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お前が犯人だ、その推理で世界が変わる -変遷探偵・久瀬黎司の記録-  作者: 未確定ログ
第1部 『犯人変遷篇』第3編『零和水族館』
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第87話『映像の中の少女』

 地下施設の最深部へ続く通路は、まるで忘れ去られた記憶そのものだった。


 ひび割れた壁。


 天井から垂れ下がる無数の配線。


 誰もいないはずなのに、遠くで機械が呼吸するような低い振動音だけが響いている。


 久瀬黎司は歩きながら周囲を観察していた。


 埃の積もり方。


 足跡。


 開閉された形跡。


 些細な違和感を見逃さない。


 その隣で歩く白鐘紗雪の様子だけが気掛かりだった。


 顔色が悪い。


 額には薄く汗が浮いている。


 何度目か分からないほど、彼女はこめかみを押さえていた。


「紗雪」


 黎司が呼ぶ。


「……うん」


 返事はあった。


 だが声に力がない。


「無理なら休め」


「大丈夫」


 即答だった。


 しかしその足取りは明らかに不安定だった。


 大丈夫ではない。


 それは本人が一番理解しているはずだった。


 それでも止まれない。


 ここまで来てしまったから。


 自分の過去が、この先にあるから。


 先を歩く老人が振り返る。


 深い皺の刻まれた顔。


 だがその目だけは妙に鋭かった。


「無理をさせるな」


 老人が言う。


「知っているんですか」


 黎司の問いに老人は頷いた。


「知っている」


 そして白鐘を見る。


「君を」


 白鐘の肩が小さく震えた。


「私を……?」


「白鐘紗雪としてではない」


 静かな声だった。


 それなのに胸を刺す。


「君の本当の名前を私は知っている」


 空気が止まった。


 有馬ですら言葉を失う。


 白鐘は唇を噛んだ。


「教えてください」


 老人は首を振る。


「言葉で聞くより、自分で思い出した方がいい」


「……」


「そのためにここへ来たんだろう」


 そう言って歩き出す。


 白鐘は何も返せなかった。


 その背中を見ながら、有馬が小声で呟く。


「なあ黎司」


「なんだ」


「最近の俺たち、完全に探偵じゃなくて都市伝説ハンターじゃないか?」


「今さらだな」


「否定しろよ」


「否定できる要素がない」


 有馬は頭を抱えた。


「普通の高校生やりたい」


「諦めろ」


「お前に言われると腹立つな」


 思わず白鐘が吹き出した。


 ほんの少しだけ。


 けれど確かに笑った。


「ありがとう」


 白鐘が言う。


「何が?」


「分からないならいい」


 その笑顔を見て、有馬は照れ臭そうに鼻を擦った。


 その直後だった。


「っ……!」


 白鐘の身体が揺れた。


 視界が歪む。


 白い廊下。


 泣き声。


 閉じられる扉。


 誰かの叫び。


 知らないはずの光景が脳裏を貫いた。


「紗雪!」


 倒れそうになった身体を黎司が支える。


 白鐘は無意識に彼の袖を掴んだ。


 強く。


 本能的に。


 離れれば消えてしまいそうで。


「……ごめん」


「謝るな」


 黎司は短く言う。


「思い出せるなら思い出せ」


 余計な慰めはない。


 だがその言葉は不思議と安心できた。


 白鐘は小さく頷いた。


 そして再び歩き出す。


 やがて巨大な扉の前へ辿り着いた。


 老人が端末を操作する。


 電子音。


 重い金属音。


 ゆっくりと扉が開いた。


 その先に広がっていたのは保管庫だった。


 無数の棚。


 積み上げられた資料。


 時間の匂いがする。


 誰にも読まれず眠り続けた記録たち。


「残ってたのか……」


 有馬が呟く。


「全部は消せなかった」


 老人が答える。


「いや、消したくなかったのかもしれん」


 黎司は棚へ向かった。


 資料を確認する。


 写真。


 記録。


 報告書。


 断片的な真実。


 その時だった。


「……これ」


 白鐘が一枚の写真を拾う。


 皆が振り向いた。


 そこには数人の子供たちが写っていた。


 同じ服。


 同じ施設。


 そして中央。


 一人の少女。


 白鐘だった。


 今より幼い。


 だが見間違えようがない。


「私……」


 震える声。


 写真の少女は笑っていた。


 眩しいほど自然な笑顔だった。


 その笑顔が逆に苦しかった。


 今の自分には記憶がないから。


 なぜ笑っているのか分からないから。


「覚えてない……」


 写真を持つ指先が震える。


 老人が静かに言った。


「覚えていなくて当然だ」


 そして目を伏せる。


「君たちは多くを奪われた」


 白鐘は何も言えなかった。


 写真だけが静かに揺れていた。


 その時。


「これだ」


 黎司が棚の奥から古いディスクを取り出した。


 ラベルが貼られている。


 監視記録。


 事件当日の文字。


 老人の表情が変わる。


「まだ残っていたのか……」


「見られるか?」


「再生装置が動けばな」


 全員が部屋の奥へ向かう。


 古い端末。


 有馬が電源を入れた。


 数秒後。


 画面が点灯する。


「生きてる」


 ディスクを挿入。


 読み込み。


 ノイズ。


 砂嵐。


 そして映像が映った。


 誰も息をしない。


 監視カメラ映像。


 日時表示。


 事件当日。


 間違いなかった。


 無人の廊下が映っている。


 数秒。


 十数秒。


 そして。


 画面の奥から少女が現れた。


「……っ」


 白鐘が息を呑む。


 自分だった。


 間違いなく。


 だが違う。


 どこか別人だった。


 迷いがない。


 怯えていない。


 強い意志を持った目。


 映像の中の白鐘は真っ直ぐ歩く。


 途中で立ち止まる。


 そして振り返った。


 誰かを見るように。


 優しく。


 微笑んだ。


 しかしそこには誰も映っていない。


 それなのに。


 確かに誰かがいた。


 画面の向こうに。


 白鐘は扉を開く。


 消える。


 数秒後。


 施設全体が停電した。


 映像が暗転する。


 沈黙。


 誰も言葉を発せない。


「違う……」


 最初に声を出したのは白鐘だった。


「知らない……」


 後ずさる。


 目が揺れる。


「こんなの私じゃない」


 写真より残酷だった。


 映像は嘘をつかない。


 事件当日。


 彼女はそこにいた。


 しかも偶然ではない。


 何かを知っている人間として。


 黎司は画面を凝視していた。


 何度も。


 何度も。


 映像を見返す。


 そして気付く。


 違和感。


 決定的な一点。


 映像の白鐘は導かれていない。


 逆だ。


 誰かを導いている。


 先頭に立っている。


「そういうことか……」


 黎司が呟く。


「何か分かったのか?」


 有馬が聞く。


 黎司は答えない。


 まだ確証がない。


 だが事件の前提が崩れ始めていた。


 白鐘は被害者だった。


 そう思っていた。


 しかし。


 もし彼女が事件の中心だったとしたら。


 真相はまったく別の顔を見せる。


 その時だった。


 停止していた映像が突然ノイズを発した。


 誰も触っていない。


 画面が一瞬だけ再生される。


 最後の一コマ。


 そこに映った人物を見て。


 黎司の瞳が見開かれた。


 有馬も。


 老人も。


 言葉を失う。


 そして白鐘だけが震える声で呟いた。


「そんな……」


 画面に映っていたのは。


 絶対に生きているはずのない人物だった。


 暗転。


 沈黙。


 機械音だけが響く。


 そして黎司は確信する。


 真実は今まで追ってきたものより、遥かに残酷だと。


読んでいただきありがとうございます。

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