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お前が犯人だ、その推理で世界が変わる -変遷探偵・久瀬黎司の記録-  作者: 未確定ログ
第1部 『犯人変遷篇』第3編『零和水族館』
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第82話『観測されなかった記録』

「……つまり、お前はこう言いたいんだな」


有馬が乾いた声を出した。


「この写真に写ってる奴は、最初から消えてたんじゃない」


黎司は静かに頷く。


「違う」


水族館の事務室。


古い資料と写真が机いっぱいに並べられていた。


閉館後の館内は静まり返っている。


遠くから聞こえるポンプの低い振動音だけが、この場所がまだ生きていることを教えていた。


黎司は一枚の写真を机へ置く。


「存在していた」


そして別の写真。


さらにもう一枚。


「だが誰も認識していなかった」


有馬が顔をしかめる。


「いやいやいや。怖い怖い怖い」


「怖いか?」


「普通に怖いわ!」


机を叩く。


「存在してるのに認識されないとかホラー映画だろ!」


白鐘が小さく吹き出した。


有馬は即座に指を差す。


「今笑ったな?」


「少しだけ」


「ひどい!」


張り詰めた空気がわずかに緩む。


しかし黎司の視線は写真から離れない。


一枚目。


二枚目。


三枚目。


どれも同じだった。


違和感がある。


だが、それは写っている人物ではない。


周囲だ。


「見ろ」


黎司が写真を指差した。


「全員の視線だ」


有馬が身を乗り出す。


「視線?」


「この位置に人がいたと仮定する」


写真中央を指でなぞる。


「だが誰一人として見ていない」


有馬の眉が上がった。


確かにそうだった。


写真の中には十人以上の人間がいる。


だが誰も中央を見ていない。


偶然と言うには不自然すぎる。


「一枚だけじゃない」


黎司は写真を並べた。


「全部同じだ」


事務室に沈黙が落ちる。


有馬が喉を鳴らした。


「マジかよ……」


白鐘も写真を見つめていた。


その瞳が少し揺れる。


まるで何かを思い出しかけるように。


黎司は気付いた。


「白鐘?」


「え?」


「何か思い出したか」


白鐘は少し迷った。


それからゆっくり首を振る。


「わからない」


だが表情は違った。


本当にわからない顔ではない。


思い出せそうで思い出せない顔だ。


黎司は追及しなかった。


今はまだ早い。


代わりに別の資料を取り出す。


来館者アンケート。


スタッフ記録。


日誌。


その中の一冊。


古びた手帳だった。


白鐘の指先が止まる。


「これ……」


「どうした?」


「この字」


彼女の呼吸がわずかに乱れた。


震える指でページをなぞる。


「見覚えがある」


黎司と有馬が同時に顔を上げる。


「本当か?」


「うん……でも……」


白鐘は額に手を当てた。


苦しそうだった。


霧の向こうに何かがある。


だが届かない。


「誰の字だ?」


「わからない」


それでも彼女はページを離さなかった。


「でも……知ってる」


次の瞬間。


白鐘の身体がふらついた。


「っ!」


黎司が反射的に腕を掴む。


細い肩が震える。


白鐘は驚いたように黎司を見上げた。


距離が近い。


思ったより近い。


互いに一瞬だけ固まる。


「……大丈夫か」


「う、うん」


白鐘は慌てて視線を逸らした。


耳が赤い。


有馬がニヤニヤする。


「おー」


「何だ」


「いや別に」


「殴るぞ」


「理不尽!」


白鐘が小さく笑う。


ほんの少しだけ空気が柔らかくなった。


だが次の瞬間。


黎司の視線が止まった。


机の端。


資料の束。


その中の一枚。


「これは……」


古い新聞記事だった。


十年前。


別の失踪事件。


水族館とは無関係。


場所も違う。


被害者も違う。


だが。


写真が掲載されていた。


黎司は記事を広げる。


有馬が覗き込む。


「何かあったか?」


返事はない。


黎司は写真を凝視していた。


そして。


ゆっくりと指を伸ばす。


写真の端。


人混みの奥。


ぼやけた黒い影。


「嘘だろ……」


有馬の声が震えた。


白鐘も息を呑む。


そこにいた。


間違いない。


黒い人影。


今回の事件で目撃された存在。


同じ輪郭。


同じ不自然さ。


同じ存在感。


十年前の写真にも映っていた。


「偶然じゃない」


黎司が呟く。


「ありえない」


有馬が首を振る。


「十年前だぞ」


「だからだ」


黎司は記事を見つめる。


冷たいものが背筋を這い上がる。


事件は一つではない。


水族館だけではない。


もっと前から。


もっと広く。


何かが続いている。


白鐘が小さな声を漏らした。


「待って」


「どうした」


「これ……」


彼女は別の資料を引き抜く。


監視映像の記録一覧。


最近起きた別件の失踪事件。


そこに添付された静止画像。


黎司の目が細くなる。


有馬の顔色が変わった。


映っていた。


まただ。


別の場所。


別の事件。


別の日付。


だが。


同じ黒い人影。


誰も見ていない場所に立っている。


まるで。


最初からそこにいたかのように。


事務室の時計が時を刻む。


誰も喋れなかった。


静寂だけが広がる。


黎司はゆっくり息を吐いた。


観測外存在。


仮説ではない。


現実だ。


そして。


それは一つの事件では終わらない。


もっと大きな何かが動いている。


白鐘が震える声で言った。


「黎司……」


「ああ」


「これ……」


言葉が続かない。


黎司は静かに答えた。


「追うしかない」


黒い人影。


観測されない存在。


その正体を。


そして。


机の上に並んだ写真を見つめながら、黎司は確信した。


次の事件は、もう始まっている。


その瞬間。


別事件の静止画像の端に映る黒い人影が。


こちらを見ているように見えた。


読んでいただきありがとうございます。

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