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第24話 血塗られた抱擁、光と影の円舞曲

1. 偽りの凱旋、白銀の虚飾


 虹色の航跡を描き、伝説の飛空艇がエグザルティア城門前の広場へと静かに滑り込んだ。


 一行を待ち受けていたのは、予想していた魔物の軍勢でも、血に飢えた伏兵でもなかった。目に飛び込んできたのは、豪奢な礼装に身を包んだ文官たちの列と、城壁を埋め尽くさんばかりに詰めかけ、地響きのような大歓声を上げる国民たちの熱狂だった。


「エリオス王子万歳!」

「王国の光が帰ってきたぞ!」


 その光景は、あまりに正しく、あまりに美しい「英雄の帰還」そのものだった。


 玉座の間。重厚な扉が開くと、そこには数ヶ月前と変わらぬ、威厳に満ちた叔父ウィルの姿があった。彼はアルトリウスの姿を認めるなり、椅子から崩れ落ちるように立ち上がり、周囲の目を憚らず涙を浮かべて、甥であるエリオスを強く、折れんばかりに抱きしめた。


「……よくぞ、よくぞ生きていた、エリオス!アシュベリーの惨劇から、まさかお前が生き延びていたとは……天はまだ、エグザルティアを見捨ててはいなかったのだ!」


 その声には、確かに肉親としての情愛と、偽りなき安堵の響きが混じっていた。ウィルはすぐさま全土に触れ回り、王子の帰還を祝う未曾有の国宴を催した。


 城内は芳しい花の香りと、豪勢な料理の匂いに満ち溢れている。だが、その華やかな喧騒の中で、エリーゼとジークだけは肌を刺すような違和感に身を硬くしていた。


「……なぁ、お嬢様。気づいてるか?この城、綺麗すぎるぜ」


 ジークがグラスを傾けるフリをして、低く囁く。


「ええ。塵一つ落ちていない……それどころか、空気そのものが、まるで無理やり『清浄』であることを強要されているみたい。……この花の匂いの裏に、吐き気がするような泥の臭いが隠れてるわ」


 祝杯を挙げる貴族たちの背後、廊下の隅や天井の梁。ふとした瞬間に視線を向けると、そこには揺らめく「影」が、まるで意思を持つ粘液のようにうごめいている。それは、この絢爛豪華な宴が、巨大な化け物の胃袋の中で行われているかのような、不気味な空間であった。


2. 月下の豹変、家族という名の呪縛


 宴が最高潮に達した頃、ウィルとアルトリウスは静かな王座の間へと場所を変え、二人きりで談笑していた。


 ウィルはふと視線を落とし、かつてないほど穏やかな、遠い目をした。


「……覚えているか、エリオス。お前が初めて剣を握った日、その重さに泥の上に座り込んで泣いてしまったのだよ。私は笑ってしまったが……、あの小さな子が、まさかこれほど立派な騎士になるとはな」


 寂しげな微笑が、彼の唇に浮かぶ。窓の外には王都の夜景が広がり、遠くから民衆の歌声が聞こえてくる。そこには、幼い頃に剣の手解きをしてくれた、厳しくも優しい教育係としての叔父の顔があった。


「エリオス。お前がいない間、この国を守ることだけが私の支えだった。……お前さえ無事ならば、私は、どんな重責にも耐えられると思っていたよ」


 ウィルの横顔は、どこか儚げで深い疲弊を滲ませていた。アルトリウスはその言葉に心を打たれ、ようやく取り戻しつつある自らのルーツについて、重い口を開いた。


「叔父上……。私は旅の中で、多くのことを学びました。人が人を信じるということ。仲間のためにどれだけのことができるのかということ。父上が……先王陛下が、なぜあなたを信じ、あなたに私を託したのか。……そして、アシュベリーの……」


 アシュベリーの名を口にした、その瞬間だった。


 ウィルの表情から、一切の人間的な感情が掻き消えた。


 慈愛に満ちていた瞳は、一瞬にして光を失い、まるで底なしの泉のような漆黒へと塗り潰されていく。同時に、アルトリウスの腰に佩いた「光の剣」が、かつてないほどの激しい輝きを放ち、持ち主に危機を告げた。


「……信頼、か。その汚れなき信頼こそが私を誤らせた元凶なのだよ。……家族を、この国を救うためだったのだ。だが、一度でも闇に囚われ、そのささやかながらも甘美な世界に足を踏み入れてしまった者には……もはや、光の世界へ戻る階段など、どこにも残されてはいないのだよ」


 その表情は既にアルトリウスの知る、優しい眼差しのウィルではなかった。そして、ウィルの背後からは噴き出すようにどす黒い魔力の霧が立ち昇る。


 それに応呼するように、エグザルティア城全体が激しく鳴動を開始した。白銀の壁には血管のような漆黒の紋様が浮き上がり、優雅な装飾は禍々しい棘へと変貌していく。城そのものが、邪神ルミナリス・シャドウを孵化させるための巨大な「繭」へと、その本性を剥き出しにし始めたのだ。


3. シルヴァの殿、決戦の地下祭壇へ


 変貌を遂げた玉座の間。異変を察知したエリーゼとジークがアルトリウスの元に駆けつける。


「なにこれ?!いったい何が起きたの!」


 そこには、もはや「人間」としての輪郭を辛うじて保っているだけの、異形の王が立っていた。ウィルは内側から溢れ出す邪神の魔力に身体を焼かれ、苦悶の叫びを上げる。


「……来るな……来るな、エリオス!いや……殺せ……今すぐ、私を……ッ!」


 ウィルの理性と邪神の意志が、一つの肉体の中で激しく衝突し、火花を散らす。耐えきれなくなったウィルは、玉座の台座の奥に隠された、地下祭壇へと続く階段へと姿を消した。


「叔父上、待ってください!」


 アルトリウスが後を追おうとしたその時、周囲の壁や床から、数え切れないほどの異形のモンスターが湧き出した。王都の兵士だった者たちが、邪神の魔力によって肉体を捻じ曲げられ、殺戮の兵器と化した成れの果てだ。


「ちっ、これじゃキリがねえぞ!」


 ジークが短剣を構えるが、敵の数は圧倒的だった。絶体絶命の包囲網。


 その時、広間の巨大なステンドグラスを突き破り、一筋の烈風が舞い降りた。


「……いい加減、湿っぽい再会ごっこは終わりだろ?」


 赤髪をなびかせ、仮面の下で不敵な笑みを浮かべた女性剣士、シルヴァであった。彼女は手にした長剣を一閃させ、瞬く間にアルトリウスの周囲にいた化け物たちを文字通り「消滅」させた。


「シルヴァ!なぜここに……」

「ボサッとしてないで、さっさと追いかけな!あんたの叔父さんをあんな醜い姿のままにしておくつもりかい?……ここは、このアタシが抑えておく。あんたたちは、あんたたちにしかできない仕事を果たしてくるんだよ」


 シルヴァは、まるで舞踏を舞うかのような軽やかな、しかし一撃一撃が岩をも断つ鋭い剣技で、押し寄せる魔物の軍勢を次々と薙ぎ倒していく。その背中は、どんな障壁よりも頼もしく、揺るぎない。


「相変わらず足が速いねえ、お姉さん」

「フ……、あんたたちが遅いのさ」


 ジークは軽口を叩きながらも、軽く笑みを浮かべて素早く地下祭壇の方へと足を向けた。


「……ありがとう、シルヴァ。恩に切る!」


 アルトリウスは彼女に背を向け、エリーゼ、ジークと共に地下祭壇へと続く階段を駆け下りた。


 地下深く。そこは、エグザルティアの歴史の光も届かぬ、湿った闇と魔力の脈動が支配する空間だった。


 祭壇の中央に立っていたのは、禍々しいオーラをまとい、背中から漆黒の翼のような触手を伸ばしたウィルだった。彼はゆっくりと振り返り、冷酷な、しかしどこか満たされたような笑みを浮かべた。


「……来たか、エリオス。あの日、アシュベリーでお前を逃がし、今日この時までお前の生存を願ってしまった私の脆弱な『後悔』……。だが、その激しい苦悩こそが、私の中で眠っていた邪神を完全に目覚めさせ、ついに『完成』させたのだ。今や、その絶望こそが、この世界を塗り替える真の理となる」


 ウィルが手を掲げると、地下祭壇全体が震動し、次元の壁が歪み始めた。


 かつての恩師、かつての家族、そして今、世界を破滅へと導く最大の敵。


 アルトリウスは輝く「光の剣」を正しく正対させ、その切っ先を、かつて自分に剣を教えてくれた男へと真っ直ぐに向けた。


「叔父上……私は、あなたを討ちます。それが、あなたの『願い』だからです!ルミナリス・シャドウ。これで終わりだ」


 エグザルティアの王家を巡る宿命の輪が、今、地下深くの闇の中で激しく火花を散らしながら、決着の瞬間へと回り始めた。


ご覧いただきありがとうございました!

次回の第25話は、明日【6:40】に更新予定です。

■第25話 夜明けの残響、託されし未来の誇り


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