第五話「難儀のこと」
六階だった。
六階の廊下は、特に傾きが強かった。
先生たちが、壁に手をついていた。
壁に手をつきながら、歩いていた。
男も、壁に手をついた。
女も、壁に手をついた。
「なぜこんなに傾いているんでしょう」と男は言った。
「分かりません」と女は言った。「最初からこうだったのか、だんだんこうなったのかも」
「調べたことはありますか」
「調べても、分かりませんでした」と女は言った。「でも」
「でも?」
「慣れました」と女は言った。「最初は難儀だったけれど、今は慣れました」
「慣れると、楽になりますか」
「楽にはなりません」と女は言った。「でも、傾いていることを知った上で歩けるようになります」
男はその言葉を考えながら、歩いた。
傾いていることを知った上で歩く。
前から、別の先生が来た。
書類を両手に持っていた。
傾きのせいで、体が斜めになっていた。
それでも、歩いていた。
「大丈夫ですか」と男は言った。
「大丈夫です」と先生は言った。「慣れましたから」
そう言って、通り過ぎた。
女が、小さく笑った。
「みんな、そう言うんです」と女は言った。「慣れましたから、と」
「あなたも言いました」と男は言った。
「言いました」と女は言った。「みんな、同じことを言います」
「なぜ同じことを言うんでしょう」
「傾きに向き合うと、そこへ辿り着くんだと思います」と女は言った。「難儀だけど、慣れる。慣れても、楽じゃない。でも、歩ける」
廊下が続いていた。
傾きが続いていた。
二人で、歩いた。
(第五話 了)




