をかけて割って入った。彼女の放つ魔力に呼応して、アルトリウスの持つ「光の盾」がウィルの放つ漆黒の魔導を真正面から弾き飛ばす。


「あの叔父さんの本心を、一番近くで見てきたのはあんたでしょう!?このまま迷ってることが、あの人にとって一番の屈辱だって、どうして分からないのよ!」


 その言葉は、アルトリウスの曇りきった視界を鮮やかに切り開いた。そうだ、叔父上は、誰よりも誇り高い人だった。自分を殺してでも国を、そして私を守ろうとした人だ。その意志を汲み取ることこそが、今の自分に課せられた唯一の義務。


「……ああ。分かったよ、エリーゼ。……ジーク、頼む!」

「へっ、待ちくたびれたぜ。影の始末は俺に任せな!」


 ジークが短剣を構え、監視者の一族としての秘術「影のまとい」を発動する。地面から伸びた紫紺の影の鎖が、ウィルの動きを一瞬だけ封じ込めた。


「今よ、アルトリウス!」


 「光の盾」がエリーゼの言葉と流れるような魔力で聖なる輝きを増し、ジークの「影の鎖」が闇を束ねる。そこへ、迷いを断ち切ったアルトリウスの「光の剣」が、一点の曇りもない閃光となって突き刺さった。


 三位一体の攻撃が直撃した瞬間、ウィルの肉体は限界を迎えた。絶叫とともに彼の身体が大きく弾け、中から、この世のものとは思えない禍々しい質量を持った闇、邪神「ルミナリス・シャドウ」が、その真の本体を現した。


3. 誇りのために、最期の言葉


 現れたルミナリス・シャドウは、光の精霊ルミナリスと姿形が同じである。しかし、その色は漆黒に染まり、禍々しさは比較にならなかった。手に持つ大きな鎌が周囲の空間を歪ませ、重々しく絶望を形にしたような咆哮が祭壇を震わせる。


「……我が名はルミナリス・シャドウ」


 低く地を這うような声が一帯に響き渡り、三人の視界を歪ませた。そして、なおも執拗に、脳裏に直接語りかけてくる。


「……全てを無に返すことこそが、この世の理であり、我が望み」


 その絶望的な言葉と響きが直接的に空間を支配し、おぞましいほどの圧力となって三人に押し寄せる。


「……チッ!すげぇ力だ……。だが俺たちだって、まだまだいけるぜ!」


 ジークがそう叫ぶと、周囲の圧力を強引に押し戻し、アルトリウスとエリーゼのための道を作る。


「……全てを無に返す。それこそが真の安寧と美しき世界の真実の姿なのだ」


 ルミナリス・シャドウは執拗に空間を歪ませながら、三人をその圧倒的な闇の力で押さえつける。そこへ、エリーゼが割って入った。


「ごちゃごちゃうるさいわね!美しいとか美しくないとか……、そんなんでみんなが喜ぶとでも思ってるの?!……これでも食らいなさい!……お願い、届いて!」


 エリーゼも右手に渦巻く紫の魔力を最大限に解放し、漆黒の闇に向かってまっすぐに解き放つ。何本もの束になった紫電の雷撃が、絡み合って闇の中を走っていく。その光に照らされて、あたりが一瞬にして輝きを放ち、その中にルミナリス・シャドウの禍々しい姿が浮かび上がった。そして、そのわずかな隙間を縫ってアルトリウスが駆け抜ける。


「ルミナリス・シャドウ!叔父上の望み!これで終わりだ!」


 光の剣と邪神の闇。相反する二つの力が激突し、地下祭壇は今にも崩壊しそうなほど激しく揺れている。しかし、アルトリウスの剣には、もはや迷いはなかった。仲間を信じ、叔父の最後の願いを信じ、アルトリウスは渾身の一撃を叩き込んだ。


 白銀の輝きが漆黒の闇を貫く。その瞬間。


 ルミナリス・シャドウの巨躯は、自らが作り出した暗黒の渦へと霧散していく。それと同時に、邪神の依代となっていたウィルの肉体もまた、崩壊の連鎖に呑み込まれようとしていた。


 その消えゆく半身を抱え、アルトリウスは叔父へと駆け寄った。


「叔父上……!叔父上!」


 最期の瞬間、ウィルの瞳から漆黒の澱みが消え失せていた。そこには、幼い自分に剣を教え、時には厳しく、時には温かく見守ってくれた、かつての教育係の優しい光が戻っていた。


「……エリオス……。よくやった。……祭壇にその剣を…お前の剣を突き立てろ……。後のことは……お前に、任せる……」


 ウィルの声は、掠れて消え入りそうだったが、その言葉には深い安堵が宿っていた。彼は血の繋がった甥の顔を見つめ、最後の一滴の力を振り絞って、微笑んだ。


「……お前は、私の誇りだ……。最高の、王に……なれ……」


 その言葉を最後に、ウィルの身体は光の粒子となって闇の中に溶け、完全に消失した。


 アルトリウスは、溢れ出る涙を力強く拭い、震える手でその手に持つ聖剣を祭壇の中心に突き立てた。


 聖剣は眩い閃光を放ち、地下深くに眠っていた浄化の力が噴き出す。それは邪神を永遠の眠りへと追いやり、エグザルティアの地に長く垂れ込めていた夜の闇を、内側から破り去る輝きだった。


 やがて、その眩い光が収束すると、あたりは嘘のような静寂に包まれた。聖剣からは神々しい光が失われ、ただの古びた剣へと戻ったかのように、祭壇の上でカランと力なく横たわった。


4. 夜明けの静寂、新しい日の始まり


 地下から外に出ると、そこには信じられないほど澄み渡った青空が広がっていた。


 不気味にうごめいていた、暗黒に染まったどす黒い雲は跡形もなく消え、あたりは数カ月ぶりに訪れた本当の静けさを取り戻している。王都を蝕んでいた魔の気配は無くなり、禍々しく変貌していたエグザルティア城も、元の白銀の美しい姿へと戻っていた。


 門の外では、何が起きたのかを察した民衆たちが、静かに空を見上げている。


 しかし、その美しい景色のどこを探しても、最後まで国と家族を想い、闇の中で戦い続けたウィル王の姿はなかった。


「……終わったのね、本当に」


 エリーゼが空を仰ぎ、静かに呟いた。ジークは何も言わず、ただ相棒の肩を軽く叩いた。


 アルトリウスは、叔父が消えていった城の彼方を見つめ、横たわる剣を拾い上げた。悲しみは消えない。しかし、彼の背負う重みは、もはや絶望ではない。それは、亡き者たちから託された「未来」という名の、尊い誇りだった。


 エグザルティアの夜は、今、静かに、そして確かな光とともに明けていった。


ご覧いただきありがとうございました!

次回の第26話は、この後【12:10】に更新予定です。

■第26話 蒼き空の騎士、明日へと続く航跡


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