第64話『最初の違和感』
『訂正します』
『現在の参加者は十名です』
館内放送が終わる。
静寂。
巨大水槽の青い光だけが館内を照らしていた。
有馬が頭を掻く。
「変な放送だな」
女性参加者も苦笑する。
「ですよね」
だが。
久瀬黎司と白鐘雨音だけは笑えなかった。
さっき。
確かに見た。
女性の輪郭が薄くなった。
一瞬だけ。
まるで映像のノイズみたいに。
白鐘が小さく呟く。
「見ましたか」
久瀬は頷く。
有馬が振り返る。
「何が?」
白鐘は答えない。
答えられない。
説明しようとすると。
なぜか言葉が抜け落ちる。
その時。
館内奥の自動ドアが開いた。
中から数人の参加者が現れる。
年齢も性別も様々。
中年男性。
若いカップル。
老夫婦。
大学生らしい男女。
全部で七人。
女性参加者を含めると八人。
そして。
久瀬たち三人を足して。
十一人。
有馬が数える。
「ほら、十一人じゃねぇか」
女性参加者も頷く。
「そうですよね」
だが。
白鐘の表情が固まる。
「……違う」
有馬が眉をひそめる。
「何が」
白鐘はもう一度数える。
一人。
二人。
三人。
四人。
五人。
六人。
七人。
八人。
九人。
十人。
そこで終わる。
白鐘の背筋に冷たいものが走った。
「十人しかいません」
有馬が笑う。
「いや十一だろ」
「違います」
「いやいるじゃん」
有馬は女性参加者を指差した。
「この人入れて十一」
女性も頷く。
「そうです」
だが。
白鐘には見えている。
有馬が指差している位置に。
誰もいない。
息が止まる。
白鐘は反射的に久瀬を見る。
久瀬は静かだった。
そして。
ゆっくり頷く。
見えている。
久瀬にも。
そこには誰もいない。
有馬だけが会話している。
存在しないはずの誰かと。
有馬が首を傾げる。
「お前らどうした?」
白鐘の声が震える。
「有馬さん」
「ん?」
「今、誰と話してますか」
有馬は困惑した。
「誰って」
当然のように横を見る。
「この人だろ」
その瞬間。
有馬の表情が止まった。
横にいたはずの女性が消えている。
沈黙。
有馬が固まる。
「……あれ?」
誰もいない。
通路。
水槽。
青い光。
それだけ。
有馬は周囲を見回す。
「どこ行った?」
返事はない。
参加者たちも怪訝そうな顔をしている。
中年男性が言う。
「誰のことですか?」
有馬が振り向く。
「さっきいた女の人!」
老夫婦が顔を見合わせる。
「最初からいませんでしたよ」
空気が凍る。
有馬が笑う。
乾いた笑いだった。
「いやいや」
「だって今」
言葉が止まる。
思い出せない。
顔が。
名前が。
服装が。
何一つ出てこない。
さっきまで話していたのに。
久瀬は静かに見ていた。
第2編で何度も見た現象。
存在の消失。
だが今回は違う。
もっと早い。
もっと自然だ。
白鐘が小さく呟く。
「もう始まってる」
久瀬が答える。
「ああ」
その時だった。
館内放送が流れる。
『現在の参加者は十名です』
『人数に誤認はありません』
『繰り返します』
『人数に誤認はありません』
有馬の顔色が変わる。
今。
初めて。
本当に理解した。
誰かが消えた。
そして。
その事実まで消そうとしている。
有馬が震える声で言う。
「……おい」
誰も答えない。
有馬はゆっくり久瀬を見る。
「これ」
「第2編と同じなのか」
久瀬は首を振った。
「違う」
有馬が息を呑む。
久瀬は静かに言う。
「もっと悪い」
巨大水槽の魚たちが。
まるでこちらを見つめるように旋回していた。
そして久瀬は気づく。
消えたのは参加者ではない。
もっと根本的なものだ。
この水族館では。
人数そのものが確定していない。
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