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第2話 捏造の主従と、轟音の証明

1. 旅立ち:ウィンダミアの朝


 不機嫌な夕闇に包まれていた昨日とは一変し、ウィンダミアの朝は透き通るような青空に恵まれた。村の出口、冷たい朝霧がうっすらと足元を流れる中、エリーゼは真新しい旅装束に身を包み、期待と野心に胸を膨らませていた。


「おじいちゃん、本当に行くわよ。……寂しがって、お酒の量を増やしちゃダメよ。帰ってきた時に樽が空っぽだったら承知しないんだから」


 軽口を叩くエリーゼの隣には、ガレットの手によって丁寧に磨き上げられ、白銀の輝きを取り戻した獅子のフルアーマーをまとうアルトリウスが立っている。背負った大剣の重みを確かめるように肩を揺らし、彼は静かに一礼した。


 ガレットはのんびりと手を振りながら、小さな革の小包をエリーゼに差し出した。


「エリーゼ、これを持っていきなさい。今は開けんでいい。どうしても困った時、道を見失った時に中を見なさい。きっとお前たちを導いてくれるはずじゃ」

「なあに? おじいちゃん。やだ、もう大げさね。隠し財産の金貨でも入ってるのかしら。ウフフ。でも、せっかくの餞別だし持っていくね。ありがとう!」


 中身を確かめることもせず、エリーゼはそれをリュックの奥へ無造作に放り込んだ。ガレットの瞳の奥に宿った、一瞬の「重み」に気づくこともなく、彼女は意気揚々と村の境界線を踏み越えた。


 ガレットは、二人の背中が見えなくなるまで、ずっとその場に立ち尽くしていた。その表情は、孫娘の旅立ちを祝う祖父のものではなく、かつて戦場を統べた魔導師長としての、厳しくも悲痛な決意を孕んでいた。


2. アゼルロードへの道中:偽りの記憶


 王都アゼルロードへと続く街道は、豊かな緑と小鳥のさえずりに囲まれている。近頃はこの辺りにも魔物が出るという話だが、幸いにも静かに時は流れていった。だが、そんな道中でもエリーゼに景色を楽しむ余裕など微塵もなかった。彼女は歩きながら、隣を行く「即席の騎士様」に、必死になって嘘の履歴書を叩き込んでいた。


「いい、アルトリウス?復習よ。私たちは幼馴染で、あんたの家は代々うちに仕えてきた由緒正しい騎士の家系なの。私が調査隊に入るって言った時、あんたが泣いて『僕を置いていかないで!連れていってよ!』って私の足にしがみついてまとわり付いてきたのよ。分かった?」


 アルトリウスは真剣な表情で頷き、右手の籠手を顎に当てて深く考え込んだ。


「……そうだったのか。私は、そんなに泣き虫だったんだね。記憶はないが、君にそこまで深い忠誠を誓っていたとは。なんだか……情けない気もするが、誇らしいよ」


(あらあら……まるで疑わないわね……。この人、本当にとんでもないお人好しか、究極の天然ね)


 純粋な瞳で見つめられるたびに、エリーゼの胸の奥がチクリと痛む。だが、彼女はその気持ちを振り払い、『あえて見ないフリ』をして無理やり口角を上げた……。


「そうよ!今のあんたは私の『従騎士』。私が右と言えば右。とにかく、私の後ろを黙って威風堂々と歩いていてちょうだい!」


3. 調査隊の宿営地にて


 王都の門の前。昨日、鼻で笑って門前払いを食らわせた門番が再び立ちはだかった。


 エリーゼが身構えた瞬間、アルトリウスが音もなくスッと前に出る。彼が無意識に胸に手を当て、指先まで完成された所作で深く一礼した。アルトリウス自身、なぜそうしたのか、自分でも分かってはいなかった。しかし、門番は反射的に直立不動の敬礼を返す。


 間髪入れずにエリーゼが口を挟む。


「昨日はどうも。私の従騎士を連れてきたわ。さあ、通してちょうだい」


 アルトリウスの全身から滲み出る、隠しきれない王族のような威厳に気圧され、門番は吸い込まれるように門を開いていた。昨日の門前払いが嘘のようである。


(フフ、計算通りだわ)


 勝ち誇ったように進むエリーゼだったが、門をくぐった先、広場に設営された調査隊の宿営地は、鋼の擦れる音と軍靴の足音が支配する別世界だった。広場には志願した屈強な男たちがひしめき、殺伐とした空気が漂っている。その空気感に一瞬怯みかけるも、スカートの裾についたホコリをサッと払うと気を取り直して列に並んだ。その瞬間、周囲の喧騒が波が引くように引いていったのを感じた。


「おい、あの男を見ろ……」

「あの獅子の意匠、ただ者じゃないぞ」

「しかし、隣の娘は生意気そうだな。あいつは何者だ?」


 アルトリウスが放つ圧倒的な「本物のオーラ」に、荒くれ者たちが無意識に道を開ける。


(そうよ、 私のアクセサリー、いや『従騎士』として最高に機能してるわ!)


4. 捏造の主従と、轟音の証明


「おいおい、お嬢ちゃん。ここは子供のままごと会場じゃないんだぜ」


 受付の調査隊員は鼻を鳴らしたが、その視線はエリーゼの隣に立つ大柄な男の姿に釘付けになっていた。その尋常ではない威圧感。隊員は無意識に生唾を飲み込み、その気圧されそうな自分を誤魔化すかように声を荒らげた。


「……おい。その横の、やたらと立派な飾り物を着たデカブツは、喋ることもできんのか? 近頃は王都の骨董品屋で仕入れた安物の鎧でハッタリをかます不届き者も多くてな。実力がないなら、怪我をせんうちに田舎へ帰りな」

「失礼ね!彼は私の忠実な従騎士よ。腕前は王国の精鋭だって足元に及ばないわ。……ちょっと、旅の途中で頭を打って、今少し言葉が出てこないだけよ!」


 エリーゼがアルトリウスの背中を景気よくバシッと叩く。アルトリウスは文句ひとつ言わず、静かに、しかし冷徹なまでの美しさで会釈を返した。その一挙手一投足に宿る高潔さに、隊員は思わず言葉を詰まらせる。


 しかし、なおも値踏みするような視線を向けてくる周囲の隊員たちの顔。それを見ているうちに、エリーゼは無意識に拳に力を入れていた。胸の奥にある憤りが紫電の魔力として右拳の周りに渦巻く。そして、それはいつの間にか周囲の大気を歪めるほどの威圧感を放っていた。


 次の瞬間、エリーゼが放つ圧倒的な闘気に、恐怖のあまりパニックを起こしたのは宿営地の奥にある檻の中の魔獣たちであった。地鳴りのような咆哮(ほうこう)と共に檻が打ち破られ、宿営地は一転して怒号の渦に巻き込まれる。


「逃げたぞ!訓練用の魔獣だ!誰か止めろ、門へ行くぞ!」


 すぐさま解き放たれた巨大な魔獣が数匹、狂乱状態で受付へと突っ込んでくる。


「総員、迎撃陣形!盾を構えろ!」


 受付の隊員たちが瞬時に腰の剣を抜き、プロの練度で防衛線を築こうとした、その時だった。アルトリウスは魔獣の方向を一瞥すると、その瞳が鋭く細められた。


 彼は走らなかった。ただ静かに一歩、前へ踏み出す。彼が腰の剣に手をかけた瞬間、宿営地の空気が凍てつくような静寂に包まれた。


 一閃。


 誰も、剣が抜かれた瞬間すら判別できない刹那、空間に一本の光の軌跡が走る。次の瞬間、巨大な魔獣は悲鳴を上げることなく空中で真っ二つに割れ、そのまま静かに塵となって崩れ落ちた。


「やるじゃない。私も負けてらんないわね」


 エリーゼは不敵に笑うと、素早い身のこなしで残りの魔獣を巨大な岩壁の縁まで追い詰める。


「さあ、よく見てなさい!」


 右拳に溜めた紫色の魔力を限界まで凝縮させ、その光が一気に輝きを増した。


「――せいッ!!」


 アルトリウスの剣とは真逆の、とてつもない騒音。放たれた拳が残りの魔獣を捉えた瞬間、ドオオオオン、と鼓膜を突き破るような轟音が炸裂した。衝撃波で周囲の木々はなぎ倒され、地面には巨大なクレーターが口を開けた。


「あ…………やりすぎた、かしら?」


 土煙の中、エリーゼが小首を傾げる。


 その前で、剣を構えたまま石像のように固まっていたのはアルトリウスだった。彼は、自分が「守るべきか弱き主人」が作り出した絶望的なまでの破壊の痕跡を見つめ、茫然自失としていた。


(……エリーゼ、君は……本当に私が守るべき存在だったのだろうか……?)


 記憶を失った彼の脳裏に、そんな根源的な疑問がよぎる。しかし、目の前の少女は煤(スス)を払いながら平然と言い放った。


「どう?これが私たちの『平均的な』実力よ。さあ、登録の手続き、さっさと済ませてもらいましょうか」


 受付の隊員はガタガタと震える手で、二人の書類に受理の判を押し、震える声で入隊を許可したのだった。



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