ざわざわと向き合う
「はぁ……」
自分でも驚くほど大きなため息が出た。深く息を吸ってゆっくり吐いたあと、意を決してドアを開けた。
「おかえりなさい。さとみ」
いつものように出迎えてくれるその人を普段なら気にせず部屋へ向かうところ、今日は足を止めて向き合った。
「……今日、二人に話がある。ご飯、食べ終わってからで…いいから」
「…分かったわ。お父さんに伝えておくわね」
息が苦しくなって早足に部屋へ向かった。ドアを閉め、落ち着くためにもう一度深く息を吸って吐き、うずくまって落ち着くのを待つ。
……このざわざわは嫌だ。本当に。えるの困った顔を見た時とは違う感じなのが特に嫌だ。でも……ちゃんと言えた。この後の方が怖いけど、えるが大丈夫って…だから、ダメかもしれなくても…頑張る。えるの優しさを無視したくない。えると繋いでいた手をぎゅっと閉じ言葉を再生する。
『絶対大丈夫だよ』
えるが大丈夫って言えば大丈夫。えるは絶対で、えるが正解。そう何度も何度も自分に言い聞かせ、ざわざわが消えるのを待つ。
そしてその時がやってきた。
ご飯を食べ終わり一通りの後片付けを済ませた二人が椅子に座りオレの言葉を待っている。えるの大丈夫を心の中で唱えながら呼吸を整え、二人に向き合った。
「……今日は、あんた達に聞きたいことがあって…。……えるに、会ったでしょ。この前。えるはオレの大切な人。……だけど、オレはえるに好かれたい。えるに愛されたいから。でも…方法が分からない。えるが言ってた。…あんた達に聞いてみたらって。だから、こうして話してる。…えるには聞けないから」
オレの言葉を聞き終わった二人は驚いた顔をしたあと顔を見合せ二人して笑顔になった。
……オレ変なこと言ってないと思うんだけど。やっぱりこの人達も─────。
「…大丈夫よさとみ。彼女のことを心から想っているあなたなら、その気持ちきっと届けられるわ」
「あぁ、その通りだ。もちろん、喜ぶことをするのも大事かもしれないが、何より…その気持ちを持ち続けることだ」
「……特別なことはしなくていいの?」
「…えぇ。きっと届くわ。あなたの中にあるその特別な気持ち、どうか忘れないで」
「忘れずに、彼女のそばにいることだ。心から想っていれば特別な何かをしなくても自然と伝わるんだよ。その心のままに、さとみなりにしたいこと、伝えたいことをすればいいと、父さんも母さんも思っている」
オレの……思うままに…。
ずっと握っていた手を胸に当てた。オレの心はずっと変わらない。えるが好き。えるが一番で何よりも大切。でも、今はそれだけじゃない。…えるの愛が欲しい。えるにだけ愛されたい。えるの一番になりたい。誰にも取られたくないし渡したくない。一生…愛してほしい。オレがえるを愛しているように。……オレの全部を、愛も命も何もかもをあげたら…えるも同じように愛してくれるかな……。受け止めて……─────。
一瞬、嫌な想像をして心臓をえぐられた気分になった。深呼吸をして自分を落ち着かせる。えるは、きっと…受け止めてくれる。大丈夫、今までもそうだった。
……怖いけど、えるに愛されずに死ぬよりずっといい。受け止めてくれなくても…オレには、えるしかいない。
そう思った時、えるの友達の言葉や目の前の二人の言葉がもう一度聞こえた気がした。
────心のままに、素直に。
胸に当てた手をもう一度ぎゅっと握り、心を決める。
顔を上げて二人を見つめた。やっぱり、えるが正解なんだ。
「あんた達は、オレの…親なんだ。……ありがとう」
オレがそう言うと優しく微笑んでいた二人は揃って瞳を潤ませながら
「…どんなことでもいいわ。私達に話したくなったらいつでも言ってちょうだい」
「父さんも母さんもさとみの親…だからな。いつでも力になるぞ」
「……考えておく」
部屋に戻る頃にはざわざわが完全に消えていた。というより……途中から…感じなくなってた。あの二人がオレの話ちゃんと聞いてくれてたから。……オレの親はもうこの世にはいないものだと思ってた。二度と現れないって。だけど、そうじゃなかった。血の繋がりはなくても、家族なんだ。えるの言ったとおり大丈夫だった。明日、ありがとうって言おう。
あとは…そう、素直に。
…………─────えるに愛されない人生なんて、意味が無いから。




