第四話「上の階のこと」
上の階は、静かだった。
下の階より、先生たちが少なかった。
廊下が広かった。
窓があった。
大きな窓だった。
外が見えた。
空だった。
青かった。
雲が、ゆっくりと動いていた。
女は窓の傍に立った。
地図に、何かを書き足した。
男も窓の外を見た。
建物の外は、広かった。
空が広かった。
「ここまで来たのは、初めてですか」と女は言った。
「初めてです」と男は言った。
「どうですか」
「広いですね、外が」と男は言った。
「そうですね」と女は言った。「下の階にいると、忘れます」
「何を忘れるんですか」
「外があることを」と女は言った。
男はその言葉を聞いた。
外があることを、忘れる。
確かにそうだった。
廊下を歩いていると、外のことを考えなかった。
書類のことと、次の部屋のことと、傾きのことしか、考えていなかった。
「だから上へ来るんですか」と男は言った。
「それもあります」と女は言った。「あとは」
「あとは?」
「てっぺんがどうなっているか、知りたいので」と女は言った。
男は上を見た。
天井があった。
その上に、また階があった。
さらに上に、また階があった。
「てっぺんは、どうなっていると思いますか」と男は言った。
女はしばらく考えた。
「窓だらけだと思います」とやがて言った。「上へ行くほど窓が増えているので」
「壁がないかもしれない」
「壁がなくて、空だけかもしれない」と女は言った。
男はその言葉を、胸の中で転がした。
壁がなくて、空だけのてっぺん。
「行ってみたいですね」と男は言った。
「行きましょう」と女は言った。「いつか」
(第四話 了)




