第八話「誰かが言ったこと」
ある日、先生たちの中の一人が倒れた。
廊下の真ん中で、倒れた。
傍にいた先生たちが、集まった。
誰かが水を持ってきた。
誰かが傍にしゃがんだ。
誰かが廊下の端に荷物を移動させた。
男と女も、集まった。
男は書類を床に置いた。
女は地図をしまった。
倒れた先生は、しばらくして起き上がった。
「大丈夫です」と言った。
「無理しないでください」と誰かが言った。
「慣れましたから」と先生は言った。
また、その言葉が出た。
慣れましたから。
しかし、今日のその言葉は、いつもと少し違った。
震えていた。
声が、少し震えていた。
誰かが笑った。
やさしい笑いだった。
「慣れても、倒れることがあります」と言った。
「そうですね」と先生は言った。今度は笑いながら言った。
先生たちが、また歩き始めた。
倒れた先生も、立ち上がって歩き始めた。
誰かが、その先生の傍を歩いた。
男は書類を拾った。
女は地図を出した。
「大丈夫ですか」と男は女に言った。
「私はなにもしていません」と女は言った。
「そうじゃなくて」と男は言った。「あの先生のことが、心配そうだったので」
女はしばらく黙った。
「心配でした」とやがて言った。「みんな、慣れたと言うけれど、慣れても倒れることがある」
「そうですね」
「倒れても、また起き上がるけれど」と女は言った。「倒れないに越したことはないので」
廊下を、先生たちが歩いていた。
難儀しながら、歩いていた。
(第八話 了)




